ドラマ「アシガールSP」感想

ドラマ「アシガールSP」の感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので、未見の方はご注意ください。

いやー、一言でいって、「よかった」です(^^) 続編とかスペシャルと銘打つものが、本編と同じクオリティを持つことは稀だと思うんですが、よくぞ90分であれだけの世界を描いたなあと。

本編のダイジェスト版を見た後だけに、90分がどれほど短いものか、よーくわかってます。だからこそ、スペシャルが本当に丁寧に、視聴者の期待に応えるべく、考えられて作られたことがわかります。

ドタバタラブコメではあるんだけど、深いのです。途中、真剣に考えちゃったもんね。若君様の選択肢に何があるんだろう。どうすることが幸せなんだろうかと。

一度和議を結んだのに高山の裏切り、みたいに唯は思っちゃってるみたいですが、織田信長が登場した時点で、もう高山には選択の余地なんてない。従うか、抗うかのみ。そこに高山の意志など存在しないでしょう。

それと、羽木家も腹をくくらねばならない時が、来たんですよね。皆が一時的に城を逃れて、近隣に逃げたところで信長が見逃すわけないじゃ~ん、ていう。全国統一目指してるんだから、そこはきっちりと、つぶしていくと思う。じゃあどうすればいいのか。圧倒的な兵力の違い。戦えば滅亡。ならば、降伏して信長に仕えるか、戦って死ぬかの二択になってしまう。逃げても、結局は殿と若君の首だけは取られることになるだろうし。

とりあえず、小垣城へ向かう若君。時間稼ぎにしかならないことを知っていても、まあ、それくらいしかできることはないよね。唯に知らせなかったのは当然。着いていくと駄々こねられても困る。しかしまさか夜着で追いかけていくとは、唯は、本当に目の前の自分たちのことしか考えていないのだなあとしみじみ。

ドラマの中で、唯の考えが浅いところが時々気になりました。若君は一族全体の行く末を考えて行動しているんだけど、唯はあくまで自分と若君の未来に焦点を絞る。平成生まれの女子高生で、若君より2歳下だと仕方ないことなのか。でも、あれだけ若君と一緒に行動してお城での生活もあったんだから、もうちょっと心が成長してもよくないか?

一番「ええー!!」と思ってしまったのが、明日降伏する(切腹する)と決めている若君に、結婚をせまるところでした。ここは唯に対してイラっとしてしまった。いや、それどころじゃなくない? 祝言とか挙げてる場合じゃなくない? それは唯にしてみたら一番の願いかもしれないけど、若君の立場や気持ちを思いやったら、今それ言う?

私の中で、唯の評価がダダ下がりです(^^;

まあ確かに、唯のおかげで今、若君が生きているというありがたさはあるけども。でも唯だって、若君がいなかったら何度も死んでるよね。毒キノコやら戦闘やら。若君は命の恩人じゃん。そして若君の立場を思うなら、あの場で祝言の話とかするかなあ。

そして、「待てぬ」の若君がツボでした。そりゃあの状況で「待って」とか、唯が間違ってる(^^;でも結局待ってあげる若君は優しすぎて、どんだけ完璧な人なのかと。

あと、現代に帰ろうとする唯に、背中を向けるところもよかったです。そりゃあ、見てられないよね。胸が張り裂けるよ。それ以前に、唯がいなかったら…みたいなことを言う若君にも、キュンキュン(死語)させられました。

若君の孤独、について考えてしまった。領民、家臣、大勢の命を預かる責任の重さ、己ひとりの幸福を追求するわけにはいかないよ。そこが、どこまでも能天気な唯との違いなのです。でもその唯しか、いないのです。普通の姫相手だったら、表面上の勇ましさだけを取り繕わなければならないから。いろいろ本音で話せる相手は貴重です。その人が妻になってくれるなら、どんなに心強いか。でも、その人を危険にさらすわけにはいかない。逃がす手段があるなら、逃がさねばならない。二度と会えない場所であっても。

そんな若君の苦悩が、胸に響くシーンでした。唯とはどんどん親しくなっているだけに、本編の第8回以上の苦しさがあったのではないでしょうか。

死なない約束をしたから、屈辱に耐えても、切腹ではなく生きる選択をした若君。当時の状況を聞いて、すすり泣く臣下の者たち。唯の甘さを叱責するおふくろ様。おふくろ様もすごくいいセリフだったと思います。

しかしやはり、唯は唯でした。変わってない。わかってない。

だって、若君様が相賀の娘と結婚するのを、ぶち壊しにいくんだもの。いや、私は相賀の娘との婚儀の書状を、成之さまが持ちだしたとき、「その手があったか」と一瞬喜んだのですよ。だって、それこそ婿になることで、若君の命は救われるし、落ちのびていく羽木家の皆を、陰でこっそりサポートできるじゃないですか。婿としての発言力がどれほどのものかはわからないけど、少なくとも現状の、敗残の将としての生殺し状態からは逃れられる。そして、若君が皆を助けられる、唯一の道。

落ちのびたとして、城を失った羽木家の暮らしが、いいものであるはずもなく。親戚とはいえ、世は戦国。もし信長に「差し出せ」と命じられれば、そこに羽木家の居場所などない。

相賀の家の、戦の使い捨て駒なら、遠からず若君様には死、あるのみ。己の命を長らえ、羽木家を救うには、相賀の娘との婚儀は願ってもないチャンスのはず。

皆に賛同され、婚礼をぶち壊すべく意気揚々と走っていく唯の姿を見て、私は複雑な気持ちになりました。だって、悲しいかもしれないけど、この時点で唯が現代に戻れば、すべては上手くいくのでは? と思ったから。唯にだって、帰りを待つ親がいる。なにより、今唯が身を引けば、一番丸く収まるのに。婚礼ぶち壊して、その後、二人で現代に行くことが、若君の幸せなの? 残された一族のこと、若君が憂えないはずないのに。

月の人を演じる唯と共に、逃げ出す若君の殺陣は、ひたすら美しかったです。恋人を守る男性の図って、本当にかっこいい(^^) 唯の手を引きながら、無敵の強さで道を切り開く姿にほれぼれしました。眼福、眼福。あの後、じいが責めを負わされたであろうことには、心が痛みますが、じいを連れて逃げられないしなあ。

現代パートでは、若君が違和感満載でした。カツラが合ってないのかな。なんともいえない、「コレジャナイ」感。やはり若君には戦国が合う。現代のイケメンではない。それに、ちっとも幸せそうじゃない。もしも現代で二人がずっと暮らしたら…若君は唯に決して愚痴をこぼさないだろうけど、半分死んだような生活になると思いました。魂はずっと、戦国に残したままで。

たぶん、楽しいふりしてたんだろうなあとは思います。唯のために。唯が望むことを叶えてあげて、唯の恩に報いて。でも一瞬だって、若君は一族が暮らす戦国の世を、忘れた瞬間はないと思う。

若君役の伊藤健太郎さん、ぴったり役にハマっていました。佇まいが武士なのです。強く、優しく、思慮深く。

ドラマを見終わって、これはもちろんフィクションなんだけど、似たようなことは戦国時代、全国で起きていたんだろうなあと、そんなことを思いました。小国が、吸収、合併、滅びていく例は、無数にあったでしょう。だけど統一する強大な権力がなければ、それはそれで、地方での小競り合いは続いたでしょうし。

戦国どころじゃない。つい最近だって。明治維新もまた、多くの悲しみがあったはず、と、そんなことを思いました。今まで武士だった家が、武士でなくなる。そのことの重みです。もう社会構造が、根底からひっくり返ったのですから、衝撃はどれほどのものだったのかと。表に出てこないどれだけの人生が、激変したのかなあと。

ドラマ「アシガール」、好きです。しばらくは思い出して、いろいろ考えると思います。

ドラマ「アシガール」ダイジェスト版 感想

ドラマ「アシガール」ダイジェスト版を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので未見の方はご注意ください。また、感想は辛口ですので、その点もご了承ください。

NHKドラマ「アシガール」のダイジェスト版の放送が、23日にありました。1時間25分の放送でした。元のドラマが、38分×12回=456分のところを、どうやって短縮するのか、はしょりすぎて意味不明になっても嫌だし、初見の人にもドラマの良さが伝わるよう何を捨て何を残すのか、編集を楽しみに見ました。

見終わった素直な感想。いやー、縮めるのって難しいね(^^; 印象深いたくさんの名場面が抜けていて、残念でした。でも納得でした。とにかく、今回のダイジェストは85分間ですから。

