ドラマ『WITH LOVE』感想 その2

ドラマ『WITH LOVE』感想 その2です。
思いきりネタバレしていますので、未見の方はご注意ください。
感想その1はこちらです。

私が『with love』で忘れられないシーンて、長谷川天が川辺で佳織にキスする場面だったりする。

キスした後に、天が佳織をじーっとみつめるんだけど、その、心の奥まで見通すような目が、とても印象的で。

佳織は、寂しい目をするんだよね。
好きな相手に、心のこもったキスをしてもらったんだけど、その思いやりがわかるだけに傷ついた目をするんだ。
ああ、そうなのねって。私のことを大事に思ってくれているけど、それは恋じゃないんだねって。
どんな言葉より、それを深く理解してしまった目をするんだ。

対する天は。
純粋に、問いかけるような目だったり。
望んでいたものはこれだろ? これで満足?みたいな。
皮肉じゃなくてね、本当に天は、佳織のことを思って、自分にできる精一杯のことをしたって感じなんだよね。
それで、佳織の反応をみてる。
でもそれは、好きな相手にみせる表情じゃ、ないんだよなあ。

同時に、訝しげな表情でもある。
佳織のためにしたキスなのに、佳織はちっとも嬉しくなさそうだし、むしろ泣きそうなんだもの。
どういうこと? 何で? 天は佳織の反応が理解できなくて、戸惑う。

そして、もう一つ忘れがたい場面が。

それは吉田さんの台詞。
「雨音さんと一緒にいるのはつらいです。雨音さんもつらいでしょ?」

吉田さんのそれまでの行為は、見ている私には理解できず不気味に思えることばかりだったけど、
初めて吉田さんに共感してしまった。
ああ、すっごい常識的なこと言ってるよ、という。

自分のことを全然好きになってくれない相手。
しかも、他の誰かをずっと心に秘めていて、その誰かは自分の知ってる相手で。
この状況下で、「でも、結婚したもの勝ちだもんねー、へへっ」と
勝ち誇っていられるのはよほど、能天気というか幸せな人なのだと思います。

吉田さんの発した言葉に相当する状況って、意外にありがちなものなのかもしれない。

一方がすごく無理をしていて。そういうときって、たいていその相手も
つらい思いをしていたりする。なのに二人は、
それぞれに「がんばらなきゃ」って妙な使命感に燃えたりして。
でも、一緒にいても、先のない相手なら。
早く別れたほうがお互いのためなんだよね。

割れて、ボロボロ破片の落ちる花瓶を、二人して拾ってる感じ。
いくら拾ったってきりがないのに。苦しくて、苦しくて、それでも
その花瓶がきれいだった時のことを、忘れられなくて。

一緒に居て苦しくなったら、もう終わりなんだと思う。
吉田さん、最後だけは、常識人です(^^;

途中の行為は、目に余りましたけど。
病気で弱ってる雨音の部屋に上がりこむわ、勝手にPC立ち上げてメール見るわ、hataさんに成りすますわ。
そりゃーやっちゃいかんだろうってこと、てんこもりでした。
そうまでして雨音に執着したので、よほど最後はドロドロになるのかと思いきや、
意外とあっさり、天に譲ったのね・・・。

うーん、でもでも。

私は以前にも書いたように、どうも天の、雨音に対する愛情には疑問を持っていて。
画面から伝わってくるものには、困惑というか、違和感がぬぐえなくて。

これは演出なのか、それとも演じてる竹野内さんの素が出ちゃってるのか。
本人に聞いてみたい気分です。
ぶっちゃけ、竹野内さんは雨音を好きでしたか?って。
きっと、好きじゃなかったんだろうなあ、たぶん。と
私は勝手にそう思っております。

雨音と相対したときにね。どうしても、あれ、なんかちょっと違う・・かも。
みたいなものを感じてしまうのですよ。
天が感じた違和感のようなものを、見ている私も共有してしまうような。
天は天なりに、てるてる坊主さんに対するイメージをふくらませていたと思うのですが。
きっとそれは・・・雨音とは違うタイプの女性だったのではないかと。

そんなことを思ったりしました。

ドラマ『咲くやこの花』最終回の感想

  NHKドラマの、『咲くやこの花』最終回を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタばれしていますので未見の方はご注意ください。

 最終回が一番よかったかもー、のドラマでした。

 それまでの回はつっこみどころが多くて、いくらドラマとはいえ、現実離れしすぎてしらけてしまったり・・・。でも最後まで見て、張り巡らされた伏線に、しみじみと感じ入りました。

