2018年明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。2018年です。

初夢は元旦、もしくは二日に見る夢らしいので、31日から1日にかけた夢は初夢ではないかもしれないけど、私が今朝思い出したのはこんな夢でした。

果樹園にあったはずのハゼノキが、なくなっているのです。周囲は更地で、整地されていました。本当はビワや桃の木などもあったのですが、それもすべてなくなっています。でも私が気にしていたのは、ハゼノキのことだけでした。

夢の中、更地になった土地を見て、すっきりしたような、寂しいような気持ちになりました。

 

さて、元旦の今日、庭にチューリップの球根を植えました。アペルドーンとアプリコット・ビューティー。そして、ブルージャケットという品種のヒヤシンス。春が楽しみだなあ。

2018年の抱負ですが、今年は英語の勉強をがんばるということで、TOEICを受けます。年末までにどれくらい得点できるか、自分との勝負。スピーキングが苦手なので、そこもがんばりたい。年末、振り返ったときに、「日常会話なら大丈夫です」と自信をもって言えるのを目標にします。

そして、今年もやっぱり、自分の気持ちに正直に生きるということ。美しいもの、綺麗なものをたくさん見たいなあと思っています。自然の風景や、美術館、博物館、演奏会、などなど。刺激を受けて、また、たくさん文章を書きたいです。

今年もよろしくお願いいたします。

2017年を振り返る

あっという間に大みそかです。今年はどんな年だったかというと、自分の感覚に素直に生きることができた年ではないかと、そんな気がします。

自分の中の、「好き」という感覚を大事にしました。その結果、仕事の方向性も見えてきたかなあと、そんな感じです。

旅行もたくさん行きました。なんと伊勢神宮には3回です。12月には、念願の神宮会館に泊まって、憧れの早朝参拝にも参加しました。宿泊客を対象に、職員の方が1時間40分くらいかけて神宮内を案内してくれます。

これはとてもいい体験になりました! 冬の朝は寒いけど、でも空気がとても清々しい。最初に宇治橋の鳥居をくぐるときにはまだ辺りが暗いのですが、帰ってきたときには鳥居の上に太陽があり、その陽射しが温かいのです。日を体に受けて、太陽の恵を実感しました。

日中の参拝もいいですが、早朝の参拝はまた違った感覚でおすすめです。一人だと寒さでくじけそうな気持ちも、みんなで参拝すればなんだか心強い。

宿泊はやはり、神宮会館が一番いいなあと思いました。立地が最高です。目の前がおかげ横丁なので、お土産を買ったり、散策したりするのにも便利。

3月には金沢、山中温泉。7月には彦根城、9月には東京青山、11月には名古屋港、12月には三峯神社、結構いろんなところに出かけたなあ。

特に三峯神社は、2017年のうちに行きたいなと思っていた場所だったので、行けてよかったです。冬の凜とした、厳しく張りつめた空気が印象的でした。三峯神社には、夏よりも冬が似合う気がします。

今年やり残したことといえば、行きたかったレストランに行けなかったこと。思い入れが強すぎて、葛藤して行けなかった(^^; 行こうと思うと、どうしてもいろんな思いが渦巻いてしまい。普通にさくっと行けばいいのにね。過去の自分のあれこれを思ったり、怖気づいてしまいました。

まあ、今年は「自分の気持ちに素直になる」ことを目指していたので、迷うなら、行かなければいいと、そんなふうに吹っ切りました。2018年こそ行けるかなあ。行けそうならがんばって行ってきます。

夏には新車を買いました。つけてよかったナビとドライブレコーダー。特にナビに関しては、長距離を移動するのにとても助かりました。音声で案内してもらえるなんて、いい時代になったものです。ドライブレコーダーも、後から自分の運転を振り返ることができるので便利。もちろん、事故にあったときの安心感もありますしね。

私は車はできるだけシンプルに、アナログにしたかったのですが、ナビとドライブレコーダーは本当につけてよかったと思える機能でした。

あと、2017年に出会った製品で素晴らしかったのが、ランドリーマグちゃん。これは画期的製品ですよ~。世の中が大きく変わると思う。湯シャンを始めた私が、「洗濯の洗剤、もっとエコなの欲しいなあ」と思ってるときに出会いました。