いろいろあってこその二人のセリフ、表情なので。いくら名場面と言っても、それをすっ飛ばして名場面だけを映したところで、感動はない。それくらいなら、いっそ流さないほうがいい。私の大好きな第8回の素敵シーンもセリフも、ほとんど出てこなかったですが、むしろそこだけ唐突に流されても嫌なので、あれでよかった。

編集は最高だったと思います。どうしてもぶつ切りになってしまって流れがおかしいところは、ナレーションでうまく繋いでいて、違和感がありませんでした。

ただ、あらためてダイジェスト版を見て、すごく気になったというか、惜しいなあと思ったのが唯役の黒島結菜さんのこと。

キャラとして、唯のイメージに合わないと思いました。クールすぎるのです。若君に一直線という情熱を感じなかった。セリフや態度は、もちろん演技としてきちんとされていたのですが、言葉にならない、あふれでるなにか、を感じられなかった。ものすごくもったいなかったです。もし唯がもっともっと、理屈ではない若君への恋心に突き動かされる女の子だったら、さらに切ないドラマになっただろうにと。

一番それを感じたのは、若君様のプロポーズシーンでした。愛しい人の命が助かったこと、その喜びを抱きしめ合いながら分かち合う、という盛り上がりの場面。

目を閉じた若君様が無表情なのは、あまりにも唯が淡々としてるからかな~と思ってしまいました。ああ、もちろん言葉は、「若君さま大好き」でしかない唯なのですが、最初から画面を通して彼女から伝わってくるものが、とても温度の低い何か、なのでした。一目ぼれから始まり、ますます熱が高まった末の、命がけの紆余曲折を経て、ではなかったのです。そういう唯を相手にしている若君様の、だからこそのあの無表情というか、妙に納得してしまうものがあった。

ああやって、好き同士が抱きしめあったら普通はもっと、違うオーラが出ないかなあと思ったのでした。お互いに、相手に対しての愛しさが、こらえてもこらえきれない気持ちがあふれ出て、それがまた相手の情熱に触れて、相乗効果となってぐるぐる回り出す、みたいな。

そういうのが見たかったけど、あの場面はそうではなかった、ような気がします。淡々と、淡々と。唯の目に、若君様は恋しい人に映っていなかったような。

若君様は、唯より多少温度が低くてもいいと思うんですけどね。あくまでも若君様であって、いかなるときも己の置かれた立場を忘れる人ではない。唯のことは好きだろうけど、それは無条件の何か、ではないと思うのです。

若君が唯を好きになったのは、唯が命がけで若君を助けにくる、そんな女の子だったから。歌を詠み、美しい着物を着てしとやかに殿の帰りを待つ、そんな典型的な女子像ではなく。足軽の格好で、馬と並走して走り、どんな危険にも臆さず一途に自分を慕い。あけすけに物を言い、時には自分の命を投げ出してまで愛する人を守ろうとする。

若君にしてみたら、それは心惹かれると思いますよ。戦や人生を語れるというだけでも、好感を持つでしょう。そんな人が自分を慕ってくれるなら、好意を抱かない方が不自然。

若君の愛情は、じんわりでいいような気がします。でも唯はなー。唯はもっとあけすけに、一筋に大好き光線を発する女の子であってほしかった。それが唯の魅力だと思うので。

舞台が荒唐無稽な設定でも、それをふっとばすくらいの元気キャラだといいなあと妄想します。唯の放つエネルギーに、皆が巻きこまれていくの。若君もまたしかり。大きな渦に飲み込まれて。そういうの、見たかったなあ。

黒島さんの唯だと、後先考えずに、とにかく走っちゃう、というよりも、知的な女の子に見えてしまうのです。

伊藤健太郎さんの若君が、あまりにもはまっているだけに、唯に対する違和感がもったいないというか。それと、唯の走る姿があまり魅力的でない、というのも残念です。

たぶん、ちらっと見ただけのCMでも、走る姿で魅せることってできるんじゃないかな? 楽しそうに駆け抜ける姿、走ってればそれでOKな姿、一目見た人が、お?これは面白そうなドラマだなあ、と感じさせるくらいの本気走り。走るのがものすごく速い人って、周りの目を奪いますよ。

ドラマだとどうしても、女の子っぽい走りに見えてしまって。速いという設定も嘘くさく感じてしまって。そうなると、子供向けのラブコメなんだろうなという印象がぬぐえなくなってしまってもったいない。

今の年齢の伊藤健太郎さんを若君役に抜擢したのは本当に大正解だったと思うし、ダイジェスト版の85分ではとても語りきれないほどの物語で、すごく面白いドラマ。展開が単調ではなくて、視聴者を飽きさせない。そして、衣装とか、街並とか、他にも主人公2人を囲む周りの俳優さんが実にいい。安っぽくなく真にせまっているのです。

結局、役にはまるかどうかというのは、ある意味、賭けもあるのかなあ。キャスティングは、本当にその役に合うかどうかでなく、事務所の力関係もあるだろうし。合う合わないは、俳優の責任ではなく。人にはそれぞれ持ち味があって、たまたまそういう役に巡り合うかどうか。

今日の夜、続編が放送されるのを楽しみにしています。本当は4Kで17時から見たいけど、うちが加入しているケーブルテレビは4Kに対応してないので、21時からの放送を待つしかない。なんだよNHK~、4Kだけのスペシャルコンテンツが気になるじゃないか~(^^;

21時が待たれます。

ドラマ『アシガール』感想 その2

前回のブログの続きです。私の好きなドラマ『アシガール』の名場面について語ります。以下、ネタバレ含みますので、ドラマを未見の方はご注意ください。

さて、名場面を語ろう、と思ったのですが。あれもこれも、たくさんあって選び切れない(^^;

一番好きな回で言うと、第8回と最終回の2つが好きです。第8回については、もうこれが最終回でもよかった、くらいの完成度でした。これが最後でも全く構わない。納得の終わり方。

第8回がどうやって終わるかというと、主人公の唯ちゃんが現代に帰っていくのです。タイムマシンがそれを最後にもう使えず、二度と戦国時代に戻れないというのを知らずに…。またすぐ若君と会えると思いこんでいるもので、かなり能天気な唯ちゃんに対し、永遠の別れを覚悟して、それを隠している若君の表情がせつない。

でもさ、まあそうなるよね、と。

若君様は、一度は現代を経験してしまった。そこでご両親や弟や、平和な世の中を見た後で、唯を戦国時代に留め置くっていう選択肢はないわね。

無邪気な唯と、精神的に大人な(さすが家督を継ぐ男子)忠清さまとの差が、せつない。唯には本当のことを言わず、ぐっとこらえて、送り出す姿がかっこよかったです。まさにイケメン。

私が中でも好きだったのは、若君がひとりで馬に乗って帰るときの哀愁かな。ついさっきまでの、唯のまぼろしを見るんだよね。流れる音楽も静かで、なにも特別なものじゃない、特別な夜じゃないって感じでさ。

出会うはずのない二人が出会って、またふっと、離れただけのことっていう。どこにでもあるような、世の無常を思わせるような、だからこそ胸に迫るものがあります。

第8回が最終回でもいいと私が思ったのは、若君が全力を尽くしたのがよくわかったから。やり残した後悔がないからこその、すっきり感があったのです。万感の思いでちゃんと唯にお礼も言ったしね。

悲しいし寂しいけど、でもどうしようもないもの。人それぞれ、背負った運命は違うから。もしあのまま唯と別れて二度と会えなかったとしても、若君はしっかり生きていっただろうなと思う。唯を生涯忘れないで、胸に秘めたまま阿湖姫と結婚し、高山と戦い。羽木家の嫡男として、まっすぐに生きただろうなと思うのです。

唯はどうだろう。あのままもし戦国に帰れなかったら。案外時間が経てば、記憶が薄らいで、若君のいない人生をそれなりに堪能したような気がする(^^; だってドラマの唯にはあんまり、若君への情熱を感じなかったからなあ。コメディだからそういう演出だったのかもしれないけども。

ああ、でも欲を言えば。もう少し、若君を好きな、それが画面からダダ漏れな唯であってほしかった。コメディ要素もいいけど、もっともっとせつないドラマにしてほしかったなあ。

と、第8回が大好きな私ですが、最終回もなかなかよかったです。最後の若君の笑顔がたまりません。ああ、こういうふうに笑えてよかったねえと、しみじみ思いました。こんなふうに笑える相手に出会えたなんて、若君様しあわせ者だよ(^^) 唯ちゃんを大事にするんだよ~と、声をかけたくなりました。

そうそう、他にもうひとつ好きな場面があります。唯の顔に鉄砲の弾傷があるのをみつけて、若君様がとても心配そうにするシーンです。もう、若君の心中が画面にあふれてきて、見ている私もいたたまれない気持ちになり。