 簡単なあらすじはというと、漬物屋の一人娘で、目立つのが大嫌いだったおこいちゃん(成海璃子さん)が、仇討ちを志す浪人の深堂由良(平岡祐太さん)に恋をして、「大江戸かるた腕競べ」で優勝を目指す物語です。御前試合では付き添いが許されるため、由良さんが江戸城に乗り込んで、宿敵を討ち果たすチャンスがあるかも?というわけです。

 出会いからしばらくは反目しあった二人でして。おこいちゃんも目立つのが嫌いだから、かるた大会なんか、とんでもないと断るのですが。

 最初のうち、おこいちゃんには仇討ちの意図を隠して、平然と出場を薦める由良さんにはげんなり。

 うーん。それ卑怯だよね。

 そりゃあ、武士にとって敵を討つことは正義で、美学かもしれないけど。付き添いで由良さんを連れて行って斬り合いになっちゃったら、いくら知らなかったことと弁明しても、おこいちゃんはお咎めを受けるわけで。

 由良さんが、そのことに気がつかないわけはない、と思うのです。

 なんにも知らない町娘を巻き込んでまで、仇討ちをしたいのか。それって、武士としてどうなの?と。武士としての誇りは、それでいいのかと。

 だから、私は由良さんがあんまり好きにはなれなかったのです。若さゆえに突っ走ってしまうのはわかるけど、どうにも軽いし、冷たいなあって。

 おこいちゃんに仇討ちのことがばれちゃった後も、必死で頼んでるからねえ。どんなお咎めを受けるか、なんてことは、町娘にはよくわからなくても、由良さん、あなたが知らないわけないよね、と、思わず画面に非難がましい目を向けてしまいました。

 あと、気になったのが、おこいちゃんが由良さんを好きになる心境の変化。特別な何かがあって・・というのがなかったので、おこいちゃんの心境の変化が唐突に思えてしまったのです。ドラマだから、時間の制約があったのかもしれませんが。

 おこいちゃんがいきなり、大胆な行動に走ったのには驚きました。

 なんでいきなりそこまで好きになったの??と。

 おこいちゃんは雨の中、おっかさんと喧嘩して、由良さんの家に行ったりして。

 妙齢の女子が、独り暮らしの浪人を単独で訪ねてはいけません(^^; 由良さんも、玄関先で対応するべきでしたね。部屋に入れずに。

 結局、激しい愛の告白にちょっぴり心が揺れた由良さんですが、「私はお前と生きる気はない」と、土砂降りの雨の中におこいちゃんを突き飛ばしてしまいました。

 ひどすぎる・・と、その回の放送直後はそう思いましたが、思いやりといえば思いやりなのかな。慰めのような優しさをみせれば、おこいちゃんは夢をみてしまうだろうし。どうせ末は結ばれないとわかっているからこそ、わざと嫌われるように、絶望するように突き放したのかな、と。

 あんなふうに、1パーセントの希望も持てないくらい拒絶することで、おこいちゃんを守ったんですね。

 このときから、私の中で由良さんへの評価が少し上がったのですが。そうすると、なんだか不思議。由良さんの目が、キラキラ輝いて見えてきた。ふとした瞬間に、キラッと。そしてまた次の瞬間、キラっと。

 撮影のライトが反射してるだけとわかっていても、深堂由良という人物がどんどん、魅力的になっていったのです。

 後に、由良様を演じる平岡さんが、ボールドのCMに出演していることを知りましたが、あのCMの青年が由良様と同一人物とは信じられないほど、由良様は独特ですね(笑)

 書いてる私も、なんとなく由良さん→由良様と、書きたくなってしまいました。

 このドラマ、百人一首がテーマとなっているだけあって、毎回、短歌が効果的に使われています。

 私が一番好きなのは、最終回で由良が、仇である門田伯耆守稲葉(寺田農さん)に送った歌。仇討ちの場を設けようかと役人に問われて、答える代わりにこの歌を送るんですよね。粋だなあ。

>君がため 惜しからざりし 命さへ

>ながくもがなと 思ひけるかな

 とにかく俺は仇討ちしたいの。誰かを犠牲にしたって、なにがなんだって、ともかく、誰がなんと言おうと俺は仇討ちをするのだー!! 的に。まるで駄々っ子みたいにひたすら、仇討ちを望んでいた由良様が、すっかり別人になってしまった。それは、命がけで自分を守ると、まっすぐに見据えて無条件の愛を捧げてくれたおこいちゃんの、真心に触れたからかなと、思います。

