『ダンス・オブ・ヴァンパイア』観劇記 その23

 8月26日ソワレ。帝国劇場で『ダンス・オブ・ヴァンパイア』を観劇してきました。以下、ネタバレを含む感想ですので、舞台を未見の方はご注意ください。

 今日は、私の一番好きな組み合わせです。剱持たまきサラに、泉見洋平アルフレート。彼女達はWキャストのため、明日の千秋楽を待たずに、今日が最後の舞台となります。今日が、2人の最終発表日というわけです。どんな解釈をし、どんな人物像、思いを伝えるのか。今日、その完成版を見られるのだと思って、期待に胸をふくらませて座席に座りました。

 2階A席。しかし残念なことに、私の前のお客さんは座高が高く、髪をアップにしていて、しかも微妙に前のめり・・・。三拍子そろってます。もし完全な前のめりなら後で係の人に注意してもらうこともできるのですが、ほんの少しのことなので訴えるほどのことでもなく。でも悪条件が重なった場合、その少しの前のめりが明暗を分けるのですよね。

 私の視界は、舞台中央の一番肝心なところが、前のお客さんの頭で真っ暗になってしまいました。こうなったら仕方ありません。見えにくいからといって私が左右に頭をずらせば、今度は私の後ろのお客さんが見えなくなってしまう。今回は、表情やお芝居を楽しむのでなく、音、そして歌を楽しもうと心に決めました。

 帝国劇場の席では、前の人の影響を最も受けないのはB席のような気がします。傾斜が急なので、前の人が視界の邪魔になることがほとんどありません。1階のS席、そしてA席は、前にどんな人が座るかでその日の見やすさが全然違います。A席の後ろ2列は段差がついていますが、それでも前に体の大きな人がくると、結構見えづらいのです。

 伯爵の登場シーン。「神は死んだ」ですが、最後、セリを降りていく場面「この私の思うままだ」の、「だ~」がよかったです。憂いに満ちていて、長い退屈な時間をもてあます伯爵の日常を垣間見たような。そのたった一言の中に、永遠を生きる苦しみがあふれていたと思います。もううんざり、とでもいうような苛立たしさです。爆発するのではなく、ひたひたとあふれてくる思いが、伯爵の体を満たしているようなイメージでした。

 お風呂場のサラを誘惑するシーン。以前見たときよりも、「元気いっぱい」な伯爵になっていました。下手から上手へ少し移動するとき、表現は悪いのですが「ドスドス」という音が聞こえてくるような感じがしました。ジャイアン歩き、とでも言うのでしょうか。ガキ大将ちっくな伯爵だなあと思いながら見ていました。

 サラの「いいの、もう」は健在。剱持さんのサラは、この言葉にすべてがこめられていると思います。大満足です。私がサラ役に求めるものはこれです(笑)。サラ役最後の日、剱持さんはきっちりと、「いいの、もう」を仕上げていました。

 透明感のある声はいかにも伯爵好みの清純さを感じさせるし、聞いていて心地いい。剱持さんのサラ、私は大好きです。

 お城で伯爵が、教授とアルフを迎えるシーン。「夜は醜いものを隠す影」「闇はあなたを満たす深い海」この詞がいいですね。醜いものを隠す、というところに、夜の世界でしか生きられない異形の者の悲しみがこめられていると思います。夜は、明るくないから優しいのです。太陽の明るさがまぶしい者にとって、夜はどんなにありがたい存在でしょう。海のように、そこにあるすべてを、満遍なく包みこんでくれる。深くて、穏やかで広い海。

 ただ、私はこの「あなた」という言葉にどうも違和感を感じてしまう。ここは「すべて」の方がしっくりくるような気がします。原詞の制約があるでしょうから、勝手に日本語を当てはめることができなかったのかもしれませんが。伯爵が特定個人の「あなた」を指して「闇は深い海」と歌っているようには思えないので、いつもこの言葉で「?」という気持ちになってしまうのが残念です。

