船上の一夜 その1

 今日、ふと思ったのですが、『ガラスの仮面』で、紫織さんが出港したあのアストリア号を追いかけ、小型艇かなにかで追いついて乗りこんでいたら、どうなっていたのかなーと。

 当然、伊豆の約束もあり得ないし、「完敗だ」も幻に終わるわけで。それよりなにより、修羅場だったろうなあ、とか想像してしまいました。追いつくのは、食事もダンスも終わって、二人が部屋で寛いでいたところだったりして。
 もし紫織さん自らサプライズで用意した愛の(笑)スイートルームで、マヤが眠っていたりとかしたら、ヒステリーをおこした彼女が大騒ぎしそうです。そばに速水さんがいたら、一応、見苦しいところをみせまいとぐっと堪えるのかな。

 以下、☆印は妄想です。

☆「どういうことですの?説明してくださるかしら、マヤさん」
☆「紫織さん、彼女を部屋に入れたのはぼくです」
☆「真澄様は黙っていてくださる? わたくし、マヤさんから事情を聞きたいのですから」

 う~ん、まるでお昼のメロドラマにありそうな設定じゃありませんか(^^; ちょっと触れれば爆発しそうなほど、怒りをMAXにためた紫織さんの迫力ある姿が想像できます。その後ろで、宿泊の責任者がおろおろしてたり。
 そもそも予約したの、紫織さんだしなー。
 部屋に案内しろと言われたら、せざるをえないし、係が修羅場を予想してこっそり速水さんに婚約者の到着を知らせようにも、紫織さん、「部屋はどこなのっ! 早く案内してっ!」とか叫びつつ、勝手に歩きだしてしまったら、もう観念するしかないというか。鷹宮のお嬢様のご機嫌を損ねたら、自分の首が危ないということで。

 ドラマなら、速水さんとマヤが部屋で素直にお互いの気持ちを語りあい、いい雰囲気になったところで、突如、紫織さんが扉を派手に開けて入ってくるんだろうなあ、とか想像しました。

 以下、妄想の二次創作文です。当然、原作者様、出版社様には一切関係ありません。あくまで個人の想像文なので、パロディとして楽しめる方だけ続きをお読みください。原作にない場面なども、出てくる可能性があります。一応タイトルに「その1」とはついてますが、続きを書くかどうかは、まだ未定。書きたくなったら書きます。

 今までは、二次創作の文章を含むものを、ブログの「ガラスの仮面」カテゴリーに入れていましたが、今後は創作部分の割合が多いものは、「ガラスの仮面(二次創作)」という新設のカテゴリーに入れることにしました。

 では、パロディOKという方だけ、以下の作文をどうぞ~。


(渋滞のため、アストリア号に乗り遅れてしまった紫織が、やっと船の発着場にたどりつくところから書き始めています)

☆☆☆☆☆

 埠頭に到着したとき、すでに船の姿はなかった。出発時刻は疾うに過ぎている。鷹宮の名を出せば多少の時間は待っていてもらえたのかもしれないが、真澄を罠にかけるように誘い出したことへの後ろめたさもあり、できるだけ目立たぬようにしたいという気持ちから、敢えて船へはなにも連絡をしなかった。

 
 もしかしたら、自宅へは連絡が入っているのかもしれない。
 上得意の客が、姿を現さなかったのだから。

 紫織はリムジンの中で、今日何度目かの深いため息をついた。わたくしは間違ったことをしようとしているのだろうか。この渋滞も、偶然ではなく天の声なのかもしれない。
 でなければどうして、このタイミングで船の出発に間に合わないという事態になるというのだろう。

