『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐― 』第9話 感想

モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐― 第9話 を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので未見の方はご注意ください。

 

 

第8話は、旅行中だったので見ていません(^^; 第8話を見ない上で第9話を見たのですが、私にとってはそれだけ「どうしても見たいドラマ」ではなかったということで。それでも、最終回を見た後では、感想を書いてみたくなりました。主人公を演じたディーン・フジオカさんが、とても良かったので。

貴族然とした、冷たい表情の端々に現れる人間ぽさ、人の良さみたいなもの。復讐してても、拭いきれない虚しさ。

復讐劇の最後は、真海が暖であると、つまり人は、他人になどなりきれないと、そういう結末であったと思います。

これ、復讐するのが暖でなく、幸男だったら。そして神楽や入間だったら。復讐相手を、確実に全員殺していたでしょう。ためらわず。

暖はそういう人ではなかったから。悪にはなりきれない。幸福そうなカップル、信一朗と未蘭に、昔の自分たちの姿を見た時点で、なんかもう復讐の遂行なんて無理な雰囲気になっちゃってた。

「許さない」と叫ぶ信一朗を見る、暖の悲しい目。不幸な結末しか待っていない復讐の醜さを、自らの哀れな姿を、見せつけられているようで。あれは信一朗じゃなく、自分自身の姿だったんですね。

このドラマに今ひとつ入りこめなかった理由は、すみれがあまり魅力的でなかったからです。暖にとって、復讐の一番の原動力になるすみれが、それだけ大切で、かけがえのない存在には思えなかった。

自分が暖だったら、すみれの言動に幻滅して、愛は消えてたなあ。少なくとも、暖が真海として現れた時点で、すぐに反応するすみれであってほしかった。あれほど愛し合って信じ合った間柄であれば。

たとえ他の人と結婚しても。

暖は死んだと聞かされていたのだし、幸男の本性を見抜けなかった、その事実は仕方のないこととしても。それでも暖と再会したら。なんのためらいもなく「暖!」と呼んで、「生きてたのね。よかった!」と泣いてくれるすみれなら。暖が執着するのも無理ないし、すみれを取り戻そうとする暖の姿に悲壮感が増したと思うのですが。

いくら年月が、苦難が容貌を変えてしまったとしても。暖を暖と見抜けなかった、そのことはどう考えても、それがすみれの真実なのです。

もし再会のとき、すみれがとっさに駆け寄り、暖を抱きしめて、「お帰り、暖」とでも呟いていたら。あるいは。他の人と結婚しているその事実の前に、ためらって駆け寄ることは出来なくて、すんでのところで踏みとどまって。理性で必死に他人行儀を装いながら、それでもこらえきれない涙で、「暖!」と名前を呼んでくれたら。

物語は一層、せつないものになったでしょうけど。結局、すみれの中で暖は、過去の人になってしまっていたから。そんなすみれを追いかけて、暖が取り戻すことに意味を見出せない。

>あんたがちゃんと待っていれば、真海さんはこんなことしなかった

愛梨のセリフに、ふんふんとうなずいてしまいました。いや、本当にそう思う。

他の人への憎しみより、すみれへの愛情の方が勝ってたでしょうから。もしすみれが暖を待ち続けていて、「復讐なんてやめよう、二人で幸せになろう」なんて言っていたら、暖はその通りにしたと思う。

暖はすみれをなくした。だから取り戻そうとした。だけど、暖の好きだったすみれはもう、どこにもいませんでした、と。そういうお話だったような気がします。いないものを、取り返せないのだから復讐は無駄なこと。

最後の晩餐シーンは、オペラ座の怪人を意識したもののように思いました。駄目だと知りつつ、すみれに嘘をつかせる暖。

無理やり、結婚の言質をとったところで、虚しいだけなのにね。それでも言わせずにはいられなかった。失った未来。欲しかった幻。

幸男と神楽を尋問して、彼らの真実を見せつけた上ですみれに問うた暖。選択は、すみれにゆだねられた。それでもすみれは、気持ちの上では、暖を選ばなかった。暖への愛情ではなく、幸男や神楽、娘、多くの人を復讐から救うために暖を選んだ。暖の中では、その瞬間、すべてが終わったでしょう。

