紫織さんに同情する、ただ一つのこと

 地上の星だって、空の星に負けず劣らず、美しいのである。
 先日、観劇のために久しぶりに高層ホテルに泊まって夜景を眺めたのですが、目の前に広がる宝石のような光の美しさに、うっとり心を奪われた一夜でありました。
 上空を見上げると、台風一過の夜空に、満月は煌々と輝き。その光に負けて、星はあまり見えなかった。その分、眼下には一晩中消えない地上の星が、ずっと光を放ち、目を楽しませてくれたのです。

 私は、紫織さんには全く共感も同情もしていなかったのですが、高層階で都会の夜景を見て思いました。

 紫織さんが都会の夜景を好きだと言ったことを、速水さんが婚約解消理由の一つにしたこと(価値観の違いということで)は、よくよく考えてみると気の毒だったというか、筋違いだよな・・・と。

 紫織さんとは、『ガラスの仮面』という漫画に出てくる、ヒロインの恋のライバルです。蝶よ花よと育てられたお嬢様は、都会育ち。空の星より、地上の星に親しみを覚えても、おかしくはないわけで。

 24時間人工的な灯りが消えない東京では、見える星の数も、限られてしまいます。実際に山奥の、真っ暗な空に降るような星空を見たら感動もするし、自然の神秘に圧倒されもするでしょうが。今、紫織さんが夜景の方が好きだと言っても、それをもって「この人とは感性が合わない」とするのは、どうなんでしょう。

 言い訳にすぎない、と思ってしまいました。
 確かに速水さんは、紫織さんに対していわゆる「生理的に無理」状態なんだと思いますが。
 それは、別に都会育ちの紫織さんが「夜景が好き」だったからではなく。

 まあ、紫織さんという人間そのものが、恋愛対象ではなかったと、ただそれだけのことだと思います。

 もしあのとき、紫織さんがマヤだったら。
 マヤが都会育ちで、田舎の満天の星空を(梅の里含め)一度も見たことがなく。速水さんと一緒にいる高層階の窓辺で同じような発言をしたら。ということで、妄想シチュエーションが浮かびましたので書いてみました。以下、勝手な創作ですので、そういうのが大丈夫な人だけどうぞ。

 (完全な創作です)

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マヤ☆速水さん、ほら。星は見えないけど夜景がきれいですよ。

真澄☆ハハハ。チビちゃんが夜景を好きだなんて、食欲だけじゃないんだな。

マヤ☆もう。馬鹿にしないでください。(頬を膨らませて拗ねる)

真澄☆おれは・・地上の光より、空の星が好きだ。

マヤ☆速水さんこそ、ロマンチストなんですね。星が好きなんて。でも都会じゃ星はよく見えないでしょう?

真澄☆そうだな。だが、人気のない山奥なら、天の川まではっきり見えるぞ。きみは、見たことがないのか。

マヤ☆あたし・・見たことないです。でも・・いつか見てみたい。(夢みるように、遠くをみつめる)

真澄☆地上の光が邪魔しない暗闇で見る星空は、圧巻だ。それを見たら、きみの考えも変わるかもしれないな。

マヤ☆本当に? あたし・・あたし・・・(速水さんと一緒に見たい。でも、そんなこと言えるわけがない・・・)

真澄☆(マヤと一緒に星を見ることができたらどんなにいいか。しかし、夢だな。叶うことのない夢)

マヤ☆・・・・・・。

真澄☆・・・・・・。

マヤ☆あたし、行ってみようかな。

真澄☆なんだ、いきなり。(戸惑いの表情)

マヤ☆今度の日曜、お休みなんです。あたし、行ってみます。速水さんが好きな満天の星空、見てみたいから。

真澄☆・・・・・・。(どういう意味だ。おれが好きな星空を、見たい、だと・・・?)(白目)

マヤ☆ひとりになって考えたいこともあるし。天の川見たいです。(あたしの願いは、永遠に叶わない)

真澄☆おれも行こう。

マヤ☆え? (嬉しいけど、速水さん忙しい人なのにどうして?)

真澄☆きみはおっちょこちょいだからな。真っ暗な山で迷子にでもなったら困る。チビちゃんには保護者が必要だろう?

