ドラマ「教場 reunion」 感想

NETFLIXの配信を経て、地上波初放送された久々の教場、どんなお話なんだろうなあと、楽しみにしてました。以下、感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので未見の方はご注意ください。

教場シリーズ。回が進むごとに、最初に見た時の感激は薄くなっていくなあ、というのが正直な感想でした(^^;

一番最初の「教場」を見た時のあの、ひりひりするような緊張感はどこに・・・。キムタクも、初回の「教場」では不気味だったけど、この度のキムタクは、あまり怖さもなかったなあと。

怒鳴るとかそういうことじゃなく、存在感だけで圧倒するような、そんなパワーがなくなってしまったような気がします。

もういい人だということはわかっていることに加えて、木村拓哉さん演じる風間公親(かざまきみちか)の謎の行動にも共感しがたく。

今回のreunion。拳銃を学生に持たせますかねえ。もう少し扱いは慎重にしてほしかった。おもちゃじゃないんだから。

それと、犯罪者に、面会室でたやすく謝る風間の姿にも、がっかりしてしまった。

いや、風間はなにも悪いことしてないよね。十崎(とさき)が逮捕されて、弱い立場の妹を親切に面倒見てただけだし。嫉妬だかなんだか知らないが、十崎に恨まれる筋合いはないし、簡単に謝ってはいかんと思うのです。十崎に間違った解釈を、与えてしまうことにもなる。

信念があれば、あんなふうに簡単に謝るべきではない。表面上波風を立てたくないというような、浅はかな考えで謝罪する人じゃないと思うんだけど。風間公親という人間は。

十崎に頭を下げる風間の姿に、がっかりしてしまった。妹を助けた行いも、むしろこの行為で害悪になってしまったように思う。あんな風に謝ることで、十崎の中では、「風間は妹を奪った悪い奴」が確定しちゃったのではないでしょうか。

教場をI、II 0と見てきて、教場の犯罪率の多さにもうーん(^^;

いや、犯罪率高すぎませんか。まともな生徒を探すほうが難しい。警察学校内でいちゃつくカップルも、なにやってるんだか。

教場reunionでは、4つのエピソードが描かれていますが、1つ目と2つ目はもう論外で、1つ目と2つ目のエピソードの学生たちは、みんな退校して当然かと。

1つ目のエピソード。警察官が自殺して血まみれの現場で、銃弾を盗むという矢代の行為は明らかに常軌を逸してますし。このまま警官になっていいわけがない。そして警察学校内での自殺(しかも拳銃で!)をかばって隠そうとした、門田も警察官として間違ってると思う。

そこでかばったところで、事態はいい方向へは進みません。放置しても矢代がまた自殺を図る可能性は高いですし、どうして自殺を防いだ時点で正直に風間教官に申告しないのか、見てるこっちはさっぱりわからず(^^;

いやいや、仲いいからとか、ここは黙っておいてとか、そういう問題じゃないですよね。矢代のためにも、そして今後、他に巻き込まれる被害者を出さないためにも、警察学校全体のためにも、門田にできることはすべてを正直に話すことじゃないですか。一時的に隠したところで、問題が解決するわけじゃないし。このまま矢代を警察官にさせて、いいわけがない。

私が風間教官なら、門田も矢代も、即刻退校させます。

そして2つ目のエピソード。いくら成績優秀でも、ストーカー石黒と、それを受け入れてしまっている星谷は、警察官としては不適格だと思う。

これ、ストーカーと被害者の話ではないですよね。星谷は自ら、退校した石黒にたった一人で会いにいき、退校してもいいようなことを言い(石黒からは止められましたが)、すっかりいい雰囲気で恋人同士みたい。石黒が「オレのことまだ好きなんだな」と勘違いしても仕方ないでしょう。それでまた石黒が接近したら、とたんに迷惑がってまた、石黒をストーカー扱いするんでしょうか。