>やっぱり 最後に愛は勝つんだ

このセリフの意味。それは、暖が、本当にすみれを愛してたということではないかと。

ここでKANを持ってくるセンスは好きです(^^)

もうどの方向から見ても、どこをひっくり返しても、暖の好きだったすみれはいない。暖を愛してくれたすみれはいない。そういうことですね。

その一方で、暖はすみれを愛し続けていた。ずっとずっと。すみれの心が自分にないとわかっても。

それがわかったとき、暖は幸男も神楽も解放しました。無意味な存在となったすみれを含めて。

暖らしいです。憎い相手を殺すのではなく、自分を消そうとした。もう何も、残っていないから。生きる意味を見失った。

最後は意味深な映像で終わっていましたけど。あの砂浜を歩く人影は、暖なのか。

私は、暖はあのまま死んでしまったような気がします。人影は、視聴者への救いであって。あのまま消えてしまうのは、あんまり寂しいので。暖の絶望は、この先を生きるにはあまりに深く。

それにしても、もう少し愛梨が魅力的な存在だったらなー。そう思う最後でした。暖が惹かれる要素が全く見えず。だから、暖が愛梨と踏み出す新しい生活、というのが想像できませんでした。

『モンテ・クリスト伯-華麗なる復讐-』第7話 感想

ドラマ『モンテ・クリスト伯―華麗なる復讐―』第7話を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので、未見の方はご注意ください。

主役の柴門暖を演じるディーン・フジオカさん。このドラマに合ってますね~。冷たい表情がとても似合うのです。目の奥が凍ってる感じ。端正な目鼻立ちは、笑顔がない方がより、強烈なインパクトを残します。

私、この方を初めて見たのは朝ドラの五代役だったのですが、とにかくオーラがある俳優さんだなと思いました。好き嫌いでなく、目が引きつけられるのです。それで、見ているとゾワゾワするのです。

なんだろうこのゾワゾワ感。見ていると、不安になる。

だからそのディーン・フジオカさんが、復讐する男を演じると聞いたとき、単純に見てみたいな~と思いました。ディーンさんて、熱さ寒さで言えば寒さだし、喜劇悲劇でいったら悲劇の方が似合う。

そして7話の感想ですが、7話のクライマックスは、ディーンさん演じるモンテ・クリスト伯の仮面が剥がれた瞬間でした。切なくて、暖の表情に魅入られました。

復讐に燃える暖も、かつての恋人、すみれ(山本美月さん)の前では、自分を偽ることができない。動揺でモンテ・クリスト伯を演じられなくなる。

すみれを見たときの悲しい顔。

不意に現れたすみれに、「お引き取り願います」と強い言葉を浴びせた時点で、言葉とは裏腹、もうすみれに負けてる(^^; その後、目を合わせることもできず背中を向けたままなのは、すみれを前にしたらなにもかもばれてしまうと、それがわかってるから。

すみれからみたら、ずーっと背中を向けたまま。なにを考えてるのか、どんな表情してるのか、わからない真海。

だけど視聴者からは、すっかり暖の顔に戻り、すみれの誤解にくやしさをにじませる真海の表情が、よく見える。この辺りのカメラワークが秀逸です。

>わかったよ、最初に会った時から

このセリフは重い。きっと、暖が一番諦めて、そして欲していた言葉だから。それ聞いた瞬間、もう全部許しちゃってるね~たぶん。すみれのことは、何もかも。

それまでは、理不尽な怒りかもしれないけど、暖はすみれに怒っていたと思うのだ。なんでよりによって幸男(大倉忠義さん)なんかと結婚するんだ、と。わかってくれ! 気付いてくれ! どうしてよりによって、幸男なのか?と。

自分だって、幸男がそういう裏切りをする男だと全く気付かずに罠にはめられたわけだから、すみれに「気付け」というのも無茶な話なのですが。

暖は、すみれにそこまで求めるのは無理とわかっていてなお、怒らずにはいられなかったと思うのです。理屈じゃない怒り。

その怒りの原点に、「初めて真海として会ったとき、すみれが暖と気付いてくれなかった」ことがあったのではないでしょうか。

実際、すみれは気付いていたようには思えますが、少なくともその時、「あなたは暖よね?」というストレートな言葉がなかったから。

本当に大好きだった人ならわかるはず。長い囚われの日々が姿形を変えたとしても。すみれなら、目の前にいて、見つめ合ったら。

暖は、心の中でそう考えていたんではないだろうか。すみれが、気付いて声をかけてくれることを祈っていたように思う。たとえそのことが、復讐計画を妨げることになったとしても。

