家と家との距離は絶対にあけた方がいい その2

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今、うちの近所では次々と家が建っています。ここ数年、ちょっとした新築ラッシュ。

そこで、家の建築に関して「家を建てるときのヒント」というカテゴリーで、気が付いたことを書いてみることにしました。身近に建設を見ていると、見えてくるものがあります。

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以前に書いた「家と家との距離は絶対あけた方がいい」の記事、結構読んで下さる方が多いみたいです。それだけ、お隣との関係に悩まれる方が多いのかなあと想像してます。きっと、これから家を建てますという方ではなく、実際に家を建ててみて、いろんなトラブルが出てきて困ってネット検索している方がメインでしょうね。

ということで、前回の記事を「その1」として、今回、「その2」を書いてみることにしました。もう建ててしまっている方には参考にならないかもしれませんが、これから新築を考えている方にはぜひ、知っていただきたいポイントです。

その1に当たる記事を書いて以降、うちの周囲はますます建築ラッシュで、田んぼがどんどん減少してしまいました。のどかな田舎の風景がなくなるのは、本当に寂しいものです。稲穂の揺れる光景は、日本人の心の故郷ですからね。それがなくなるというのは、食料自給の意味も含めて、あまり歓迎できることではないと思います。

ただ、高齢で耕す人がいなくなった田んぼを、そのままにしておけば草が生え放題で、近隣に迷惑をかけてしまいますし。埋め立てて住宅地にする、というのも仕方のない時の流れなのかもしれません。

ということで、うちの近所の分譲された土地に、新たに2軒の家が建つのを興味深く見守っていたのですが、この2軒のお宅は案の定、お互いにぎりぎり寄せて建ててしまったのですよ…。これ、初めて家を建てるときには、お施主さんが気が付かない盲点なんでしょうね。もっと住宅メーカーが、きちんとアドバイスしてあげるべきだと思う。

一度建ってしまったら、何十年そのままです。内装は変えることができても、建物の位置までは動かせない。断言しますけど、土地の狭い都市部や商業地はまた別として、田舎では特に、「隣地境界線からきちんと距離をとって家を建てる」ないと後々、お互いに嫌な思いをしますよ。

最低でも、自分の敷地内に足場を組めるスペースを考えなくてはいけません。いくら現状で境界にしっかりしたフェンスがないからといって、相手の土地を利用した足場でないと利用できない建物の位置だとしたら、確実にトラブルになります。そしてその足場も、ぎりぎりではなく、プラスアルファ、余裕をもって組めるぐらいのスペースを考えた方が賢明です。

私が見た2軒の家は、ぎりぎり足場は敷地内に組めているようにみえましたが、互いに軒を長めに出しているため、屋根と屋根とが異常なほどくっついています。壁には窓がいくつかついていますが、開けたら目の前がお隣さんで、圧迫感はかなりのものでしょう。窓が、本来の意味を失くしてしまってます。壁同士の距離で見てもあまりスペースがあいていないので、生活音などもある程度聞こえてしまうのでは?という感じです。

それと、その狭いスペースにエアコン室外機を置いたら、これはモメそうですね…。風の吹き出しとか、音の問題とか。もし電気温水器を置いたら、境界との間で人が通れそうもない。

結局、気を付けるといっても、単純な話なんですけどね。自分の家の周りは、大人一人がゆったり通れるだけの空間をつくって、ということです。民法では50センチですけど、1メートルはとった方がいいと思います。家は必ずメンテナンスが必要ですが、壁の塗装や屋根の修理、どんなときにも、お隣とある程度の距離があれば迷惑は最小限に抑えられます。

また、もし隣が非常識な人で、境界ギリギリに家を建てたり、車庫を作ったりしても、自分が境界からスペースを保っていれば、なんとか我慢することができるでしょう。でもお互いに、どちらもギリギリの距離で建ててしまったら…かなりつらい生活になりそうです。

身を寄せ合うようにして、くっついて建てられた2軒の家。他人事ながら、もう少し余裕をもてばよかったのに、と思って見ています。たぶんお施主さんも同じ思いなのではないでしょうか。相手の家がどの程度の距離に建つか、自分の家が境界からどのくらい離れるか、そういうことって、意外に盲点です。でも、とてもとても、重要な要素ですね。今後の生活の質に、ずっと関わってくる。

うちは田舎なので、一軒家はだいたい、70坪前後のお宅が多いです。だから、家の周囲にしっかりスペースをとること、そんなに難しくないと思います。だけど、南側にめいっぱいお庭のスペースをとりたい、だとか、北側は無駄なスペースをなくしてギリギリまで境界線に寄せたい、とか、そういう「欲」が、結果的に大損を招くのではないでしょうか。

大きな視野でみると、隣地とはほどよい距離を保ったほうが、絶対に上手くいきます。工事のときも、迷惑は最小限にすみますし、気を遣わなくても自分の敷地内ですべて終わらせることができるわけで。

でも、相手の敷地、相手の好意ありきの、相手の敷地を利用しなければ建てられない、メンテナンスできない、というのは、避けるべきですね。

また近所で、こんなケースがありました。目一杯、境界によせて車庫を建てたお宅がありまして。もちろん敷地内になにを建てようと、基本的にそれは自由なのでしょうが、問題は、ギリギリすぎて、隣地を踏まないと工事ができない仕様だということなのです。

壁から境界線まで15センチないのです。当然、大人一人立つこともできないくらいのスペース。車庫といっても窓もあるし、施工は外側から行うため、どうしても隣地を踏まなければ建築は不可能な状態です。お隣にお願いして、工事を行ったらしいのですが、正直、施主の気持ちが理解できません(^^; できるだけ自分の土地を有効利用すべく、ぎりぎりの位置に建てたいのはわかりますよ。でも、隣地を踏まなければ建てられない、メンテンスできない、というのは、あまりにも自分の欲にとらわれすぎた建て方だと思います。

建てて終わり、ではないですからね。今後、修理のたびに、「すみません、入らせてください」と頼むのかな? 今は良くても、土地の持ち主が変わったらどうだろうか。もし相手が変な人で、対抗するように同じような車庫を建てられたら、メンテナンスも無理だし、窓も意味がなくなるけど、そこまで考えているのかな?