 この歌を受けた門田の表情もいいんですよね。女ごときに迷いおって、軟弱な奴め、という不快感。それはもう、門田の価値観はガチガチに固まっているから、当然なんですよ。

 だけどその、ガチガチの門田の価値観もまた、見方によっては一つの正義で。

 考えちゃいました。門田は門田なりに、筋を通して国を守ろうとしたのかなって。

 門田にとっての正義。それこそが国を救うと、信じたなら。私利私欲ではなく、そこには志があったわけで。

 このドラマ、真の悪人がいなかったなあ、と思いました。

 一番悪いと思ったこの門田でさえ、私は最終回で、見直してしまった。それは、演じる寺田農さんからにじみ出る、真摯さゆえかもしれません。

 門田は、おこいちゃんの師匠、おはな先生(松坂慶子さん)とも対立してましたね。そのシーンも、印象的でした。

 門田に斬られた後、おこいちゃんを見る由良様の目が好きです。すっごく優しい。そして柔らかい。

 おこいちゃんに出会って、変わったのが、よくわかります。今までとは全然違う目で、おこいちゃんを見てた。

 ちゃんと国許に帰って、家督のことや諸々を片付けて、それから再びおこいちゃんのもとへ帰って来た由良様。素敵です。短絡的に、おこいちゃんと抱き合って、めでたしめでたしとならなかったのはよかったなあと思います。やるべきことは、山ほどあったはずですもん。それは、長男であり、仇討ちを成し遂げた由良様の責務。

 そこに、おこいちゃんへの真剣な思いを見ましたよ。

 大事に考えるからこそ、全部すっきりさせて、なんの憂いもない状態で迎えにきたんだなあと。大人ですなあ。

 おこいちゃんに横恋慕する、若旦那の順軒(内田滋さん)も、いい味出してましたね。おこいちゃんの無事を祈って神社に行ったとき、おこいちゃんに渡せなかったかんざしをしばしじっと見つめ、それから思いきって賽銭箱に投げ入れた。そのシーンが印象的でした。

 若旦那なりの、決着のつけ方だったなあって。

 あのとき、自分の思いを断ち切ったんですね。

 人が見たら、ボンボンの気まぐれにも見えた横恋慕ですが。でも、かんざしを投げ入れる瞬間の真剣な表情を見たら、順軒は順軒なりに、本気だったんだなあと感じさせるものがありました。

 そうじゃなかったら、あのかんざし、平気で手放せたと思うから。

 これ似合うかな、喜んでくれるかな、って、一生懸命作らせたその気持ちに、嘘はなかったのだと思います。

 他の登場人物も、それぞれ面白いキャラで楽しめました。いいドラマでした。

ドラマ『WITH LOVE』の感想

10年ほど前に、『WITH LOVE』というドラマが放送されていました。

竹野内豊さんと田中美里さんが主演です。以下、感想を書いていますが、ネタバレも含んでおりますのでご注意ください。

このドラマ、なにが凄いって、竹野内さんの美貌を、あますことなくドラマに活かしているところが素晴らしい!

当たり役って言葉がありますけど、このドラマの主人公、CM作曲家の長谷川天(たかし)役は、竹野内さんにとって、まさに当たり役だったと思いますね。

あらすじは、CM作曲家の長谷川天(たかし)と銀行員の村上雨音(あまね)が、間違いメールをきっかけに「hata」と「てるてる坊主」としてメール交換をするようになり、お互い素性を隠して本音を書いているうちに恋におちていく・・・という、映画の『ハル』みたいなお話です。

主人公2人の心境の変化、その背景に描かれる人間模様がよく作られていて面白かったです。その一方、?というツッコミどころも満載で、回によって演出の差が激しいなと思ってましたが、後でその理由がわかりました。

脚本や演出が、複数の人によるものだったんですね。

だから、自分の好みの場面があるときもあれば、全く理解できないシーンも、両方存在したというわけです。

私は最終回の演出が苦手でした・・・。

ドラマで複数の脚本、演出というのは、よくあることなんでしょうか。一人の人が全部やったほうが、一貫性があるような気もしますが。

やっぱり人によって、物事の捉え方って違いますよね。回によってドラマの持ち味がブレていくのは、残念な気もします。

私が一番素敵だと思ったシーンは、薄暗いバーでの、天と雨音の出会いです。

天は連れの女性に罵声を浴びせられ、グラスの水をひっかけられるのですが、その水がたまたま近くにいた雨音にかかってしまいます。

ひっかけた側の女性は、怒りながら店を飛び出し、残された天は冷静に、「申し訳ない」と雨音にハンカチを差し出します。これがもう、ため息がこぼれるほどの美青年なんです。まさに少女漫画の世界で。