 「お嬢様、申し訳ございませんでした」

 運転手は青い顔をして、何度も頭を下げる。いつもならにっこり笑って、いいわ、と軽く流すところだが、今日の紫織にはそんな余裕はなかった。

 「高速艇を手配してちょうだい」

 「え?」

 ぽかんと、自分をみつめる運転手の顔が、紫織の神経をたまらなく逆撫でした。

 「いいから早くなさい。わたくしはどうしても、あのアストリア号に乗らなくてはならないのよ。あの船には真澄様が待ってらっしゃるの。失礼はできないわ」

 「しょ、承知いたしました」

 運転手は慌てて、携帯電話を片手に、あちこちへ連絡を取り始めた。アストリア号を追いかけるなどと…。実のところ今、この瞬間まで、考えてはいなかった紫織である。しかし考えるよりも先に、言葉が勝手に飛び出していた。大げさにはしたくない気持ちもあるが、、かといってこのまま、引き下がるわけにはいかない。なんとしても、今夜は必ず真澄様に会わなくては。妙な胸騒ぎが彼女を駆り立てていた。紫織はもう一度ため息をつくと、車の外へ出た。風が少し、冷たい。

 真澄様…紫織を、はしたないとお思いにならないで。こうでもしなくては、あなたはわたくしに向き合ってはくださらないから。紫織は恐いのです。あなたの心が、どこかにいってしまいそうで。

 僕だけをみていればいい、と。
 そう言ってくれたのは真澄様でしたのに。あのときから紫織は、あなただけをみつめているのです。それなのにあなたは。

 北島マヤの顔が、ふっと紫織の脳裏をよぎった。

 あんなつまらない子。真澄様が本気になるわけなどないわ。紫のバラを贈りあの子を援助したのは、憐れみ、それ以外の感情など、あるはずがない。けれど、この不安感はどうしたことでしょう。恐い。
 真澄様、お願いです。どうかわたくしだけを見ていて。こんな気持ちにさせないでください。今、あなたの元に参りますから。

 祈るような気持ちで、海の向こうを見据えた。夜の帳が下りた埠頭は暗く、いくら目をこらしたところで、真澄の乗ったアストリア号が見えるはずはないのだけれど。
 

 寒い。早く、真澄様に会いたい。

 紫織のはやる気持ちにも関わらず、高速艇の手配には予想外の時間がかかった。彼女が想い人に再会するのには、まだしばらくの時間が必要なのだった。

☆☆☆☆☆

 一方、アストリア号の船内。
 食事を終え、ダンスにも疲れた真澄とマヤは、スイートルームへの長い廊下を無言で歩いていた。

 マヤは、迷いのない真澄の足取りと背中に、いつもとは違う恐さを感じていた。

 速水さん、さっきまで優しかったのに。急に黙っちゃった。ダンスホールではあんなに楽しそうだったのに、やっぱりあれは、社交辞令だったんだ。
 そうだよね。あたしみたいな子供相手に踊ったって、本当に楽しめるはずなんてない。あたしは代理なんだ。もともと紫織さんと一緒のはずのクルーズだもん。

 きっと思い出してるんだ。紫織さんのこと。
 ここにいるのは、あたしじゃなくて、紫織さんだった。結婚前の大切なデート。あたしは御邪魔虫なんだ。

 紫織のことを考えると、マヤは泣きたくなる。

 小切手まで使って、縁切りを迫られるなんて。
 そんなことをしなくたって、あたしは速水さんに好かれてなんてない。あたしはただの紅天女候補で。それだから速水さんはあたしに構ってくれているだけなんだから。

 思いがけず、こうして速水さんと同じ船に乗って。食事まで一緒にできて嬉しかった。でももう期待しちゃだめだ。忘れなきゃだめだ。どんなに好きでも、あたしなんかに釣り合う人じゃない。

