『狼の牙を折れ』門田 隆将 著 感想

『狼の牙を折れ』門田 隆将 著 を読みました。以下感想を書いていますが、ネタバレ含みますので、未読の方はご注意ください。

テロというと、アメリカやヨーロッパ、そして中東のイメージが強い。日本はテロとは無縁な感じもするけれど、考えてみればあのオウム真理教の事件などは、国家転覆を本気で狙った、本格的なテロだったなあと思う。内乱罪も外患誘致罪も適用されないのが不思議だった。オウム事件で適用がされないなら意味がないし、適用が無理なら無理で、新しい法律を作らなくてはいけない大事件だった。

そして、オウムの事件よりさかのぼること20年あまり。東京駅前のオフィス街が爆破されるという信じられない大惨事があったという。今の駅前の繁栄を見ると、まるで夢のようというか、本当に?という気持ちになる。

事件当時私はまだ幼児だったので、どんな報道があったのか、などは全く覚えていない。ただ、事件としてそういうものがあった、という事実だけは、なんとなく知っていた。テレビか雑誌か、後年、なにかで知識を得たのだと思う。

今回、私はこの本を読んで事件の凄惨さに驚き、犯人グループに対しては怒り、そして公安警察の地道ながんばりには、尊敬の念を覚えた。

特に、公安の仕事というのは大切だけれども決して表に出ないというところが、ちょっと気の毒な気もした。どんな手柄をあげたところで、名前が知れて世間から賞賛を浴びることはないから。

警察内部にも派閥はあって、その中での権力争いはあるだろうけど、犯人を絶対に捕まえる、という強い思いだとか、犯罪を憎む気持ちは共通のものだ。日々、こうした警察のおかげで日本の治安はしっかり守られているんだなあと、あらためて感謝の気持ちがこみ上げてきた。

犯人グループには、全く共感できなかった。もちろん、どんな政治思想を持とうとも、それ自体は自由だけど、自分たちの思い通りにしたいから一般人を巻きこんでテロをする、というのは許されないことだ。すごく不思議なんだけど、理想の社会を思い描くところまではいいとして、グループを組んだとしても、そのとき「ビルを爆破しよう」という話になったら、反対する人はいなかったのかな。だって、そこのビルで働く人は労働者だよね? そこに資本家階級はいないと思う。いくら犯人グループが気に入らない企業だったとしても、そこで働く人たちがターゲットになるのは、意味がわからない。

また、仮に、そこで働く人をエリートとだとして憎んだとしても、ビルには大勢の人が働いているわけで。そこの会社以外の人も存在する。たとえば日雇いで、すごく安い時給で単純作業をしている人もいるかもしれなくて。生活のために必死で働いていたり、子供を食べさせるために休み返上で働いてる人もいるかもしれない。その人たちも巻き込んでしまうのか。

また、その会社とかビルとか全く関係なく、ただ道を通りがかった人も犠牲になってしまった。その人の人生、奪う権利は誰にもどこにもない。どんな立派な思想であったとしても、無関係の人を巻きこんでいいわけがない。

一人、二人ではなく。組織として、こうしたテロを容認し推進する団体が、現実に存在するということが恐ろしかった。

最も印象深かったのは、警察がやっとのことで犯人を逮捕しようとする、その日の朝。逮捕を報じる朝刊が販売されてしまったこと。読みながら、あまりの展開についていけず、「ええ~~!!」と声に出してしまったほどです。

考えられません。ジャーナリズムってなんなんでしょう。その新聞を犯人が読んで、逃げてしまったらこれまでの努力は水の泡です。もちろん、それを知った土田警視総監は記事をとめるように、輪転機をとめるように頼むのですが、産経新聞の福井(警視庁クラブ詰めの記者で、まとめ役のキャップ)は断ります。

もちろん、土田警視総監は、とめなければならない理由を丁寧に説明したのですよ。「もし(犯人に)気づかれたら、捜査官だけでなく、一般市民にも被害が及ぶ可能性がある」と。

これだけ言われて、その意味がわからないわけはありませんよね。新聞記者なのだから、言葉に対しての感覚は人一倍鋭敏なはず。なのに。とめないのです。産経新聞…

この産経新聞の記者を軽蔑します。こんなことがあっていいのか、と思いながら読み進めました。読んでる私ですら、苛立ち、怒鳴りつけたいような気持ちになったのですから、その場にいた土田警視総監の気持ちはいかばかりか、と。裏切られた気持ちになったでしょうね。全部秘密にしてきたわけではなく、出せる情報は出すし、お互いさまで協力できるところは協力してきた関係だったでしょうに、一番肝心なところで、これは裏切りです。

