そして誰もいなくなった 観劇記 その3

そして誰もいなくなった、千秋楽の観劇記です。ネタバレありなのでご注意ください。

2005年2月15日火曜日18時30分開演

 千秋楽。行こうかどうしようか、本当にぎりぎりまで迷っていた。もう2回見に行ったし、これ以上行くのは贅沢かな~と考えてみたり。でも、やっぱり行ってしまった。再々演がなければ、山口さんの演じるロンバートは見納めなのである。大阪や福岡まで遠征する予定はないし、もう2度と「レクイエム」を聴けないかもしれないと思うと、じっとしていられなかった。

 千秋楽は、やはり特別の雰囲気。ル・テアトル銀座の前には、エレベーター待ちの長い行列ができていた。当日券を買うつもりで並んだけれど、ちょっぴり不安になる。果たして買えるのか。もしかして売り切れだったりして。

 結局、かなり後ろの方だったけれど買えてよかった。前回は3列目、その前は7列目と、前方席でしか見たことがなかったので、後方席は残念だったけど、買えただけでも感謝しなくちゃいけない。なんといっても千秋楽なのだもの。

 劇場はほぼ満席で、なんともいえない空気。たぶん、初めて見に来た人はほとんどいない。何度も見に来たリピーターの人たちが多いはず。友達同士で連れ立ってきている人が多いようだった。ずらりと並んだ補助席は、ずっと後ろの方まで続いている。こんなにぎっしり埋まるなんて、すごい。

 いざ幕が開いて驚いたのは、細かいセリフや動作が、前回と違っていること。アドリブなのか演出なのかわからないけれど、これはかなりおもしろかった。ミステリーだから、犯人がわかってしまうと後はつまらなくなってしまいがち。その点、リピーターが出にくいと思うのだが、実際は少しずつ違うバージョンを見られて、楽しかった。初めて見に来た人に楽しんでもらいつつ、リピーターも飽きさせない工夫。これは素晴らしい。

 「男は30からとでも言いたそうね」これの返しには爆笑した。だって、一瞬沈黙してしまうんだもの。あれは考えていたのかな。それとも予定の行動だったんだろうか。

 見にきてよかった・・・・最初にそう思ったのは、十人の兵隊さんを朗々と歌うシーン。前に見たときには、わざと下手に歌って笑いを誘っていたのだが、今回はオペラ調。だけど、完璧の2、5歩前という感じ。わざと少しだけ力を抜いて、素人っぽくみせていた。「ミュージカル出られるかな」というセリフには笑った。十人の兵隊さんをオペラで聞けたのは、お得だったなあと思う。へなへなに歌っていた前回より、聴き応えがあった。

 レクイエムは、ことさら心にしみた。たぶん、今日が最後だと思う気持ちがあったから、よけいに。これは癒しの曲だ。全身を耳にして聴いていたけど、大満足。ずっとその曲に身を委ねていたかった。ピアノの美しい伴奏に山口さんの声が重なるともう、相乗効果がすごい。空気が清められて、自分も清められて、ここは劇場? それとも教会なの? という気分になる。このときばかりは、十人の兵隊さんとは違い、全力で歌ってくれるからうれしい。

 前回、うえだ峻さん演じるロジャースが、正気を失ってフラフラするシーンがちょっと不自然で気になったのだけど、今回は全然気にならなかった。さすが、という感じ。エセルとの掛け合いが面白い。エセル役の中島ゆたかさんは、初演のときにはすごくヒステリックなイメージがあったのだけれど、千秋楽は少し抑え気味な感じだった。私はその方が好きだ。初演のロジャースとエセルは、「愛のない打算夫婦」に見えたが、今回のうえだ&中島コンビには、口ゲンカの中に愛を感じた。

 中島さん、千秋楽で緊張していたのか、バーカウンターのところで派手にグラス? かなにかを落としてしまってびっくり。どうするんだろうとハラハラした。拾っていると話の流れが変になってしまうし。そのまま出て行ってしまった。すると、うえださんがさりげなく拾ってあげていて、さすが夫婦役。ナイスフォロー。

 でも拾いきれなくて、まだ2つほどなにか落ちてる。(私は後方席だったので、なにが落ちているか詳しくは見えなかった)これ以上それを拾っていると、芝居の流れに影響してしまう。うえださんもやはり、それは感じたのか、そのまま退場。

 その後、そこにやってきた山口さん。ぱっと状況を見たあと、なにげなく2つを拾い上げ、私もほっとした。なにか落ちてると、うっかり踏んで滑ったり、危ないものね。転んだら怪我が怖いし、芝居の流れが中断される恐れもある。

 新キャストの金沢碧さんは、はまり役。本当にそう思う。妥協を許さない厳格さ。自分の決めた範囲以外の世界は全然目に入っていない。金沢さんとうえださん、新しいキャストが2人入って、カンパニー全体の完成度が、また上がったような気がする。初演のときは初演のときで、すてきだなあと思ったんだけれど。組み合わせが変われば、チームのイメージも変わってくるんだなあ。

 山口さん演じるロンバードが、最後に南アフリカでの真実を告白する場面、あまりの迫力に驚いた。今まで見た中で、一番激しい感情の爆発だったように思う。よく通る声が、劇場の最後部まで響いていた。

 結局彼は、心の中ではずっと事件を気にしていた善人だったんだろうなあと思う。自分を犠牲にして助けようとして、でも逆に自分は助かり、部下は死んだ。自分にきせられた汚名を晴らそうともせず、あえて否定もしなかったのは、ロンバードの罪の意識だろうか。だけどヴェラを目の前にしたとき、「君と僕は違う。絶対に違う」そう叫ばずにはいられなかった。実は、登場人物の中ではかなりいい人の部類に入る。

 

 カーテンコール、いつまでも拍手は鳴り止まなかった。最後にはスタンディングオベーション。11人のカンパニーは本当に仲がよさそう。中でも、にこにこしてる山口さんに目が釘付けになってしまう。なんて嬉しそうに笑うんだろう。なんて可愛いんだろう。48歳の俳優さんに、可愛いなどという形容は失礼なのかもしれないけど、でも可愛いのだ。その笑顔を見ていると、自分まで幸せな気分になってしまう。

 帰り道。頭の中で、こっそりレクイエムを歌ってしまった。千秋楽。やっぱり行ってよかったと、つくづくそう思った。

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