結局、真海として初めて向き合ったときにすみれは、暖の名前を呼んでくれなかった。その事実が、暖を傷つけたことは想像に難くありません。

>でもそのとき、幸男が救ってくれた

すみれの言葉に、思わず拳を握りしめる暖。悪いのは幸男ではなく自分だと、何度も繰り返すすみれ。すみれの誤解を聞き流せずに、真海の仮面がボロボロと崩壊し始める。

必死に感情を押し殺そうとするけど、苦しさに顔が歪みます。

>あなたは何もわかってない。悪いのは幸男なんだよ。

ここの、「あなたは」っていう他人行儀な言葉に、暖の最後の抵抗を感じました。それは、真海の仮面をかぶり、復讐を最後まで遂行することへの固い決意です。でも次の瞬間、我慢できずに振り返ってしまうのよね(^^;

振り返ってすみれと至近距離で見つめ合った暖の目は。怒りよりも悲しみが勝っていたような。憎しみや怒りではなく、悲しみ。だって、そもそも自分たちを引き裂いたのは幸男で、すみれはそれを知らずに幸男と結婚し。子供までもうけていたのだから。こんな悲劇はない。

幸男を単純に憎み、復讐できたならまだいい。でも、その幸男の妻が、自分の愛する人だったら? どうすればいいというんだろう。暖の戸惑いと悲しみが、溢れていました。真実をぶちまけたところで、すみれを困らせるだけで何も解決はしないのだけど。それでも、言わずにはいられなかった、暖の深い悲しみ。

衝撃の告白に、すみれがどう反応したのか、そこは省略されていましたが。それはもう、茫然自失って感じだったのかなあと想像します。

とにかく。子供がいますからね。幸男との間に生まれた子供。その子にとっては、大切な父親なわけです。もはや、切り捨てることができない血の繋がり。それだけに、暖の告白はすみれにとって絶望以外の何物でもない。

このドラマ。悪役の高橋克典さんと新井浩文が、役にぴったりはまってます。大倉さんは、いい人にみえてしまうところがちょっと惜しい。もうちょっとゾっとする怖さがあってもいいかも。二面性というか。

稲森いずみさんもいいですね。登場しただけで、目を引きます。

江田愛梨役の桜井ユキさんは、凄みがないところが残念かなあ。過去の傷をあまり感じられないのです。それと、真海に対しての愛情があんまり伝わってこなくて。どちらかといえば、入間瑛理奈役の方が似合うのではないかと、そんなことを思いました。

7話のラスト。たぶん、愛梨は幸男を助けてしまったのでしょうね。でもそれは、幸男の子供に、自分の子供時代を重ねた、というだけではなく。きっと真海のことが好きだから、幸男を死なせることができなかった。

幸男が死ねば、真海が何の憂いもなくすみれ親子を助けることがわかっていたからです。なんなら、すべての復讐が終わった後、真海はすみれと結婚するかもしれない。愛梨はそこまで予想したのではないかなあ。それまでずっと真海と行動を共にしてきて、真海のすみれへの深い愛情を、誰よりもわかっている人でしょうから。

すべての復讐が終わった後、愛梨は真海と共に生きる道を夢見ているのでしょう。では真海は。暖は、何を望むのでしょうか。

続きが気になります。

ドラマ『コントレール~罪と恋~』 感想

 ドラマ『コントレール~罪と恋』の感想を書きます。以下、ネタバレ含んでおりますので、未見の方はご注意ください。『運命に似た、恋』についても、触れておりますので、ご了承ください。

 『コントレール』は、NHKで4月15日から6月10日まで放送されていたドラマです。なぜ今さら、という感じですが、感想を書きたくなった理由は、『運命に似た、恋』の第1回放送を見たから。運命…の方を見て、改めて『コントレール』の良さに気付いたというか。

 描き方によって、ドラマって全然違うなあっていう。

 私は断然、『コントレール』の方が好き。大人なドラマで過激なシーンもあり、決して昼間に家族団らんで見るタイプの作品ではありません。ただ、本当に綺麗です。主役お二人が、とにかく綺麗。眼福。