警察学校の授業で、星谷と石黒が向かい合ったとき、星谷の足が無意識に石黒を避ける心理描写は、よかったと思うのですが。表面上は平静を装っても、嫌悪感や恐怖がにじみでていて。

でも、石黒が警察学校を退校になるほどの騒動になったにも関わらず、星谷がのんきにたった一人で石黒に会いにいくのは、あまりにも不注意であることは確かです。今後勘違いした石黒が再び星谷のまわりをうろついたら、いったいどうするんだろうと。

石黒もおかしいですが、それを毅然と拒絶しない、関係を絶たない星谷も十分おかしく。二人そろって退校したほうがいいと思ってしまいました。星谷も、警察にそこまでの熱い思いはないようですし。別にやめてもいいしーくらいの気持ちなら、警察官になるべきではない。

痴話げんかなのかストーカーなのか、区別がつかないような関係は周囲に迷惑だと思いました。少なくとも事件になるような関係性は、正常ではないわけで。石黒は逮捕されたわけではないけれど、寝ている女性の髪の匂いを嗅ぐとか、どうかしてるね、しかも交番研修中に(苦笑)。まあ交番研修中に寝てる星谷も星谷だと思うので、どっちも警察官としては不適格です。緊張感がなさすぎ。

卒業して本当に交番勤務をしたとき、寝てたら犯罪者に拳銃を奪われてしまうのではないだろうか。星谷は警察官としては優秀ではないだろうな。ペーパーテストがいくらできても、交番で居眠りする警官は駄目でしょう。

そしてエピソードの3つ目。これが一番考えさせられたし、ドキドキする内容でした。

若槻が警察官に向いているかどうかといえば、これは確実に、向いてない。相手を取り押さえるたびに自制心を失ってしまえば、そのたびに死人が出てしまう。

ただこれ、すごく難しい問題だなあと思って見てました。あの場面で、格闘技に秀でた若槻がいたからこそ、刃物を振り回す相手を、取り押さえられたと思うから。そこは若槻のお手柄なんですよね。でもその後が、どこまでの制圧が許されるのかという話で。

刃物ってすごく怖いです。人の体に刺されば、簡単に命が奪われる。刃物を振り回す=人を殺そうとしている、そんな相手に向かって、手加減とか難しいと思う。

若槻に関しては、いったんスイッチが入ってしまうと誰の言葉もなかなか耳に入らないほどの興奮状態になるので、このまま警察官を続けたら、どこかの段階で死亡事故につながる可能性が大きくて。そうなったら若槻自身がかわいそうだし、若槻に関しては警察官は向いてないと思うけど、じゃあ一般的な警察官にとってどこまでの制圧が許されるのかっていう話ですよね。

犯人の身の安全を確保するために、警察官や民間人を危険にさらすっていうのもおかしな話で。

警察官に求められるもの。犯人を制圧する勇気と体力。その一方で、制圧できたと思えば、やりすぎずに手をゆるめる自制心。

でもこれ、難しいなあ。死ぬ気で向かってくる犯人に、へたに手加減すれば自分も周りも命の危険がありますよ。若槻のこのエピソードだって、もし犯人が気を失ったふりをして、若槻がもういいかなと手をゆるめた瞬間に犯人が反撃したら?

風間が目を失ったことでもわかるように、取り返しのつかない事態は、一瞬で起きる。犯人と警察官のどちらの身の安全が大事かといえば、それはもう、警察官ですよね。だから警察官が多少やりすぎても、それは仕方のない面もあるような。やりすぎを気にしていたら、警察官や民間人側に被害が出るでしょうし。やりすぎによって犯人が死亡したとき、罪はいったいどこに?誰に?