 紫織さんとなら…誰がみてもお似合いだ。
 もうすぐ…結婚してしまう人…でも、それでも…あたしはやっぱりあなたが好きです。

 気持ちがあふれそうになるのと同時に、涙がこぼれそうになるのを、マヤは必死で堪えていた。長身の真澄が早足で歩くのに、ついていくだけで精一杯だった。

☆☆☆☆☆

 そのとき真澄もまた、心中で激しく葛藤していた。

 ああ、理屈ではわかっている。あの部屋にマヤを連れていくのが、どんなに馬鹿げたことか。紫織さんが後になってそれを知れば、破滅だ。

 破滅、か。
 いったい誰にとっての破滅だというのか。
 俺か、マヤか、大都の全てか。

 いっそ、すべてを投げ捨ててしまえば、どんなにすっきりするだろう。

 いや、おれはどうかしている。なんのために速水の養子であり続けた? いつの日か義父から全部を奪い取るはずだったのに。それだけのために生きてきたはずなのに、マヤ。きみを目の前にすると、おれの心は狂い始める。

 嘘でもいいから、今夜は一緒にいてほしい。だが、きみは嫌がるだろう。それを知りながら、それでもおれは、きみを連れて行こうとしている。

 満室なんてものは、言い訳にすぎん。
 鷹宮の名があれば、予備の部屋をマヤのために用意させることなどたやすいだろう。だがおれは君のために別室を用意させようとはしなかった。

 
 そう、ダンスホールに向かう前にも、支配人は、マヤに気付かれないようそっと、離れた場所におれを誘導し、囁いた。そのやりとりを、思い出す。

 「速水様。紫織様のご自宅にお電話を入れましたが、どうやら渋滞で船の出発には間に合わなかったようです。それと、お連れのお嬢様でございますが、別にお部屋をご用意いたしました。お申し付け下さればすぐにご案内できます」

 さすがに、よくできた対応だ。不貞のゴタゴタなどよくある話で。すべて心得ておりますが、とばっちりはご遠慮願いたいというわけか。
 そうだな。紫織さんとおれは婚約中の身。そのおれが、紫織さんではない別の女性と同じ部屋に泊まったとなれば、鷹宮家の怒りの矛先は、おれだけではなく船会社にも向かうだろう。

 「いや、心配はいらない。このクルーズは人気で、今日は満室と聞いている。わざわざ別室など、用意しなくていい」

 そのとき、おれの口からはすらすらと、そんな言葉が出たのだ。
 支配人は、意外な展開に一瞬、動揺の色が隠せなかった。

 「しかし、速水様…」

 「いいといったら、いいんだ。食事も、紫織さんの代わりに彼女ととったが、後からきみたちに迷惑のかかるようなことはないから、安心したまえ」

 それでもなにかを言いたそうな支配人だったが、さすがにそれ以上口出しするのは越権行為と悟ったのか、会釈をして去って行った。

 廊下を真っ直ぐに歩きながら、おれは自問自答していた。今、ものすごく馬鹿なことをしようとしている…今ならまだ、間に合うのかもしれない。マヤを部屋に入れて、そしてどうする? 食事は済んだ。後はなにを?
 おれを憎むマヤに、いったいおれはなにを話すというんだ?

 マヤは紫織さんを追いかけ、小切手を返すためにこの船に乗った。目的は達した。彼女がこれ以上、おれに付き合う義理などどこにもない。

 それなのにどうして、おれはまだマヤを解放してやらないんだ。簡単なことなのに。別室を用意させ、係に案内を頼めばそれでおれの役割は終わる。マヤも喜んで、その部屋に向かうだろう。

 マヤを手放さないのは、おれの醜い執着心、それだけだ。

 いいだろう、チビちゃん、きみが決めてくれ。部屋に入り、少しでも嫌がる素振りが見えたら、おれは部屋を出ていく。決してもう、近付いたりしない。そう。決めるのはきみだ。

 答えはもう、わかってはいるが。
 そう思い、真澄の唇にふっと、苦笑が浮かんだ。華やかな食事やダンスに、マヤは酔ったのだろう。いつものようなあからさまな憎しみをぶつけてくることはなかったが、冷静になれば、きっと迷惑そうに訝しげにおれを見るだろう。これ以上一緒にいたくはないと、嫌悪感をその目に浮かべるだろう。

 そうされなければ自分からその絆を断ち切れないほど、マヤに惹かれている己を、真澄は苦々しく自覚するのだった。

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