家は建てて終わりではなく、そこからご近所さんとの長いご縁が始まります。トラブルの種は、少しでも減らしておいた方がいいですよね。そのためにも大切なのは、家の周囲をぐるっと、大人一人が余裕で歩けるくらいのスペースをキープすること。そのスペースは決して無駄ではありません。必要なものです。お互いにそうした、相手に配慮した者同士が隣り合ったら、もめることなんて何もないでしょう。

家と家との距離は、絶対にあけた方がいい。本当にそう思います。建ててしまってから後悔しても遅いです。トラブルがあって嬉しい人なんて誰もいません。新築のとき案外気が付かない、でも大切なポイントだと思います。

『かぼちゃの馬車』破綻に思う

ベッキーをCMに使った時点で、冷めた目で見ていた会社ですが。

(他に好感度高いタレントさんがたくさんいるのに、一番好感度が求められる宣伝にベッキーを使うセンスが終わってる)

破綻と聞いても、そうだろうなあとしか思えません。

シェアハウス、というとかっこよく聞こえるけど。間取りを見たら、部屋が狭すぎる。

部屋の広さは、5畳に満たないところが多いですね。そして、トイレ、洗面所、お風呂が、5つの部屋に対して1つくらいの割合だったり。

かぼちゃの馬車は女性用シェアハウスだそうですが、女性の場合、トイレ、洗面所、お風呂が共用でその割合というのは、かなり苦しいです。もし会社の寮などで、お風呂の順番や使用時間などが細かくしっかり決められていれば、まだいいかもしれませんが、赤の他人同士の共同生活で1つのお風呂を使うとなると、不満が高まるような気がします。

お互い常識のある人同士なら、ルールなどなくても譲り合えますが。もし一人でも勝手な人がいたら。

長時間の占有で、他の人の迷惑お構いなし、なんてことも。その場合、管理人が住み込みで注意してくれるわけではないので、結局はおとなしい人が我慢することになるのでしょう。

いくら家賃が安くても、安心して生活できない家では、誰だって暮らしたくないですよね。

ちなみに私も、いくら安くてもこの物件は選ばないです。私はこれまで何度も引越を経験して、たくさんの賃貸住宅に住んできましたが、衣食住の中で一番お金をかけるべきと思うのが、「住」です。ちなみに「食」も同じように大切ですが、これは外食を減らして自炊することで、良質な食材でもトータルで安くできますね。

「住」に関しては、ある程度お金をかけるべきだと思ってます。洋服や化粧品、その他の雑費をいくら節約してもいいので、「住」に相場プラスアルファを払うと、快適な暮らしができます。「住」は、生活の基礎中の基礎ですから。

シェアハウス的な感じのアパートでも、まだ、大家さんがしっかり管理して、指導してくれるところならいいと思うんですよ。そこには規律があるから。

でも、まったくの赤の他人同士で、管理なしで住む、というのはリスクが大きすぎる。

賃貸住宅は、自分が住みたいと思うような物件じゃなかったら、建てちゃだめだと思う。それに尽きます。

大東建託のアパートが建ちすぎて不安

いくらなんでも、という感じで、うちの周りに大東建託のアパートが建ち続けています。学校が近かったりスーパーや銀行などが揃っていて暮らしやすい土地であるのは確かですが、それにしても限度があるかと。

半径250メートル以内に、ここ3年で新築のアパートが大東建託だけで4棟目です。東建コーポレーションやレオパレスのものも含めると、6棟。元々あった古いアパートを加えると、狭い範囲で合計9棟もの賃貸物件がひしめきあっている計算です。

それだけの需要があるか、といえば答えはNO。例えば大東建託で3年前に建てられた物件A。8戸のうち、3戸はすでに空室です。建てた当初は満室でしたが、次々と人が入れ替わり、現況がこれです。まだ新しい賃貸物件としては結構な空室率ではないでしょうか。それなのにまた、200メートルも離れていない場所に、また大東建託のアパートBが建ちます。さすがに、異常だと感じました。

その物件Bのすぐ向かいには、大東建託ではない築27年のアパートが一棟X。ここは、3戸のうち1戸が空室ですが、相当な家賃の値下げがない限り、ここが埋まることはないと思われます。

無計画な新築の連発は、その土地の未来像みたいなものを、まるで無視した暴挙だと思います。お店とは違って、もし経営がうまくいかない場合でも、建物の場合は撤退(撤去)ということはないわけで。ずっと、数十年その場所に建ち続ける。

融資を受けて建てられた建物。返済が滞れば、抵当権の行使で競売。所有権を手にするのは誰か。その土地に全く関係のない、愛着もない、ただ投資としての感覚しかもたない人が経営を始めれば、また入居者の質も変わってくると思います。

まだ、地元の人がオーナーである限りは、周囲に対する配慮もあると思いますが、オーナーが遠隔地にいると、儲かりさえすればどんな人が住もうが、近所と軋轢が生まれようが、構わないということにもなりかねない。

あるいは。将来的に老朽化したとき。修繕にも再建築にもお金がかかるということで、放っておかれる危険性も考えられます。所有者が転々とすれば、責任者を特定することも難しい。台風のときなど、危険物が飛んでも、近隣の人には訴えていく先がない。

住む人もいないのに、需要もないのに、もう十分他にたくさんの賃貸住宅があるのに、まだ建て続けるのは、会社に利益が上がるからなのでしょうか。なぜここにまた、新しい新築の棟を建てるのか。地主さんは相続税対策で説得されたのかもしれませんが、新築時だけ無理に部屋を埋めたとしても、すぐにまた空室が生まれるのは目に見えています。すぐそばにある同じ会社の同じような建物が、8戸中3戸も空いているのに・・・。

賃貸の場合、大家さんがよほどしっかりしていないと、いろんな問題が起きたりしますね。例えば、これはうちの近所のマンションCの話なのですが、ファミリー向けの4階建12戸の物件。ここは大東建託ではないのですが、ゴミ置き場の問題で近隣に迷惑をかけています。

なんと、この物件には専用のゴミ置き場がないのです。それで、近くのゴミ置き場を利用させてもらっている形なのですが、そこは自治会が管理してまして、ちゃんと当番がいるんですよ。みんなが交代で、掃除したり、違法なゴミは自宅に持ち帰ったりして、きちんと管理している。マンション住人は、その場所を使うのです。でも自分たちは当番はやらない・・・。

このマンション。もともとは自治会にも加入していたし、ゴミ当番もやっていたんですけどね。去年から自治会をやめたのです。理由は、役員をする人がいないから。賃貸の人だと、自治会活動に非協力的な人も多く、役員をやる人が毎年同じになってしまって、その人たちが悲鳴を上げたらしいです。いくらなんでも、自分たちだけが毎年やるのは無理だ、と。

賃貸だと、どうしても地元への愛着は希薄になってしまう。数年で引っ越す人もいますし。それは仕方のないことだと思いますが、ゴミの出し方がいいかげんになるのも事実で。

一戸建てで住んでる人だと、やっぱりゴミ出しなんかもしっかり分別するんです。その土地にずっと住む覚悟で、自分たちでゴミ当番をやっていますから、真剣にもなります。でも、賃貸マンションの人たちは、どうしてもその点が緩くなってしまう。いつか、その土地を離れていく前提の人が多いから。

マンションが自治会をやめるという話になったとき、ゴミ置き場の話も協議されたようですが、自治会の方でマンションの管理会社に話をしようにも、なんとそのマンションの権利は、複数の会社が共有しているとのことで。責任者、というのを特定しづらく。

元々、このマンションは新築当初(30年前)地元の人がオーナーでした。その後、建物が古くなって入居率が低くなり、困ったオーナーはマンションを売却。それから転々と、いろんな会社が転売をして、結局、今は複数の会社が所有権を持つ、複雑な形態になっているらしく。その複数の会社からしたら、少しでも経費をかけたくないのでしょう。マンションに専用のゴミ置き場を設置するのには、まずお金がかかる。それから、その後の管理費用も定期的にかかる。

賃貸物件のゴミ置き場は、一般的に汚いのが多いです。みんなが顔見知りの住宅街で、みんなが当番をやっている場所とは、当然違ってきますよね。賃貸物件で当番制が無理なら、お金で、業者に清掃管理をお願いするしかない。それをけちって、地元住民が当番制でやっているゴミ置き場を使うのは、ずうずうしい話だと思います。

今建築中の、大東建託の物件Bも、せめてゴミ置き場は、専用のものを作ってくれればいいのですが。

複数の会社に所有され、いろんな問題をはらんでいるマンションCの姿は、ここ数年で一気に乱立した新築アパートの姿と重なります。今は新築。当初は満室であっても、この後どうなるんだろう。地元オーナーの手を離れ、権利関係が複雑になって、自治体にも入らず、地域の中で孤立していき、その先は?