そりゃ、自分のせいで好きな女子の顔面に怪我を負わせたら申し訳なくて罪悪感に苛まれるよなあ。痛かっただろうと思うし、傷が残らないかと心配だし。なにより、弾があと少し逸れていたら唯の命はなかった。そのことを思うと、もうたまらない気持ちになるよね。

そのとき、いつもは天然であまり察しのよくない唯が、そのときだけは、若君の心中を敏感に読み取って、嘘をつくのね。傷は、山の木の枝のせいだと。鉄砲の玉ではないと言外に、若君を思いやる。あー、こういうお互いの思いやりっていいなあ(^^) 見ててにんまりしてしまう。若君すっかり御見通しなところもイイ。

このドラマ、どうしてこんなに若君が魅力的なのかな、と思ったのですが、理由のひとつには、表情をあまり出さないということもあるのかなと。無表情っていうのも変ですが、若君は人の話を聞いてぱっと顔色を変えたり、そういう反応がないのね。むやみに心中を悟らせない教育を受けてきたのか、確かに、上に立つ人はどしっと、動じない方がいいんだろうし。そして、寡黙。普通のドラマだったら、相手の言葉にすぐ反応して言葉を返すのに、若君はもどかしいくらい黙ってて、どうしてもという厳選された言葉を口にしてる感じがする。そういうところが、若君の魅力になっていると思います。

若君は殺陣も所作も言葉遣いも美しかったです。時代衣装も似合って。そして若い。若いのに老成してる部分もあって、それは、そうしなければ生き抜けない戦国の世の厳しさをうかがわせて、痛ましくもあり、また、頼もしくもあり。

演じた健太郎さんは当時二十歳ということで、大正解だったと思います。もっと年齢が上なら、全然違う若君だったはず。ドンピシャの配役だと思いました。キャスティングした人すごいなあ。

ドラマ『昼顔』でデビューしたとのことで、ああそういえばあの高校生役か、と。でもあの人を、この若君役に、とは私だったら全然思いつかない。こんなに化けると思わない(^^;

ドラマ『今日から俺は』も何回か見ましたが、若君の片鱗がかけらも残っていないことには驚きました。まさに若君を「演じて」いたのだなあと。健太郎さん自身は、決して若君じゃない(当たり前だけどね)、ということをつくづく思うのでした。

逆に、何を演じてもその人が出る、というタイプの役者さんもいますね。どちらが優れてるとかではなく、それは役者さんのタイプなのだと思います。

たとえば、今回のドラマで言えば、加藤諒さん(宗熊)とか、村田雄浩さん(宗鶴)とか、ともさかりえさん(吉乃)とか、田中美里さん(久)などは、私にとっては、何を演じてもその人の個性が色濃く出る役者さん、に見えます。

宗熊ではなく、加藤諒さん、に見えてしまうのです。今回の宗熊役はよかった~。加藤さんが宗熊じゃなかったら、唯と宗熊のシーンがものすごくつまらないものになっていたはず。加藤さんの個性が、宗熊というキャラを見事に作り上げていました。もはや、宗熊が加藤諒さんなのか、加藤諒さんが宗熊なのか、切り離せない。

村田雄浩さんは、私にとってはドラマ『雪の蛍』の元彦さんで。渡鬼でもなんでも、元彦さんに見えるし、今回もやっぱり「あ、雪の蛍の板前さんだ」と思って見ていました。それだけ強烈な個性なのです。ともさかさんも、私は吉乃ではなく、ともさかさんだ~という目で見ていました。

あまりにも個性がある役者さんは、役よりもその人そのものが出てしまう、というところがあると思います。それが役にはまればOKなのですよね。

あとひとり、いいなと思ったのが、はんにゃの金田哲さん。若君と剣の稽古をするシーンが凄かったです。上手い! これは剣道経験者だからですよね。背筋をぴんと伸ばした姿勢から繰り出される無駄のない動き。若君を圧倒してました。これは指南役だわ~、若君敵わないわ~。

芸人のはんにゃ、でなくて。まさにそこにいたのは、天野家の嫡男。ドラマの中で光ってました。

全体的に、このドラマは映像として、綺麗だったな~。光が印象的に使われていました。朝の光、昼の光、夕暮れの光、月の光、ろうそくの光。それぞれに照らされる唯と若君様の表情、そのひとつひとつが美しかったです。

実は続編の放送を楽しみに待つ反面、自分の中に、もう見なくてもいいか、という気持ちも少しだけ生まれてきています。それは、本編がとても美しく終わっているから。唯や若君のその後を知りたいような、知りたくないような。続編が、あの美しい世界を壊してしまうものなら、見たくはないのです。それくらい完成された、良い終わり方でした。

ドラマ『アシガール』感想 その1

去年NHKで放送されたドラマ『アシガール』。今年のクリスマスイブに続編スペシャルが放送されるということなので、今から楽しみにしている。

とはいえ、私は本放送のときは、見てなかったのよね(^^; 理由は単純に、当時ときどき見かけた予告編がつまらなかったから、それに尽きます。ラブコメ、それも、どうみても子供向けというテイストが、視聴意欲を削ぎました。

あれもったいなかったな~と思います。もう少し予告映像工夫したら、若者だけでなく、もっと大人の年齢層も取り込めたのに。

タイムマシンもの、ということで。設定からしてそりゃあ、あり得ないことのオンパレードなのですが。でもこのドラマの良さは、人物設定がよく作りこんであることと、衣装や言葉遣い、所作の美しさ、そして清忠役と成之役にあると思っています。薄っぺらくないのです。静かに、深い。

以下、思いつくままに語っていきたいと思いますが、ミスキャストだと思う部分についても遠慮なく書くつもりです。ドラマの全部を褒めるわけではなく、熱心なファンの方は気分を害する可能性もあるので、その点ご注意ください。また、ネタバレも含んでおります、お気を付けください。

なによりも、私がこのドラマを好きなのは、伊藤健太郎さん演じる若君、忠清がかっこいいからです(^^) 外面ももちろんですが、内面も素晴らしい。

ただ原作漫画もちらっと読みましたが、原作の若君のイメージとはちょっと違いますよね~。漫画だと、クールな感じの美青年。ドラマ版だとクールという感じでもなくて。私はドラマの方が好きですけど。

ドラマ放映当初は若君のキャスティングについて賛否両論あったみたいですが、無理もありません。漫画のイメージ通りのキャスティングかというと、それは違う。ドラマと漫画は全くの別物、と考えたほうがいいような気がします。設定がほぼ同じというだけで。

私は漫画のファンではなく、ドラマのファンなので、健太郎さんをべた褒めします。うん、素晴らしい。この人が演じていなかったら、私はこのドラマ、こんなに語ることはなかったと思う。

若君様の何が魅力的って、おひさまみたいなところです。まっすぐに、素直に、すくすくと育った人の良さがある。大切に育てられたっていうのがわかる。そして、その恵まれた育ちや容姿を鼻にかけるところがなく、家督を継ぐものとして、私心よりも公を優先しようとする責任感がある。

じいの自慢の若君というのがよくわかります。そりゃ、こんないい子に育ったら、じいやも鼻が高いはず。

このドラマには、もう一人大事な登場人物がいて。それが、忠清の腹違いの兄、成之。演じているのは松下勇也さんなのですが、これまたぴったりなのです。何にもいわないでそこにいるだけで、陰鬱なんだもの(^^; じとーって漂ってくるなんともいえない怨念。

健太郎さんと松下さんをキャスティングした人、このドラマの成功の立役者なのでは? 他がどんなによくても、この二人の役を別の人がやっていたら、こんなに魅力的な作品になったとは思えない。

兄、成之がいるからこそ、忠清という人物が引き立ったのだと思います。兄弟での確執、そこからの和解、二人の成長。二人がとても対照的で、そこが面白い。

若君は剣術も得意で、馬も楽々乗りこなし、戦での度胸もあり、たくさんの家臣に囲まれている。

その一方、先に生まれたはずの兄は、母親の身分のせいで、まるで存在しないかのような扱い。ひっそりと、目立たぬように母と二人、生きてきた。生け花が好きで、物腰も武家というより公家。

兄上さんの目に、忠清はどう映ったか、想像に難くないです。まぶしかったと思う。自分がないもの、すべて持っているように思えただろうし。そして、成之の場合、母親が抱いていた恨みの念も自分が背負ってしまって、合計二人分の復讐心を抱えていたような。けっこう息詰まる生活ですよね。母親が背負わせてしまった負の重さ、あると思うのです。二人きりの生活で、息子は母の恨みつらみを否定できないから。

『ガラスの仮面』の二人の王女を思いだしてしまった。同じこと連想した人、いると思う(^^)