 『運命に似た、恋』を見たいと思ったのも、主役二人の名前に惹かれたからだったのですが、第1話が終わったとき、がっかりしてしまいました。原田知世さん演じる桜井香澄の、軽さ。斎藤工さん演じる小沢勇凜(ユーリ)の薄さ。ドラマの世界に入りこめず、白けてしまって。
 共感もできなかった。クリーニングのお客さんから、あっさり高額なお下がりをもらう香澄や、いくら誘われたとはいえ無関係な世界のパーティーへ、しかもコスプレして出かけてしまう浅はかさ。

 そして何より、ユーリが駄目すぎた(^^;
 好きな相手が騙されて変な服装させられ、ピンチだというのに、笑うかなあ、そこでっていう。なんの救いにもなってない。自分が香澄だったら、あの場で助けてくれるどころかみんなと一緒になって笑ってるユーリには、一瞬で冷める。その後どんなにとりつくろっても、愛情が蘇ることはないだろう。

 原田知世さんも、斎藤工さんも、影や寂しさを感じさせる俳優さんで。斎藤さんは、ガラスの家での好演が印象深かった。『運命に似た、恋』はもっと、静かで激しい恋愛ドラマなのかと思っていたら、予想を悪い意味で裏切る展開でした。

 
 その点、『コントレール』は凄かったです。もうね、第1話が、最高潮だから。こういうドラマも珍しいなあと思う。

 あらすじはといいますと、石田ゆり子さん演じる青木文(あや)と、井浦新さん演じる長部瞭司(りょうじ)が偶然出会い、お互いに惹かれあうんだけど、実は以前、あやの夫を不可抗力の事故のようなもので死に至らしめたのが瞭司ということがわかって…という、なかなか重い話です。
 
 でも、第1話はとにかく、主人公二人の演技に引き込まれてしまいます。

 石田ゆり子さん美し~。思わず実年齢を確認してしまいましたが、そりゃ瞭司もカレー食べに来るだろうなあと。あんなオーナーのいる店だったら、毎日通う常連さんがいっぱいいそうです。
 あやの役がとても合ってます。もう石田さんがあやなのか、あやが石田さんなのか。そのものになりきってました。

 これ、石田さんがあやの役じゃなかったら、ドラマの魅力が半減してたと思います。ただ綺麗なだけじゃなくて、そこに不幸な影や、だるさや、事件へのやりきれなさや、周囲へのうんざり感をそこはかとなく漂わせた女優さんじゃなきゃいけないから。
 そして適度に肉食、適度な色気。過剰だと引いちゃうし、少なすぎたら魅力がない。

 石田ゆり子さん、奇跡のバランスでした。この役ができるの、石田さんしか考えられない。

 そしてそれは瞭司役の井浦新さんも一緒。井浦さんでなければ、このドラマは成立しなかった。正義感と、もろさと、ピュアなところを言葉じゃなく、全身で表現してた。
 
 寂しい同士の恋愛。生き物の本能なんだと思います。異性に救いを求めてしまう瞬間。

 ただ、私が思うに、愛情の深さはあやの方に軍配が上がる。瞭司はたぶん、引きずられた。あんな美女が、ぐいぐい迫ってくるのですから、事情はよくわからずとも、恋愛とか抜きにしても、「キスして」って言われたら、抱きしめることがあやを助けることになることはわかったはず。
 そして瞭司自身も、罪の意識から人との接触を避けながら、本当はずっとぬくもりを欲していただろうから。両者の利益が一致する、なんていうと、身も蓋もない言い方かもしれませんが。

 あやは、瞭司に一目ぼれしたのだと思います。顔が好みのどストライクだったのでしょう。理由も理屈もなく、初めて目を合わせた瞬間に、魅入られてたのが伝わってきました。

 対する瞭司は。そこまであやに、運命を感じたとは思えなくて。

 たぶんですけど、弁償の封筒持ってきたときは、別にあやのことをどうとは思っていなかったんじゃないかと。ただ、看板を壊した責任感で訪ねてきたわけです。それで、会ってみるとあやはいい人そうだし、美人だし。夜、仕事帰り、疲れてちょうどお腹もすいていたところに、カレー食べていきませんかと言われたらそりゃ食べるでしょう。