地域に、うまく溶け込んでいるマンションもあるんですけどね。例えば、近所の大規模マンションD。ここは、すぐそばにオーナー家族が住んでいて、2棟のマンション(全部賃貸)の自治会関係を、全部その大家さんが引き受けています。大きなマンションで世帯数も多いので、そのマンションだけで、ひとつの隣保を形成しており。役員も必要なんですが、そこは大家さんがやってくれているのです。地域の情報(回覧板)に関しては、ファミリー棟は普通に回覧板を回し、もう一棟の独身者用では、回覧板を回さずに大家さんが掲示板に掲示することで対応。そりゃそうです。一人暮らしの人は家を空けることもありますから、回覧板を回しても、どこかで長期間止まってしまったりするし、実質、独身の人にとっては自治会のお知らせで重要なものはあんまりないから。ゴミ置き場も、マンション専用のものがあり、大家さんがやっているのか業者なのかわかりませんが、いつもきれいに管理されています。

こういうマンションなら、近隣の人も安心です。なにかあったときに、話せる相手(大家さん)が近所に住んでいるんですから。大家さんだって、自分の家が近所にある以上、マンションをしっかり管理しますよ。目につくわけですから。

自治会って、面倒なようでいて、とても大切だと思う今日この頃。たとえば、地震や津波など大災害があっても、自治会がしっかりしていれば、近所同士で助け合うことが容易になります。市役所も、被害状況を把握したり、支援物資を配ったりするのに、個々を相手にするのではなく、隣保単位で連絡をとれば、正確だし、効率的です。

たとえば、○班○隣保は、○世帯、○人とわかっていれば、そこにまとめて物資を届けられます。届けられたものは、隣保長が配ればいいわけです。そのとき、隣保内にケガ人がいたり、なにか困ったことがあれば、近所同士で助け合えます。

自治会に入らず、日頃から顔も名前も知らないという関係は、なにかあったときに弱いです。もし建物に閉じ込められていても、誰にもわからない。賃貸で自治会は面倒、というのは理解しますし、一人暮らしなら尚更、自治会活動に参加するのは難しいかもしれませんが、そこは大家さんが責任を持つことで解決できます。

賃貸物件に入るなら、そういうところも条件の一つに挙げると、住みやすくなるかもしれません。大家さんが、自治会の活動をある程度担ってくれていること。これ、案外大切なポイントかも。近隣と断絶して暮らして、いいことなんてありませんから。

それにしても。今後十数年で、うちの近所の景色はどう変わるんでしょう。一戸建てが増えるのは活気が出るし、嬉しく微笑ましく見ていましたけど。賃貸物件を、無計画にどんどん増やすことには、危険を感じます。田舎だし、古くなった賃貸に住む人の数、これからどんどん減ってくると思いますよ。それくらいなら、土地を買って自分の家を持つでしょう。同じ時期に、一気に新築した物件たち。老朽化するときも、一斉に、ですね。

先日、自転車に乗って外出したら、行く先行く先、大東建託の建物が新築されていて、びっくりでした。すごい勢いです。もちろん他の会社もありますが、この流れ、すごく不自然です。人口が爆発してるわけじゃないんですから。既存の賃貸物件はますます空室が増加するだろうし、建てればいいという話ではないと思います。

モデルルームを見るより大切なこと

私、モデルルームを見るのが大好きです。

といっても、現在家を建てる予定はないので、自分で出かけたりというのはあんまりないんですが(^^;

ただ、過去に不動産系の資格をとるために学校に通っていたことがあって、そのときの授業の一環で、マンションのモデルルームをみんなで見学に行ったり、複数の会社が共同でやっている住宅展示場を、回ったりしたんですよね。

とても楽しかったし、各会社のセンスの違い、などもわかって勉強になりました。デザインは会社によってそれぞれ特徴があるし、どこまで設計が自由になるか、もそれぞれで、こうしたモデルルームが、家を建てるときの参考になるというのはよくわかりました。

でも、本当に大切なもので、忘れがちなことがあると思うのです。

それは、実際に建てる、大工さんがどんな仕事をする人なのかということ。モデルルームよりも、実はこちらの方が大事なのかもしれない。どんなに気に入った家も、建てる大工さんによっては、モデルルームの通りに出来上がらないわけで。

実はなぜ、私がこんなことを考えるようになったかというと、うちの近所で現在建築中の家が、あまりにひどい状況だからです。私が施主だったら、居ても立っても居られないくらい。とにかく、現場が汚くてびっくりなのです。

そもそもゴミ箱のようなものが一切ないのは気になっていたのですが。他の現場だと、普通に置いてあります。鉄のコンテナ、大きな奴です。たぶんレンタルだと思うのですが、あれが一つおいてあると、出入りする業者さんが複数いても、みんなゴミはそこに入れますよね。

でも、私が気にしているAさん宅は、ないんです。そのゴミ箱。完成が近づいて撤去されたわけじゃなく、最初からない。先日散歩途中に見てみたら、ゴミが散乱しているだけでなく、内装用の木材がむき出しのまま、放置されていました。そばには、おそらくそれを覆うためのブルーシートが、放りだしてありました。次の日には、雨の予報だというのに・・・。

木材は、使用前に乾燥させているわけで。しかも内装に使うものなのに、雨に濡らしていいんでしょうか。もし自分が施主だったら、この現場を見たらたまらないな~と思いました。でも、どういう風にクレームしたらいいのか、それも迷うところです。ストレートに言えば、気分を害してしまうかもしれません。表面上は従っても、腹を立てて見えないところで手抜きをされてしまうかもしれない。それを思うと、大工さんになにか指摘することは(間接的であっても)、慎重にならざるを得ません。

この状況にあって、最高の解決策、というのは考えてもみつかりませんでした。では、自分だったら、どうするだろうか。真剣に考えてみました。

一番いいのは、まずそういう大工さんと縁を持たないことですよね。そのためには、モデルルームでなく、実際に建築中の家を見に行くしかないと思いました。会社専属の大工さん、あるいは下請けの大工さん、どちらにしろ、そこの会社で家を建てるということは、その会社の大工さんが建てるわけですから。