でも兄上さん、基本、いい人なんだよなあ。主人公である足軽の唯を、酩酊させて部屋へ連れ込んだときも。若君が来るのを知って、若君に嫉妬させるべく抱き寄せるんだけど、その抱き寄せ方が優しいのだ。そーっと、宝物を扱うみたいに、遠慮しつつ、という感じで。

酷い人だったら、もっと酷い状態の唯を、若君に見せたと思う。若君を激高させ、恨みを晴らすために。あんなふうに、成之は宝物をそーっと抱くみたいな姿だったからこそ、若君はあんなもん(怒り)で済んだけど。

それと、兄弟で初めて本音で喧嘩し、剣を交えたときも。結局唯の行方をしゃべっちゃってるからね。悪い人なら黙って知らないふりをつづけたでしょう。若君の唯への気持ちをよくわかっているから、つい口をついてしまったのだと思うし、そうしてしまった根底には、どこかで弟を思いやる気持ちがあったのでしょう。

成之がいたからこそ、若君さまがより凛々しく、輝いてみえました。忠清が後半、どんどん魅力を増していったのは、成之あればこそです。

しかしそんな成之が、最終的に恋した相手は、阿湖姫。私はええーー!! とずっこけました。阿湖姫が、私の目にはあまり魅力的に映らなかったから。私からすると、彼女の女性としての魅力度は、歌詠みで若君を辟易させた、あの、ふきさんと同じレベルなのです。なんで兄上さま、阿湖姫なんだろ??

阿湖姫役は、川栄李奈さん。可愛いんだけど、姫というイメージはあまりなかったような気がします。どちらかというと、村娘という感じで。唯役の黒島結菜さんの方が、阿湖姫役は合っていたかなあと。姫姿の黒島さんはとても綺麗だったから。阿湖姫は、可愛いというより、綺麗が似合う役だと思いました。そうでないと、唯と対照的でなくなる。

ここで告白してしまいますが、私は黒島結菜さん、唯役というのはちょっとイメージ違うかなと思っているのです…。ファンから怒られてしまいそうですが、あくまで個人的な意見なのでご容赦を(^^;

走る姿があんまり速そうに見えないのと、唯にしては綺麗すぎるんですよね。足軽の扮装してても、小僧というより少女に見える。

唯が足軽のとき、足軽に見えないというのは決定的で。うーむ。これが、ほんとに男の子にしか見えない感じだったら、女性の着物を着て、「ふく」として若君様と語らうシーンも、もっとずっと活きてくると思うんですよ。そのギャップが。

でも、唯は普段から、普通にきれいな女の子に見えたから。きれいな女の子が、きれいな着物に着替えました、というのを見せられても、感動があんまりなかった。

あと何よりも、黒島さん演じる唯から、若君様への熱量を感じなかったのが、とてもとても残念でした。いやー、唯が唯である一番の証明って、若君様への熱い思いじゃないのかと。それがない唯は、唯じゃない(^^;

一目で若君に魅せられて、あとはただただ突っ走って、己の命すら差し出して守り抜く。それが唯という人物像なら。その原動力になるのは、若君に対する圧倒的な恋心。汲んでも尽きぬ、膨大なエネルギーでもって、唯は若君を追いかけたと思うのですよ。だけど、画面に映る唯は、冷めていたように思えました。

抑えても抑えきれない気持ち。気が付いたら目で追っている。そばにいるだけで、幸福感に満たされる、自然と笑顔になる、言葉でなくても全身から気持ちがあふれ出す…そういうのを一切、感じなかったんですよね、ドラマの唯からは。

単純に、惜しいと思いました。これ、もっと「好き好き光線」絶賛放射中の、無条件に若君様を愛し続ける唯なら、さらに面白かっただろうなあと。それで、演じる役者さんは美形じゃない方がいいなあ。

そうすると、阿湖姫との対比が際立つからね。才色兼備で性格もいい阿湖姫を見て唯が、「若君様が阿湖姫様を選ばれるのは当然、誰が見てもお似合い」と思い、苦しみながら身を引こう、あくまで足軽の立ち位置のままでいようとする過程に、説得力が生まれるでしょう。

実のところ、あまり若君様を好きでない唯、に見えてしまいました。

次回は、私の好きなシーンについて語りたいと思います。

『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐― 』第9話 感想

モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐― 第9話 を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので未見の方はご注意ください。

 

 

第8話は、旅行中だったので見ていません(^^; 第8話を見ない上で第9話を見たのですが、私にとってはそれだけ「どうしても見たいドラマ」ではなかったということで。それでも、最終回を見た後では、感想を書いてみたくなりました。主人公を演じたディーン・フジオカさんが、とても良かったので。

貴族然とした、冷たい表情の端々に現れる人間ぽさ、人の良さみたいなもの。復讐してても、拭いきれない虚しさ。

復讐劇の最後は、真海が暖であると、つまり人は、他人になどなりきれないと、そういう結末であったと思います。

これ、復讐するのが暖でなく、幸男だったら。そして神楽や入間だったら。復讐相手を、確実に全員殺していたでしょう。ためらわず。

暖はそういう人ではなかったから。悪にはなりきれない。幸福そうなカップル、信一朗と未蘭に、昔の自分たちの姿を見た時点で、なんかもう復讐の遂行なんて無理な雰囲気になっちゃってた。

「許さない」と叫ぶ信一朗を見る、暖の悲しい目。不幸な結末しか待っていない復讐の醜さを、自らの哀れな姿を、見せつけられているようで。あれは信一朗じゃなく、自分自身の姿だったんですね。

このドラマに今ひとつ入りこめなかった理由は、すみれがあまり魅力的でなかったからです。暖にとって、復讐の一番の原動力になるすみれが、それだけ大切で、かけがえのない存在には思えなかった。

自分が暖だったら、すみれの言動に幻滅して、愛は消えてたなあ。少なくとも、暖が真海として現れた時点で、すぐに反応するすみれであってほしかった。あれほど愛し合って信じ合った間柄であれば。

たとえ他の人と結婚しても。

暖は死んだと聞かされていたのだし、幸男の本性を見抜けなかった、その事実は仕方のないこととしても。それでも暖と再会したら。なんのためらいもなく「暖!」と呼んで、「生きてたのね。よかった!」と泣いてくれるすみれなら。暖が執着するのも無理ないし、すみれを取り戻そうとする暖の姿に悲壮感が増したと思うのですが。

いくら年月が、苦難が容貌を変えてしまったとしても。暖を暖と見抜けなかった、そのことはどう考えても、それがすみれの真実なのです。

もし再会のとき、すみれがとっさに駆け寄り、暖を抱きしめて、「お帰り、暖」とでも呟いていたら。あるいは。他の人と結婚しているその事実の前に、ためらって駆け寄ることは出来なくて、すんでのところで踏みとどまって。理性で必死に他人行儀を装いながら、それでもこらえきれない涙で、「暖!」と名前を呼んでくれたら。

物語は一層、せつないものになったでしょうけど。結局、すみれの中で暖は、過去の人になってしまっていたから。そんなすみれを追いかけて、暖が取り戻すことに意味を見出せない。

>あんたがちゃんと待っていれば、真海さんはこんなことしなかった

愛梨のセリフに、ふんふんとうなずいてしまいました。いや、本当にそう思う。

他の人への憎しみより、すみれへの愛情の方が勝ってたでしょうから。もしすみれが暖を待ち続けていて、「復讐なんてやめよう、二人で幸せになろう」なんて言っていたら、暖はその通りにしたと思う。

暖はすみれをなくした。だから取り戻そうとした。だけど、暖の好きだったすみれはもう、どこにもいませんでした、と。そういうお話だったような気がします。いないものを、取り返せないのだから復讐は無駄なこと。

最後の晩餐シーンは、オペラ座の怪人を意識したもののように思いました。駄目だと知りつつ、すみれに嘘をつかせる暖。

無理やり、結婚の言質をとったところで、虚しいだけなのにね。それでも言わせずにはいられなかった。失った未来。欲しかった幻。

幸男と神楽を尋問して、彼らの真実を見せつけた上ですみれに問うた暖。選択は、すみれにゆだねられた。それでもすみれは、気持ちの上では、暖を選ばなかった。暖への愛情ではなく、幸男や神楽、娘、多くの人を復讐から救うために暖を選んだ。暖の中では、その瞬間、すべてが終わったでしょう。

>やっぱり 最後に愛は勝つんだ

このセリフの意味。それは、暖が、本当にすみれを愛してたということではないかと。

ここでKANを持ってくるセンスは好きです(^^)