忘れちゃいけないのは、そもそも刃物を振り回すような真似をした時点で、非は犯人にあるということ。犯人を無傷で取り押さえるって、本当に難しいと思う。

若槻の場合は、同僚が声をかけても聞こえないほど意識が飛んだり、時にパニックを起こしたりという極端な話なので、それはもう警察官には向いてないかなとおもいますけど。でも、だからといって、暴れる犯人を取り押さえることに、慎重になりすぎて警察官がケガをしたり亡くなったりするのを、許容する社会はおかしいと思う。警察官が犯人を荒っぽく取り押さえてもそれは仕方ないと思うし、そこで事故が起こった場合、検証は必要だけど、基本的には正当防衛じゃないかな。

若槻が警察学校を退校したこと、惜しいなと思います。格闘技の達人って、頼もしいですから。でもうーん。仕方ないのか。本当にもやもやと、考えさせられるエピソードでした。

最後、4つ目のエピソード。これ、いい話という感じで描かれているのかなと思いますけど、私は違うかなと、冷めた目で見てました。私だったら、義指の秘密は共有しない。

それは隠すことなのだろうか?と強く思いました。正直に申告すべきだったし、それでもし入校取り消しになっても、それは仕方ないことではないでしょうか。警察官になるために、ある程度の身体的な規定があるのは当然です。

いったん警察官になった後で、障害を負った場合は別だと思いますが。入校の段階で、指を失っていたらどうなんでしょう?

でも少なくとも、風間を含めて3人で義指の秘密を共有するというのは、ちょっと違うんじゃないかなあ。いい話でもなんでもなく、それはやってはいけないこと。

reunionの最後の方では、警察学校内でいちゃいちゃするカップルも描かれていて、なんじゃこりゃ(^^;という感じでした。いちゃつくのは、卒業してからにしてくれ。学校内でこそこそイチャイチャは、警察官の資質にかけるんじゃないか?

このreunionは前編で、後編のrequiemが映画として公開されるそうですが。今のところ、見に行く予定はないです。

あと、reunionにおける、カメラの門田って必要かな?警察学校内でずっとカメラを持っていて、自由に写真をとっていることが不思議でした。記録係といっても、そこまで写真を撮る必要性あります?門田自身も、警察学校の学生なのになあ。そこまでして記録を取り続けなければならない必然性を、感じませんでした。

警察学校の教場って、もっと厳格なものなのかと思っていたけど、門田を見ていると教場は緩いなあと。

ドラマなので仕方ないことかもしれませんが、教場に出てくる学生の異常性、犯罪率の高さに辟易。厳しいはずの警察学校で、男女がいちゃいちゃする時間も体力的余裕もあるのは、不思議ですね。

このドラマを見て、警察官を志す学生が増えるんだろうか?むしろ、若者にネガティブなイメージを植え付けることになっていないだろうか。などと考えさせられるドラマでした。

山上被告の無期懲役は重すぎる

安倍元首相襲撃事件の地裁判決が出た。求刑通りの無期懲役。

私は無期懲役は重すぎると思う。理由は2つ。

1つ目は、安倍元首相、が旧統一教会(名前は変わったそうですが)と、密接な関わりをもっており、山上被告はその旧統一教会に家庭を壊されており、かつ事件がなければ統一教会と日本の元首相との密接な関わりは、闇に葬られたであろうということ

2つ目は、山上被告が出所後、もう同じ事件は起こさないだろうということ

衆議院選挙を直前に控えた今だからこそ、この事件の意味を、そして旧統一教会の影響を、日本人は本気で考えなければいけないと思うのです。

旧統一教会に関して、年末に飛び込んできたTM特別報告というビッグニュース。あまりに大きすぎて、これ日本がひっくり返るような話だと思うんですよね。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/bbfa1c036172b9816688f298fd3af8ca12595493

安倍元首相が、旧統一教会幹部と6回面談して目的は選挙応援、とか、2021年の衆議院選挙で旧統一教会が応援した国会議員は自民党だけで290人とか。「TM特別報告」とは韓国警察が押収した内部文書だそうですが、これ日本がひっくり返るような話だと思うんですけど、マスコミがあまり騒がないのが不気味です。圧力がかかってるのか。外国の宗教団体が、ここまで日本の政治に食い込んでいたこと。そして、まさかの首相が、他国の宗教団体と密接な関係をもっていたということ。