実際見に行ってしまえばいいのです。別に敷地内に入るわけではありません。外から見える範囲で十分です。一日の仕事の終りに、道具や材料がしっかり片付けてあるか、ゴミが散らかっていないか。それを確認するだけですから。

私は以前にも、こういうゴミだらけの現場を見たことがあって。意外にこういうことって、多いんではないかと思いました。いい加減な人は、いつもいい加減な仕事をするし、きちんとした人はいつも、きちんとした仕事をするでしょう。見分けなければ大変なことになります。

家の不具合は、すぐ出るとは限りません。見えない瑕疵は怖いです。もし保証期間があったとしても、その交渉や再工事のわずらわしさなどを考えると、最初からしっかりした家を建ててもらうのが一番いい。それに、そうしたいい加減な現場で生まれた瑕疵がもし発見されたら、それは一つではないでしょう。モグラ叩きのように次から次へと問題が起きたら、そもそも家を建てたことを後悔することにもなりかねない。

モデルルームだけでなく、その会社が実際に建てている家を見に行くこと、それも一日の工事時間が終わって、片付けた後の様子を見ること、それこそ忘れてはならない大事なチェックポイントではないかと思いました。

土地を所有することの責任~ゴミ屋敷とか廃墟とか~

 ときどき、テレビでゴミ屋敷の特集をやっている。日本全国津々浦々。どこにでもゴミ屋敷はあり、大きな問題になっている。

 資本主義の国だから、個人の所有する財産に関しては、かなり厳重に守られていて。それゆえに、何か問題があっても、なかなか手を出せない状態が続いているようだ。その土地の所有者であれば、たとえゴミを集めて近所迷惑になっても、そこは個人の自由としてみなされてしまう。

 でも、前から思ってたけど、これおかしいよね(^^;
 明らかな異常行動で、周囲に大迷惑をかけている時点で、土地を持つ権利が制限されても、それは仕方ないことだと思う。

 土地には、権利に付随して義務もくっついてくる。その土地を適正に保てないなら、その土地を所有する権利を失うのではないかと。

 土地には公的な側面があると思う。私有財産、ということだけにとどまらない。社会の中で適切に活用されるべき、大切な宝物なのだ。自分が所有者だからといって、勝手は許されない。

 ゴミ屋敷の問題を解決するには、まず法律。一定限度をこえた迷惑行為に関しては、土地の所有権を市区町村に移せる法律を作ったらいいのに。それも、条例レベルでなく、国の法律として。

 ゴミ屋敷にもいろいろ段階があると思うが、ひどいものになるとゴミ屋敷でなく単なるゴミ捨て場と廃墟になっていたり。放っておけば、まじめに生活している近隣の人が、普通の生活をできなくなってしまう。そして、こうした最悪のゴミ屋敷住人は、精神に病を抱えている人がほとんどでないかと思う。目を覆うような惨状のゴミの山を前に平気でいられるのはもはや、病気としか思えない。

 病気の人が、病気ゆえに判断力を失っている状態を、「個人の財産保護」名目で放っておくのは無責任すぎる。

 誰でも、どこでも起こりうる問題。今はよくても、明日、明後日、一年後。今まで普通だったお隣さんがもし精神を病んで、家や土地をめちゃめちゃな状態にしたら。泣き寝入りするしかないとしたら、それはあまりにも悲しすぎる。

 私が思うのは、市役所などで対策チームを作って、なんなら市役所外の人間も複数入れて、大勢で判断するシステムにすること。そのチームが「適切な管理がされていない」と判断すれば、家屋や土地の権利がその土地の自治体に移るようにすればいいと思う。

 1人や2人で判断するとなると、万が一にも利権が絡んだり私的な思惑で動いたりすると困るので、判断するチームの人員は必ず一定以上の数にすることと、審査の過程や結果が、市民にきちんと公表されることが必須だろう。そうすることで執行の透明性も高まり、みんなが安心して暮らせる社会が実現するのでは、と思う。

 うちの近所にも、ゴミ屋敷、ではないけれど廃墟がある。

 中でも一番ひどい状態の廃墟は、人が住まなくなって10年くらい。庭は、人の背の高さを越える草木でぎっしり覆われている。数年前までは、それでもときどき、業者が入って草を刈っていることがあった。最後に業者が入ったのは3年くらい前。でもそのときも、庭のすべての草をとる、というところまではいかなかった。大体半分くらい草木を撤去したところで、業者は来なくなってしまった。

 なにがあったのかはわからない。最初から半分だけ草刈という約束だったとは思わないけれど。当初予想を上回る、あまりの草の量に追加料金を請求し、断られたのか?と想像してみたり。

 そこの土地は、たぶん相続でもめている。だから不動産情報をチェックしても、売却物件としては出てこない。

 誰か一人のものではなく、複数の法定相続人がいるのだと思う。そしてその人たちの代でもめれば、決着のつかないまま高齢で亡くなる人も出てきて、今度はその子供たちが相続権を引き継ぎ、時間がたてばたつほど、膨大な数の相続人が事態をますます複雑にする。

 もう何年も前に、50歳くらいの女性が、廃墟に接した道路の草むしりをしていたのを見たことがある。業者には見えなかったので、興味をもって声をかけてみたところ、その女性は以前そこに住んでいたおばあさんの姪だと名乗った。

 庭からはみでた雑草が道路まで伸び、歩行者の通行の邪魔となっていたのを見かねて、草取りをしているのだという。確かに、心ある人なら、自分にゆかりある親戚の家がこの状態で、見過ごすことはできないだろう。住まいは遠方だということだった。それで、しょっちゅうは来られないものの気にかけてはいたらしい。
 額に大粒の汗。黙々と草をとる姿には頭が下がった。姪というだけで近所迷惑を考慮して草取りしてくれるなんて、いい人だなあと感心した。その時点では、おばあさんも生きていたと思われる。

 たぶん、あのときの姪が、おばあさんからあの土地を譲り受けていたなら、今、この廃墟を放ってはおかないと思う。おばあさんは、きちんとした相続の手続きをしないまま亡くなったのだと思われる。その場合、複数の法定相続人が各々勝手な権利を主張すれば、売却もできず、ただ、荒れるにまかせるしかなくなってしまう。いくら姪がなんとかしたくても、他の人に所有権を共有していたら、自分の一存では処分できない。

 こういうパターン、よくあるのではないかなあ。

 そこの廃墟に住んでいたおばあさんは、私は直接知らないのだが、近所の人に聞いたところ、晩年、独り暮らししていて認知症を発症、お金にとても執着したという。誰かにお金をとられるのではないか、という被害妄想的なものがあったとか。その状態では、いくら姪がいい人でも、円満に姪に譲ることは、できなかっただろう。

 廃墟は、台風が来るたびに少しずつ壊れていく。雨どいが外れ、瓦が一枚、そして一枚と飛び、悪くなることはあっても、修復されることはない。自然に倒壊するのを待つしかないのか。

