『ダンス・オブ・ヴァンパイア』観劇記 その24

 昨日の続きです。『ダンス・オブ・ヴァンパイア』のネタバレを含んでいますので、ご注意ください。

 「抑えがたい欲望」は、前楽にふさわしい迫力だったと思います。特筆すべきは、「ある者は人間や愛を信じる。金や名誉、芸術勇気を信じる、そして神を信じるのだ」この部分。歌うのではなく、慟哭、叫び、そして悲鳴でした。心の奥底にしまいこんだ一番苦しい部分、痛い部分を、絞り出すようにして言葉にしているのです。

 これを聴いたとき、山口さんはきっとそういう思いをしたことがあるのだと思いました。もちろん、想像にすぎません。ただ、瞬間的に思ったのです。そういう思いをしたことがある人にしかわからないなにか、それを山口さんは知っている。だから、こんな風に歌うのだと。

 乙女チックな妄想と言われればそれまでですが、この瞬間のズキっという痛みは印象的でした。

 今回初めて「抑えがたい欲望」のときの、新上裕也さんのダンスを見ました。前の人の頭で伯爵の姿が見えなかったので、新上さんの踊りの方を見たのです。新鮮でした。

 「苦悩」ですね。伯爵の内面の葛藤、苦しみ。印象的だったのは、伯爵の歌は最後、「神への挑戦」を意図するかのように力強く終わっているのに、ダンスは断末魔を表現しているように見えたこと。伯爵の内面で、その良心が死ぬことを表していたのかもしれません。あのとき、伯爵の中でなにかが終わり、なにかが死んだ。のたうつ伯爵の影は、もう一人の伯爵の誕生を、象徴するものであったのかもしれないと思いました。前の人の頭で舞台が遮られることがなかったら、私はきっと新上さんのダンス(墓場シーン)を見ることがなかったでしょう。一見、運が悪いような出来事でも、見方を変えれば運のよさにつながることもあるのだな、と感慨深かったです。

 カーテンコール。

 実は、今回の観劇で一番印象的だったのは、このカーテンコールでした。舞台本編でなく、なぜカーテンコールなのか。邪道という気もしますが、正直な気持ちです。普段見られないものが見られたから。

 それは、山口さんが市村正親教授を抱きしめた姿です。

 最後、十字架をかざす市村教授に対し、観客はみんな、固唾を飲んで見守っていました。そしたら、山口伯爵は市村教授を思いっきり抱きしめた。吸血鬼だから噛み付いた?のかもしれませんが、私の目にはそうでなく、抱きしめたようにしか見えませんでした。

 

 背の高い、大柄な山口伯爵がガバっと覆いかぶさるようにして市村教授を抱きしめたとき。教授はびっくりして、少し怯えているようにも見えました。2階A席で、しかもオペラグラスなしで見た感想ですから、実際の姿とは違っているかもしれません。そこはご了承ください。あくまでも、私が遠目で見た印象です。

 なんだか、そのときの山口伯爵の気持ちがわかるような気がしました。そして、突然のことに驚いている市村さんの気持ちも。山口さんはマント姿だし、メイクも濃いし、近くで見たらすごい迫力だったでしょう。間近で見た市村さんは、さぞかし怖かったと思います(笑)。

 山口さんは、嬉しかったんですねきっと。今日は剱持サラと泉見アルフの卒業日。二人は立派に、役を務め上げた。そしてチケットも完売。熱狂した満員の客席。オールスタンディング。熱気に包まれた帝国劇場。座長として、役者冥利に尽きる瞬間。カーテンコール時、山口さんは長い牙を装着していてうまくしゃべれません。だから、教授役の市村さんが代わりに、今日で卒業の剱持さんと泉見さんを紹介しました。その紹介がとても真摯で、一切ふざけることない穏やかな声で、好感がもてました。

 いえ、もしふざけていたらそれはそれで面白かったんですが。落ち着いた声で二人の紹介をする市村さんの姿が紳士で、予想外だったのです。もっとおちゃらけた感じの紹介をすると思ったので。

 でも、それは市村さんなりの、二人への敬意だったのかなという気がしました。

 山口さんも、それは感じていたと思うのです。静かに、敢えてふざけずに二人を紹介した市村さんの気遣い。前楽の独特な空気の中で、いろんな思いがこみあげたはずです。

 たぶん市村さんは、山口さんにとって唯一といってもいいくらい信頼できる先輩。不用意に背中を向けても、刺される心配のない人。競争の激しい、自己主張の強い芸能界で、そういう相手と組んで舞台をやれた幸せ。山口さんの代わりに市村さんが司会をしたわけですが、市村さんは黒子に徹するような態度。自分は前面に出ずに、卒業する二人を目立たせようとする。その優しさ。きっと、山口さんも胸がいっぱいだったんではないでしょうか。いろんな思いがごちゃまぜになって、そして市村さんへの感謝の気持ちがあって、あの抱きつくという行為になったと思います。

 山口さんが感情を露にすることってあまりないと思うのですが、今日はそれを見ることができました。市村さんはたぶん、山口さんがそこまで感動したことに、戸惑っていたんではないでしょうか。山口さんがどれだけ感謝しているか、そのことに、本当の意味で気付くことはないと思う。でも観客席にはそれが伝わってきました。市村さん、ありがとうございました。

 それと、あの抱きつき(噛み付き?)にはもう一つ意味があったのかもしれません。それは、教授がカーテンコールの挨拶の中で「3人(教授・アルフ・サラ)は助かると思ったんだけど、結局サラたちは吸血鬼になっちゃって・・・」みたいなことを言ったんですね。考えてみると、吸血鬼にならなかったのは教授だけ。そんな寂しそうな教授のため、山口伯爵は「俺達み~んな仲間だぜ」と言うために、教授を仲間はずれにしないために、抱きついた(噛み付いた)のかも。

 私は千秋楽のチケットを持っていないので、26日ソワレの観劇が最後となります。『ダンス・オブ・ヴァンパイア』。きっと再演はあるでしょう。それだけの魅力も、動員力もある作品だからです。でもこの夏のこの作品は、もう2度と帰ってこない。次に見るとき、私の周りの環境も今とは変わっているはずだし、キャストや演出にも変更があるはず。この夏に、今しかないこの作品を思う存分見ることができて、幸せでした。

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