元首相が暗殺されたことも含め、単純な話ではないと思っています。

山上被告が事件を起こさなければ、これら重大な事実は、闇に葬られたままだったでしょう。だからこそ、この事件の無期懲役はあまりにも重いと感じます。それと、山上被告はもともと、誰も殺したくなかったはずです。追いつめられて、追いつめられて、その果てに見たのが、旧統一教会の関連団体に称賛のビデオメッセージを送る安倍元首相の姿だったとしたら。

山上被告がもし今社会に出たら、誰かを殺すでしょうか?もう、その可能性はないと、私は思います。

「TM特別報告」は、衆議院選挙を前に、すべての日本人が見るべきニュースですね。自民党だけじゃない、他の党にも工作活動は及んでいました。誰が、どこまで汚染されていたのか。しっかり見極めて投票したいと思います。

2026年新年明けましておめでとうございます

しばらくぶりの投稿になってしまいました。恒例の、年末振り返りや初夢記事も書かずにいたのは、パソコンを新しくする作業に時間がかかってしまったからです。

今日、やっと新しいパソコンにデータを引き継ぎ、このブログを書いています。古いパソコンはwindows10だったので、11にしようと思ったのですがスペックが低くそれは叶わず。仕方なく新しいパソコンを買ったのですが、そのまま放置して時間だけが過ぎていました。

まずは、新しいパソコンを始動できてほっとしています。

2025年、結局ブログ記事はあまり書けませんでした。2026年こそ、たくさん書いていきたいなあと思っております。

ではさっそく、今年最初の記事。

私は以前、自衛隊で性暴力を受けた五ノ井里奈さんの応援記事を書いたのですが、嬉しいニュースが入ってきました。五ノ井さんと最後まで争い続けた一人と、和解が成立する見通しだそうです。ただし、和解金を払うのは国で、その最後の一人の自衛官からは謝罪も支払いもないとのこと。

刑事に続き、民事でも五ノ井さんの勝利。本当に大変な3年間だったと思います。裁判は、精神的負担が半端ないですから。それでも、自衛隊内での卑劣な性暴力に、敢然とNOを突き付けた五ノ井さん。五ノ井さんによって、多くの人が救われました。

この事件、被告らの行為は刑事事件でも明らかになった通り、非常に卑劣なものでした。私は特に、その場にいた上司の責任がとても大きいと思っています。自衛隊は上下関係が厳しい。上司が制止すれば、おこりえなかった事件です。

他の4人とは和解が成立しても、最後の1人とは、今日まで和解にいたらなかった。その事実をみても、この最後の1人がこの事件の肝だったんでしょうね。

五ノ井さんが勇気を出して戦ったことで、自衛隊は浄化され、多くの真面目な隊員が救われたと思います。五ノ井さんに卑劣な行為をした人たちは、これまで五ノ井さん以外にも、似たようなことを繰り返していたのでしょうが、今後同じ被害は発生しづらくなりました。ゼロではないかもしれませんが、犯罪への抑止力にはなったはずです。

未来の被害者を救った、と私は思います。五ノ井さんよくがんばった!本当に偉いよ。五ノ井さんのような方にこそ、自衛隊に残ってほしかったです。

私もここ数年、いろんなことがある中で、つくづく思うのです。やはり、NOと言って戦う勇気が、世の中をよくしていくんだなあって。目をそらしたり、逃げ出したりを否定するわけじゃない。力がなければ自分を守るためにそれは仕方ないこと。