 家の中には、家財道具がたくさん詰め込まれている、という噂だ。おばあさんが施設に入るとき、片付けて出て行かなかったため、死後もそのままになっているという。

 思うに、家の中の残置物も、時間がたてばたつほど、処分が大変になってくると思う。想像するだけで怖い。仕事とはいえ、片付けるのは人間だ。片付ける人が気の毒すぎる。放置されて3か月のゴミを片付けるのと、10年もののゴミを片付けるのとでは、処理の難易度が違ってくる。

 結局、個人の財産権は、公共の福祉のために一定の制限を受けてもいいのではないだろうか。管理できないなら、それを所有する権利などないように思う。もし私がその廃墟の相続人の一人であり、所有権の一部を持っていたら、土地が自治体のものになるのは大賛成だ。廃墟のまま哀れな姿をさらすより、よほどいい。私が亡くなったおばあさんであっても、自治体が土地を管理してくれたらほっとする。

 地方自治体に所有権が移ったら、自治体はそれを売ればいい。自治体の収入になれば、予算に余裕ができて、地域の人がみんな潤う。特定の個人や業者が設けるわけではない。社会に還元されるのだ。それが、みんなが幸せになれる道ではないだろうか。

建築業者の良し悪しを判断する要素

先日、近所で上棟式があった。お祝い事というのはいいものである。散歩中通りかかると、大工さんやお施主さん夫婦が集まっていて拍手の音が聞こえた。他人事ながら、なんだか幸せな気分になる。

ところが、である。その上棟式から3日ほど、工事が進む気配がない。なぜなのだろうか(^^; このところ雨が多くて、一刻も早く屋根や壁を作るべきだろうに。これまた他人事ながら、気になってしまい、その家には特に注目していた。

4日目から無事に、工事が始まった。屋根と壁(といっても木の板)が取り付けられる。屋根は、瓦はまだ乗らず、防水シートが施工された状態。とりあえず防水シートがあればいいのかもしれないのだが、施主の立場になってみれば心配だろうと思う。せめて、屋根と壁が一段落するまでは、雨が降ってほしくない。屋根と壁が、完全ではなくてもせめて雨を防ぐ状態にまでならないと、お天気を眺めては心配する毎日が続いてしまう。

今日、その家の横を通りかかったら、驚愕の事実に遭遇。

工事現場はひどく乱雑で、あちこちに材料が放り投げてあり。風で飛んだと思われる廃材が散らばって、隣接する畑や隣家の土地に転がっていた。なんということだ! しかも、3メートルくらいの長い木材が10本くらい、二階の足場に立てかけてあって、それがどこにも固定されていないという信じられない状況。これでは、風が強く吹けばすぐに、たてかけた木材は倒れてしまうだろう。

立てかけるなら固定するべきだし、固定できないなら、横にして置くべきであろう。そんなこと、素人でもわかる。

壁はというと、窓が予定されている部分の板は、くりぬかれていた。南に大きな開口部。完成したら、きっと光があふれる素敵なリビングになると思われる場所。しかしその開口部にはなんの仕切りもなく。よって雨は容赦なく降りこみ、床板を濡らしていた。床板も、これで完成というわけではなく、将来的にはその上に、ちゃんとフローリング材を施工するとは思うが、それにしても。この雨に濡れた床材。仮設だよなあ、ちゃんと、最後には剥がすんだよなあ、と、そんなことが気になってしまう。
だって、もしもこの濡れた板の上に、乾燥が不十分なままフローリング材を施工したら?

まさかとは思うが、それでも新築の現場に木材のゴミをまき散らしているこの状態では、そのまさかが本当になってしまうのではという恐怖にかられる。

ちなみにこの現場。ゴミを収納するボックスがどこにも設置されていませんでした。普通はありますよね。でっかいゴミ箱。少なくとも新築現場では2個以上は置いてあると思うのですが。

鉄製の大きなゴミ箱。これも足場同様、おそらくレンタル品なのだと思われますが、このゴミ箱代をケチるというのは、信じられない業者です。ちなみに建設業者は新興の小さなハウスメーカー。ゴミ箱も設置しないくらいですから、きっと下請けの業者とも、安い賃金で契約しているのでしょう。乱雑な現場が、大工さんの荒れた心模様を表しています。ゴミ箱を用意してくれないのでは、片付けに対してふてくされる気持ちもわからなくはないですが。

でも、それにしても。この現場には、プロの矜持が全くありませんでした。きちんとした棟梁がいれば、ありえない状況です。こんな汚い現場。やりっぱなしの放りっぱなしで帰ってしまったら、普通の親方なら大激怒です。本当に、全部やりかけでいなくなってしまった、という感じなのです。無残に散らばったゴミが、もの悲しく語りかけてくるようでした。

ゴミ箱を設置しない新築の現場を見るのは、これで2度目です。経費節減しやすい項目なのか? でも、総合的に見たら家の仕上がりにはものすごく悪影響だと思います。

お施主さんも、見にこないのかな~。私が施主だったら、さすがに黙ってみないふりはしないと思います。ただ、この先のことを考えると気持ちが暗くなってしまいますよね。そもそも、どんな理由があったにせよ(たとえば契約で不満があったとしても)自分が建てる家を、こんなに汚い状態で放っておく時点で、私は大工さん失格だと思うのです。これはもう、上から注意してもらったからといって、直るものではない。そんなこと、施主に指摘されなくてもできて当たり前だからです。

この先も、いちいち言わなければ、きちんと仕事してもらえないレベルの人だと思います。その場合、本当に、この先が思いやられますし、そういうトンデモナイ人の場合、注意を逆恨みすることもあるわけで。あまり言いすぎれば、逆に見えないところで変な工事されてしまうかもしれない。

この場合、どうすることがいいのでしょう。1~10まですべて見張っているというのも無理で、それにあまり細かく言いすぎても相手を怒らせる可能性があり。妥協策としては、こまめに目を入れながら、どうしても見過ごせない点に関して、穏やかに粘り強くお願いする、という感じなのでしょうか。大金を投じた夢のマイホームがこれでは、あまりに気の毒な話です…。

そもそも、こういういい加減な業者を選ばないというのが大事なのだと思いました。もう、選んでしまった後では、どうしようもないような気がします。だからこそ、最初にどこで建ててもらうかを決めるのは、とても大切なこと。たぶん良心的なところと契約までこぎつけたら、あとは自然に、うまく事が運んでいくのだと思います。家を建てるプロなら、素人では気づかない点にもアドバイスをくれるでしょうし、施工管理も、言われなくてもしっかりやってくれるでしょうから。

その業者が建てている現場を実際に見ることが、対策になると思いました。契約したいと思ったら、その前に、同じ業者が建築中の他の現場を教えてもらって、複数回通えばいいのです。たとえば下請けの業者に頼んでいたとしても、その業者の仕事ぶりをしっかり確認することができます。もう対策としては、これが唯一と言っていいのかもしれない。

