夢を見た。
夢の中では、よく手入れされた二頭の白馬による、神事が行われようとしていた。毛並みのよい、輝くような白馬は、簡素な荷車を曳いている。人々が見守る前方には、深い谷と、そこにかけられた長い吊り橋。
橋の幅は、馬二頭がぎりぎり通れる広さしかない。ゆらゆらと揺れる吊り橋の上で、馬は向こう側に無事、たどりつけるのか。それは、不可能な挑戦のように思われた。
この馬の行方で、吉凶を占うのだと言う。
時が来て、馬は追いたてられた。かなりの勢いで走り始める。
ものの20メートルも行かないうちに、左の馬が足元の板を踏み外し、転落した。引きずられてもう一頭の馬も、落ちていった。
谷底は、見えないほどに深い。もう駄目だ。やっぱり駄目だったか、と思うのだが、なんと馬につけられた綱の端が、吊り橋の床板にひっかかり、馬は二頭とも空中に宙づりとなった。
馬の脚が、虚しく空を掻いていた。助けてやりたいが、下手に近付けばよけいに暴れて、手をつけられなくなるだろう。この場合、どうすればいいんだろう。
馬の重量を考えれば、人の手でなにかできることなんて高が知れている。
神事を見守る厳かな装束の神官は、すーっと滑るように空中を移動し、馬の傍で宙に浮かんでいた。馬の処遇をどうするべきか、また、この結果をどう判ずるべきか、思案しているように思われた。
場面は変わる。
また学校の夢だった。古くなった学校、廃校になったものを利用して、専門学科の授業が行われていた。志を同じくする仲間たちが、大勢そこで学んでいた。
夢の中では、本来は、その校舎で学ぶべきものではない、との認識が強くあった。
ただ、使える建物が、他にないことから再利用せざるをえなかったのだ。
どの教室も、実験器具であふれていた。
ここで学んだ卒業生たちは、知識をいかすべく、全国へと散って行った。
私も卒業が近かったが、卒業後の進路に迷い、夜の校舎の屋上で思案していた。傍らには友人が一人いて、私たちはあれこれと、素直に本音を語り合った。月のない夜空には、星が無数にまたたいていて、とても綺麗だった。
そこに、ふらりと一人の先輩が現れた。ぶっきらぼうで愛想がなく、人嫌いで知られる人物だった。その人も、夜の校舎の屋上で、物思いにふけろうと考えたらしかった。
先客の私たちに気付くと、物凄い勢いで駆け寄ってきたので驚いた。
「大丈夫か!!」
どうやら、私が俯いていたのを吐いているのと勘違いしたらしく、心配してくれたらしい。勘違いに気付くと、その人は照れくささを隠すためか、またいつも以上にぶっきらぼうな態度でくるりと向きを変え、私たちから遠く離れた場所まで、足早に去って行った。
「意外と、優しいところあるんだね」
私は友人と、ひそひそ囁きあった。夜風が涼しく、心地よかった。
みんなそれぞれ、心に思うことはあるんだなあ、と、そんなことを考えていた。あのぶっきらぼうな人も、心に迷いを抱えて、星を見ながらぼんやりすることがあるなんて。
そして、一見そうは見えなくても。心の中には温かいものが流れていたりするんだなあ。
普段、気付くことはなくても。
一瞬の出来事に、その温かい心は溢れだす。隠しとおせるはずもない。
夜の校舎は静かだ。離れていながら、屋上にいる三人はそれぞれ、物思いにふけっていた。