でも、戦える勇気がもしあれば、立ち上がってほしい。そのことが世の中を変えていくし、世の中もまた、正義の勇気を応援すべき。

五ノ井さん、本当にありがとうございました。五ノ井さんの勇気に、私も刺激を受けました。

お騒がせ住人が引っ越すという僥倖

不動産におけるトラブルは数々あれど、結局は「近隣の人間関係」が一番重要なのだ。

そう主張するブログを読んだことがありますが、なるほど一理あるなーと思う今日この頃です。

建物や土地の不具合はもちろん困ってしまいますが、結局一番嫌なのは、「近所に迷惑な人が住んでいる」ということではないでしょうか。

逆に、建物や土地に少々の不具合があっても、隣人がとてもいい方で、安心して暮らせる環境があればお得な買い物であったと言えるのかも。

たとえ完璧な立地、豪華な家であっても、隣人がおかしな人で迷惑かけまくりであれば、そのストレスは半端ないですからね。しかも、自分では改善策がないという。嫌なら自分が引っ越すことでしか、解決しないですから。

実はうちの町内会のグループで、ご近所さんでとても迷惑な人がいました。仮にAさんとしますが、その人は集金の期日を守らないんです。当番が集金をあつめにいくと(事前に回覧板で告知してます)、いつも留守。その人がいないせいで、何日も集金が提出できないんです。隣保十数軒分を集めて、班長さんに提出しなきゃいけないんですが、その人のせいでギリギリまで集まらず、昼夜何度も、訪問してそのたびに手ぶらで帰るという悲しさ。

みなさん、事前告知した集金日に留守のときなんかは、前もって当番の家に持参してくれるんですよ。でもAさんだけ知らんぷり。

以前私が班長をやったときは、何度訪問しても空振りで、夜間に電気がついたのを見計らって(20時頃です)、ピンポン押しても居留守で出てこず。電話をすると、「うちは夜間しかいないんですよ!」と不機嫌そうに怒鳴られてびっくり。

夜間しかいないなら、夜間訪ねてったときに出て集金払えよ、と。(^^;

そもそも集金日は事前告知されてるんだから、その日にいないなら、事前に届けろよ、と。

いろいろ言いたいのをぐっとこらえ、集金をすませましたが。そもそもこのAさんずるくて、自分はこの当番の順番を飛ばすんです。だから、集金の大変さを知らない、というのもあるかもしれません。この当番の順番を飛ばすことに関しては、以前ご近所で話し合って、「順番はきちんと守りましょう」という話になってAさんも了承したのですが、結局自分は当番をやらない。飛ばす。

それはおかしいでしょ、順番でしょ、と本人に意見をしに言ってくれた人もいたんですが、結局、いろんな言い訳をして順番を抜かしてしまったAさんです。

そのくせ、他の当番さんが集金しにいくと、留守や居留守で、無駄足を踏ませるって、もはや頭がおかしいのでは?と。

当番をやらないなら、自治会を抜ければいいと思うんですが、それはしないんですよ。いいとこどり。自分も自治会の仲間には入りたいけど、当番は面倒くさいから嫌だ、忙しいからできない、というわがままさ。

実は来年、私が当番なので、もう今から気が重かったのです。Aさんのことで、また集金大変なんだろうなあ。またAさんの家にだけ、何度も行かなきゃいけないし、謎の逆切れされたり、威張られたりするんだろうなあと、憂鬱でした。

それが、一挙に解決しました。なんと、Aさんが引越することになったんです。急転直下です。これで何もかもすっきり解決ということ。昨日はこのニュースを聞いてずっとウッキウキでした。

嫌な縁が切れるって素晴らしい。実は先月から、ちょっとした近所のトラブルが(これはAさんとは無関係ですが)あり、私がボランティアで解決に走り回っていたので、一生懸命やっていた私に神様からのご褒美があったのかな、と。

近所は仲良く、声をかけあえる関係じゃないといけません。この頃は、隣に住んでる人の顔も知らない、なんてところも多いみたいですが。日頃からいい関係を築いておいて、災害があったときに、ご近所や自治会単位で助け合うことはとても大切です。

近所のトラブルも、顔を合わせて話をしないと大きくなります。なにかあったときは、「あの人は嫌いだから」と先入観を持たず、まずは関係者全員の言い分や、事情を聞いてみると、案外簡単に解決するものです。

