ラピスのネックレスをしていたら、紐が切れた。革紐だから、切れても仕方ないとはいえ、なんだかガッカリ。石は無事なので、さっそくネックレスチェーンを買いにいった。
今度は金属にしようと決める。その方が丈夫だから。お店でウロウロしてたら、店員のお姉さんが声をかけてきた。
「なにか、お探しですか」
綺麗で優しそうな人。私のテンションはいきなり上がった。
こういうのも、運の一つというか。その日会う人がどんな人かで、自分の立ち位置が決まったりすることがある。ツイてる一日は、最初から最後まで、ツイてる。そんなものである。
お姉さんは色白な人で、胸元にも両手指にも、銀のアクセサリーをつけていて、それがとても似合う。私が買おうと思っていたのもシルバーだから、嬉しくなってしまう。
「石は持ってるので、チェーンの部分だけを探してるんです」
「そうですか。じゃあ、ちょっとあてて感じを試してみましょうか」
お姉さんがためらわずにさっと持ってきたのは、なんと私が持っているのより一回り大きなラピスの石だった。そして、適当なチェーンをとり、その石にあてて見せてくれた。
「こんな感じになりますね。石だったら、こんな感じのチェーンが似合うと思います」
偶然とはいえ、またまた私のテンションが上がる。だって、私の石もラピスだから。ラピスは汎用性があるのかな。お姉さんがためらいなくラピスを持ってきたのは、幸運の兆しかな。
そんなウキウキ気分で、直感でコレと思ったいぶし仕上げのものを買った。銀のキラキラした光沢を、わざと消したもの。最初から、黒っぽくなっているのだが、石の質感には磨き上げた銀色の光よりも、この沈んだ黒色の方が合うような気がした。
そして、その夜、夢をみた。
グランドピアノの前に座っている。目の前にある譜面。練習していなくて、弾ける自信が全くない。すぐ後ろに待機している先生が、私に弾くようにと促した。
「できません。無理です」
「どうしてですか」
ここで、夢の中の私は驚く。今までにも似た夢を何度もみたような気がするが、そのたびに許されてきたから。それ以上追及されることなんて、なかったような気がする。あれ、いつもと違う、と、違和感がわきあがるのを感じる。夢の中の先生は理由を問い詰めるので、私は曖昧にごまかすのは無理と悟り、正直に話す。
「すみません。練習してないんです。あと一日ください。一日あれば、ちゃんと弾けます」
「駄目です。いいから弾きなさい。それが今のあなたです。恥ずかしくても、今弾きなさい」
先生の強い言葉に、覚悟を決めて弾き始める。不思議なことに、音が異常に小さくて周りにははっきり聞こえない。そのことに、ほっとする。間違った音を出しても、これなら目立たない。音が小さいのはピアノのせい。私はちゃんと弾いてるんだもの。
だけどそのうち、ピアノの音は自然に大きくなった。私も少々間違えながらも、弾くことに慣れていった。曲は、ボロボロというほどひどい出来ではなかったから、自分でも安心した。これならまあ、許されるレベルかなと。ただ、楽譜は開いても開いても、なぜか折り目で閉じてしまうので、これには苦労した。
弾き終えると先生は、こう評した。
「あのね、ピアノの上が汚い。ちゃんと片付けなさい」
ピアノの上には、白いロープが散乱してる。私はそれを見て、ロープを綺麗に巻くんじゃなくて、ロープそのものを捨てなきゃ駄目だ、と確信する。どんなにきっちり巻いたとしても、ロープはロープ。ピアノの上に置けば、乱雑に見えてしまう。さあ、ロープを全部捨てよう。
決意したところで目が覚めた。
ラピスのおかげなのかなんなのか、意味深な夢をみたように思う。
ピアノを弾くかどうかの葛藤がなにを指すのか、目が覚めたとき、自分の中ではよくわかっていた。それは、完璧主義からの脱却。
完璧にならなければ動く自信がない、というのは昔からずっとそうだったな。それが許されないことのような気がしてた。だから、自分で納得するまでは動かない。周りがいくら、「大丈夫じゃない?」と促したとしても。
まだ、完璧じゃない、そう決めて動かないのは、自分自身。明日にはもっと、上達するから。今日より明日のほうが、失敗する確率は低いから。そう思って、なかなか最初の一歩が踏み出せない。失敗するのが恐くて踏み出さなければ、傷つくこともないけど、でもなにひとつ変わらない。そしてまた一日が過ぎれば、「明日はもっと」と、永遠に来ない理想の未来に手を伸ばし続けるのだ。
夢をみて勇気がわく、というのも変だけど。目が覚めたときに不思議と、納得している自分がいて。夢で教えられた通りに、考え方を変えてみようと思ったのだった。