ダンス・オブ・ヴァンパイア観劇記 その3

 『ダンス・オブ・ヴァンパイア』観劇記の続きです。ネタバレ含んでいますので、未見の方はご注意ください。

 サラは浅はかで愚かな女の子ですね。演出の山田さんはこの舞台を「アルフレートの成長」と位置づけていましたが、私はサラの目線で見てしまいました。一人の女の子が、背伸びをして大人の世界を覗く。魅力的な伯爵。悪いからこそ、惹かれてしまう。伯爵を知ってしまえば、同年代のアルフレートが子供にしか見えなくなる。伯爵の元へ行けば身の破滅となることを周りの大人は知っている。大人は、それがどんなに危険なことか、サラがどんなに危ない橋を渡ろうとしているか、よくわかっている。だけど止めても、サラは好奇心に目を輝かせて、退屈な毎日は嫌だといって出て行く。お城には素敵な未来が待っているのだと信じて。

 この辺は、現実にも当てはまる話だよなあとおもいました。悪い人ほど、魅力的に見えてしまう年代ってありますね。本当はアルフレートの方がよき夫となるタイプなのに。サラの目に、アルフレートは退屈で子供っぽい男に映ってしまう。

 平凡で幸せなものより、刺激的で新鮮なものが良くみえてしまう。

 実際、伯爵にとってサラは獲物のひとつにすぎないわけです。刹那的「好き」はあっても、そこに愛はなく。だから、舞踏会までとっておこーっと♪的コミカルな伯爵の言葉は、ショートケーキは明日までとっておこう。今日食べればなくなっちゃうもんね。我慢、我慢、というレベルの話です。ドラえもんのシリーズで、のび太が栗饅頭を食べるかやめるか煩悶するエピソードを思い出してしまいました。

 このことに気付いてもなお、サラは伯爵への憧れを持ち続けるのでしょうか? 

 さて、それでは私が一番感動した曲。『抑えがたい欲望』についての感想です。

 この歌を山口さんが歌い始めたとき、そんなに期待していませんでした。それまでの出来事でこの舞台がコメディだということがよーくわかったので(笑)。ところが、聴いているうちに涙が自然にあふれてきたのです。この歌は、ヴァンパイアの孤独の始まりを歌った歌で、永遠の命が決して幸福ではないことを示しています。

 

 伯爵が大好きになりました。山口さんにすごく合ってる役だと思いました。歌の途中、ふっと浮かぶ追憶の表情に心を鷲掴みされた感じ。実は伯爵はとてもいい人なのではないかと、そう思わせる歌でした。私は最初の部分が一番好きです。1617年・・・のところ。そして、最後が悲しい奇妙な和音で、それがどんどん幅を広げていくようなところ。私はあんまり音楽に詳しくないのですが、この最後の和音いいですね。こういうのって、よく作曲できるなあと思います。あと訳詞のセンスもいいです。これ、原詞だとどんな感じなんでしょう。ドイツ語ができたらなあ、と思わずにはいられませんでした。

 伯爵にとってサラは、好きではあるけれども永遠の時間の中で通り過ぎる獲物の一人であるということを、この曲で知らされたような気がします。確かに、螺旋階段でサラとデュエットするときの伯爵を見ていても、どうしてもサラでなければいけない、という執着を感じないのですよね。どこか冷めてるというか、愛おしさが足りないというか、まあ愛おしさというよりこの場合欲望なんでしょうけど。

 もしこれが『オペラ座の怪人』でファントムとクリスティーヌであったなら、山口さんの表情に浮かぶのはもっと深い感情ではないかなあと妄想してしまいました。いきなり別のミュージカルの話ですみません。私、『オペラ座の怪人』大好きなので。

 ファントムはクリスティーヌの存在によって救われたけど、伯爵がサラによって救われることはないんだろうなと確信してしまいました。

 伯爵のサラを見つめる目。そのときの曲調。声の抑揚。どれも、伯爵が本当にはサラを求めていないんだなあというのを感じさせるものです。たった一人の運命の相手に寄せる視線ではないというか。ああ、こんな考え方はずいぶんロマンティックな妄想なのかもしれませんが。

 見ているうちに、オールバックな髪型も、マントの色も、立ち姿もすべてどんどん魅力的になってきます。もう伯爵の虜。空気を撫でるような、ゆっくりした動作。貴族らしい鷹揚とした物腰。長い年月を生きてきた異形のものの悲哀、風格。この人の手にかかれば、外界を知らない、自由を夢見る娘さんなど、たやすく堕ちてしまうのではないかと。

 サラが着ていた白い服。伯爵にもらった赤いブーツを履いて踊り出すシーンが印象的でした。その赤と白の対照が目に眩しく。なぜか私が思い出したのは、「インゲ、インゲ、パンを踏んだ娘」というフレーズ。アンデルセンの童話です。愚かな娘。それから、『赤い靴』のことも思い出しました。罪の象徴。白い服に赤いブーツを履いたサラは、自分の中の欲望に負けてしまう。

 その後さらに、赤いショールの時期があり、最終的には赤いドレスとなるわけですが、こうして段階を踏んで堕ちていく、というのが妙にリアルだなあと思いました。まだ大丈夫、まだ引き返せると思ううちに、どんどん深みにはまっていくようです。

 サラについてはもっと詳しく書きたいのですが、あまりにもネタバレになってしまいそうでちょっとためらわれます。まだ舞台は始まったばかりだし・・・。気が向いたら、また追加で書くかもしれません。

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