もうどの方向から見ても、どこをひっくり返しても、暖の好きだったすみれはいない。暖を愛してくれたすみれはいない。そういうことですね。

その一方で、暖はすみれを愛し続けていた。ずっとずっと。すみれの心が自分にないとわかっても。

それがわかったとき、暖は幸男も神楽も解放しました。無意味な存在となったすみれを含めて。

暖らしいです。憎い相手を殺すのではなく、自分を消そうとした。もう何も、残っていないから。生きる意味を見失った。

最後は意味深な映像で終わっていましたけど。あの砂浜を歩く人影は、暖なのか。

私は、暖はあのまま死んでしまったような気がします。人影は、視聴者への救いであって。あのまま消えてしまうのは、あんまり寂しいので。暖の絶望は、この先を生きるにはあまりに深く。

それにしても、もう少し愛梨が魅力的な存在だったらなー。そう思う最後でした。暖が惹かれる要素が全く見えず。だから、暖が愛梨と踏み出す新しい生活、というのが想像できませんでした。

『モンテ・クリスト伯-華麗なる復讐-』第7話 感想

ドラマ『モンテ・クリスト伯―華麗なる復讐―』第7話を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので、未見の方はご注意ください。

主役の柴門暖を演じるディーン・フジオカさん。このドラマに合ってますね~。冷たい表情がとても似合うのです。目の奥が凍ってる感じ。端正な目鼻立ちは、笑顔がない方がより、強烈なインパクトを残します。

私、この方を初めて見たのは朝ドラの五代役だったのですが、とにかくオーラがある俳優さんだなと思いました。好き嫌いでなく、目が引きつけられるのです。それで、見ているとゾワゾワするのです。

なんだろうこのゾワゾワ感。見ていると、不安になる。

だからそのディーン・フジオカさんが、復讐する男を演じると聞いたとき、単純に見てみたいな~と思いました。ディーンさんて、熱さ寒さで言えば寒さだし、喜劇悲劇でいったら悲劇の方が似合う。

そして7話の感想ですが、7話のクライマックスは、ディーンさん演じるモンテ・クリスト伯の仮面が剥がれた瞬間でした。切なくて、暖の表情に魅入られました。

復讐に燃える暖も、かつての恋人、すみれ(山本美月さん)の前では、自分を偽ることができない。動揺でモンテ・クリスト伯を演じられなくなる。

すみれを見たときの悲しい顔。

不意に現れたすみれに、「お引き取り願います」と強い言葉を浴びせた時点で、言葉とは裏腹、もうすみれに負けてる(^^; その後、目を合わせることもできず背中を向けたままなのは、すみれを前にしたらなにもかもばれてしまうと、それがわかってるから。

すみれからみたら、ずーっと背中を向けたまま。なにを考えてるのか、どんな表情してるのか、わからない真海。

だけど視聴者からは、すっかり暖の顔に戻り、すみれの誤解にくやしさをにじませる真海の表情が、よく見える。この辺りのカメラワークが秀逸です。

>わかったよ、最初に会った時から

このセリフは重い。きっと、暖が一番諦めて、そして欲していた言葉だから。それ聞いた瞬間、もう全部許しちゃってるね~たぶん。すみれのことは、何もかも。

それまでは、理不尽な怒りかもしれないけど、暖はすみれに怒っていたと思うのだ。なんでよりによって幸男(大倉忠義さん)なんかと結婚するんだ、と。わかってくれ! 気付いてくれ! どうしてよりによって、幸男なのか?と。

自分だって、幸男がそういう裏切りをする男だと全く気付かずに罠にはめられたわけだから、すみれに「気付け」というのも無茶な話なのですが。

暖は、すみれにそこまで求めるのは無理とわかっていてなお、怒らずにはいられなかったと思うのです。理屈じゃない怒り。

その怒りの原点に、「初めて真海として会ったとき、すみれが暖と気付いてくれなかった」ことがあったのではないでしょうか。

実際、すみれは気付いていたようには思えますが、少なくともその時、「あなたは暖よね?」というストレートな言葉がなかったから。

本当に大好きだった人ならわかるはず。長い囚われの日々が姿形を変えたとしても。すみれなら、目の前にいて、見つめ合ったら。

暖は、心の中でそう考えていたんではないだろうか。すみれが、気付いて声をかけてくれることを祈っていたように思う。たとえそのことが、復讐計画を妨げることになったとしても。

結局、真海として初めて向き合ったときにすみれは、暖の名前を呼んでくれなかった。その事実が、暖を傷つけたことは想像に難くありません。

>でもそのとき、幸男が救ってくれた

すみれの言葉に、思わず拳を握りしめる暖。悪いのは幸男ではなく自分だと、何度も繰り返すすみれ。すみれの誤解を聞き流せずに、真海の仮面がボロボロと崩壊し始める。

必死に感情を押し殺そうとするけど、苦しさに顔が歪みます。

>あなたは何もわかってない。悪いのは幸男なんだよ。

ここの、「あなたは」っていう他人行儀な言葉に、暖の最後の抵抗を感じました。それは、真海の仮面をかぶり、復讐を最後まで遂行することへの固い決意です。でも次の瞬間、我慢できずに振り返ってしまうのよね(^^;

振り返ってすみれと至近距離で見つめ合った暖の目は。怒りよりも悲しみが勝っていたような。憎しみや怒りではなく、悲しみ。だって、そもそも自分たちを引き裂いたのは幸男で、すみれはそれを知らずに幸男と結婚し。子供までもうけていたのだから。こんな悲劇はない。

幸男を単純に憎み、復讐できたならまだいい。でも、その幸男の妻が、自分の愛する人だったら? どうすればいいというんだろう。暖の戸惑いと悲しみが、溢れていました。真実をぶちまけたところで、すみれを困らせるだけで何も解決はしないのだけど。それでも、言わずにはいられなかった、暖の深い悲しみ。

衝撃の告白に、すみれがどう反応したのか、そこは省略されていましたが。それはもう、茫然自失って感じだったのかなあと想像します。

とにかく。子供がいますからね。幸男との間に生まれた子供。その子にとっては、大切な父親なわけです。もはや、切り捨てることができない血の繋がり。それだけに、暖の告白はすみれにとって絶望以外の何物でもない。

このドラマ。悪役の高橋克典さんと新井浩文が、役にぴったりはまってます。大倉さんは、いい人にみえてしまうところがちょっと惜しい。もうちょっとゾっとする怖さがあってもいいかも。二面性というか。

稲森いずみさんもいいですね。登場しただけで、目を引きます。

江田愛梨役の桜井ユキさんは、凄みがないところが残念かなあ。過去の傷をあまり感じられないのです。それと、真海に対しての愛情があんまり伝わってこなくて。どちらかといえば、入間瑛理奈役の方が似合うのではないかと、そんなことを思いました。

7話のラスト。たぶん、愛梨は幸男を助けてしまったのでしょうね。でもそれは、幸男の子供に、自分の子供時代を重ねた、というだけではなく。きっと真海のことが好きだから、幸男を死なせることができなかった。

幸男が死ねば、真海が何の憂いもなくすみれ親子を助けることがわかっていたからです。なんなら、すべての復讐が終わった後、真海はすみれと結婚するかもしれない。愛梨はそこまで予想したのではないかなあ。それまでずっと真海と行動を共にしてきて、真海のすみれへの深い愛情を、誰よりもわかっている人でしょうから。

すべての復讐が終わった後、愛梨は真海と共に生きる道を夢見ているのでしょう。では真海は。暖は、何を望むのでしょうか。

続きが気になります。

ドラマ『コントレール~罪と恋~』 感想

 ドラマ『コントレール~罪と恋』の感想を書きます。以下、ネタバレ含んでおりますので、未見の方はご注意ください。『運命に似た、恋』についても、触れておりますので、ご了承ください。

 『コントレール』は、NHKで4月15日から6月10日まで放送されていたドラマです。なぜ今さら、という感じですが、感想を書きたくなった理由は、『運命に似た、恋』の第1回放送を見たから。運命…の方を見て、改めて『コントレール』の良さに気付いたというか。

 描き方によって、ドラマって全然違うなあっていう。

 私は断然、『コントレール』の方が好き。大人なドラマで過激なシーンもあり、決して昼間に家族団らんで見るタイプの作品ではありません。ただ、本当に綺麗です。主役お二人が、とにかく綺麗。眼福。

 『運命に似た、恋』を見たいと思ったのも、主役二人の名前に惹かれたからだったのですが、第1話が終わったとき、がっかりしてしまいました。原田知世さん演じる桜井香澄の、軽さ。斎藤工さん演じる小沢勇凜(ユーリ)の薄さ。ドラマの世界に入りこめず、白けてしまって。
 共感もできなかった。クリーニングのお客さんから、あっさり高額なお下がりをもらう香澄や、いくら誘われたとはいえ無関係な世界のパーティーへ、しかもコスプレして出かけてしまう浅はかさ。