マヤ☆あたしチビちゃんなんかじゃありません!

真澄☆口の端に、チョコレートソースついてるぞ。

マヤ☆(真っ赤になって唇をごしごし手で拭う)

真澄☆おれも・・・見たいんだ、久しぶりに。

マヤ☆あたしのこと心配して言ってくれてるんなら、本当に大丈夫ですから! それに、速水さんは婚約者がいるんだし、あたしなんかと一緒にいたら・・・。

真澄☆(途端に白目になる。こめかみに縦線)

マヤ☆(紫織さん・・・速水さんにお似合いの、きれいな人・・・あたしなんか・・・)

真澄☆(これが最後だ。マヤと一緒に、満天の星空が見たい。それを最後に・・・)

マヤ☆本当に、あたし一人で大丈夫ですから・・。

真澄☆遠慮するな(穏やかな微笑が浮かんでいる)

真澄☆きみは紅天女の主演を競う、大事な体だ。きみが嫌だといっても、付き合わせてもらおう。(マヤと星空が見られる・・・)

マヤ☆・・・・・・・。(嬉しい。速水さんがあたしを気遣うのは、あたしが紅天女候補だからって、それはわかってるけど。それでもいい。速水さんと一緒にいられるなら。)

真澄☆・・・・・・・。(マヤ。満天の星空、きっときみも気に入ってくれるだろう)

(熱くみつめあう二人。言葉はない)

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 以上、完全な想像でした。
 いやー、これ書いてみて思ったのですが、この星問答。相手が紫織さんじゃなかったら、このシチュエーションはラブシーンへの序章でしょう(^^;

 相手が紫織さんだから、速水さんは引いただけで。
 むしろ、それを口実に「おれにはこの人は無理」と婚約解消を正当化できて、ほっとした面もあるのかなあ。
 速水さんは心の奥底でいつも、紫織さんと自分の相違点を、数え上げていたのではないかと。ここも違う、あそこも違う。結婚なんて、絶対に無理だ、と。

 「夜景が好き」と言われても、相手がマヤだったら、喜んで星の見える山奥へ連れて行ってあげるでしょう。自分が好きな星空を、嬉々として一緒に眺めるでしょう。

 それに。紫織さんだって。
 もし速水さんが山奥に連れて行ってくれて二人っきりで星を眺めたら。

 「星は、こんなに美しいものなんですのね。わたくし、地上の銀河よりこの、天空の星空が好き」

 頬を染めながら、あっけなく考えを改めるんじゃないかと。お世辞じゃなく、感動すると思いますよ。初めて見る満天の星空。隣に、最愛の速水さんがいれば、気持ちは当然盛り上がりますしね。そりゃあ、都会の夜景より、二人きりで見た特別な星空の方を好きになるでしょう。
 じゃあ、そうなったら速水さんが紫織さんを好きになるかというと、その可能性は果てしなく低い、ような。

 まあ、要するに。同じことを言ったりやったりしても、好きな人だったら全面的に肯定ということですよね。
 紫織さんが速水さんに好かれようと思って、速水さん好みの言動を心がけたとしても、結局は駄目だと思う。
 同じことやっても、マヤだと許されて、紫織さんだと許されない。理不尽といえば理不尽だけど、誰かを好きになれば、それが現実なのかなあという気がします。

 ○○だから好き・・・っていう、条件付きの愛情は。つきつめてしまえば、条件じゃないと思うんです。
 だって、まったく同じ条件の人がいて、その人を好きになるかといえば、そんなことはないわけで。

 唯一無二の人。
 他に、誰にも代わることなんてできない。
 どうして好きになったのかもわからない。その人だから、好きになったんです。速水さんにとっては、マヤがそういう存在だった。

 マヤがいなければ。速水さんはそれなりに穏やかな結婚生活を送ることになったのかなあ、と想像しました。魂のかたわれに出会ってしまったからこそ、それ以外の人と過ごすことに耐えられないわけで。
 出会わなければ知らなかった感情。
 出会わなければ持たなかった希望。

 苦しいけど。でもそれを知らずに過ごす穏やかな生活より、知ってしまった後の世界を、速水さんは選ぶだろうと思いました。 

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