今日は、ダンス・オブ・ヴァンパイアの中で一番私が好きな曲、「抑えがたい欲望」について書きたいと思います。本当は全部の歌詞を一つ一つ、丁寧に語りたい。それくらい完璧に仕上がってる作品だと思います。内容はネタバレを含んでいますので、舞台を未見の方はご注意ください。
そもそも観劇前、訳詞に関してはかなり不安を抱いていました。だからあまり期待もしていなかったのですが、この「抑えがたい欲望」は予想をはるかに超える完成度の高さ。静かな曲調のメロディにこの歌詞が重なり、そこに山口さんの声が加わった日には・・・・。劇場に別の空間が生まれてました。
いい詩は、鮮やかなイメージを喚起させます。私はそういう力のある詩にどうしようもなく惹かれます。この「抑えがたい欲望」に関しては、タイトルだけが残念。どうもしっくりこない。他が素晴らしいだけに、なぜこのタイトルなのかが謎です。
月のない闇夜に初老の吸血鬼。疲労の影濃い伯爵の回想。「きらめく空をみていた 遠い夏」私は伯爵がこう歌い始めると、それだけで容易に日差しを思い浮かべることができます。夏という言葉だけで、もう胸がせつなくなる。だって、ヴァンパイアには最も似合わないものですから。だけど伯爵にも、あふれる日差しの中で愛する人を抱きしめた、幸福な記憶があったんだなあと、その光景を思うのです。
その後はもう、目の前の出来事のように想像できますね。緑が目にまぶしいどこまでも平和な風景で。小川が流れ、鳥のさえずりが聞こえる。
娘は金髪の巻き毛です。その髪に顔をうずめたときにはお日様の匂いがするはずで、太陽に温められた髪の温度が頬に心地よく。伯爵は娘と戯れ、幸福に酔いしれて彼女を抱きしめて。世界は永遠にこのまま終わらないと心の底から信じていたでしょう。娘は幸せそうに目を閉じ、そしてそのまま・・・・・。
そのとき、伯爵の周囲だけが急に、ぐっと冷えたはずです。血の気がひく感じ。どこまでも幸せな風景の中、伯爵と娘の周囲だけが、気温を下げ。
なにが起きたかわからず、信じたくない気持ちで伯爵は娘をのぞきこみ、そこになんの非難も苦悩も見出せないことに苛立ち、そしてただ彼女を見続けたでしょう。永遠に記憶に刻み込まれた愛する人の穏やかな顔。
「この私が わからない 自分さえ」ここも私の涙腺決壊ポイントですね。
努力してどうにかなるものだったら、伯爵はいくらでも努力したでしょうが、なにせ吸血鬼なんだからどうしようもない。そして娘を失わなければならなかった、そのはっきりした理由もわからない。自分を責め、運命を呪い、ただ嘆くことしかできない。
サラは大丈夫だったのに、なぜその娘のときは駄目だったのか。
私の勝手な解釈ですが、理由は「本当に好きだったから」だと思います。本当に愛した人の血を吸ったら、その人を失うということなんじゃないでしょうか。設定が耽美すぎますかね(^^;
ここらへんは暗示だなあと思うのです。
そういうことって、ままあるじゃないですか。本当に好きな人には不器用になって失敗すること。思い入れが強すぎて、一番欲しいものを失ってしまうこと。
『ダンス・オブ・ヴァンパイア』にはいくつもの暗示があると思いますが、これもその一つかなという気がします。舞台上のこと、他人のことだと思って笑ったり泣いたりしてみているうちに、ふっとそれが自分自身にも当てはまっていることに気付くのです。
伯爵が立ち去り、そして鐘がなる。雰囲気が侘しくて美しくて荘厳で、大好きです。本当にその時代、その場所に居合わせたような気持ちになってしまいます。伯爵が落としていった思い出に、そっと祈りを捧げたくなるような。
また、伯爵の背中がいいですね。最後のプライドを失っていないというか、神様への静かな怒りに満ちている。音も立てず、空気も揺らさずに消えていくその背中には、誰も手を触れられない感じです。