 そして何より、ユーリが駄目すぎた(^^;
 好きな相手が騙されて変な服装させられ、ピンチだというのに、笑うかなあ、そこでっていう。なんの救いにもなってない。自分が香澄だったら、あの場で助けてくれるどころかみんなと一緒になって笑ってるユーリには、一瞬で冷める。その後どんなにとりつくろっても、愛情が蘇ることはないだろう。

 原田知世さんも、斎藤工さんも、影や寂しさを感じさせる俳優さんで。斎藤さんは、ガラスの家での好演が印象深かった。『運命に似た、恋』はもっと、静かで激しい恋愛ドラマなのかと思っていたら、予想を悪い意味で裏切る展開でした。

 
 その点、『コントレール』は凄かったです。もうね、第1話が、最高潮だから。こういうドラマも珍しいなあと思う。

 あらすじはといいますと、石田ゆり子さん演じる青木文(あや)と、井浦新さん演じる長部瞭司(りょうじ)が偶然出会い、お互いに惹かれあうんだけど、実は以前、あやの夫を不可抗力の事故のようなもので死に至らしめたのが瞭司ということがわかって…という、なかなか重い話です。
 
 でも、第1話はとにかく、主人公二人の演技に引き込まれてしまいます。

 石田ゆり子さん美し~。思わず実年齢を確認してしまいましたが、そりゃ瞭司もカレー食べに来るだろうなあと。あんなオーナーのいる店だったら、毎日通う常連さんがいっぱいいそうです。
 あやの役がとても合ってます。もう石田さんがあやなのか、あやが石田さんなのか。そのものになりきってました。

 これ、石田さんがあやの役じゃなかったら、ドラマの魅力が半減してたと思います。ただ綺麗なだけじゃなくて、そこに不幸な影や、だるさや、事件へのやりきれなさや、周囲へのうんざり感をそこはかとなく漂わせた女優さんじゃなきゃいけないから。
 そして適度に肉食、適度な色気。過剰だと引いちゃうし、少なすぎたら魅力がない。

 石田ゆり子さん、奇跡のバランスでした。この役ができるの、石田さんしか考えられない。

 そしてそれは瞭司役の井浦新さんも一緒。井浦さんでなければ、このドラマは成立しなかった。正義感と、もろさと、ピュアなところを言葉じゃなく、全身で表現してた。
 
 寂しい同士の恋愛。生き物の本能なんだと思います。異性に救いを求めてしまう瞬間。

 ただ、私が思うに、愛情の深さはあやの方に軍配が上がる。瞭司はたぶん、引きずられた。あんな美女が、ぐいぐい迫ってくるのですから、事情はよくわからずとも、恋愛とか抜きにしても、「キスして」って言われたら、抱きしめることがあやを助けることになることはわかったはず。
 そして瞭司自身も、罪の意識から人との接触を避けながら、本当はずっとぬくもりを欲していただろうから。両者の利益が一致する、なんていうと、身も蓋もない言い方かもしれませんが。

 あやは、瞭司に一目ぼれしたのだと思います。顔が好みのどストライクだったのでしょう。理由も理屈もなく、初めて目を合わせた瞬間に、魅入られてたのが伝わってきました。

 対する瞭司は。そこまであやに、運命を感じたとは思えなくて。

 たぶんですけど、弁償の封筒持ってきたときは、別にあやのことをどうとは思っていなかったんじゃないかと。ただ、看板を壊した責任感で訪ねてきたわけです。それで、会ってみるとあやはいい人そうだし、美人だし。夜、仕事帰り、疲れてちょうどお腹もすいていたところに、カレー食べていきませんかと言われたらそりゃ食べるでしょう。

 このお話は、あやがぐいぐい行かなかったら、成立しなかった。瞭司は引いてますからね。決して自分からあやのところへ、向かってはいかない。次の日にドライブインに食事に来たのも、通り道だったというのが大きかったと思う。わざわざ回り道はしてないはず。

 本当なら、カレーを食べた夜で終わっていた。だけどあの日、家を飛び出したあやが泣いてて振り返ったとき、瞭司がいた。そこからの急展開は強引なんだけど自然で、お互いに相手が必要で、親しくなることで痛みが緩和されていく感じが伝わってきました。

 このドラマ、盛り上がりという点では、1話が最高潮です。後は、そこからどう着地するか、ですね。

 結局、別れを選んだ二人でしたが。私はそれがよかったと思います。瞭司が声を取り戻し、ひこうき雲のトラウマを乗り越えたのはあやのおかげですが、じゃああやと結婚して彼が幸せになれるかというと、それは違うような。瞭司は純粋な恋愛対象としてあやに愛情を感じていたのではなく、あやに助けられたというその事実が、感謝や思慕をごっちゃにして恋愛もどきの一時的な感情の昂りを生み出していたような。
 声が出なくなり、袋小路にはまっていた瞭司ですから。どちらに歩いていけば出口があるのかわからず、暗闇でもがいていたのを導いてくれたのがあやで、でもそれは本当に恋愛なのか?っていう。

 思うに。恋愛は条件ではなく。なぜだかわからず、だけどその人と一緒にいたい。ただそばにいるだけで幸せ、というものではないかと。理屈ではなく。
 あやの姿には、それを感じました。瞭司に引き寄せられてる、見えない糸の磁力。

 瞭司は、違っていたような気がします。桜の下であやを久しぶりに見たとき。綺麗だと思い、見とれはしたけれど、抑えきれないほどの「近付きたい」衝動はなく。涙を流したのも、静かな涙で。もし本当に心底好きになっていたら、あんなに静かに泣くのではなく、もっと激しく感情を爆発させていたと思うのです。

 どうせ結果として二人は別れるのに、短い付き合いに何の意味があったのかと一瞬思ってしまったけれど。でもその短い付き合いが、あやをまた新しい人生に押し出す力となり、瞭司の声を取り戻す治療薬となったわけで。

 ただ一つ、このドラマで残念だったのは、原田泰造さんが、瞭司のライバルである佐々岡滋役を演じたこと。佐々さんのイメージ、泰造さんだと何かが違うのです。しっくりこない。泰造さんだと、泰造さんにしか見えなかった…。

 とにかく石田ゆり子さんと井浦新さんの組み合わせが抜群で、その他の気になる点を全部、見えなくするぐらいに輝いてました。この二人だから、魅力的でした。余韻を残す、ドラマです。

