『真犯人』風間薫著

 風間薫著『真犯人』を読了。以下、その感想ですが、思いきりネタバレしていますので、未読の方はご注意下さい。

 中原みすず著『初恋』と登場人物が重なる本だ、と聞いていたので、読んでみました。非常に面白かったです! これは、『初恋』の後に読むと、かなり謎が解けます。

 中原みすずさんと、風間薫さんはお互いに顔見知りのようです。2人の違う視点から描かれた三億円事件の真実。『初恋』で感じた霧が、すーっと晴れました。

 これは私の考えですが、真実は風間さんの本の方が近いと思います。私には、『初恋』の登場人物みすずが(これは中原みすずさん本人?)実行犯だとは、やっぱりどうしても思えないのです。2冊の本の中で、2人の著者は同じ人物をそれぞれ別の名前で描いていますが、ここでは便宜上、『初恋』の登場人物名を使いたいと思います。

 まず岸について。『初恋』で解けなかった謎は、『真犯人』で解けました。岸が事件を起こした理由です。それは、いかにも当時の若者的な、権力への挑戦という単純なものだけではありませんでした。岸は当時政府高官だった、自分の父親に挑戦したのです。そして敗れました。

 みすずを通じて送り返した三億円は、表に出ることがなかったからです。現金は、闇から闇へ消えました。戦いを挑んではみたものの、岸が望んだ勝利はそこにはありませんでした。

 『真犯人』を読んで思ったのは、岸は現金を送る隠れ蓑、隠し場所として、みすずを利用したのだということです。みすずは実行犯ではなく、現金をアパートから送る役割を担当したのです。たしかに、それなら適任だったといえます。大学に入学したばかりの女子学生のアパートに三億円があるなんて、ぶっ飛んだ発想だからです。犯人を追う側からしたら、予想もしないことだったでしょう。

 

 ではなぜ、『初恋』の中でみすずが実行犯として描かれていたのか? きっとみすずは岸を本当に好きだったんだと思います。だから本当なら、実行犯にもなりたかったはずです。小説化にあたって、その方がドラマティックでもあるし、脚色したのも自然の流れかなあと思いました。もしも実行犯だったら、もしもそれを岸から頼まれたなら・・・想像をふくらませて、物語ができあがったのではないでしょうか。

 『真犯人』を読み終えた後、甘酸っぱい気持ちになりました。みすずの描いた理想の世界、空想の世界。それが『初恋』でした。しかし現実には、みすずは岸の複数のガールフレンドの一人にすぎず。『初恋』の中で、インドを放浪したまま帰らなかった岸は、『真犯人』では日本に帰国し、日本国内で心臓発作で亡くなったと記述されています。

 どちらが信憑性が高いかという話ですが、私はなんとなく、『真犯人』の方が真実のような気がします。

 岸が本当に、心からみすずだけを愛していたとしたら。インドへ出かけることはなかったでしょう。岸もみすずも独身で、二人を阻むものはなにもなかった。岸は日本に残り、愛するみすずと一緒に暮らしたでしょう。仮にどうしてもインドへ行きたかったとしても、みすずと離れる寂しさに耐えかねて、数ヶ月程度で、すぐに帰国したのではないでしょうか。

 現実には、岸はみすずの元に戻らなかった。岸はみすずに好意を抱いていたのでしょうが、それはあくまで好意で、愛ではなかったのだと思います。

 みすずは、「岸はインドへ行ったきり帰らなかった」という物語を作り上げたのかなあと思いました。日本にいるのに連絡をくれないのだとしたら、こんなにはっきりした失恋はありません。だから、みすずの心の中では岸は、幻の恋人としてインドへ消えたことになっているのだと思います。

 岸という人は、運も味方したとはいえ、あれだけの完全犯罪を可能にしてしまった頭のきれる人物です。もしも本当に愛する女性がいたら、実行犯どころか、計画のほんの端っこにさえ、その人を関わらせることはなかったと思います。その人を巻き込むことはしなかったし、自分の犯した罪を徹底的に押し隠し、その人の前では何ごともなかったかのように、無関係を装ったのではないでしょうか。

 

 岸と亮がなぜお互いに惹かれあったのか。それも、『真犯人』を読んで納得です。2人は同じような影を持っていた。だからこそ共感し合い、秘密を共有したのでしょう。他の人には理解できない微妙な心の揺れも、言葉に出さずともわかりあえたのだと思います。

 読み物としての面白さ、文章のうまさは『初恋』ですが、三億円事件の真実に近いのは『真犯人』だと思いました。『初恋』の後に、『真犯人』を読むのをお勧めします。これ、順番が逆になると読むのが大変です。『真犯人』はとても読みにくいのです。

