昨日の続きです。舞台『レベッカ』を見て、レベッカとマキシムの関係について考察していますが、ネタバレしていますので未見の方はご注意ください。
そのとききっと、レベッカは幻を見たでしょう。マキシムの後妻として迎えられた、良家の子女。レベッカの思い出から逃れるかのように、マキシムが選ぶのはおそらく、自分とは正反対の女性。無邪気な笑顔。幼さを宿す横顔、素直な言葉。
「マキシム。愛してます」
「マキシム、ありがとう。私も大好きよ」
自分がどうしても言えなかった言葉を、なんのためらいもなく口にして、そしてマキシムの抱擁に、うっとりと頬を染めるその人。レベッカはきっと、想像の中のその人を、メラメラと燃える炎の熱さで、にらみつけたはずです。
レベッカの胸中は、こんな感じだったと思われます。
レベッカの番外編。以下、勝手に短編で書いてみました。
——————————————————————–
どうして私が死ななきゃならないの?
どうして完璧なこの私が、負けなきゃいけないの?
マキシムの妻はこの私。
それなのに、私はこのまま忘れ去られようとしている。
いつか、陽だまりの庭で、少女はあどけなく尋ねるだろう。
「前の奥様を、愛してた?」
マキシムの顔は、さっと曇って。そして困ったように一瞬黙り込み。それから、とってつけたような笑顔でこう返すのだ。
「昔のことさ。今は君が、ミセス・ド・ウィンター。もう2度と、そんなこと口にしないでくれ」
ああ、そんなの耐えられない。
レベッカの想像は、痛みを伴いながらもふくらみ続ける。日一日と、このマンダレイからレベッカの影は消えていく。マキシムの心からも、不快な前妻の姿は色あせていき。
「マキシム、赤ちゃんができたの」
「本当かい? 僕たちの子供が」
抱き合う2人の幻影。マキシムは少女を軽々と抱き上げ、喜びのあまりくるくると回転させ、それからはっと気付いて、優しく地面に下ろす。
「体を大切にしなくてはいけないよ。僕たちの子供だ。このマンダレイで育つんだ。みんなみんな、この子のものになる」
ときは、穏やかに過ぎていくだろう。マキシムと、その新妻。2人はもう、レベッカの名前を口にすることなどなく、この地で笑いさざめき、そして年をとっていく。私がいるべき場所に、私はいない。替わりにいるのは、私とは似ても似つかぬ凡庸な顔の娘。なにも知らないくせに。私が欲しかったものをみんな手に入れて、幸福に酔いしれている。
私が手にするはずだったまばゆい景色。
私が受け取るべきあの人の愛情。
小娘は、そ知らぬ顔で笑っている。
そんなことが、あっていいものだろうか。
レベッカは愕然と膝をつく。
なら、そのすべてを奪ってやろう。
マキシムは私のもの。私が初めて愛した相手。マキシムの一生を、私で埋め尽くす。
レベッカが死ぬとき、マキシムも同時に死ぬのだ。この世に残るのはマキシムの屍。マキシムは生涯、私と添い遂げる。このマンダレイの緑に私の姿を見、私の声を聞き、私と寄り添って、私以外には目もくれずに。マキシムの目は、私以外を映さない。どんよりと濁って、過去の幻だけを追い続ける。そんな彼に、誰が恋をするだろうか。
———————————————————————
おそらく、彼女の心境はこんな感じだったのではないでしょうか。
彼女の冷徹な理性は、蓄えた情報を総動員して、マキシムが最も激昂する状況を導き出します。そして、マキシムの手によって、自殺を遂げます。
マキシムの怒りが、レベッカには心地よかったはずです。それは無関心よりずっと、レベッカが欲しかったもののはず。彼女が恐れていたのは、たぶん、マキシムが呆れ果て、レベッカをその手にかけるまでの価値もない相手だとして、軽蔑の表情で背を向けてしまうこと。
レベッカは、自らの賭けに勝利をおさめたのです。
ファヴェルとの逢引に怒ったマキシムが、ボート小屋へやって来たこと。
レベッカの言葉に反応して、彼がその手を汚したこと。
私は、山口さんの歌の、この部分が特に印象深くて。
>彼女はゆっくりと、立ち上がった
山口さんの声の向こう。目の前に見えましたよ。ぼーっと白く浮かび上がる、レベッカの姿。死を前に、限りなく優雅な、ゆるやかな動き。マキシムの目に焼き付けるかのように、彼女の持てる力をすべてふりしぼって、美しさを演じてみせた。2度と他の女性を、愛さないように。
歪んだ心も狂気も、すべてそのなだらかな曲線の肢体に隠して。
浮かべた天使のような、微笑み。これから起こる惨劇を、最高に盛り上げるために。
レベッカはきっと、笑っていたでしょう。ぼやけていく意識の中には、マキシムがいて。自分ひとりが寂しく、無の世界へ消えていくわけではないことが、レベッカにはわかったはず。これで、マキシムは永遠に私のものだと、満足したに違いありません。マキシムの性格を、熟知していたはずですから。誰も見ていなかったからと口をつぐんで知らん振りできる、そしてすべてを忘れてしまえる、そんな彼ではないことを、一番知っていたのはレベッカです。
彼は後悔の念で、何度も何度もレベッカを思い出さざるをえない。
その苦悩を、十字架を、見届けるようにしてレベッカは死んだのだと思います。
なんという迷惑な人でしょう(^^;
マキシムも、こんな人に愛されたらたまったものじゃありませんね。
しかし、この狂気がまた、レベッカの魅力の一つだったのかもしれません。
長くなりましたので、続きは後日。