 

>「明朝、現場での特ダネ取材を産経だけに約束しましょう。だから、報道は夕刊からにして欲しい。お願いします」

>土田は、福井に頭を下げた。

 

この描写を読んで、胸がいっぱいになりました。きっと土田警視総監も、怒りはあったと思います。だけどその怒りはぐっと押し込んで、頭を下げたんです。そして、低姿勢で頼んだのです。とにかく、逮捕前に逮捕を朝刊が報じるなんてこと、あってはならないんですから。どうしてこの産経新聞の記者にはそれがわからないのか、私にはまったく理解できませんでした。

>「一般市民の命」と「スクープ報道」との鬩(せめ)ぎ合い

と、文中では表現されていましたが。

これ、どう考えても「一般市民の命」の方が重いです。どんなスクープであれ、一般市民の命を危険に晒していいわけがありません。逮捕に失敗したら、グループはどんな反撃にでるかもわからない。そのリスクを考えるとぞっとします。なぜこの記者は平気だったんだろうか。逮捕が失敗に終わったら、後日、最初の事件よりもっと大規模な、もっと残酷なテロが起きるかもしれない。そのとき平気でいられるのでしょうか。自分には関係ないと?

福井の上司である、産経新聞の青木編集局長と藤村社会部長は、「容疑者の名前と住所は掲載しない、容疑者の住む地域には当該朝刊を配らない」というような配慮を提案しますが、そのとき、同席していたスクープ記者たちはなかなか納得しなかったそうです。

もちろん、実名を知るためにものすごく大変だった、その努力が報われない、紙面に載せられない、という記者の悔しさはわかります。でも。こんな大事な逮捕前の局面で、なお「実名を載せろ」と言いきれるその神経。

私は福井の言動にもかなりびっくりだったのですが、新聞社の中では彼はまだ、良識派のほうだったのですね。もっともっと過激な、現場の記者たちがいた。容疑者の実名を朝刊に載せて何が悪い、という考え方があった。

結局、産経新聞は、容疑者が住むエリアの配達を遅らせて、本人が逮捕以前に記事を目にしないようにする遅配作戦を行ったそうです。

でもさー、そのエリアに配らなくても、他では配るんでしょ? 容疑者の仲間が他の地域に住んでて、新聞見て容疑者に電話して知らせたら終わりなのでは? マスコミが警察の捜査の邪魔をする(それも逮捕という、一番の大事な局面で)というのは、やっぱりひどい話だと思いますし、ちょっと考えられない事態です。

一方、土田警視総監は、NHKに電話をして、自ら明日の逮捕情報を伝えました。そしてNHKの報道解禁を午前八時半とし、それまでは一切報じないという協定を取り付けました。

(ちなみに民放に関しては、たとえ新聞に記事が出ても、裏どりに手間取るだろうから、早朝からの放送はないに違いないと考えたそうです。しかし取材力のあるNHKはそうはいかないと)

警視総監から電話を受けたNHKが、良識ある判断をしてくれてよかったです。ここで、「知った以上、ジャーナリストとして報道しないわけにはいかない」とか言い出したらとんでもないことになります(^^;

産経新聞は、逮捕を朝刊で報じるだけでなく、逮捕の瞬間のスクープ写真まで撮ろうとするのですが、私は最後まで、「なんなんだ(怒)」という気持ちで読み進めました。容疑者が記者の不審な動きに気付いたらどうなるのか。なんでこう、最後まで警察の邪魔をするのでしょうか。逮捕してからなら、いくらでも取材すればいいし、その情報は社会の役に立つだろうけど。逮捕そのものを危険にさらすような行動は、許されないと思います。

本は最後の最後まで、驚くべき展開でした。逮捕した7人のうち3人の、想像もできなかった形での出国…

そのうち浴田由紀子は国外で逮捕され日本に送還されましたが、佐々木規夫と大道寺あや子の2人は、現在も逃走中だということです。

すべてが、ドラマでもなく映画でもない、実際の話。ノンフィクションであるという事実が、読後、重くのしかかってきました。

最後の最後まで、引き込まれて一気に読み終えました。事件に関わった人たちの人生が、それぞれぎゅっと詰め込まれた、中身の濃い本だと思いました。

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