 私は『初恋』を読んだ後、『真犯人』に、さっと目を通し、気になる箇所を拾い読みする、というやり方をとりました。全部をじっくり読むには、あまりにも読みづらかったのです。

 実際に起きた事件を語る2冊の本。関係者の多くが亡くなった今だからこそ、語れることもあるのかなあと思いました。

「『真犯人』風間薫著」への6件のフィードバック

  1. 突然申し訳ありません。古い記事のようですがコメントさせてください。というのも2018、10月現在、三億円事件が話題になっています。ある、小説サイトで、真犯人は私と名乗り出た人物がいるのです。物語は、小説サイトに投稿されているので、フィクションと考えるべきかと思いますが、一部には「本物か!?」と思われています。

    で、その内容ですが、「真犯人」「初恋」に似ています。主要登場人物も4人です。男女構成比や、登場人物のその後などは違いがあるものの・・

    ところで私も「真犯人」「初恋」両方の作品を読みましたが、感想は管理人様と同じです。お金の行先は、美化されていて、実際は違うと思いますが・・

    さて、今話題の「ネット小説」の方ですが、作者は、もしかすると、
    中原みすずさん、風間薫さんと近しい人物か・・・お二人の著書に出てくる誰かかなと思うこともできます。そのぐらい、「作品の雰囲気」は似ています。テイストというべきでしょうか・・

    一度、お目通し頂ければと思います。

  2. 真澄さんこんにちは。
    さっそくネット小説読んでみました。読み始めてすぐに、フィクションだなと感じました(^^; 最後まで読み終えても、その感想は変わりませんでした。むしろ、読み進めるほどに、これは創作だなあ~という思いが強まりました。
    「初恋」「真犯人」とテイストは全く違うもののように感じます。
    著者はとてもお若い方ではないでしょうか? 文章の向こうに浮かび上がるのは、若い男性の姿です。
    恋愛、嫉妬、将来への不安など、そういう感情面は実体験に基づいて表現されているのだと思いますし、リアルに伝わってくるのですが。事件そのものとは関係がないように感じました。
    なによりこの小説からは、著者の親友に対する罪悪感が全く伝わってこないのです。

  3. 私は「初恋」を映画で観たあとすぐ中原みすす著の小説を読みました。映画も小説も事件の内容としてリアリティーがあり恋愛物語としても美しく感じました。1968~9年は学生運動やら高野悦子の自死やら国内で起きる少し年上の人たちのニュースに多感な少年だった私にとって「三億円事件」もやはり若い人の起こした事件(犯人のモンタージュ写真が若かった)として私も強い関心を持ちました。解決されず迷宮入りになったことでその後ずっと関心はありました。映画を観て小説読んで、これがほぼ真実なのだろうと思いました(そうであってほしいとさえ思いました)。しかし映画を観て唯一引っかかることは350ccの偽白バイを雨の中右手だけでハンドルを持ちながら左手で合図を送る捜査は高校生の少女には無理だと思いました。ある程度の体力があり運転経験も十分になければできないと思いました(私も400ccのバイクに乗っていました経験で分かります)。やはり実行犯は「初恋」のみすずの兄の方だったのではと思います。

  4. Shourinさんこんばんは。
    ですよね~。やっぱり350cc バイクの運転は体力が必要ですし、そもそも体格が、女子高校生だと無理があるかと。そこは、物語としての脚色だったんだと思います。物語だったら、その方が盛り上がりますし。
    偽白バイはこの事件の肝だったと思うので、失敗の可能性の高い人選はありえないと思ってます。成功の確信があったからこそ、計画は実行されたのでしょう。

  5. 2冊を読んで私も同じ思いです。
    みすずさんだと身長も顔も(おそらくはグラマーな体型も)目撃情報と一致しません。警官の制服合わせや変声器の利用、発煙筒が当日にぶっつけ本番というのもリスクが高すぎです。
    引きずって走ったシートの出元の話や、使ったマッチを持ち帰ったということも捜査情報と一致しません。
    そもそも当日バイク担当であれば、地理の特訓はそれほど必要ないはずです。
    「初恋」の前に出版された「褐色のブルース」には「幻想の手記」と明記してあります。
    中原さんがどのように考えて執筆したのか分かりませんが、結果的には出版したことはよかったと思います。
    もし真犯人のように正確に書いたのだとしたら、到底映画化などは無理だったのではないでしょうか?
    (ところで映画の興行収入が3億円なのがなんとも…)

  6. 白い兎さんこんばんは。
    出版したことによって映画化がされ、また人々の記憶に、あらためて強く印象付けられた事件になりましたね。
    映画はむしろファンタジー要素と思われる部分があるから、どこかで観客は安心したような。「これはフィクションなのだ。創作なのだ」と。
    そうではなかったとしたら、もっともっとすごい騒動になっていたような気がします。

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