『神童』山本茂 著 感想

 ずっと昔に見て、忘れられない映像がある。

 神童と称えられたヴァイオリニストの少年。さらなる高みを目指し、アメリカへ渡った彼は不慮の事故により夢を断たれて帰国。ひとりで生活することも難しい体になった彼と、彼を介護し続ける父親。

 そんな二人が暮らす家には、薔薇が咲いていた。 

 手入れの行き届いた庭、大きな家。咲き乱れる薔薇に彩られた夢のようなお家。

 黙々と、息子の回復を信じて介護する父と。

 少年の顔には相応の時間が流れていたけれど、一切の苦悩から解き放たれた顔には、穏やかな笑みがあった。

 いつか、その少年が旅立ったとニュースで知った。父親よりも先に旅立ったことが、幸せだったのか、不幸だったのか。
 幸せと言えば、なんて残酷なことをと眉をひそめられるだろうか。
 けれど不幸と言えば、それもまた違う気がする。

 外国がまだ遠い異国だった時代。日本と隔絶された地でたったひとり、懸命に芸術を追求し続けた日々。それはこの上ない幸せと、この上ない不幸が同居した、彼だけの人生であり、運命だったのだと思う。

 神童と呼ばれることを、彼が本気で喜んでいたとは思えない。
 彼は、彼にとって大切な人が、自らの弾くバイオリンを褒めてくれるというただ、そのことが嬉しかったのだと思う。
 そしてバイオリンは小さな男の子のすべてになり。
 彼が本当に不幸と思い心底恐れたのは、大切な人に見捨てられるという不安感ではなかっただろうか。

 バイオリンを褒められれば褒められるほど。
 それを失った時自分にはなにが残るのかと、たまらない恐怖だったように思う。

 それでもバイオリンがあった。だからがんばれた。けれどその奏法をもし、根本から否定されたとしたら? 

 気持ちを推し量ることは、想像にしかすぎないけれど…。

 彼が旅立ち、その音だけが残った今。耳に響く音は、あまりにも透明で。その透明すぎる完璧なフォルムが哀しみを誘う。年を重ねれば、誰でも色がつくはずだったから。その色がないまま、彼は旅立ってしまったのだと、否応もなく思い知らされる。駆け出して、そのまま行ってしまったことが悲しい。
 その線は流れるように続いて、完璧で、でも色を持たない。この先、この技術に彼なりの彩りがつけられたなら、どんなに素敵だったろうかと、考えても詮無いことを、つい思ってしまう。

 音を聴けば、いつでもあの薔薇の家と無垢な彼の笑顔が、胸をよぎるのである。

 

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