興味ある方は、検索してみてください。要は、マグネシウムの入った袋を、水の入った洗濯機に入れるという、ただそれだけです。マグネシウムが水と反応して、アルカリイオン水ができます。

本当に洗浄力あるのかな?と思いつつ、購入して使ってみたところ、部屋干しのときに感じることのあった臭いが全然なくなりました。しっかり洗えてると思いますし、あと、洗濯機の中がすごく綺麗になった感じなのです。糸くずフィルターを外したときに、すみっこの方にカビみたいなのが見えて気になっていたのが、洗濯を何度もするうちに、どんどん薄くなっていきました。「ランドリーマグちゃん」を使うことで、排水ホースの中も綺麗になると書いてありました。排水ホースの中はのぞいてないのでわからないけど、この糸くずフィルターの周囲を見れば、排水ホースの中も同じことが起こっているであろうということが、想像はできます。

これは素晴らしい発見だと思いました。洗剤メーカーが怒っちゃうかもしれませんが、でも、大きな視点で見たら怒ってる場合ではないです。人間の未来にとって、素晴らしい発見ではないかと。もともとあったマグネシウムの、こんな働きに、気付いたことが偉い!

自分で実際使ってみて、良さを実感しました。ただ、注意点がひとつだけあって、水にマグちゃんを入れてから、ある程度の時間が必要だということです。すぐにはアルカリイオン水にならないから。私は少なくとも1時間はつけてから使ってますね。マグちゃんを水につけすぎて困るということはないので、気付いたら洗濯水を作っておくように心がけてます。

ランドリーマグちゃんが気に入ったので、その後、バスマグも買いました。前からいい入浴剤欲しいなあと思ってたのですが、化学製品が嫌で、なにか自然素材のものをと思っていたので、ぴったりでした。満足してます。

そして、2017年。忘れてならないのは膝の怪我です。忘れもしません。6月1日の早朝、私がゴミ置き場にゴミ捨てに行ったところ、カラスがいまして、ゴミを荒らしていたのです。2匹のカラスは私をちらっと見て、「まだ遠くにいるから大丈夫だな」という顔をして、エサ捜しを続けたのでした。

その姿を見て、これはいかん、人間の恐ろしさというものをカラスに教えなければ、この先もずっとゴミが荒らされてしまう、と思った私。猛然とダッシュしました。中学時代は陸上部で短距離を走っていたのです。スタートダッシュには自信があります。あっという間にカラスに追いつき・・・と思った瞬間、足がもつれて転びました(^^;

運動靴ではなかったのが悪かったのか、足が衰えていたのか、とにかく派手に転びました。靴も脱げました。きちんと両手をついたので頭や顔は無事でしたが、両膝、両手を強打。ものすごい音がして、カラスは吃驚し逃げていきました。

恥ずかしいので、私は何事もなかったかのように立ち上がり、靴を履き、落としたゴミ袋を拾って、涼しい顔で歩きましたけれども。家に帰ったらわりに傷口は深く。両手もそうですが、膝も、ズボンをはいていたにもかかわらずかなりの出血。

左膝の傷は、半年経った今も残っているほどです。でも、カラスは私の勢いが恐ろしかったのか、以降、すっかり姿を消してしまいました。よかった(^^) ゴミが荒らされることはなくなりました。

2017年は、親戚のおじいさんの入院も、大きな出来事でした。軽費老人ホームから、介護老人保健施設へ移りました。その間、高齢者の介護というものについて、いろいろ考えさせられました。

ひとつ思うのは、「死」が特別なものでない、ということです。人が生まれ、死んでいくことは当たり前のことで。その死に、無理に抗うということは、それこそが不幸ではないかと。