私がゴミ箱を設置しない建築業者を見たのはこれが2度目なのですが、1度目の業者は、以前新聞の広告が入ったことがあり、チラシの宣伝文句はそれはもう美辞麗句が踊りまくっておりました。そのチラシを見た限りでは、あんな悪質な現場を作り出す業者だとは、とても思えないほどです。つまり、業者の良し悪しをチラシで判断することは、無理だと言えるでしょう。現場です。現場を見るのが一番早いです。その業者が工事している実際の現場を、見せてもらうことです。

今日のゴミ散乱現場を見たら、どんなにチラシや口頭でうまいことを言っても、私はそこと契約する気持ちにはなれません。どんな上手い言葉よりも、目の前の現実がその業者の本音であり、正体なのだと思います。

本当にいい不動産物件は、ネット上には出てこない

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今、うちの近所では次々と家が建っています。ここ数年、ちょっとした新築ラッシュ。

そこで、家の建築に関して「家を建てるときのヒント」というカテゴリーで、気が付いたことを書いてみることにしました。身近に建設を見ていると、見えてくるものがあります。

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私は趣味で、自分の家の近くの不動産物件をよくチェックしています。そこで気が付いたのは、売買がネットに出てくる物件とそうでない物件があること。
マンションもそうですが、人気ある物件は宣伝しなくても売れてしまうので、ネットに出てこないか、出てきてもすぐに消えます。

たとえば、うちの近所で新築して2年のお宅があったのですが、仕事の事情で引越していってしまいました。引越して1ヶ月も経たないうちに、次の方が入居しました。その間、この物件の売買についてはネット上に一切出てきませんでした。引っ越す前から買い手が決まっていたとのことです。

築浅でもあり、また庭も手入れが行き届いた素敵なおうちでした。大事に住んでいたことが外からうかがえるため、需要は高かったでしょう。家で死亡事故があったわけでもなく、また近隣トラブルがあったわけでもない、お得物件です。公に中古住宅として広告を出す前に、あっという間に買い手が決まったようです。

また、更地で売りに出ていた物件もあったのですが、そこも不動産業者が広告を打つことなく、その不動産業者の知り合いで土地を探していた人がすぐに買ってしまいました。

どちらのケースも、自分でネット上で探していただけでは買えなかったでしょうね。

土地や家を探すときには、信頼できる不動産業者に自分の希望を話して探してもらうのがいいと思いました。ネットで見るのは、補助的なものです。ネット上に出てこない物件も、結構あるのではないかと。本当にすぐ売れてしまうものだと、ネットに出さずに、その前段階で話が決まってしまうからです。

場所や予算をざっくり話しておけば、いい物件が出てきたときにすぐ教えてもらえます。タイミングもありますから、ゆとりをもって探すのがいいと思います。また、不動産業者でなくても、周囲の人に話しておけば、なにか情報があったときに教えてもらえることがあります。

私も友人に頼まれて、近所で売物件が出たときに教えてあげたことがあります。近所だと、引越などの情報が入るので早いのです。そのときは条件が合わず、買うまでには至らなかったのですが・・。ちなみに、買わなかった最大の理由は、新耐震基準が導入された1981年(昭和56年)以前に建てられた家だったから。その友人は、小さいお子さんがいるので安全面を考えると、そこは譲れないと言っていました。

たしかにこの新耐震基準以前か以後かによって、気持ちの面で安心感は違ってきますね。値段も、そこを境にして変わってくるのかなと思います。

そこに住んだ人が綺麗好きだったのか、それともだらしなかったかによって、家の外観や室内の様子、傷み具合はずいぶん違ってきますが、この新耐震基準の導入された年というのは、住む人の住み方に関係なく、大きな節目となりますね。逆に言えば、とてもわかりやすい境目です。住人に関係ない要素として。

ネットで見ていると、なかなか築浅物件というのは数そのものが少ないような気がします。そこでよく出てくるのが、築25年から35年くらいのもの。最大でも築40年くらいでしょうか。それを過ぎると、古屋付きでも更地渡し条件になっていたり。

築34年前後だと、ちょうど新耐震基準導をクリアしているかどうか微妙な線で。しっかりチェックする必要があります。

結局、土地も家も本当にいい物件はすぐに売れてしまうので、ネット上には出てこないことは確かなようです。

地中埋設物や擁壁は意外な盲点

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今、うちの近所では次々と家が建っています。ここ数年、ちょっとした新築ラッシュ。

そこで、家の建築に関して「家を建てるときのヒント」というカテゴリーで、気が付いたことを書いてみることにしました。身近に建設を見ていると、見えてくるものがあります。

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去年、近所の築40年の平屋のお宅が取り壊され、更地になりました。

元々そのお宅は水路沿いに建っていて、水路の側面上に擁壁が作られていました。その擁壁、よく見ると少しだけ(数センチ)上端の部分が水路側に傾いていまして。おそらく40年の間に少しずつ土の圧力で、擁壁が押されたのだと思います。

それは、よく見ないと気付かないほどの少しの傾きではありましたが。そんなに大量の土でなくとも。そして平屋の重量であっても、長い時間をかけるとこうなるんだなあ、と。土の重みというのはあなどれないものです。

さて、更地になった土地にはすぐに買い手が現れ、素敵な三階建ての家が建ちました。

しかしなんと、擁壁の傾きはそのままだったのです・・・。

これ、意外な盲点だなあと思いました。建築業者は気付いていたでしょうが、お施主さんがわかっていたかどうかは疑問です。プロなら教えてあげるべき、と思いますが、擁壁の作り直しとなると大金が動きますので、黙って建築を進めてしまったのでしょうか。

平屋でさえ、傾いてしまったものを。

3階建ての重量が、果たしてどこまで耐えられるものか。ある日突然すべてが崩れることはないでしょうが、少しずつ、少しずつ傾きは加速していくのではないかと思います。

一度傾いてしまった擁壁を、後から戻すことは不可能だそうです。もし直したいなら、根本から作り直さないといけません。建てたばかりの三階建ての家。今後どうなるんだろう、といつも心配しながら、そこを通るときには擁壁の傾きを気にしながら歩いています。

擁壁も、永遠ではないんですよね。年月が経てば劣化する。そして、いままでと建築の条件が変わるなら、なおさら注意が必要です。今まで平屋だったところが三階建てになるなら、擁壁の傾きの念入りなチェックは欠かせないと思いました。

がけ地や、特別高い擁壁でなくとも。そこに土があり、建物が建つ以上は、擁壁の強度も考慮する必要があります。更地でお買い得の土地、と思っても。あらたに擁壁の工事をするなら、何百万の予算が追加でかかる可能性もあり、それらを総合的に考えないと、高い買い物になってしまうなあと思いました。

土地を買うときに、擁壁は要チェックです。

それと、地中になにが埋まっているのかも、きちんと調べないと後で大変な経費がかかったりしますね。

近所で実際にあった話ですが、もともと田んぼだったところを埋め立てた土地Aがありまして。何十年も放棄地だったのですが、最近売られて、家が建つことになったんです。

ところが、いざ家を建てるのに土を掘ってみますと、コンクリートの大きなかけら(土管のかけらみたいなもの)がゴロゴロ出てきたんですね。それらは産業廃棄物ですから、処理にはそれなりのお金がかかります。