この1シーンだけで、このドラマは成功したと思います。

天(たかし)は元々バンドで成功したのですが、ボーカルのリナという女性とつきあっていて。その彼女が突然失踪したことからバンドは解散。その後彼は、CMなどの作曲家として活動していきます。しかし、リナとの絆が深かっただけに、その突然の失踪が彼に与えたショックは大きく。

リナの失踪から立ち直れない天(たかし)が、「hata」として「てるてる坊主」にメールを打つところに、胸を打たれました。

それがなかったら、間違いメールの相手に返事なんてしてないだろうなあって。リナが最後に残したのがてるてる坊主だったから、同じ名前を持つ相手に反応したのです。

天は、仕事は成功してるし美人のガールフレンド(藤原紀香さん演じる佳織)もいるし、傍目から見て幸せにはみえるんですけど、心にぽっかりあいた穴があるんですよね。それが、リナの失踪。

誰よりもわかりあえてると思い、全幅の信頼をおいた相手が、ある日突然いなくなった。

その答えを探し続けてる、演技がうまかったです。竹野内さんは、あんまり表情を変えない。変えないんだけど、瞳が寂しさを物語るというか。

部屋の雰囲気がまた、天の設定にぴったりで。無機質。コンクリート打ちっぱなしの、モノトーンの部屋。

GFの佳織とは打ち解け、互いに干渉しあわない緩い関係ではあるけれど、決して部屋の鍵は渡さない、とか。

理由もわからないまま置いていかれて、傷ついてる。だからもう一度誰かと、深く関わるのを怖れてるんだと思いました。

天は淡々としていて。あんまり物事に動じなくて、そのクールなところがかっこよかったです。表情を変えないけど、でもそれは心が動いてないわけじゃないんだなあ。

天なりに考えてるし、思いやりをみせたりもする。

ドラマの中で、雨音は及川光博さん演じる吉田につきまとわれます。雨音の友人たちは、天に「彼氏のふりをしてほしい」と頼むのですが、これを引き受けてしまうところが偉い。最初は嫌がって「どうして俺が・・」という感じなのですが、結局は助けてしまう。

これも、優しさだと思いました。困って助けを求められたら応じてしまうという。これ、天には全くメリットないですからね。このとき、雨音のことをなんとも思ってないですし、こういう他人の恋愛に干渉すれば、相手の男に逆恨みされることもあるわけで。

対する雨音は・・・。私はドラマの雨音を、好きにはなれませんでした。仕事でも、自分のミスをあんまり反省してなくて、うまくいかないことを人のせいにしている部分があったような。

たとえば、間違って他人の書類を天に渡してしまい、天に確かめたところ「捨てた」と言われて憤慨するのですが、これ、天を責める権利なんてどこにもないわけで。

天にしてみたら、もらった書類の中に1枚変なものが混じってたから、深く考えずに捨てただけだと思うんですよね。間違って渡したのは雨音の責任で、捨てたと言われて「ひどい」なんて言われる筋合いはないわけです。

彼氏のふりをしてもらったことに対しても。雨音はキスされて憤慨しますが。流れを見ていると、天がそれほど出すぎた真似をしたとも思えなくて。

吉田はかなり執拗だったし、初対面でも天はそれを見抜き、これくらいしなければ、諦めないんじゃないかと思ったんでしょう。

友達が勝手に頼んだことなのに・・・と、天に怒りをぶつける雨音には呆れてしまいました。全部友達のせいなのか?という。そりゃ、後で友達には怒ってもいいと思うけど、そもそも全く関係のない天をあの場所に引きずりこんでおいて、怒るというのが理解できません。変なこと頼んですみませんでしたって、それくらいは言っても罰は当たらないような・・。

そもそも、私が最初に「ダメだこりゃ」と呆れたのは、雨音が借りたハンカチを返すのに、佳織の目の前で、平気で天に声をかけたところです。

普通女性連れの男性に声かけるときって、気を遣うと思うんですが。誤解されたくないし。

それを平気で、声がけする無神経さに驚きました。この時点で、雨音に共感できなくなっている自分がいました。

このドラマの中で、いいなあと思ったのは天と、天の所属する会社の社長(浅田美代子さん)ですね。

社長は、妙に媚びたところがなく、ビジネスライクで気持ちがよかったです。このドラマは、作曲家とスポンサー、広告代理店の力関係を描いてるシーンもたくさんあって。きれいごとで済まない業界の、裏の一面なども出てきましたが、そんな中でも社長は、一本筋が通っている人物だと思いました。