 このお話は、あやがぐいぐい行かなかったら、成立しなかった。瞭司は引いてますからね。決して自分からあやのところへ、向かってはいかない。次の日にドライブインに食事に来たのも、通り道だったというのが大きかったと思う。わざわざ回り道はしてないはず。

 本当なら、カレーを食べた夜で終わっていた。だけどあの日、家を飛び出したあやが泣いてて振り返ったとき、瞭司がいた。そこからの急展開は強引なんだけど自然で、お互いに相手が必要で、親しくなることで痛みが緩和されていく感じが伝わってきました。

 このドラマ、盛り上がりという点では、1話が最高潮です。後は、そこからどう着地するか、ですね。

 結局、別れを選んだ二人でしたが。私はそれがよかったと思います。瞭司が声を取り戻し、ひこうき雲のトラウマを乗り越えたのはあやのおかげですが、じゃああやと結婚して彼が幸せになれるかというと、それは違うような。瞭司は純粋な恋愛対象としてあやに愛情を感じていたのではなく、あやに助けられたというその事実が、感謝や思慕をごっちゃにして恋愛もどきの一時的な感情の昂りを生み出していたような。
 声が出なくなり、袋小路にはまっていた瞭司ですから。どちらに歩いていけば出口があるのかわからず、暗闇でもがいていたのを導いてくれたのがあやで、でもそれは本当に恋愛なのか?っていう。

 思うに。恋愛は条件ではなく。なぜだかわからず、だけどその人と一緒にいたい。ただそばにいるだけで幸せ、というものではないかと。理屈ではなく。
 あやの姿には、それを感じました。瞭司に引き寄せられてる、見えない糸の磁力。

 瞭司は、違っていたような気がします。桜の下であやを久しぶりに見たとき。綺麗だと思い、見とれはしたけれど、抑えきれないほどの「近付きたい」衝動はなく。涙を流したのも、静かな涙で。もし本当に心底好きになっていたら、あんなに静かに泣くのではなく、もっと激しく感情を爆発させていたと思うのです。

 どうせ結果として二人は別れるのに、短い付き合いに何の意味があったのかと一瞬思ってしまったけれど。でもその短い付き合いが、あやをまた新しい人生に押し出す力となり、瞭司の声を取り戻す治療薬となったわけで。

 ただ一つ、このドラマで残念だったのは、原田泰造さんが、瞭司のライバルである佐々岡滋役を演じたこと。佐々さんのイメージ、泰造さんだと何かが違うのです。しっくりこない。泰造さんだと、泰造さんにしか見えなかった…。

 とにかく石田ゆり子さんと井浦新さんの組み合わせが抜群で、その他の気になる点を全部、見えなくするぐらいに輝いてました。この二人だから、魅力的でした。余韻を残す、ドラマです。

