そして誰もいなくなった 観劇記 その1

 ル・テアトル銀座で上演されている、「そして誰もいなくなった」を見に行ってきました。その観劇記です。ネタバレしてますので、未見の方はご注意ください。

そして誰もいなくなった(2005年2月4日金曜日18時30分開演)

 再演ということで新鮮味はないかな~と正直思っていたのですが、山口さんの「レクイエム」を聞くために出かけました。初演のときに、ものすごくあの歌には慰められました。

 出演者が2人、初演とは変わっていましたが、これがびっくりするほど効果的に全体の雰囲気を新鮮にしていましたね。初演のとき、それぞれの出演者がぴったり役柄に当てはまっていたので、後で入った人は損だな、大変だなと思っていたのは大間違いでした。

 いい味出してます。まず、エミリー役の金沢碧さん。私は前回の沢田亜矢子さんも好きですが、役としては金沢さんの方が合っていたと思います。ちょっと陰気で、堅物な老婦人の雰囲気がよく出てました。沢田さんの場合、どうしても明るい感じになってしまうんですよね。そこへいくと金沢さんは、なにかギャグでも言おうものならにこりともせずに、切って捨てるような冷たさを感じました。エミリーの融通のきかない頑固さを表現するのが、金沢さんはうまいなと思いました。

 ただ、沢田さんに関して忘れられないのは、「お船を見てるんですか、将軍」のセリフ。独特の言い回しが、妙に耳に残って離れません。金沢さんがそのセリフをいうときにも、私の頭の中では沢田さんの声のセリフが響いてました。ここだけは、本当に沢田さんの個性が光ってましたね。丁寧なんだけど、内心馬鹿にしたような意地悪な声。この一語がこれだけ記憶に残るというのも、すごいことだと思います。

 そして、初演時と変わった出演者の2人目、うえだ峻さん。この方は、前半、エセルが死ぬまでの演技がすごくよかったです。この前半は、前任者の三上直也さんより、うえださんのキャラの方が私は好きですね。背の低さを利用して、ピアノに乗っかるコミカルな演技だったり、恐妻家をうかがわせるようなセリフのやり取りだとか。

 ただ、エセルが死んだあとの放心状態が、今ひとつ不自然に見えてしまって残念でした。妻の死にショックを受けているというよりも、演技してます、という感じになってしまって。歩き方とか、うまくいえないけど不自然な感じに見えてしまうんですよね。ここは、三上さんがうまかった。ショックが大きすぎて、精神を病んでしまったんじゃないか、みたいな恐さを感じさせてましたから。

 ただ、とにかく前半のテンポのある芝居は見事です。思わずひきこまれてしまいました。三上さんのときは、力関係は夫の方が上に見えましたが、うえださんは完璧に、奥さんの方が上ですね。そういうところの見せ方がおもしろかった。

 最初に出演者の一部が初演時と変わると聞いたとき、残念だなという思いがあったんですが、こういうふうに交代があると全体が新鮮になるんですね。今回、劇を見終わってそう思いました。変わった役柄だけでなくて、それを受けて周りも変わってくる。

 山口さんのレクイエムは圧巻でした。これは、曲のよさとの相乗効果もあります。いくら山口さんが歌っても、どうしても響いてこない、また聞きたいと思わない曲というのは確かにあります。

 でもこのレクイエムは、何度でも聴きたくなる。最初の囁くような歌い方が特に好き。死者を悼む歌なわけですが、これを聞くと心が癒されるのを感じます。許しを得たような気分になるんですよ。「大丈夫。あなたは大丈夫」そう言われているようで、へこんだ気持ちが上向いてくる。安らぎを与えたまえ、というのが、私のために祈ってくれてるみたいに感じるわけですよ。ここらへんがファンのイタイところであります。自覚しています。

 その後、声量を増して、朗々と歌い上げる。まさにミュージカルの帝王の本領発揮という感じです。どこまで届くんだろう、この声という感じです。もう体全体を耳にして聞いてます。ピアノの悲しい伴奏にのせて、祈りの声が響き渡ります。

 ミュージカルの帝王、という表現も、この場合ちょっと違うかな。私がこの歌を聴いているときに想像しているのは、オペラの会場です。満員の観客を前にマイクの前に立ち、体全体を使ってダイナミックに歌い上げる山口さんの姿を想像してしまいます。ピアノを弾く演技、というのもけっこうやっかいなもので、歌だけに集中できませんよね。もしも歌だけに集中できたなら。満員の観客の期待をすべてエネルギーに換え、ただ自分の声だけにすべての感情を乗せて歌うことができたなら。どんなすごい歌になるのかな、とワクワクします。

 2003年の公演のとき、この歌をシアターアプルで聴いたときの自分を、まざまざと思い出しました。あれから時間が流れ、私の周囲もずいぶん変わりました。でもこうして聴いているその瞬間は、あのときと変わっていないのです。

 レクイエムへ入るまでの流れは、かなり自然な感じでした。エミリーの死にショックを受け、頭を抱えてピアノに突っ伏すロンバード。ロンバードは、もともと悪い人間ではないです。優しさも、思いやりもある。口が悪いのと照れ屋なので誤解されている部分はありますが、実際には部下のために命を投げ出すような、そういう気概を持った軍人なんですよね。ロンバードはピアノが弾けるから、せめてエミリーの魂よ安らかに、と、ピアノで彼女の死を悼むのは自然なことだと思います。

 これ聴いているときに思いました。山口さんも、曲があればなんでもいいってわけじゃないんだなあと。いい曲に出会ったとき、奇跡のような相乗効果が生まれるのです。曲だけでも駄目、いい声だけでも駄目。その両方が出会わなければ、人の心を動かすような奇跡は生まれない。

 

 

 そして誰もいなくなったの公演で、特筆すべきは書割です。背景になっている空がすごくきれいなのです。照明の加減で、澄んだ青空になったり、真っ赤な夕焼けになったり、凶事を予感させる曇天になったり。雲の様子が本物の空みたいで、きれいだなーと思って眺めてました。同じ空でも、照明によって表情を変える、というのがおもしろかったです。

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