映画『永遠のゼロ』 感想

 映画『永遠のゼロ』を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタばれも含んでおりますので、未見の方はご注意ください。

 この映画も泣きました。
 原作の小説を読んだ時にも泣きましたが、映画も握りしめてたハンカチが重たくなるほどに泣きました。

 戦闘シーンや零戦の映像はさすが、映画ならではの迫力で、小説では想像できない部分も見事に描かれていました。

 ただ、全体的な感想としては、やはり小説には敵わない、と思います。無理ないことではありますが、小説のエピソードをたくさん削ってしまっているんですよね。すべてを描けば長時間になりすぎてしまうので、仕方ないことだとはわかっていますが。

 それと、この映画はエンドロールが流れ始めても、誰も席を立ちませんでした。私が今まで映画を見た中でも、こんなことは初めてで、驚きました。同時に少し、嬉しかったです。みんなが同じ思いを共有していたのだと思って。

 よかったのは、なにより宮部久蔵を演じた岡田准一さん。まさに宮部のイメージでした。優しくて丁寧な言葉遣いがよく似合う。キャスティングした人はいい仕事したな~と思います。なにより、宮部が小説のイメージ通りの人でなかったら、他がどんなに完璧でも、この映画は失敗していたと思います。
 岡田さんは宮部久蔵、そのものでした。

 そして景浦役の田中泯さん。あまりにもハマりすぎていて、もしかして本当にそういう経歴のある人なのか?と思ってしまうくらいでした。
 死線をくぐり抜けてきた凄みと影を感じます。

 ただ、小説と違うのは、健太郎は景浦邸を二度訪ねているんですね。私は小説の描き方の方が好きです。映画と違って、小説では

>俺は奴を憎んでいた

 と、宮部に対する反感や憎悪をはっきりと口にする景浦ですが、景浦がそういう男だからこそ、その過去の行為がまた際立つと思うので。
 映画だと、最初から宮部に対する好意が浮かび出て、それがちょっとどうかなと思いました。
 あと、小説にあった、景浦の用心棒の青年が、「いい話を聞かせていただきました」と深々と頭を下げるシーン、これも大切な情景だと思うのですが、映画だと省かれていたのが寂しかった。
 とどめに、映画では、健太郎が借りた名簿を雨に濡らすのが、ありえない~と思いました。景浦が何十年も大切に保存してきた名簿を借りておいて、あの扱いは失礼すぎます。いくら驚いたとしても。自分が雨に濡れたとしても、あの名簿を雨に濡らしてはいけない。
 健太郎は若いですが、それくらいの礼儀はわきまえた青年だと思います。あの演出はどうかと思いました。

 若い頃の景浦を演じているのは新井浩文さん。景浦の荒れた心をうまく表現していたとは思うのですが、惜しいのは、宮部に対する敬服や懺悔、言葉にならない激しい感情が、少し弱かったような。
 荒ぶる心は見えたけれど。そこから変化していく宮部に対する気持ち、というのが見えづらかったです。
 私が思っていた景浦の表情とは、少し違ったかなあと。

 松乃役の井上真央さんは、ミスキャストだと思いました。美しさは松乃にぴったりなんですが、なにより汚れていなさすぎます。髪も肌も、貧しい暮らしには似つかない輝きで、違和感がありすぎです。
 女優さんなので、あまり汚い荒んだ姿をさらすのは、事務所的にNGだったのかなあと想像しますが、だったら松乃役はやれないです。
 あのように、ちっとも生活に疲れていない姿で松乃を演じたのは、気の毒にも思いました。作品から浮いてしまっているようで。本当はご本人も、もっと髪を乱してでも、ちゃんとした松乃をやりたかったのではないかな。

 松乃が生活に疲れ果てていない、という点で。大石が訪ねてくる場面の感動が、半減してしまっていました。
 艶やかな肌、ふっくらした頬、きらきら輝く瞳。それで松乃の追いつめられた暮らしぶりを描こうとしても、無理があります…。
 どん底の中で、もし宮部の外套を着て現れた大石を見たら、彼を宮部と見間違うシーンはもっと、激しいものになったのではないかと、そう思います。暗く沈んだ瞳が、激しい歓喜で見開かれる瞬間。松乃の爆発的な喜びは、一層、観客の胸を打つものになったのではないかと思うのですが。

 あと、この映画の中で一番「これはない」と思ったのは、「許して下さい」と頭を下げる大石に対して、松乃が「帰って下さい」というシーンです。

 

 これは本当に、あり得ないと思いました。
 宮部が心から愛した松乃です。その松乃が、夫が命を託した青年から夫の最後を聞いて、いくら動揺したからといって、このような冷たい言葉を吐けるでしょうか。
 大声で泣いてしまうかもしれない。取り乱して、みっともない姿をみせるかもしれない。それはわかります。けれど、自分を責める青年に対し、「帰ってくれ」などという言葉は、決して投げつけない女性だと思います。

 あれでは大石が気の毒すぎです。

 慶子と、新聞社に勤める高山のエピソードは、映画ではごっそり削られていて残念でした。その代わりに、三浦春馬さん演じる健太郎と、仲間たちの合コンシーンが撮られていました。
 三浦春馬さんには岡田准一さんの面影があって、健太郎の感じた憤りが、画面からストレートに伝わってきました。
 祖父を、そしてあのとき命を落とした日本人を、侮辱する発言。席を立って当然です。私が健太郎でも、席を立っていたと思います。

 エンドロールの背景には、美しい雲の映像。宮部が飛んだ空を、観客も疑似体験する演出なのでしょうか。飛行機から撮ったと思われる雲の姿は、まるで夢のような美しさでした。この雲を抜けて、空を自由自在に駆けた宮部の生涯。彼は最後の出撃のときも、この雲を見たのだろうかと、そんなことを思いました。

 そして流れるのはサザンオールスターズの『蛍』という曲。

 サザンは好きですが、この曲は映画には合っていないかなと思いました。曲はいいのですが、この映画と合っているかと聞かれたら、それは違うかなと。

 零戦は蛍ではないし。宮部も蛍ではないと思うからです。
 じゃあどんな曲がよかったかと言われると、難しいのですが…。
 空をイメージした曲がよかったかなあと思ったりします。せっかくあれだけ美しい雲の映像があるのだから、それに似合う、空の曲がいいなあ。穏やかで、温かくて、壮大な曲。
 空の曲だったらよかったのにと思います。

 映画は素晴らしかった。そして、原作の小説は映画よりさらに、素晴らしかったです。
 日本人であることを誇りに思います。

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