先月から私がボランティアで、解決のために走り回っていたご近所トラブルも、複数の人が絡んで、みんなが直接話さないのでお互いに疑心暗鬼になっているような状況でした。

けれど、1人1人に話をきいてみると、単純な誤解から始まった話だということがわかり、私がみんなに話をして、無事に、一番いい形で解決しました。メールでも電話でもなく、直接顔を合わせて話すって、とっても大事です。こじれた感情や複雑な事情なら、なおさら、直接聞いてみると、意外なほどあっさり解決しますよ。

大変だったけど、一番いい形で解決したのでほっとしています。そこへきて、Aさんの引っ越し。嬉しすぎる(^^)

これは、がんばった私へのご褒美かな。

ご近所仲良く、声かけあえる環境。それが一番、幸せです。

樹木を大切に

うちの近所でも、どんどん開発が進んでいる。田んぼは埋め立てられ、畑は売られ、放棄地もあっという間に建売住宅になったり、注文住宅になったり。

そんな中で、今日は私の心に残っている梅の木の話をします。

うちの畑の横は、長い間放棄地だった。放棄地で10年以上経つと、どうなるかわかりますか。

答え。「森になります」

もはや、草とかいう問題ではなく、うっそうとした森になるんですよ。土地の持ち主は、長いこと土地を荒していましたね。たまーに。数年に1度。道路側の大木を切ったりというのはありましたが。それ以外は基本、放置で。

いや、何度か果樹園にしようと試みているらしき動きはあったかな。敷地の一部を刈って、イチジクの木かなにかを植えたこともあった。でも手入れしなければ、あっという間に草に覆いつくされて終わりです。

そんな中で、その土地に1本の梅の木が育ったんです。あれ樹齢何年なんだろう。10年以上はたっていたはず。放棄地になる以前、まだそれなりに畑を作っていた頃から、育っていた木だと思います。

私が隣地の荒れ具合を気にし始めたのは、10年前くらいなんですが。その頃にはもう、梅の木は立派な大木でした。毎年、たくさんの花を咲かせ、たくさんの実をならせていました。土地の持ち主はその梅の木を放置していましたが、木は道路に近いところにありましたので、私は畑への行き帰り、よくその梅の木を眺めたものでした。

誰も梅の実をとりません。季節がくると、大量の梅の実がただ草むらに落ち、腐っていく光景は大変物寂しく、もったいないものでした。梅も、無念だろうなあと思っていました。散歩する人の中にも気になる人がいたらしく、近所のTさんは梅のことを聞かれたといいます。

「あの梅の木は、お宅の家のものか?落ちてもったいない。要らないのなら、拾ってもいいだろうか」

Tさんの家の土地ではありませんので、その旨を伝えたところ、大変残念がっていたとか。

けれどその梅の木は道路側にあり、土地の持ち主は道路に面したところだけ、時折、除草剤をまいていることもありました。定期的にではありませんが、思いついたように、一時期は繰り返し、かなりの量をまいていました。

梅の木の根元の草は、除草剤によって枯れては生え、また枯れては生え、を繰り返していました。だからその梅の木の実は、食べない方がよかったと思います。一時期かなりの量の除草剤を、取り込んでいたと思いますから。除草剤の影響は、目に見えないところが本当に怖いです。私なら、除草剤をまかなくなって何年経っても、そこで採れる野菜や果物は食べたくないです。

梅の木そのものは、除草剤によって樹勢が衰えることはありませんでした。むしろ毎年、いよいよ美しく、勢いを増していくように思えました。けれどついに、最後のときが訪れたのです。

土地が、売りに出されました。最初は、「売地」の看板が立ち、その周囲だけが、草を刈り取ってありました。1年たっても、森と化したその土地は、なかなか売れません。更地にするだけでも、多額の費用がかかることは目に見えています。おそらく土地の持ち主は、安くてもいいから、このまま売り払ってしまいたいと思ったのでしょう。