ビジネスはビジネス。

それが逆に、優しさなのです。

表面だけ友達面するよりその方がよほど、本音勝負のような。口先だけの、その場限りのお世辞よりよほど、真剣で。

天の才能に惚れている社長だからこそ、辛口のコメントも言うし、それが結局は、天のためになっている。他には誰も、本当のことなんて、言ってくれないから。

天の気持ちが伝わってくるドラマだなあと思ってみてました。表面上は社会的に成功しているし、なんの文句があるんだって感じですけど。内心、信じていた人が突然いなくなったショックは大きく。そして、ゆるやかに続く昔なじみの女性との関係も、癒される部分がある一方で、このままじゃいけないというジレンマが、あったんじゃないかなあって。

どんなに仕事で成功しても、それをわかちあえる人がいなかったら、きっと寂しいだろうなあ。ある意味、そのために人は働いているんじゃないかとも、思うのです。心から信頼できる誰かと、喜びをわかちあうために。

帰っていく場所を持たない人は、だから空虚なんだと思う。そして天もやっぱり、満たされてはいなかったような。

後半、リナと再会したシーンがよかったです。そうなんですよ、意外に、いなくなった本人はケロっとしてるもんです。でも、もう一度会うことは重要だった。納得する部分があると思うので。人づてではなく、本人同士が向かい合うことが必要だった。リナが自分の意志で失踪したということがわかれば、天にはもうそれ以上、思い残すことはないはずです。リナに再会して、天はふっきれたと思う。失踪した張本人にちゃんと向き合って、理由はなんであれ、本人の意志でいなくなったのだと、それを確認できたのだから。

自分の中で納得できなければ、思い出はいつまでも美しく、人の心を縛りつけるものなのでしょう。

このドラマの残念なところは、最終回ですね。演出もそうだし、脚本も、ハッピーエンドではないほうがかえって、盛り上がったのではないかと思いました。天がピアノを弾き始めたとき、ウエディングドレス姿の雨音が涙を流すシーンがよかったです。そのときを最終回にすればよかったのに、と思いました。あのとき初めて、雨音は天があの「hata」だと気付いたわけで。でももう、戻れない。

自分を「hata」ではないと否定する天の優しさも、ぐっときました。今さら名乗ったところで、仕方ないという気持ちはよくわかります。あえて、別人だと否定することで、雨音の心の負担を軽くしてあげた。

せつないけど、二人は抱きしめあうこともないまま、天が否定したまま別れて最終回を迎えた方がよかったのではないかと思います。そして最後にもう一往復だけ、メールを交換し合ったら、よかったのではないかと・・・。メールで始まった2人が、それぞれ成長してまた、元の生活に戻っていく。ほろ苦いけど、そんな最終回が見たかったです。

天は・・・、実は雨音をそれほど好きではなかったような気がするのは、私だけでしょうか(^^; メールの向こうにいた「てるてる坊主」という架空の人物に恋していても、それはイコール雨音ではなかったような気がするのです。

雨音は、思いっきり天に恋していましたけどね。「hata」も天も全部ひっくるめて、もう全身で、「大好きです」光線を発していたような。天は、本当に素敵な人でした。外面も、内面も。

竹野内豊さんはかっこいい俳優さんだなあと思っていても、こんなに美しい表情をみせる人だとは、思っていませんでした。姿だけでも、ドラマを見る価値はあります。あまり感情を表に出さないところがまた、クールで素敵でした。表情を大げさに変えたりとか、声を荒げたり、派手に泣いたりというのではなく。静かに目で語る、という感じです。

そして、言葉よりも行動で、優しさを示すところがよかった。雨音に比べて、ずいぶん大人でした。それだけ、いろんな葛藤を抱えて生きてきた人なんだと思いました。

主題歌は、MY LITTLE LOVERの『DESTINY』で、このドラマにぴったりです。

>この世界は 終わっても

この歌詞がいいんです。人との出会いは儚くて、でもそこで生まれた感情や、学んだことはずっと残るわけで。終わった世界があれば、また始まる世界があって。「hata」と「てるてる坊主」の生きた、メールという小さな世界を、暗示するような歌詞だと思いました。

ドラマ『白洲次郎』の感想

 NHKで放送した『白洲次郎』のドラマ、第1回と第2回を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタバレしていますので、未見の方はご注意ください。