ドラマ『ラヴソング』 終わってみての感想

 ドラマ『ラヴソング』全話見終っての感想です。ネタバレを含んでおりますので、未見の方はご注意ください。
 結局、このドラマは第3話が、最高潮でした(;´▽`A“
 3話のワクワク感に引きずられるようにして、全話見たのですが、3話以上に盛り上がった回は一度もなく。
 なんか、最後の方なんて、神代先生(福山雅治さん)の顔色が悪いのが気になっちゃって。真美(夏帆さん)に、なんでさくらをきちんとフってやらなかったんだみたいに責められるシーンなんて特に。
 そこはもう、違うだろうと。
 恋愛に慣れてなくて、どちらかと言えば鈍いさくらにだって、フラれた、脈がないということは、はっきりわかってた。神代先生は音楽以外のことで自分に興味をもってない、なんてこと、誰に言われなくても理解してたんですよ。
 きちんとフってやんないから、さくらが失踪したのか?
 いやそれ、違うよねっていう。
 御門違いな叱責と。それを真面目に受け止めちゃう神代と。なにを書きたかったんだろう、このドラマ。
 最初はもっとこう、年齢差や過去がハードルになる、微妙な恋愛みたいなものを描くはずだったんじゃないのかなあ。3話までは、そういうのが、確かにあった。
 人を癒すのも傷付けるのも、結局は人なのだと。出会いと別れを繰り返しながら、影響を与え、また与えられながら。思いやること。思いやるからこそ、近付けないこと。
 4話以降は、切なさがなかったのです。どこにも。
 二人を結びつけるはずの歌も、インパクト弱かったなあ。
 全部がうまくいくというのも、嘘っぽくていかにも作り物みたいで。
 嫌な上司は嫌な上司のままの方が、リアル。同僚たちもなぜか最後は、いい人たちに変わってしまった。
 主人公は家庭に恵まれないという設定だったけど、その分、あり得ないほど強い絆で結ばれた、親とも兄弟ともいえるような、存在の友人がいて。そうすると、歌に救いの光を見出していく、という経過がぼやけてしまう。
 そこまで、追いつめられているわけでなく。孤独感の中でギリギリ、生きているやりきれなさもなく。普通に、それなりに幸せで平穏な毎日なのでは?という。
 吃音が、ぎりぎりまで主人公の生活を追いつめているようにも見えなかった。上司もただ叱責するのではなく、神代の元に連れていってあげてるし。
 もっと、神代の過去や音楽プロダクションでのあれこれや、そういうものにさくら達が翻弄されるのだと思っていましたが、結局一番の山は、さくらの喉の大病ということで。それはドラマとして、あまりにも安易な展開ではないかと。最後に病気が出てくる必然性を、まったく感じませんでした。
 あと由紀さおりさんが、謎でした。もっとキーパーソンになるのかと思ったのですが。誰も予想できないようなすごい伏線を張ったのかと楽しみにしてたのに、放置されたまま唐突に終わって、ぽかーんです(^-^;
 ドラマの中で、一番いい味を出してるなあと思ったのは、空一役の菅田将暉さんでした。脚本と演出がうまくいったら、もっと輝いたのではないかと。
 言動が乱暴なんですけど、そういう乱暴な態度でしか、愛情を表現できない悲しさが透けてみえて。
 こういう人だと、表面的なもので誤解も大きいだろうなあ。
 さくらより、よほど空一(そらいち)の方が、生きづらいのではないでしょうか。高みを目指して、もがけばもがくほど、深い沼の底に沈んでいくような。
 さくらを大事にしようとすればするほど、唐突な行動で嫌われたり。
 調理師の勉強に励もうとすればするほど、生活費のための仕事が重くのしかかったり。
 空一の生きづらさと、さくらの孤独がクロスして、そこに神代が関わって。
 空一が神代を尊敬しながらも、たやすくさくらの心を奪う神代に嫉妬して、嫉妬しながらもやっぱりどこかでは認めてて、みたいな。
 矛盾するいくつもの感情に、悩まされる空一を、見たかったような気がします。
 あと、このドラマで本当に残念だったのは、さくらにも神代にも、お互いを好きという感情をあまり感じなかったこと。(4話以降の話です。3話はそれを上手に描いてたと思う)
 神代にとってのさくらは。
 音楽が好みというだけで、それ以外の感情をもてない相手にしか見えませんでした。最終話では、神代はさくらを好きだった、と自覚したことになってますが。
 画面を見ていてそういう感情は感じられませんでした。好きな相手を想う表情じゃなかったなあ。
 そしてさくらも。
 どうしようもなく惹かれ、片思いに絶望する、神代はそんな相手には見えませんでした。
 3話が素晴らしかっただけに、4話以降はまるで、別のドラマのようでした。
 じゃああの後、どう展開していたらよかったか、といいますと。
 まず、神代にはしばらく、さくらとの一定距離を絶妙に保っていてほしかったですね。職業として、産業医としての事務的な優しさしか見せない。それを徹底的に押し通すっていう。
 中途半端に受け入れることの残酷さ、期待させることの悲しさを知っている人だと思うから。たやすくさくらの人生に関わるほど、神代の傷も浅くはないはずですし。
 ポーカーフェイスを保てないほど、3話の神代はいっぱいいっぱいだったと思うので。
 自分でそれがわかった以上、神代はさくらから離れようとするんじゃないかなあ。
 そして、さくらはそれ故に苦しむ、っていうね。
 理由がわからない。自分の何かが、神代の中の、触ってはいけない部分に触れたっていうのはわかるわけです。優しかった人の豹変。
 そして諦めようとするんだけど、どうしようもなく惹かれて。神代の態度の一つ一つに、目を凝らして、敏感に反応して、一喜一憂して。
 そういう展開だったら、ぐいぐい引き込まれただろうあなって思います。
 そんな中で、プロダクションとの契約があり、大人の事情があり、っていうドラマだったなら。喉の大病なんて、出てくる余地などないくらい、盛り上がったんじゃないかと。
 それにしても、3話の終わり方は本当に印象的でした。今もときどき、ふっと思い出しては、余韻に浸るほどです。どうして4話以降が、ああなってしまったのか。そこが、とても残念なドラマでした。
 
 

ドラマ 『ラヴソング』第3話 感想

 ドラマ『ラヴソング』第3話の感想を書いています。以下、ネタバレ含んでおりますので、未見の方はご注意ください。
 この第3話は、気が付くとさくらの視点で、神代を見ていました。特に、一番印象的だったのは、ライブ前の屋上シーン。
 これがねー。私には怖かった(^^;
 ちょっと浮かれながら、「先生のこと想って歌ってもいいですか」なんて告白もどきをしたさくらですけども。神代の沈黙が怖い。返事がない。それを待つ恐怖感といったら。
 もし自分だったら、耐えられないだろうと思いました。いくら浮かれてたとしても、この重い空気感にはさすがに気付く。それが、自分の思っていた方向ではないということに。
 神代は優しい人だと思うのですよ。
 さくらにギターも買ってあげてたみたいだし。企業内カウンセラーとしての業務を逸脱してて、心配になるくらい。それに明るいし、軽口も叩くし、そういう人がですね、黙り込んでしまうっていう、この重さ。
 さくら、やっちまったなーと。固唾をのんで画面を見守りました。なんて答えるんだろうって。
 YESかNOか。どっちにしろ、うまい返しなんてないと知りつつ。
 YES→さくらに変な期待をもたせてしまう。心を弄ぶ嘘をつくことになる。ただしさくらの初舞台は成功する。
 NO→さくらが落ち込み、初舞台は大失敗に終わる。おそらく今後、さくらは夏希の治療を受けない。
 さくらの吃音を治してあげたいと思っている神代が、どう答えることがベストなのか。それにしても、私には長すぎる沈黙に思えました。実際には短い時間のことだったのかもしれませんが。見ている私には、苦しいくらいの時間でした。
 神代の顔でなく、背中が映ったときには、この人は今どんな顔をしているんだろう、と。果てしなく想像が広がりました。普通じゃない、というのはわかったので。なにかとても考えこんでるような。真剣になっているんだろうな、と。
>次に進む、か
 そのつぶやきは、さくらに向けたものではなく。まるで自分に言い聞かせるように。こうすることが正しいんだと確認しているかのように思えました。
 その上での言葉。
>じゃ、今夜は君だけを想ってギターを弾く
 言葉だけをとらえたら、甘い決め台詞みたいに思えますが、このときの神代の表情といったら。
 こんな顔を目の前で見たら、凍り付くんじゃないかと。だって、神代がめっちゃ怒っているのがわかるから(^^;
 それは、さくらだけを怒っていたのではないでしょうが。
 暴力的に(神代にとっては)、春乃との記憶を蘇らせる、さくらへの苛立ち。
 いつまでも過去に囚われ、感情をコントロールできない自分への情けなさ。
 そして、すべての根源である春乃への、たぶん理不尽な怒り。
 神代の過去になにがあったか、詳しいことはこれから明らかになるでしょうが、彼が春乃の死にとても傷ついていることだけは確かです。好きな音楽も封印してしまうほどに。
 
 最後、アンコールを拒否して、舞台を降りる神代。そりゃそうだろうなあと思いながら見てました。「じゃ、今夜は君だけを・・・」って、さくらに告げたときにすでに怒ってたし、いっぱいいっぱいだろうなと想像できます。
 普段は大人な神代ですが、一番弱いところを突かれたら、身を守るのに精一杯で。
 さくらを思いやる余裕がないのですよね。
 さくらはトイレに直行して泣けるだけ、まだいい。若くて、女の子だから、それができる。
 でも神代は。
 大人の男はどんなにつらくても、平気な振りをするしかないし。まして、過去を知る夏希の前で、弱い姿は見せられないのだろうなと、その胸中を想像しました。
 第3話は、なんといっても、神代の背中です。
 屋上で、さくらの告白もどきに黙りこむ背中。言葉はなくても、たくさんのものを語っているような気がしました。