「売地」の看板が立った放棄地は、もの悲しかったです。誰にも振り向いてもらえないまま時間がたち、それがまた、せつないのです。

土地の買い手が現れないまま、1年を過ぎて再び梅が満開になったとき。その年の梅の花は、ことさらに美しかったです。土地が売りに出されたこと。なかなか買い手がつかないこと。そうしたことを踏まえて梅の花を眺めるからよけいに、梅は全身全霊で咲き誇っているようにみえました。それはそれは見事な、すばらしい満開の光景でした。風に吹かれて花びらが散るさまも。その後、大粒の実がなり、ボトボトと落ちるその量も、これまでにないほどの大量でした。

土地が売れれば、梅の木は切られてしまうだろう。それがわかっているだけに、私は梅の木を、気の毒に思うようになりました。

もしかして、梅に心があるのなら。売地になったことを察してよけいに、がんばっているんじゃないだろうか。綺麗な花を咲かせたなら。おいしい梅の実を作ったなら。

売主の気が変わり、売地ではなくなると思って、梅は気力を振り絞り、命を燃やして花を咲かせたんじゃないだろうか。

私はそんなことを思って、その年の、凄まじいほどに美しく咲いた、梅の花を眺めたのです。梅の実は、その年も誰にも拾われることなく、静かに腐っていきました。その後まもなく、工事が始まりました。

ついに売れたのか。私はそう思い、工事をそっと見守りました。きっとチェーンソーでどんどん、枝を切っていくんだろう。丸裸にした木を、最後は根っこごと、掘り起こすのかな。そんな私の予想は、見事に外れました。

梅も含め、すべての木は、切断されるのではなく引きちぎられたのです。ユンボに、爪のようなアタッチメントがついていました。その爪で枝をはさみ、力の限り、右に左にと引きちぎるようにして、樹木は伐採されていきました。木の裂ける、ねじれる、嫌な音が辺りに響き渡って。その光景は、いつまでも私の心に残りました。

私は梅の木がかわいそうになってしまいました。どうしてあげることもできないのがもどかしい。口を出す立場ではないが、どうせ切るならせめて、枝をチェーンソーで切断してから、引き倒した方が木の苦痛が少ないのではないか。せめて、樹木が少しでも苦痛を感じないように。

右に左にと捩じられ、生木の裂ける無残な音を響かせて、森は消えたのです。更地になりました。あの嫌な音を、無残な音を。私は忘れることができません。

今、その土地には新築の家が数軒建っているけれど。あの梅の木の生えていた場所。障りがあったりしないでしょうか。梅の木の無念が、残ってはいないでしょうか。

手入れもされず、実を収穫もされず、けれど健気に、毎年誰が見ていなくても、ハンコで押したように繰り返し、花を咲かせ実を実らせていたあの立派な梅の木。除草剤をまかれてもまかれても、文句も言わずじっと耐えていました。売地の看板が立てば、さらに見事な花を咲かせもしました。

それが、よりによって生木を引き裂かれて、ボロクズのように粗雑に、片付けられてしまった。あのときの生木の裂ける音は、私には悲鳴のように聞こえました。梅の木の断末魔の叫び。

せめて、伐採の前に祈祷などあればよかったのですが。その様子は見受けられませんでした。でもそもそも地主が祈祷をやるくらい樹木に気を遣うなら、あの伐採の仕方はなかったでしょうね。あれが最も安く、もっとも早い、伐採の仕方だったのでしょう。チェーンソーで少しずつ切断していくのではなく、あのようにユンボをつかって、乱暴に片付けてしまうのが地主の選んだやり方だったのですね。

あっという間に更地にはなりましたが、私は梅の木の無念を、感じました。

樹木も生き物です。人間の都合で伐採するなら、敬意をもって切るべきだと思いました。あの梅の木のあった場所に、新しく建てた家。大丈夫なのかな?

今も、生々しく。通るたびに思い出すのです。あの梅の木が引き倒される、無残な音を。たぶん土地を買った人、注文住宅を買った人は、そんな経緯を知らないでしょう。

忘れられない、梅の木の話でした。