 キャスティングが抜群によかったです。どの登場人物も、それ以外の人が考えられないほどにハマっていたように思います。

 まずは主人公、伊勢谷友介さん。いい役者ですね~。目力が強い。きっと次郎さんも、同じような強い目の輝きを持った人だったと思うのです。そうでなければ、終戦後にあれだけ、精力的に活動することはできなかったはず。

 第1回の少年時代は、伊勢谷さんでなく子役が演じていたのですが。この子がまた、ぴったりでした。

 英語教師に英語で反論し、楯突くシーン。いかにも子供時代の次郎さんぽくて、目を奪われました。幼い胸にエネルギーが渦巻いて、行き場をなくしたその熱さが、体を焼いて痛くてどうしようもない。そんな激しさが、画面を通じて伝わってきます。

 奥田瑛二さん演じる、父の文平。一財産築いた人物の自信と、傲慢さがよく出ていました。破産した後の、妻に対する負い目を、胸に秘めた演技がよかったです。

 原田美枝子さん演じる、母の芳子。良家の奥様というのは、きっとこういう感じの方なんでしょうね。夫の女遊びにも動じることなく。破産の憂き目にも、泣き叫ぶことなく堂々としていて、好感がもてました。

 浮気や破産が、決して悲しくないわけではないんですよね。でも感情的になることはない。その芯の強さが伝わってきます。

 白洲正子さんの役は、中谷美紀さん。美しいです。激しさもあるけれど、その激しさは氷のように静かなもので。赤く燃え上がるのではなく、青白い炎が揺れている感じ。次郎が正子さんを見出したのは、そこに同じ匂いを感じたからですよね。

 周囲に交われない。溶け込もうにも、どうしようもなく異質な魂。

 第2回の、鶴川村の葬列のシーンが印象的でした。

 次郎はプリンシプルを貫く人。自分の信念を、いささかも恥じることのない人ではあるのですが、友人の戦死に動揺しないはずはありません。

 召集令状の回避。そのこと自体には、信念を持っていたとしても、いざ目の前に悲しい葬列を目にして。「息子は立派に死にました」と、骨すら返らない息子の葬列で、深々と頭を下げた母親の姿を目の前にして。

 辰巳栄一の怒号を、ひるむことなく真正面から受け止めた次郎が、友人の母の前で、激しく心を揺らせていました。

 降り続く涙雨。

 次郎にできるのは、ただ帽子をとり、頭をたれることだけで。友人の母にかける言葉は、みつからないですよね。どんな慰めも、力を持たないことがよくわかっているから。字が読めないと言うその母親に、戦死した場所は南の島だということを伝えるのが精一杯で。それしかできない自分の力不足を、どんなにか情けなく思ったことか。

 雨の降る情景。雨音。ぬかるんだ道をふみしめる足音。

 このシーンが、後のGHQでの次郎の奮闘に繋がるのだと思いました。

 生き残ったからこそ、戦後の日本を復興する義務がある。自分がやらなくて誰がやる、きっとその思いがあったはずです。

 従順ならざる唯一の日本人。したたかで、粘り強い交渉。

 我々は戦争に負けたのであって、奴隷になったわけではない、という言葉の意味を、重く受けとめました。

 次郎の生涯に関しては、悪く言う人もいますけれども。私は彼が、最後まで名声を求めなかったことが、全てを表していると思うんです。自分の役割を果たしたと考えた後は、きっぱり身を引いているから。栄誉に未練をみせなかった。それが、答えだと思うのです。

 政治や経済、その駆け引き。敗戦国であるという立場、そこにどんな交渉があったか、きれいごとだけではないと思います。だからこそ、細かな揚げ足とりは愚かなことではないでしょうか。

 吉田茂を演じた原田芳雄さん。本人かと思うほど、迫真の演技でした。豪放磊落で、魅力的な人物ですね。次郎がオヤジと呼び、その懐刀となったのは、彼が尊敬できる人物であったからだと思います。次郎がなぜ、彼とタッグを組んだのか。その理由を言葉で語らずとも、まとわせる空気で表現していました。

 近衛文麿を演じたのは、岸部一徳さん。雰囲気がいかにもお殿様っぽくて、名演だと思いました。高貴な育ちの鷹揚さとプライドが、にじみ出ていました。

 死を前にした、心がからっぽになったような表情。忘れられません。本当の近衛さんも、同じような表情をしたのではないかと、そう思いました。

 近衛さんに関しては、工藤美代子さんの『われ巣鴨に出頭せず—近衛文麿と天皇』という本がお勧めです。私は以前に読んだことがあったので、その本に出てきた近衛さんと岸部さんをダブらせて、ドラマを見ていました。