おそらく、埋めるときに安い業者を頼んだものだから、ゴミが混じったものを埋められてしまったのでしょう。表面だけきれいな土にしておけば、埋めてる最中を見られなければそれでごまかしがききます。

何十年も経って、土地所有者の世代が変わり、子孫が土地を売った。そして買い手が家を建てようと土を掘ったとき、おそらく売り手も知らなかったであろう、土地の瑕疵がみつかったというわけです。

出てきたコンクリート片などの処理費用を誰がもつか。困った不動産業者は、なんとAと隣接する畑Bの持ち主に、半分負担を求めたとか。AとBの境に多少の高低差があり、畑側(B)が石を積んで境界をつくっていたのですが、不動産業者はその石積みの下にコンクリート片がたくさん埋まっていると主張したのです。

不動産業者は、畑の持ち主に半分負担してもらうことにより、土地の買い手にも負担の話をしやすいと考えたようです。「お隣の境から出てきたゴミですが、お隣も半分負担すると言ってますので、残り半分はお宅で払ってあげてください。今後の近所づきあいを考えたら、それで手をうつのがいいですよ」と。

畑Bの持ち主は、境の下に捨てコンクリなどのゴミがあると言われ、負担を求められてびっくり。石積みの境は、おじいちゃん達が作ったものですが、何十年も前のことだし当時を知る人はほとんど、亡くなっています。石積みの下に、境を越えてお隣にまで進出したごみがあるなら、自分たちの責任だと一度は了承したものの。

Bの持ち主は、唯一当時を多少知っている高齢の親戚のおばあさんを、老人ホームに訪ねました。そして昔の話を詳しく聞き出したのです。

そのおばあさんは言ったそうです。

「そんな変なごみなんて、いくら石積みを安定させるためだって、埋めるということは考えられない。おじいさんはそういう汚い仕事はしないと思う。畑はもともと田んぼだったけど、埋めるときにはきれいな土を入れないといけないと言って、土の搬入にはとても気を遣っていた。ごみを埋めるなんておじいさんが一番嫌がることだ。それに、隣の土地に越境してそういうコンクリートなどを入れるなんて、隣のおじいさんだってそんなことをしたら黙っていないよ。自分の土地の中ならともかく、境界線を越えて変なもの埋めたら、隣の人が怒るよ」

まあ、正論ですよね。

昔のお百姓さんは、境界に関してはうるさいです。境付近に変なものを埋めようものなら、黙っているはずがないのです。

もう一度、状況を整理します。

Aの土地に家を建てるにあたり、Aの土地を掘っていました。そしてBとの境に基礎のブロックを作ろうとしているところでした。境を掘りかけたところで、Bに「廃棄物負担」の話を、不動産業者が持ちかけたのです。

掘り返したAの土地には、土管のかけらを含む、コンクリート片などのゴミが、一山どっしりと並べられていました。かなりのインパクトです。Bの所有者は、そのゴミを見せられ、自分の土地との境からそれだけのゴミが出たのだと錯覚しましたが、よくよく観察すれば、まだBの境界は掘り始めたばかり。それらのゴミは、境ではなく明らかにAの土地から出てきたものなのです。

不動産業者は、Bとの境に、コンクリ片が埋まっている可能性が高いと主張していましたが・・・。

結局、Bの所有者は、境界を掘るときに立ち会うことにしました。その結果、Bの土地からコンクリート片は出ませんでした。その場には不動産業者もいました。目の前で確認したのですから、不動産業者もそれ以上、「払え」とは言わなかったそうです。

(個人が特定されると困るので、多少のフェイクは混ぜてありますが、上記の話は実話です)

こういう経緯があると、その後のご近所関係にも影響が出てきますよね。不動産業者は、たぶんとりやすいところから経費をとろうとしたんでしょう。Bは結局、支払いをしなくてすみましたが、これ、もし払っていたとしたら、いつまでもしこりは残ったんではないでしょうか。

本当にうちが払うべきものだったのか?

本当に境を越えてゴミが埋まっていたのか?と。

立ち会いをして、実際に境の埋設物の状況を見たので、すっきり解決はしましたが。Bの所有者がもし、仕事などで忙しく立ち合いできなかった場合。支払いをしていたら、いつまでももやもやとした気持ちは残ったと思うんですよね。

この件に関して、Aの土地を買った人には、なんの責任もないわけです。悪いのは不動産業者だと思います。きっともめるのが嫌だから、AとBと半分ずつ負担をさせたら、丸く収まると思ったのでしょう。それが一番簡単で、楽な方法だと思ったんでしょう。不動産業者はそれでいいかもしれない。

でも、その後何十年も、お隣同士で暮らしていくだろう、AさんとBさんの関係は? Bさんの立場になってみたら、決して快いものではないと思うんですよ。

そしてAさんにしても。Aさんだって得しているわけではありません。本来、そんな埋設物の処理費用は、土地を売った人が払うべきものですから。AさんはAさんで、我慢するわけですよね。これは本当はBさんのゴミだけど。仕方ない、境近辺にあったものなら、半分うちも負担しよう、と。これから長い付き合いになるご近所さんなんだし、と。

自分たちの知らないうちに、こうしたわだかまりが残る可能性があるというのは、怖いなあと思います。Aさんにしてみたら、踏んだり蹴ったりです。余計なお金を半分負担した上に、Bさんからもよくは思われないわけですから。

じゃあどうすればよかったんだろうというと、やはり地中埋設物の確認をきちんとしておくことですよね。掘ったときになにか出てきたときの責任を、契約書に明記しておくことです。それと、買う前に土地の来歴について、隣地の人の話を聞いておくのもいいかもしれませんね。話を聞くことで、隣の人がどんな人かも確認できますし。

埋める土の良し悪しというのは、業者によって全然違うそうです。悪徳な業者は、安く請け負って、ときには無料という言葉で誘って、こっそりゴミなどを埋めてしまうそうです。それを防ぐには、安すぎない適性価格での取引と。できれば、埋める日は立ち会って、自分の目で確認することですよね。それができれば、一番安心。さすがに、夜中にこっそり、土を入れ替えるとかそこまではしないでしょうから。

以上、目立たない擁壁や、目につかない地中埋設物も、土地を買うときには大切な要チェックポイントだよという話でした。

上棟式はやった方がいいと思う

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今、うちの近所では次々と家が建っています。ここ数年、ちょっとした新築ラッシュ。

そこで、家の建築に関して「家を建てるときのヒント」というカテゴリーで、気が付いたことを書いてみることにしました。身近に建設を見ていると、見えてくるものがあります。

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上棟式をやるべきかやらざるべきか、ネットを見ても意見が分かれるところですが、私はやったほうがいいと思っています。家を建てるときの大きな節目になるからです。

自分がもし大工さんだったらと考えると。上棟式はとても楽しみだし、また、お施主さんや関係者が一堂に会する絶好の機会でもありますね。団結心も生まれると思うのです。皆でいい家を建てよう、という気持ちも自然に高まるでしょう。

