舞台『マリー・アントワネット』。また見たい、という気持ちにならないのは、主人公をはじめとする登場人物に共感できないから、というのが理由の一つである。それは、『エリザベート』も同じ。
『エリザベート』は人気があるけれど、私にとっては『マリー・アントワネット』と同じカテゴリー。主人公に同情できない設定は、観劇意欲を激しく損なう。どうして『エリザベート』が人気なのか、不思議・・・。
ではどんな設定ならいいのか。主人公に共感できることがまず大前提。その上で、報われない愛。女性の心をつかむなら、この設定はオーソドックスで不変の鉄則ではないだろうか。
私がこの鉄則を踏襲していると思うのは、10年以上前に放送された昼ドラの『新金色夜叉』である。
昼ドラとしては『愛の嵐』が有名だが、私は愛の嵐よりも新金色夜叉の方が好きだ。あまり話題作にはならなかったことが不思議なくらい、よくできた作品だと思う。
以下、『新金色夜叉』の感想ですが、ネタバレ含むのでご注意ください。
原作は、ご存知、尾崎紅葉。ただし、ドラマの脚本は、かなり改変されている。基本的な設定以外は、今の時代に合わせた貫一像が描かれているので、ドラマを見て感激したからといって原作を読むとがっかりする。(それは私だよ・・・・)
ドラマのあらすじはこんな感じ。
幼なじみの(というか一緒に育った)貫一と宮さん。結婚を誓い合ったはずが、美貌の宮さんはお金持ちの富山に見初められ、そのまま嫁いでしまう。傷心の貫一は富山と宮への復讐を誓う。学校も辞め、高利貸に弟子入りして金融を学び、やがて罠を仕掛けて富山を没落させる。没落した富山は、励ます宮につらくあたる。そんな宮を見て、貫一の心に再び宮への愛が蘇る。宮も、優しい貫一に惹かれていくが、当時、不倫は姦通罪にも問われるご法度。二人は苦悩しながら、それでも心を通わせていき・・・・・。
まさにメロドラマの王道という展開です。
ここで肝心なのは、宮さんに共感できるかどうかということ。これで宮さんが嫌味で自分勝手な女性なら、「あーはいはい、勝手にして」と思ってしまうでしょう。でも宮さんが愛らしく、素直な女性であったなら。宮さんに対する同情も生まれるし、宮さんが抱く貫一への憧れに共感して、二人の恋を応援しようという気持ちにもなるでしょう。
ずいぶん前のドラマなので、記憶が曖昧な部分もあります。間違っている部分があったらご容赦ください。
私が一番感動したのは、宮さんへの復讐心で鬼となった貫一が、富山を没落させた後、それでも宮さんを救わずにはいられなかったシーンです。
貫一が弟子入りした高利貸の師匠。この人が、借金のかたに宮さんを手込めにしようとするのです。するとそこに、ヒーロー貫一が登場。師匠を殴り倒して、宮さんを救います。
この場面を見て、私はいっぺんにこのドラマに引き込まれてしまったのです。だって、それまでの貫一さんはものすごーく冷淡で、宮さんに対して怒りしか示さなかった。宮さんがいくら「これ以上、富山へ復讐するのをやめて」と言っても、決して復讐の手を緩めなかった。
それなのに・・・。好色な師匠が宮さんを手に入れようと家に向かったのを知ったとき、それまでの憎しみが一瞬で吹き飛び、ただただ彼女の無事を願って現場に駆けつけた。そして恩ある師匠を、ためらいなく殴り飛ばした。
まさにヒーローでした。それまで鬼の仮面をかぶり、決して宮さんに心を許さなかった貫一が、宮さんを見つめて「大丈夫?怪我はない?」と案じたときの心配顔。かっこいい・・・・思わずテレビの前で固まってしまいました(^^;
思えば貫一はかなりストイックな人で。復讐のために富山を追いつめながらも、富山を没落させることは宮を苦境に追いやるということで。本心では宮さんを愛しているから、宮さんを憎みながらも、ふとした瞬間に彼女への哀れみが復讐心を上回りそうになり。
そんなとき、貫一は腿をペンで刺して、自分の心に活を入れたのでした。「宮に負けるな」って。そのとき、貫一の心の中には、幼い日の可愛らしい宮の顔が蘇ったのでしょうね。そして愛しさが、憎しみを消してしまいそうになった。そんな思いを振り払うために、肉体的な痛みで宮への愛情を押し殺す。
たった一人。部屋で「宮に負けるな」と呟いてペンを腿に刺した行動。私は驚きと同時に貫一の、宮への深い愛情を知りました。
宮さんには気の毒な面がいくつもあります。そもそも、「金に目が眩んだ」と貫一に批判を受ける富山との結婚ですが、宮さんはまだ17歳。それを責めるのは酷かなあと・・。お金持ちという背景を別にしても、紳士で大人な富山は魅力的な人物に映ったでしょうし。貫一が子供の頃の約束を盾に、「僕と結婚するっていったくせに」となじってみたところで、そういうのは自由意志なわけで。
宮さんが、結婚当時17歳と幼かった点については、後に貫一も自分で言及してましたけどね。
それに、没落した後の富山がまた、ひどかった。宮さんは富山が無一文になっても、献身的に尽くし、彼の再起を助けようとしました。でも富山はうまくいかないことに自暴自棄になり、宮さんに暴力を振るったり、ひどいことばかり・・。
絶望的な結婚生活。昔のように優しくなった貫一さんに、宮さんがどんどん傾いていくのも、仕方のないことのように思えます。視聴者は、どうにもならない状況にやきもきするしかありません。たかがドラマ、されどドラマです。この先どうなるんだろう・・。続きが気になって仕方ない。こう思わせたら、ドラマとしては大成功でしょう。
高利貸の愛人をやっていた赤樫満枝が、貫一を誘惑するシーンも秀逸でした。この役をやっていたのは星野博美さん。美人で色っぽくて、そんな境遇に身を落とすまでの影を感じさせる人。魅力的なのに、どう誘惑しても貫一はなびかない。
「これじゃ蛇の生殺しじゃないか」と言う、その声はものすごくインパクトがありました。今でもはっきり覚えています。
決して欲望に流されない貫一の頑固さ、ストイックさがかっこよかったなあ。
私はこのドラマを見ていて、貫一にも宮さんにも共感したのです。だから、二人がどうにもならない状況におちいるのを、ハラハラしながら見ていた。そして、貫一のストイックさ、宮さんのけなげさに泣かされたのです。
これ、舞台化したらけっこうおもしろい作品になるのではないかなあ。
ドラマの主題歌は、BEGINの『恋しくて』でしたね。これもぴったりでした。
恋しくてBEGIN,ERIC CLAPTON,白井良明インペリアルレコードこのアイテムの詳細を見る |