 田中哲司さん演じる河上徹太郎が、おもちゃのピアノを一心不乱に奏でる。その美しい音色に、誰もが心を奪われていく。そして演奏はどこまでも広がり、クライマックスを迎え、そのとき、戦争が終わった・・・この演出はすごかったです。

 戦争を望んだ者など、誰もいなかったと思うんですよね。

 誰だって、美しいものが好き、穏やかな日差しが好き、この世界が好き、だけど。

 次郎と正子の絆の強さにも、感銘を受けました。女性の脚本家なので、よけいロマンチックに描いてる部分があるのかもしれません。

 身を粉にして、忙しく働き続ける次郎に、「私なんてお飾りで、あなたには不要な存在よね」みたいなことを言う正子ですが。

 興奮して、Let me go だったかな? leave me alone だったかな? 吐き捨てて、走り去ろうとした正子に対して、「行かせない。僕には君が必要」みたいなことを次郎が言い、正子が抗えないほどの強い力で抱きしめるところに、感動してしまいました。

 いい奥さんという基準で言えば。世界は広いのですから、正子より家事に長けた人はいくらでもいたでしょうが、次郎には正子が必要だった。

 この感覚、わかるような気がします。

 互いに運命の相手だったんだなあと。それは、いいも悪いもなく、どうしようもなく魂が惹かれあう相手ということで。

 大きなことを成し遂げる影には、必ず、それを支える相手がいる。具体的になにをするわけでなくても、そこにいるだけで。ただ、ときどき話を聞いて、そばにいてくれるだけで。

 次郎にとって、正子の存在は大きかったのだと思います。

 今日、荻窪の荻外荘(てきがいそう)に行ってきました。近衛さんが亡くなった場所です。おそらく、昔はその辺りの一画すべてが、近衛さんの土地だったのだと思います。今は、近隣にマンションが建ったり、当時とは変わってしまっていました。

 現在、子孫の方が住んでらっしゃるので内部の見学はできないのですが、周辺を歩いて、当時のことを偲びました。

 だけど、高い壁の向こうに見える大木の数々。これだけは、きっと当時と変わらない光景ですね。ずっと、歴史を見守ってきたのだと思うと感慨深かったです。その木の高さ、太さが。そのまま歴史の長さなのだと思いました。

 このドラマ。第3回の放送は、8月を予定しているそうです。

 楽しみに待っています。

われ巣鴨に出頭せず—近衛文麿と天皇 (中公文庫)
工藤 美代子
中央公論新社

ドラマ『鹿鳴館』

 ドラマ『鹿鳴館』を見ました。以下その感想ですが、ネタバレを含んでおりますので、未見の方はご注意ください。

 三島由紀夫原作かつ、時代が明治とくれば、見ないわけにはいきません。あの時代の文化が好きです。洋服も建築も。

 キャスティングがばっちりはまっている役者さんと、違和感のある役者さんに分かれたような気がします。私がいいなあと思ったのは以下のキャスティング。

 清原久雄役、松田翔太さん。

 草乃役、高畑淳子さん。

 飛田天骨役、橋爪功さん。

 

 逆に、これはちょっと違う・・・と感じたのは以下の配役。

 影山悠敏さん役、田村正和さん。

 影山朝子役、黒木瞳さん。

 大徳寺顕子役、石原さとみさん。

 清原永之輔役、柴田恭兵さん。

 テーマ音楽は、軽すぎるような気もしたのですが、全体の雰囲気とは合っていたかなあ。というのは、最後の影山伯爵と朝子のダンスシーンが、意外に軽いものに仕上がっていたから。あの場面こそ、このドラマの肝だと思います。それがあの重さなら、この音楽がふさわしいといえばその通りかと。音楽ばかり重厚なものにしても、バランスがとれない。

 個人的な好みとしては、あの場面に凄みを感じたかったです。ぞくりと背中にくるような重さを、味わいたかった。

 影山伯爵に浮かぶ疲労の色、朝子の能面のような顔、そして一瞬だけ、朝子が唇に微笑を浮かべたなら。鬼気迫る映像になったのになあ、と思いました。

 我が子を失った今、朝子の狂気にも似た感情のほとばしりが透けて見えたら、見る者の心に深い印象を与えたドラマになったでしょう。

 影山伯爵は、もう少し表情のない役者さんの方がよかったかなーと思いました。あくまで私の好みですけど。なにを考えているかわからない的な雰囲気が欲しかったです。田村さんだと、少し甘い感じになってしまうような。