お金はかかるかもしれませんが、これは生きるお金だと思うのです。払った以上の価値は、必ずあります。

最近はやらないところも増えているようですが。うちの近所では、昔は新築の家で上棟式の日に餅投げをするのが当たり前でした。私もよく拾いに行ったものです。どこかで家を建て始めると、皆それをとても楽しみにしていました。あそこはたくさん投げたねーとか。あそこは少なかったねとか。そんなことが話題になったものです。

でもここ数年は、餅投げする家が激減しています。お施主さんと業者さんで上棟式は行っても、近所の人を集めて餅投げというのは少なくなりました。

まあ、餅投げというのは、時代の流れで省略するのもありかなと思いますが。というのも、敷地に余裕がない場合、あんまり多くの人が集まると餅拾いでケガをすることもありますから。つい夢中になって、もしケガ人でも出たらせっかくのお祝いが台無し。

餅投げに関しては、餅投げのできる広いスペースのあるお宅以外は、省くのも仕方ないことなのかもしれません。拾う側からすると、寂しいですが(^^;

ただ、餅投げはしなくても、紅白のお餅を近所に配るお宅もありますね。うちももらったことがありますが、嬉しかったです。配るならケガ人が出る心配もないし、ご近所への挨拶も兼ねることができて、いい感じです。

お餅を、大工さんへのお土産にしても喜ばれるのではないでしょうか。お弁当だと気候によっては食中毒など心配ですが、その点お餅なら、多少暑くても寒くても気をつかわなくてすみますし。日本人なら大抵の人がお餅は大好物です。

幸せなことがあったとき、幸せを周囲におすそ分けする気持ちが、また新たな福を呼び込むことにつながるのではないでしょうか。

さて、上棟式の前には、もうひとつ忘れてはならない大事な儀式があります。それは地鎮祭。

これも大切な節目で、ぜひやるべきだと私は思っています。特に埋立地などは、そこにもともと住んでいた生き物が埋められてしまい犠牲になっているわけで。小さな生き物だとはいえ、命は命。それを供養し、地の神様に、土を動かすことのご報告をさせていただくというのは、当然の気遣いのような気がするのです。科学的な根拠というものではありませんが、昔から伝えられてきたことにはそれなりの裏付けがあるかと。

先日も、朝8時30分くらいから近所で地鎮祭が執り行われているのを見ました。神主さんと巫女さんの装束や、祝詞の声など、清浄な朝の空気の中でとても厳かな式でした。

決して大人数の大げさな式ではありません。私が見たのは、お施主さん側が3人。業者らしき方が3人。神主さん1人。巫女さん1人。テントがあって、榊やお供えものなどが準備してあって、小さいながらもきちんとした式でした。見ていて、いいなあと思いました。言葉では上手く言えないけれど、感覚として、こうした式の大切さを実感したのです。

やらなかったからといって、目に見える支障があるわけではありませんが。

地鎮祭も上棟式も、やった方が絶対にいいと思っています。

現場にはとにかく毎日通うのがおすすめ

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今、うちの近所では次々と家が建っています。ここ数年、ちょっとした新築ラッシュ。

そこで、家の建築に関して「家を建てるときのヒント」というカテゴリーで、気が付いたことを書いてみることにしました。身近に建設を見ていると、見えてくるものがあります。

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家を建てるときには、しょっちゅう見に行った方がいいです。複数の建築現場を見て思うのは、やっぱりお施主さんがよく見に来てる家は、そんな変な建て方しないんですよ。逆に、お施主さんが全く来ない現場は、他人事ながらひどいな~といういい加減なことが多々あったり。

作業する人たちだって、見られてると思えば緊張して、気持が引き締まると思います。そして毎日見に行くことで、お施主さんだって気が付くことがたくさんあるはずで。

家が建つまでの期間。3か月~半年くらい? 多少無理しても現場には通った方がいいんじゃないかと思います。それだけの価値があります。

私が前に書いた、ゴミのコンテナがなかった現場にしても、お施主さんが見に来たらすぐ気付くことだし、改善されたと思うんですよね。見に来ないから、誰も注意しないまま、見苦しい状態が続いてしまった。基礎に雨がたまってプール状態になり、木材がプカプカ浮かんでいた件もね。もしお施主さんが見ていたら、すぐにクレーム入れたと思う。見ないから気付かない。そのまま。

もちろん建前としては、誰が見ていようがいまいが、誠実に仕事をこなすのが当たり前なのですが。人間ですからね。お施主さんがしょっちゅう顔を出して進行を見てる現場と、そうでない現場にはどうしても差が出てくるのではないかと。

それに、建築途中を見られるのは、そのときだけですから。完成したら見えない部分も多いわけです。貴重な機会です。仕事が忙しいというのもあるとは思いますが、多少無理してでもなるべく現場には顔を出した方がいいです。

現場を見ると、気になることはたくさん出てくると思います。私は施主ではないですが、今気になってる新築中のおうちがありまして、そこは現場の隣が空き地なんです。

でもこの空き地を借りないんです。借りれば、材料置き場にもなり、駐車場にもなり、工事はとても進めやすくなると思うのですが。お金がかかるから、というのが理由なのでしょうが、せっかく隣が空き地なのにもったいないなあと思います。

作業する職人さんに、気持ちよく仕事をしてもらうことってとても大事だと思うんです。仕事に集中してもらうために、なるべく作業を進めやすくすることができたら、それにこしたことはない。通勤に使う車を道路に違法駐車せざるをえないような状況で、いい仕事ができるかどうか。

それに、そこは屋根に瓦を上げてしまった後で(まだきちんと設置してはいない)、台風が来るというのに、そのままになっていたり。危険なのになぜいったん下ろさないんだろうと不思議だったのですが、面倒くさいとかいうことではなく、どうやら他の材料が次々と到着して、台風が来る危険性があってもいったん上げた瓦を下ろすスペースがないみたいで。瓦は屋根の上で、何枚かずつ重ねてまとめ、山になって置いてありました。

結局こういう現場って、大勢の業者の人が出入りするから、スペースも余裕ないんですよね。いったん瓦を上げてしまったら、空いたスペースにはすぐ、別の材料が置かれていて。台風が来るから、本当はもう一度屋根から下ろした方がいいんだろうけど、それはできない。置く場所がない。

もし隣の空き地を使えたら。こういうこともないんじゃないかなあと、傍で見ていてそんなことを思いました。それと、材料の搬入に関しても、一社で統括しているわけでなく、屋根は屋根、サッシはサッシ、外壁は外壁と、それぞれ担当する業者が違うようで。なにやらその搬入についても、ちょっともめているようなところを目撃したり。

スペースに余裕があれば、現場も楽なんだろうなあと思いました。悩まなくていいところに悩むというのも、ストレスでしょう。職人さんに仕事に集中してもらうためにも、広い敷地があればそれにこしたことはないです。土地を借りる経費はかかりますが、それ以上の価値はあると思うのです。

現場によっては、いくらお金を払っても隣接地が使えない場合もあります。建設現場の隣が空き地、というのは恵まれた条件だと思います。