ドラマ『ラヴソング』 終わってみての感想

 ドラマ『ラヴソング』全話見終っての感想です。ネタバレを含んでおりますので、未見の方はご注意ください。
 結局、このドラマは第3話が、最高潮でした(;´▽`A“
 3話のワクワク感に引きずられるようにして、全話見たのですが、3話以上に盛り上がった回は一度もなく。
 なんか、最後の方なんて、神代先生(福山雅治さん)の顔色が悪いのが気になっちゃって。真美(夏帆さん)に、なんでさくらをきちんとフってやらなかったんだみたいに責められるシーンなんて特に。
 そこはもう、違うだろうと。
 恋愛に慣れてなくて、どちらかと言えば鈍いさくらにだって、フラれた、脈がないということは、はっきりわかってた。神代先生は音楽以外のことで自分に興味をもってない、なんてこと、誰に言われなくても理解してたんですよ。
 きちんとフってやんないから、さくらが失踪したのか?
 いやそれ、違うよねっていう。
 御門違いな叱責と。それを真面目に受け止めちゃう神代と。なにを書きたかったんだろう、このドラマ。
 最初はもっとこう、年齢差や過去がハードルになる、微妙な恋愛みたいなものを描くはずだったんじゃないのかなあ。3話までは、そういうのが、確かにあった。
 人を癒すのも傷付けるのも、結局は人なのだと。出会いと別れを繰り返しながら、影響を与え、また与えられながら。思いやること。思いやるからこそ、近付けないこと。
 4話以降は、切なさがなかったのです。どこにも。
 二人を結びつけるはずの歌も、インパクト弱かったなあ。
 全部がうまくいくというのも、嘘っぽくていかにも作り物みたいで。
 嫌な上司は嫌な上司のままの方が、リアル。同僚たちもなぜか最後は、いい人たちに変わってしまった。
 主人公は家庭に恵まれないという設定だったけど、その分、あり得ないほど強い絆で結ばれた、親とも兄弟ともいえるような、存在の友人がいて。そうすると、歌に救いの光を見出していく、という経過がぼやけてしまう。
 そこまで、追いつめられているわけでなく。孤独感の中でギリギリ、生きているやりきれなさもなく。普通に、それなりに幸せで平穏な毎日なのでは?という。
 吃音が、ぎりぎりまで主人公の生活を追いつめているようにも見えなかった。上司もただ叱責するのではなく、神代の元に連れていってあげてるし。
 もっと、神代の過去や音楽プロダクションでのあれこれや、そういうものにさくら達が翻弄されるのだと思っていましたが、結局一番の山は、さくらの喉の大病ということで。それはドラマとして、あまりにも安易な展開ではないかと。最後に病気が出てくる必然性を、まったく感じませんでした。
 あと由紀さおりさんが、謎でした。もっとキーパーソンになるのかと思ったのですが。誰も予想できないようなすごい伏線を張ったのかと楽しみにしてたのに、放置されたまま唐突に終わって、ぽかーんです(^-^;
 ドラマの中で、一番いい味を出してるなあと思ったのは、空一役の菅田将暉さんでした。脚本と演出がうまくいったら、もっと輝いたのではないかと。
 言動が乱暴なんですけど、そういう乱暴な態度でしか、愛情を表現できない悲しさが透けてみえて。
 こういう人だと、表面的なもので誤解も大きいだろうなあ。
 さくらより、よほど空一(そらいち)の方が、生きづらいのではないでしょうか。高みを目指して、もがけばもがくほど、深い沼の底に沈んでいくような。
 さくらを大事にしようとすればするほど、唐突な行動で嫌われたり。
 調理師の勉強に励もうとすればするほど、生活費のための仕事が重くのしかかったり。
 空一の生きづらさと、さくらの孤独がクロスして、そこに神代が関わって。
 空一が神代を尊敬しながらも、たやすくさくらの心を奪う神代に嫉妬して、嫉妬しながらもやっぱりどこかでは認めてて、みたいな。
 矛盾するいくつもの感情に、悩まされる空一を、見たかったような気がします。
 あと、このドラマで本当に残念だったのは、さくらにも神代にも、お互いを好きという感情をあまり感じなかったこと。(4話以降の話です。3話はそれを上手に描いてたと思う)
 神代にとってのさくらは。
 音楽が好みというだけで、それ以外の感情をもてない相手にしか見えませんでした。最終話では、神代はさくらを好きだった、と自覚したことになってますが。
 画面を見ていてそういう感情は感じられませんでした。好きな相手を想う表情じゃなかったなあ。
 そしてさくらも。
 どうしようもなく惹かれ、片思いに絶望する、神代はそんな相手には見えませんでした。
 3話が素晴らしかっただけに、4話以降はまるで、別のドラマのようでした。
 じゃああの後、どう展開していたらよかったか、といいますと。
 まず、神代にはしばらく、さくらとの一定距離を絶妙に保っていてほしかったですね。職業として、産業医としての事務的な優しさしか見せない。それを徹底的に押し通すっていう。
 中途半端に受け入れることの残酷さ、期待させることの悲しさを知っている人だと思うから。たやすくさくらの人生に関わるほど、神代の傷も浅くはないはずですし。
 ポーカーフェイスを保てないほど、3話の神代はいっぱいいっぱいだったと思うので。
 自分でそれがわかった以上、神代はさくらから離れようとするんじゃないかなあ。
 そして、さくらはそれ故に苦しむ、っていうね。
 理由がわからない。自分の何かが、神代の中の、触ってはいけない部分に触れたっていうのはわかるわけです。優しかった人の豹変。
 そして諦めようとするんだけど、どうしようもなく惹かれて。神代の態度の一つ一つに、目を凝らして、敏感に反応して、一喜一憂して。
 そういう展開だったら、ぐいぐい引き込まれただろうあなって思います。
 そんな中で、プロダクションとの契約があり、大人の事情があり、っていうドラマだったなら。喉の大病なんて、出てくる余地などないくらい、盛り上がったんじゃないかと。
 それにしても、3話の終わり方は本当に印象的でした。今もときどき、ふっと思い出しては、余韻に浸るほどです。どうして4話以降が、ああなってしまったのか。そこが、とても残念なドラマでした。
 