年をとって、できなくなることが一つ一つ増え、やがて死に至る。それは、とても自然なことなんだと思います。いかに自然に見送るか、というのが、幸せではないかと。

死は、寂しいけれど、とても自然なこと。死なない人間なんていないんですよね。いかに看取るか、私はそういう看取りができる施設を応援したいし、そういう施設こそ必要なのだと考えています。この話については、またいずれじっくり書きたいなあと思っていますが。

2017年、今年もいい年でした。ありがとうございました。皆さまもよいお年をお迎えください。

三峯神社参拝

今年のうちに、どうしても行きたかったのが三峯神社。でも、日々の忙しさに紛れて、いつの間にか12月。もう今年は行けないかな、と思っていた。

そんなとき、20年音信不通だった友人から実家に電話が入る。会おうという話になり、東京へ出かけることになった。どうせ東京へ行くのなら、三峯へ行こう。

池袋から、西武鉄道の池袋線に乗り、西武秩父駅へ。そこからバスで1時間半。平日だというのに、バスには15人くらい乗り込んだのが意外だった。人気あるんだなあ。

バスは座れたのでほっとする。山道をとことこと走っていく。途中、三峯口駅のそばで、狭い道で折り返す場面があった。運転手さんのプロ技に、思わず乗客の間から感嘆の声が上がった。

山は、紅葉のピークは過ぎていたけど、景色はすごく綺麗で、乗車時間を長いとは感じない。そして、運転手さんの技術が、とにかく凄い。こんなに大きなバスで、狭い山道を軽やかに、すいすい迷わず行くんだもの。スピードの出し方、緩め方、安全運転で、かつスムーズな進行。

途中で道の駅なんかもあったりして、寄り道したくなったけど我慢、我慢。一度降りたら、次のバスまで時間があるし、帰りが遅くなっちゃうから。神社は、なるべく早い時間に参拝したい。

すれ違いのできない狭いトンネルを抜け、いよいよバスは本格的に山を上る。ヘアピンカーブを通り、たどりついた駐車場には車がいっぱい。こんなに山奥で、道も大変で、平日で、それなのにこの人出。これはそれだけ、霊験あらたかということなんだろうか。

バスを降りて、さっそく拝殿へ向かう。途中、見た狛犬はオオカミ。こちらの神社は、お使いがオオカミなのです。狛犬のひとつひとつ、表情が違っている。訪れる人たちを、見定めている鋭い眼だ。

拝殿で参拝する前、混んでるといやだなあと思っていたけど、なぜか階段を上がるのは私ひとりで。人はそれなりにいるのに、ちょうど拝殿で参拝する人が他にいないという独占状態。ゆっくり参拝できた。でも、柏手を打ったとき、思ったより響かなくて、少し拍子抜け。

後は、境内をゆっくり散歩することにする。足の向く方へ、向く方へと気ままに歩いたら、えんむすびの木の案内表示がありました。そしてさらに奥へ歩いていくと、お仮屋という小さなお宮が。たくさんの犬?オオカミの像が印象的。

私は拝殿よりも、なんとなくこの、お仮屋の雰囲気の方が心に残りました。人影はあったけれど、それを感じさせないほどの静寂な空気。異世界に来たような感じ。歩いていてとても気持ちがよかった。一歩ごとに清められるようで、すがすがしい。

本当は温泉にも入っていきたかったけれど、帰りのバスが混むのが怖くて、早目のバスで帰りました。最後にパチリ。

ところがその日、帰りの電車で軽い頭痛。ホテルに着いたら頭痛はどんどん本格的になり、起きていられないほどでした。やっとの思いでシャワーを浴び、倒れるようにベッドへ。21時にはもう寝るというまさかの事態(^^;

次の日、目覚めたときにはすっかり回復していたのでよかったです。今年中の参拝が叶って、ほっとしました。

運転免許はもっと厳格な条件をつけるべき

雨の中、投票に行ってきました。私ひとりなら歩いていくのですが、高齢な母がいるので車で行ってきました。

ところが、投票所敷地内の駐車場が大渋滞です。どこかのおじいさんが運転する乗用車が、駐車場を出ようとする車をふさいで動かなかったので(^^;

