数年ぶりに熱海に行ってきた。温泉でのんびり~と思ったのだが、意外にも一番癒されたのは、温泉よりも2泊目の宿で聞いた、葉ずれの音だった。
眺望は決してよくない。窓の外には、木々が広がっていた。洋室のベッドに寝転がって目を閉じると、強い風が木を揺らす音が聞こえた。
ああ、懐かしいなあ。そう思った。
そう、この音は、初めて就職した会社の研修所で聞いたのと同じ音だ。あの頃も、朝から晩までびっちりのスケジュールで、休む暇もない緊張が続いて、土日はバタンキューで、ベッドにゴロリ、動けないままに葉ずれの音を聞いていた。
研修所で同室の友人たちは、元気に外出していった。人気のない寮の静けさ。午後3時くらいの感じだ。
風が木を揺らして、それは思いのほか、重厚な音で。波音のように、それは際限なく繰り返すのだ。よく晴れた日ざしが、室内に忍びこむ。
過去の私はそのとき、ぼんやりと未来のことを思っていた。
未来の私はなにを考えているだろう?と。
熱海の小さな宿で。
こうして同じ葉ずれの音を聞きながら目を閉じている自分のことを、想像はしていなかった。
やっぱり。どんなに時間がたっても。
私は私だなあと。そんなことを思った。本質的なところは変わらない。あの頃の私にもし、なにか伝えることがあるとしたら。
素直になるってことだ。
誰かへの意地のために、選択肢を狭めないでって言ってあげたい。余計な考えを全部捨てたら、自分が本当に求めてるものが見えてくるから。
何にも考えないで、うとうとしていた。生産的なことなんてなんにもできず。起きているのか眠っているのか、半分起きていて、半分夢の中で。
なんとも贅沢な時間だったけれど、癒された。
音や匂いには、一瞬にして時間を超える効果がある。
熱海で聞いた葉ずれの音に、過去の幻をみた休日だった。