ドラマ『ラヴソング』 第2話までの感想

 なんとなく見始めたら、意外に面白かったドラマ。
 以下、感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので未見の方はご注意ください。
 いろいろツッコミどころはありますが、主人公二人は役にはまってて魅力的だと思います。特に、福山雅治さんは、神代広平という役にぴったりです。
 無表情なシーンが特に、いいなあと。
 普通、感情を出さないと、怒ってるみたいに見えたりしがちだと思うんですが。福山雅治さんの場合、怖くみえない。
 その、感情をあらわにしない顔がいいのです。なんというか、興味をそそられるというか。
 逆に、ふっと引き込まれてしまうというか。
 企業カウンセラーの神代と、整備工場で働く佐野さくら(演じるのは藤原さくらさん)の物語なのですが、二人の年齢差が、ドラマの始まる前から話題になっていましたね。実年齢だと、さくらさん20才、福山さん47才。その差は27才。親子でもおかしくない。
 ただ、ドラマを見ると、二人の間に恋愛感情があったとしても自然な雰囲気に思えるんですよ。福山さんはかっこいいし年齢なりの頼りがいもあって、二十歳の女の子が憧れるのも、そりゃそうだよねと。
 私は福山さんに関しては、昔より今の方がかっこいいなあと思います。昔はチャラいお兄ちゃんにしか見えませんでした(^^;
 今もチャラくないとはいいませんが、チャラさが薄まり、その分、大人の男性の魅力が増したんじゃないかと。
 元音楽家が、知り合った女性との交流を通じて自分の過去と向き合い、変わっていく。そんな設定を聞くと、どうしても連想してしまうのが、90年代のドラマ『WITH LOVE』。
 職業に元か現かの違いはあれど、音楽を通じての触れ合い、癒し、変化は、『WITH LOVE』と同じこと。
 過去に、失った恋人との痛い思い出がからんでいることも、両作品共通の設定。
 神代の場合は、まだ宍戸春乃(新山詩織さん)と、どのような別れがあったのか、詳細はまだ明らかになっていませんが。確かなのは、春乃がもう、亡くなっているという事実。
 亡くなった春乃の妹、夏希(水野美紀さん)のセリフは意味深です。
 
>逆にこれでよかったのかもね。
>これでさくらちゃん、お姉ちゃんみたいに広兄に・・(口ごもる)
>利用されなくてすむんだね。
 夏希が、思わず口にしようとした言葉、私には、「これで広兄に、殺されなくてすむんだね」、のように聞こえました。あくまで想像ですけど。実際には、音になっていない。
 なかなか過去をふっきれない、いつまでも春乃の影を追いかけ続ける神代に対しての苛立ちが、夏希の本音が、思わず言葉になりそうになった瞬間ではなかったかと。
 軽々しく口にしていい言葉ではないとわかっているから、夏希はすんでのところで飲みこんだものの。
 彼女が今も心の底で、姉の死の責任を神代に求めているということ。それを神代が知ってしまった事実は重いのではないでしょうか。
 お互いに少しずつ遠慮して。本当の気持ちを隠しながら、もどかしい距離で接している神代と夏希。
 大人には、ずるさも駆け引きもある。
 神代に特別な悪気があるわけではないのでしょうが、彼は夏希の恋心を利用して、ちゃっかり家に居候している。自分で部屋を借りないのは、寂しいからなのかなと。
 ドラマの冒頭では、別の女の人の部屋で同棲してたみたいだし。でも別に、真剣に付き合ってるふうでもなく。
 (ちなみにこのドラマ冒頭の、ベッドいちゃつきシーンは非常に気持ち悪かったです)(^^;
 企業カウンセラーという職業を選んだことも。人の心とがっちり向き合う生活を選んだのは、人が好きだからでしょう?
 誰かと深く向き合うことは面倒。けれど独りは寂しい。
 夏希には心を許しているから、神代にとって夏希の家はとても心地がいいわけで。彼は夏希の気持ちに気付かないふりをしながら、彼女にとっては残酷な同居を、甘えるようにして続けている。
 そして、さくらに対しても。神代はさくらの恋心を利用して、彼女の吃音を直そうと試みている。その過程において、彼女が生み出すであろう音楽に興味を持ち、聴きたいと願っている。
 夏希も、さくらを利用しているのは事実。音楽を使って吃音の治療を試みる。その時に、音楽担当が神代である必要性は全くないわけで。
 音楽から離れてしまった神代を音楽に戻そうとする行為は、お姉ちゃんを忘れて私を見て、というアピールのように思えるのです。過去にとらわれて動き出せない神代を、ただ単に思いやっているのとは違う。その向こうに、自分との未来をどこか、夢見ているような。
 そして、そんないろいろ複雑な思惑の絡む大人二人と対照的だからこそ、さくらの若さが光るのです。
 
 単純。もうね、神代や夏希からしたら、さくらの恋心なんてバレバレで。そして、さくらが吃音を治したいと思ってるその気持ちは、まぎれもなく本物で。彼女は人とのコミュニケーションがうまくいかないことを、諦めてない。なんとかしたいと思っている。吃音が治ったら、世界は変わるんじゃないかと期待してる。
 なにより、さくらは、吃音を恋心に利用していない。そこが大人二人と違うところ。
 さくらが今の自分を変えたいと、焦る気持ちはわかります。まだ若いから、世界が狭いわけです。その狭い世界、職場での女性同士の人間関係。はっきり言って、さくらの同僚3人は最低の部類。あんな同僚と一緒にいたら、逃げ出したくなるのも無理はない。同僚たちの会話の節々に現れる、侮蔑の心。
 さくらを下に見てるんだろうなっていうのが透けて見えるのです。だから、さくらがやっと予約した歓迎会の店を自分たちが勝手に変えても、彼女らは心なんて痛まないのです。自分たちが逆のことされたら、絶対怒るだろうに。
 私はタバコ吸う人は大嫌いなのですが、さくらがタバコを吸うのは許せてしまう。いや、もちろん早々にタバコなんてやめてほしいけど。さくらの今までの人生で、彼女がタバコを吸わざるを得なかったのはわかるような気がするのです。 まず第一に、さくらはタバコで吃音の症状が緩和すると信じていたから。愚かですけど。治したいという藁にもすがる思いがあったのかと。
 そしてね。さくらが無理して付き合ってる女子の同僚3人。これがタバコ吸ってるからね~。さくらが吸ってしまうのも必然だと思いました。さくらは彼女たちから浮かないように、必死に合わせてるから。可哀想に。
 周りがタバコ吸う人間ばかりだったら、吸わないのが異端になってしまうわけです。もしさくらがタバコを吸っていなければ、彼女の職場での立ち位置がどうなっていたか。
 きっとこの先、さくらはタバコをやめると思います。神代と出会い、音楽を知って、自分に自信をもてたなら。違うステージに立つことができます。そのステージにはもう、タバコを吸う同僚3人はいない。違う人間関係が広がっているはず。そこにはタバコを吸う人たちはいないのではないかと、希望的推測。
 さくらが神代の前で初めて歌った、『500マイル』という曲。ゆっくり朴訥としたメロディに乗って、どもらずに言葉を伝えられた初めての経験。途中、涙したのは、嬉しかったんだと思います。ああ、ちゃんと伝えられる。みんなと同じようにしゃべれるんだって。
 「抑えて」という繰り返しのフレーズで詰まったとき、映像としては語られない、さくらのこれまでの人生がバーッと目の前に広がるような気がしました。我慢我慢の人生だったのかなと。いつも自分の心を抑えて、抑えて、抑えて生きてきた。言いたいことも飲みこんできた。
 でも今は違う。真っすぐに自分を見て、新しい世界にいざなってくれる人がいる。もう我慢しなくていい。抑えなくいい。自分の中にある感情を、素直に出していいんだって。
 さくらの人生の、大きな転換点。音楽との出会い。
 
 そりゃ、神代先生に惚れちゃいますわな。この状況で、惚れるなっていう方がおかしい。
 神代は、ずるさも持っているけどその反面偉いなと思うのは、さくらの心を知りながらも、引くべき一線はきっちり引いているところです。そんな神代の姿勢が明示されるシーンがこれ。すっかり神代のことが好きになったであろうさくらの、決定的な一言。
>タバコ吸う女って、嫌じゃないですか?
 対する神代の答えには痺れました。
>別に。
 顔色一つ変えず、クールに言い放つのですね。非の打ちどころがない模範解答ではないですか。
 だってもし「嫌だ」と言えば、さくらは嬉々としてタバコをやめるだろうし、そうなれば神代は、さくらの恋心に気付かないふりができなくなる。
 そしてもし「嫌じゃない」と言えば、これまたさくらは嬉々としてタバコをくわえるだろうし、そうなればやっぱり、心に気付かないふりができなくなる。知らないふりが、あまりにも嘘くさくなってしまう。
 「別に」って、絶妙な答えだなあと思って。さすがモテ男、積んでる経験が違うのか(^^) とっさにきっちり白線を引きましたね。浮かれたさくらが、どうしても飛びこえられないハードル。つまり、「彼女にする女なら気にするが、関係のない女はどうでもいい。喫煙者だろうと構わない」という心の声。それを一言で言いきった。その短さ、冷たさがまた、天に昇ったさくらの心を、しっかり地面に引き戻す。
 藤原さくらさんは、佐野さくらさん役にぴったりです。藤原さんの演じる、少し不器用で、純粋で、一生懸命なさくら。もどかしさや、内面にある葛藤、抱えてきた悲しみ、。たまに見せる笑顔が、最高にキュートなのです。