もともと狭い敷地なので、おじいさんがとまっている場所で二台すれ違うのは無理です。ただ、おじいさんの車が少し先に進めば、ロータリーのようになっていて、ぐるっと回って駐車場には入れるのです。出る車、入る車、そのロータリー状のスペースを使えばいいのですが、おじいさんには最短の道しか目に入っていないらしく。

出ようとする私の車の前に立ちふさがって、指で、下がれ下がれと合図します。もしくは、下がれと言ったのではなく、自分はそちらに行きたいのだと言いたかったのかもしれませんが。

そうはいっても、私の車が下がったところで駐車場自体狭く、おじいさんが駐車するのに私の車が邪魔になってしまう。しかも、私の後ろには、同じく駐車場を出ようとする他の車が続いていて、私が下がるのは無理。どう考えても、おじいさんがロータリーをぐるっと回るのが最良です。

出る車が出なければ、駐車場は空きません。でもおじいさんは、どうしてもこの道を行きたいのだといって、出ようとする私の車をふさぐ。困りました。

仕方なく、私も手で、「ぐるっと回ればいけますよ」という合図をしました。するとそれが通じたのかどうか、おじいさんは先に進んでくれました。私もほっとしてやっと駐車場を出ることができたのですが、おじいさんが立ちふさがっていたため敷地内に渋滞が発生。その先のぎりぎりすれ違えるだけの幅の道を、ずらりと並んだ対向車にかなり気を遣いながら、運転することになってしまいました。空いてれば、対向車はないか、あっても一台くらいで、そんなに大変な道ではないのですが。

後から考えました。あれ、おじいさんが自分で気付いて先に行ってくれたからよかったけど、もしあのまま止まってたら、私が車を降りて説明にいかなきゃいけなかったんだろうなあ。大雨の中。

ロータリーといっても大きなものでなく、ほんの4メートル先にいけばすむ話なのに、おじいさんにはわからなかったんでしょう。助手席に座っているのもおばあさんだったので、同じく状況判断ができなかったと思われます。

こんなに状況判断能力が低下しているのに、まだ車を運転しているのはだめだと思いました。車は高速で走っているとき、一瞬の判断で切り抜けなければならないことが多いのに、これでは事故につながってしまう。ゆっくり考えても他車の妨害をするのに、瞬間の判断が正しくできるわけがない。

たまたま今朝、私が遭遇した一台の車ですが。全国で同じことが起こっているんだと思います。高齢者の運転は、もう一律年齢制限をかける時期にきているのではないだろうか。少し甘く見ても、80歳を越えたら免許を失効してもいいと思う。そうでないと、自分では気づかないまま危ない運転を続ける人が続出でしょう。一定の年齢を超えると、運転をやめる、という判断ですら、つかなくなってしまうのだと思う。

そもそも、運転免許自体、とても甘い取得条件ですね。高齢者に限らず、もっともっと基準を厳しくしていいのではないかと。たとえば、近頃話題になった高速道路のあおり運転、これは一度でも発覚したらもう一生免許とれないようにしないと。こういう運転をする性格は直らないから。一般道でも高速道でも、監視カメラをつけて、危険運転を徹底的に取り締まってほしいです。

よく、監視カメラをつけると個人情報が~と反対する人がいますが、きちんと運転してれば何も怖くないどころか、メリットしかありません。いつどこにいたのか、知られて困ることは別にないし。

何百キロの鉄の塊を高速で走らせるんだから、車は凶器。その自覚がない人に、運転する資格はないです。

運転免許の取得・更新を厳格にすること。喫緊の課題じゃないのかなあ。一度でも重大事故を起こした人は、二度ととれないようにするのは当たり前で。起こすには起こすだけの下地があったと思う。

そういえば高速で煽り運転のあげく相手を無理やり降車させて、そこに後続のトラックが突っ込んだ事故がありましたが。あれ、事故じゃなくて殺人ですね。それが殺人として裁けないなら、法律の方がおかしいし、新たに作らなきゃならない。

