2007年6月16日(土)ソワレ。帝国劇場で『レ・ミゼラブル』を観劇しました。以下はその感想ですが、ネタバレが含まれておりますので、未見の方はご注意ください。なお、感想は、山口祐一郎さんが演じたバルジャンについてのみ書いております。その他の役については、後日あらためて書く予定です。
およそ1年ぶりに、山口バルジャンとの再会。楽しみにしていた本日の舞台ですが、今日はバルジャンを演じる山口祐一郎さんの裏声に、心を全部持っていかれてしまったのでした。もう、その一言に尽きます。
バルジャンが、自ら隠していた素性を明らかにする場面です。「にいよんろくごうさ~~~ん!!」と絶叫するのですが、その「さ~~~ん!」がですね、綺麗な裏声でした。瞬間、私の脳内では女学生の全国コーラスコンクールが開催されておりました。乙女の声です。
淀みなく、澄み切ったその声が辺りの空気を清浄化しておりました。
私はこみ上げてくる笑いを、必死で抑えて。舞台を見ずに、視線を下にさげて、なんとか落ち着こうとがんばりました。脳内のセーラー服映像は消えず。無骨なバルジャンが、清らかな乙女へと変容したその映像は、いつまでもぐるぐると頭の中を回っていて。
そういえば、『ダンス・オブ・ヴァンパイア』を初めて見たときにも、クロロック伯爵がサラを誘惑にくる場面が覗きにしか見えず、噴出したっけ・・・などと、この場に関係のないことを思ったりして。
完全な失敗だと、思いました。裏声で歌うはずがないと。それが裏声になってしまって、なった以上は涼しい顔で、まるでこれが当初からの予定であったかのように歌いきったのだと思いました。あまりに堂々とした歌いっぷりは、山口バルジャンのレミゼが初見であれば、失敗だと思わないレベルです。
「ああ、やっちゃった・・・・・・」
恥ずかしいだろうなあ。この失敗を、後後まで引きずらなければいいけど。今日終わった後、落ち込んだりするんだろうか。
そんな心配までしてしまいました。
ところが終演後、一緒に見ていた友人と語り合ったところ、彼女は「あれは演出だよ。そういう歌い方をするようにしたんじゃないの?」と言うのです。
「ええええ? あそこで裏声って、ありえないでしょ。失敗して、だけどそこはプロだから、うまくカバーして、失敗に見えない完璧な裏声を聞かせてくれたんじゃないの?」
私たちはいろいろ語り合いましたが、結局結論は出ませんでした。明日以降、裏声で歌うかどうかで、真実がわかると思います。
あの場であの裏声。あれはハプニングであって、確信的、意図的なものとは違うのではないでしょうか。あれは、バルジャンの魂の叫びですから。きれいな響きで歌うというよりも、心の底からわきあがってくる情熱を、そのまま言葉に乗せて吐き出すのが似合うと思うのです。裏声でそれは、不可能です。
裏声が素晴らしく活かされていたのは、「彼を帰して」の最後、「う~ち~へ~」の響きですね。これは本当に透き通ってました。信仰に篤いバルジャンが神様に対して、己の欲を捨ててひたすらに祈る。聖人にふさわしい、美しい声でした。心が洗われるような気持ちになりました。邪念がないまっすぐな声が、どこまでも光を伴って伸びていくようでした。
このフレーズは逆に、裏声でないと観客に伝わってきません。そもそも高い音だから、地声で出すのが難しいというのはあると思いますが。仮に地声であの音が出せたとしても、あそこにはファルセットがふさわしいような気がします。あの清浄な雰囲気を出すには、裏声でなければ。
今日の山口さんは、まだ本調子でない?感じがしました。
初日ということもあり、慎重に探りながらやっている印象です。たくさんの役者さんと共同で作り上げる舞台ですから、周りと呼吸を合わせたり、場の雰囲気に馴染むのにはやはり、数日必要なのかなあと思いました。今でも十分質の高い舞台だと思いますが、回を重ねればもっともっと、よくなる気がします。
テナルディエ夫妻に、コゼットを引き取りたいと交渉する場面。調子にのるテナルディエの額にお札を押し付けたのが笑えました。(という風に見えたのですが、なにぶん見ていたのがかなり後ろの席なので、もしかしたら見間違いもあるかもしれません)。
テナルディエ夫妻とバルジャンの絡み、好きなんですよね。軽妙な漫才コンビみたいで。
あそこで笑うと、なんだかほっとするのです。悲惨な時代、悲惨な暮らしの中に生きる、小悪党のたくましさを見たようで。
テナルディエの滑稽さを、バルジャンが受けとめ、そしてやり返す。この流れが好きです。
今まで(2003年~2006年)、私が山口バルジャンを見る上で一番好きだったシーンは、なんといっても「バルジャンの独白」でした。これを見るためにレ・ミゼラブルを見ていたといっても過言ではないほどです。改心し、生まれ変わろうとするバルジャンの心の変遷。圧倒的な歌唱力に乗って放たれるパワーには、いつも感動していました。
ところが今日の「バルジャンの独白」は少し、迫力に欠けていたような気がします。やはり千秋楽が近付かないと、あの神がかり的な歌は聴けないのでしょうか。
その代わり、というのも変ですが、第二幕の年老いてからの歌が凄かったです。マリウスに過去を打ち明け、コゼットを託すシーンの哀しみ、気迫。
そして、揺れるろうそくの炎を前に、小さなコゼットを回想するバルジャンの寂しさ。
私は泣くつもりはなかったのですが、気付くと泣いてました。ハンカチをバッグから出して手元に用意しておかなかったことを、後悔しました。
人はいつかは死にますが、バルジャンはコゼットを育て上げ、マリウスに託したことで心の平安を得たのでしょう。死に臨んだバルジャンの、穏やかな声の響きが胸に染み入りました。
カーテンコールで、心和んだことが一つ。山口さんが、床に落ちていたお花のかけら?を丁寧に拾い上げたのです。それは、お花が踏まれては可哀想と言う気持ちもあっただろうし、それを踏んで誰かが怪我をしてもいけないという、気遣いでもあったでしょう。
ミニブーケは出演者が皆拾っていましたので、それはたぶん、ちゃんとしたブーケではなく、そこからこぼれ落ちた一部、だったのだと思います。
そしたらその後、ジャベールを演じた今拓哉さんも、まるで山口さんに習うかのように、舞台上に落ちていたかけら?を拾い上げたのです。
こういうのって、いいなあと思いました。優しさとか思いやりが伝達するのを見て、心が温まりました。
山口さん以外の出演者、演出についての感想は、また後日書きます。