 

ドラマ 『ラヴソング』第3話 感想

 ドラマ『ラヴソング』第3話の感想を書いています。以下、ネタバレ含んでおりますので、未見の方はご注意ください。
 この第3話は、気が付くとさくらの視点で、神代を見ていました。特に、一番印象的だったのは、ライブ前の屋上シーン。
 これがねー。私には怖かった(^^;
 ちょっと浮かれながら、「先生のこと想って歌ってもいいですか」なんて告白もどきをしたさくらですけども。神代の沈黙が怖い。返事がない。それを待つ恐怖感といったら。
 もし自分だったら、耐えられないだろうと思いました。いくら浮かれてたとしても、この重い空気感にはさすがに気付く。それが、自分の思っていた方向ではないということに。
 神代は優しい人だと思うのですよ。
 さくらにギターも買ってあげてたみたいだし。企業内カウンセラーとしての業務を逸脱してて、心配になるくらい。それに明るいし、軽口も叩くし、そういう人がですね、黙り込んでしまうっていう、この重さ。
 さくら、やっちまったなーと。固唾をのんで画面を見守りました。なんて答えるんだろうって。
 YESかNOか。どっちにしろ、うまい返しなんてないと知りつつ。
 YES→さくらに変な期待をもたせてしまう。心を弄ぶ嘘をつくことになる。ただしさくらの初舞台は成功する。
 NO→さくらが落ち込み、初舞台は大失敗に終わる。おそらく今後、さくらは夏希の治療を受けない。
 さくらの吃音を治してあげたいと思っている神代が、どう答えることがベストなのか。それにしても、私には長すぎる沈黙に思えました。実際には短い時間のことだったのかもしれませんが。見ている私には、苦しいくらいの時間でした。
 神代の顔でなく、背中が映ったときには、この人は今どんな顔をしているんだろう、と。果てしなく想像が広がりました。普通じゃない、というのはわかったので。なにかとても考えこんでるような。真剣になっているんだろうな、と。
>次に進む、か
 そのつぶやきは、さくらに向けたものではなく。まるで自分に言い聞かせるように。こうすることが正しいんだと確認しているかのように思えました。
 その上での言葉。
>じゃ、今夜は君だけを想ってギターを弾く
 言葉だけをとらえたら、甘い決め台詞みたいに思えますが、このときの神代の表情といったら。
 こんな顔を目の前で見たら、凍り付くんじゃないかと。だって、神代がめっちゃ怒っているのがわかるから(^^;
 それは、さくらだけを怒っていたのではないでしょうが。
 暴力的に(神代にとっては)、春乃との記憶を蘇らせる、さくらへの苛立ち。
 いつまでも過去に囚われ、感情をコントロールできない自分への情けなさ。
 そして、すべての根源である春乃への、たぶん理不尽な怒り。
 神代の過去になにがあったか、詳しいことはこれから明らかになるでしょうが、彼が春乃の死にとても傷ついていることだけは確かです。好きな音楽も封印してしまうほどに。
 
 最後、アンコールを拒否して、舞台を降りる神代。そりゃそうだろうなあと思いながら見てました。「じゃ、今夜は君だけを・・・」って、さくらに告げたときにすでに怒ってたし、いっぱいいっぱいだろうなと想像できます。
 普段は大人な神代ですが、一番弱いところを突かれたら、身を守るのに精一杯で。
 さくらを思いやる余裕がないのですよね。
 さくらはトイレに直行して泣けるだけ、まだいい。若くて、女の子だから、それができる。
 でも神代は。
 大人の男はどんなにつらくても、平気な振りをするしかないし。まして、過去を知る夏希の前で、弱い姿は見せられないのだろうなと、その胸中を想像しました。
 第3話は、なんといっても、神代の背中です。
 屋上で、さくらの告白もどきに黙りこむ背中。言葉はなくても、たくさんのものを語っているような気がしました。