 そうですねえ、例えるなら、若い頃の露口茂さんのイメージ。冷徹な仮面が、感情に揺さぶられて剥がれていくところを、うまく演じて欲しいです。

 朝子は、黒木瞳さんとはキャラが違いすぎると感じました。一番気になったのは、母性が伝わってこないこと。朝子は久雄を誰より愛していたはずで、時代背景もあり、手放さざるを得なかった悲しみがあったと思うのですが、黒木さんだとなんとなく「自分が一番」と感じてしまって。

 子供だけでなく、影山伯爵をも愛していなかった、みたいな。いや、それでもいいのかもしれませんけど。たとえば、ひそかに清原を愛し続けながら違う男の妻である自分に苦悩するという点が見えたりするならば。

 結局朝子は、子供より伯爵より清原より、自分が大事だったのかな、なんて、ドラマをみてそんな感想を抱いてしまいました。そうでなければ、最後のシーン、伯爵と踊るときのあの表情は出ないかなあと。

 顕子役の石原さとみさんは、とても可愛らしくて、でも一味足りないのが残念でした。可愛いだけのお人形になってしまったところが・・・。あんまり同情できないキャラで、かといって悪役として個性が際立つとかそういう役柄でもないし。

 見ている側に、同情でもいい、嫌悪感でもいい、なにか一つ、ピリッと感じさせるものがあればなあと思いました。

 清原役の柴田恭兵さんは、醸し出す雰囲気が反政府主義者という感じではなかったような気がします。それと、朝子に久しぶりに再会したときの心の揺れみたいなものが感じられなくて、それが残念でした。

 ただ、久雄の遺体を抱き寄せて涙するシーンは、かなり伝わってくるものがありました。虫の声しか聴こえない演出もよかったです。

 では次に、私が秀逸と感じた3人の配役について。

 橋爪功さんが演じた飛田。うまい! はまってます! 橋爪さんなのか飛田なのかわからなくなるくらい、ドンピシャの配役だと感じました。

 影山が表の部分、飛田が裏の部分を担当して政治を動かす、その影の男としての凄み、胡散臭さ、冷徹さ。

 影山伯爵に対して敬語を使いながらも、その実、対等であることは見てとれたし、朝子や草乃を一段下に見るような薄ら笑いには、ゾクゾクきました。修羅場をくぐってきた冷徹さがありました。伯爵さえその気になれば、彼はなんのためらいもなく、朝子でさえもその手にかけるだろうなあ、と感じました。

 これ、橋爪さんが演じなかったら、ドラマがもっともっと、軽いものになったと思います。橋爪さんの演技があったからこその、鹿鳴館でした。ブラボー。

 女中頭の草乃を演じた高畑淳子さん。さすがの迫力だったのは、影山伯爵に迫られた後の豹変ぶりです。コロっと態度が変わったところがすごかった。

 こぼれおちる色気というか、視線に含む媚態がなんとも・・・。

 しなだれかかるような馴れ馴れしさは、さすがとしかいえません。言葉尻はあくまで女中頭としての品位を保ってますけれど。目で語る部分が大きかった。

 そして、清原久雄役、松田翔太さん。虚勢と弱さのバランスが最高でした。青年なりの理想や苦悩がそこにはあったし、共感できました。

 ピストルを手にしたときの震える心、見ている側にがっつり伝わってきましたもん。その純粋さが招く結末が、予想できただけに、物語としての悲劇性は倍増です。

 わかっていて、そこに進まねばならない。

 そうしなければ、生きていけない。

 久雄は弱い人間だったと思います。でもその弱さに、共感しました。

 鹿鳴館の内装はどれも素敵でした。日本のドラマはあまり予算もないと思うので、いかに本物らしく作るか美術さんは大変だったと思うのですが、安っぽくなくしっかりした造りに見えました。花をたくさん使っていたのもよかった。

 それから衣装。どれも派手でないしっとりとした落ち着いた色で。ドレスも均一ではなく、少しずつデザインが違ったし、髪形もそれぞれで見ていて興味深かった。私は特に、顕子が着ていたピンクのドレスがお気に入りです。幼さの残る顕子によく似合ってました。

 鹿鳴館のダンスシーンは、うっとりするような華やかさでした。これを見ただけでも、このドラマを見た価値はあったと感じました。せっかく作ったセットや衣装。これを使って、また同じ時代のドラマを作って欲しいなあと思います。