ちなみに私は、殺人事件の被害者が一人だと、原則、死刑が出ない状況はおかしいと思っています。一人の命が失われたら、むしろ原則は死刑ではないの?と。そこに、情状酌量やいろんなものが入ってきて、最終的な判断が下されるわけで。

車の事故は、不可抗力なケースももちろんありますが、事故を誘発する危険性をわかっていながら運転を続けたなら、その責任は非常に大きいと思います。

もっともっと、運転免許の取得と更新は厳格化してほしいです。

真夜中の非通知電話の主

先日、久しぶりに会う友人と、とあるレストランへ出かけた。お店を決めたのは私だったのだが、実はそこのオーナーシェフに会ってみたい、というのが理由だったりした(^^; 料理目当て、とかではなく、単純に見たかったんだよね、その人を。

その人は、昔私が短期のバイトをしたお店の社員さんで。その後、独立して自分のお店を持ったのだ。とても素敵な人で、私にとっては憧れの人で、尊敬してて。

その後もずっと、何かと思い出すくらい、私の中でインパクトを残した人だった。最初は行方を知らなかったけど、たまたまネットでお店のHPを見て、驚愕した。その人の写真があった。それからずっと行ってみたいな~と思っていて。ただ、実際に行く勇気がなかなか持てなかった。

友人との会話も楽しかったけど、お店で私はずっと、どこかで緊張していた。本当にあの人なのかなあという不安のような、期待のような。

ちなみに予約を入れずに行ったため、最初にお店に入ったときには満席で、店員さんに名前と電話番号を聞かれた。席が空いたら、電話してくれるという。一瞬迷ったけど、私の名前と電話番号を告げた。

まあ別に、私の名前を告げたところで店員さんとシェフは別人だし、シェフが私の名前を知ることはないんだけど。知ったところで、もう20年以上前のことを覚えているはずもないんだけど。もうその時点で冷や汗をかいてた。

どうしよう、もし覚えてたらなんだか恥ずかしいなあ。繁忙期の手伝いだったから、実質2週間くらいなのかな。一緒に働いたのは。考えてみれば、それだけの人を覚えてるわけないか。もし名前見たところで、なにも思い出したりはしないだろうなあ。

そして、40分くらい近くをぶらついていたら電話があって、私と友人はお店に戻り、おしゃべりをしつつランチを堪能。料理はさすがの美味しさでした。感慨深かったなあ。これがあの人の作った味なんだなあって。

お会計のときには、ちょうどシェフがレジのところに来て、ニコニコしながら私たちを送ってくださるというハプニングが! 顔見られるのが恥ずかしくて、ドキドキしました。あまり目も合わせられず。

まさか覚えてるわけないもんなあ。そんなはずないもんなあ。と思いつつ、帰りました。別に声をかけられることもなかったです。

そしてその日は何事もなく終わり…と思ったら、真夜中に謎の着信が。

スマホを見つめたまま、しばらく固まりました。非通知。このタイミングで真夜中の非通知って、もしかして?

瞬間的に、その人からかと思ってしまいました(^^; そんなわけないのになあ。いくら懐かしくても。こんな真夜中に電話を、しかも非通知でかけてくるような人じゃない。まあそれ以前に、私を覚えてるはずなんてない。

もちろん、私はそんな不審な電話に出るはずもありません。じっとスマホを見てました。電話は、ワンギリではなかったです。長いこと、というほどでもないけれど、明らかな意志を持って、一定時間鳴っていました。そして、ふっと鳴りやんで。静寂。

今でも考えてしまう。ただのいたずらなのか、間違い電話か。でも、今までそんな真夜中の非通知の電話なんてかかってきたことなかったし。その後も、2度とそんなことはなかったし。食べに行ったその日のタイミングでこれって。偶然というにはあまりにドンピシャすぎる。

ちょっとだけ。もしかしたらその人なのかなあ、と思ってみたりもするのです。でも夜中の迷惑電話、するような人じゃないしなあ。もう1回食べに行ってみようかな。今度はちゃんと目を合わせるから、そしたら、その人が私を覚えているかどうかわかるかな。

年内に、もう一度行ってみようと思います。