 すべての言葉が流れるように心にしみこんできたらいいのに、と思います。細かいことですが、言葉は本当に大事。他の詞が素晴らしいだけに、この「あなた」の違和感が気になります。

 一幕終了後、クコール劇場を見ずにお手洗いへ向かったら、人がほとんどいなくてびっくり。気味が悪いほどでした。クコール劇場、愛されてます。しばらくしたらクコール劇場の終わりを告げる拍手が聞こえてきて、それと同時に一気に、大勢の人が化粧室になだれこんできました。

 ニ幕は、いかにも前楽という展開でした。とにかくアドリブが多い。

 まず霊廟シーン。いつもは弱気で謝ってばかりのアルフが、今日は一方的な教授の叱責に「すみません」(怒)と初めて感情を露に。他にもなにか口答えっぽい台詞があり、思わず教授は「お前も反抗するようになったな」と一言。客席から、どっと笑いがおきました。「私の後を継ぐのは千年早い」と、いつもより900年分多い言葉でお返ししたのは、さすがという感じでまた、笑いがおきてました。

 いつもならプリプリ怒りながら先に行ってしまう教授が、「今日は仲良く行こう」と言いながら去ったのが微笑ましかったです。最後の日、泉見アルフに対する愛情が見えました。

 泉見アルフの、この舞台での答え。それは、「サラへ」という歌に凝縮されていました。熱唱です。サラへのあふれる思いが伝わってきました。2ヶ月かけて泉見アルフが築き上げた答え。これが、泉見さんのアルフレート。私は泉見さんのアルフが大好きです。

 今日一番はじけていたのは、もしかしたら吉野圭吾ヘルベルトかもしれません。そこまで逸脱して大丈夫ですか(^^;と心配になってしまうほど、今日のヘルちゃんは面白かった。アルフが逃げ出し、一周して戻ってからの展開がすごかったのです。オーケストラの指揮者西野さんも、どこから音楽を入れていいものか迷ったのではないでしょうか。あまりにいつもと違う展開だったから。

 泉見アルフは音楽のきっかけを出そうと、何度か叫び声を上げてましたが音楽が始まらない。そこに上手に吉野ヘルが合いの手を入れて、やっと音楽が始まり元の流れへ。

 教授撃退シーンも、いつもに増して激しかった。吉野ヘルベルトは床に倒れこんで悶えてました。逃げ出すときの「父上~!」という台詞がよかったなあ。ヘルベルトはファザコンなのか?

 教授、そしてヘルベルトのアドリブ攻撃ですっかり消耗してしまった泉見アルフ。屋上へ行くシーンで、台詞がとんでしまいました。そこで客席はまた爆笑です。見ていて、アルフの頭の中が真っ白になったのがよくわかったから。フラフラしてましたもん。「もうヘトヘトです」という言葉に実感がこもってました。役の上ではなく、心底疲れきってました。とっさのことに対応しようと、頭をフル回転させたのですね。それがいくつもいくつも重なったから、パニック状態。アルフなんだか、泉見さんなんだか、その境界が限りなく曖昧になっていたのです。

 さんざん笑った後に、「プロフェッサーどこかへおいでか」という伯爵の歌。急に、ぱっと空気が変わりました。伯爵の見せる苛立ち、怒り。そして墓場シーンの、吸血鬼たちのダンス。永遠に生きるということがどんなことなのか、考えさせられました。

 『ダンス・オブ・ヴァンパイア』は何故、何度見ても飽きないのか。それは、シリアスであり、同時にコメディでもあるというバランスだと思います。シリアスなだけなら、見ていてせつなすぎる。かといって、笑ってばかりの舞台なら、すぐに飽きてしまう。

 生きるとはなにか、人生とはなにか、深く考えた次の瞬間、教授やアルフ、ヘルベルトのお気楽さに救われるのです。

 長くなりましたので続きは明日。

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