カリオストロは須臾の夢をみる

 須臾の夢って、どんな夢? そんな質問メールが祐一郎ファンの友達から送られてきた。添付されていたのは、例の色紙の画像である。

 帝国劇場で上演中の『マリー・アントワネット』の出演者が、それぞれ自由にメッセージを書いた色紙が、ロビーに飾ってあるのだ。山口さんは、「須臾の夢」と書いて、その横にサインを書いた。非常にシンプル。他には何の説明もない。

 い、今さらですか?と、ちょっと苦笑いしてしまう私。辞書引けばいいじゃん、と思いつつも「しばしの夢」という意味だよ。と返信した。その後で、いやいやこれは、単に言葉の意味を聞いてるんじゃなくて、山口さんが何を思ってそんな言葉を書いたのかという質問かな、と考え直す。

 言葉が長ければ情報量は多くなる。だけど、この「須臾の夢」という言葉が伝える映像、感覚は、その短い言葉に見合わないほどに、多いような気がする。

 単純といえば、単純なんだけど。

 役者も客も、一定時間、同じ場所で同じ夢をみるのだ。いろんな場所から帝劇を目指して集まり、そして幕が下りれば、また自分たちの世界へ帰っていく。儚い幻に一喜一憂して。ほんの一瞬だけ、同じ空間を共有する。

 厳密に言うと、同じ夢をみているとは限らない。同じ歌を耳にし、同じ役者を目の前にしても、客の心に映る景色は、少しずつ違うものになると思うので。それぞれがどんな夢をみているのか、それは本人にしかわからない。

 観劇って、とても贅沢なものだと思う。消えてしまうもののために、たくさんの人の労力が費やされる。終わった後に、形として残るなにかがあるわけではない。

 なにかは心の中に刻まれて、それは誰の目にも、本人でさえ見えないものだ。

 私は終演後のロビーで、人波に流されていくときの、なんとも言えない寂しさを「須臾の夢」という言葉から想像した。どんなに熱い感動があっても、その幻の中に生きている人は誰もいない。現実の生活がちゃんとあって、これから皆がそのリアルな世界へ帰っていくのだと思うと、言葉ではうまく言い表せないような、不思議な感慨に打たれる。

 「須臾の夢」と書いたのは、冷静な目を持ってるからだろうなと思った。演じている自分と、その世界を堪能する観客を、俯瞰して見ているもう一人の自分。幻に溺れることなく、ただじっと見てる。その心地よい冷たさが、山口祐一郎という人の魅力の一つなんだろうと、そんなことを思った。そしてその突き放したような目線が、カリオストロという役に重なっている。

 ふと思い出したのは、2006年クリスマスの日、カリオストロ伯が(いや山口祐一郎さんか)歌ったWhite Christmas の一節。もちろん全部歌ったわけではないが(それやったらコンサートになってしまう)、私は聴いた瞬間、泣いてしまった。

 その場にいたわけではなく、MAの公式ブログにアップされた動画を見ただけなのだが。

 鮮やかに広がったイメージ。カリオストロ伯が窓辺で降る雪を、ガラス越しに見てる。カリオストロはどうしようもなく一人で、だけどそれをどうこう、自分ではまったく頓着していなくて。

 ただただ、際限なく降り続く雪を眺め、そしてその向こうにある、温かな灯りや、笑い声や、七面鳥の匂いを感じてる。

 こんなに寂しいWhite Christmasを聴いたのは初めてだ、と思った。寂しさに頓着しないカリオストロ伯と、その真っ白な心を覗いたような気がして。映像のカリオストロは笑って手を振っているのに、その声が伝えてくる幻の映像(妄想しすぎか)(^^;の、どうしようもないせつなさ。

 山口さんはすごい役者だなあ、と思った。あの場に立っているカリオストロ伯の独りオーラの、なんと強いこと!!

 私が思わず涙してしまうほどに、冷気を孕んでいた。

 私は『マリー・アントワネット』という作品があまり好きではない。苦手だ。皆がバラバラに動いている気がするし、なによりも、あの作品の中でカリオストロは「要らない存在」にされているように思えてならない。

 今回演出をした方の構想には、そもそも、入っていなかったんじゃないだろうか。だけどキャスティングが先にあって、どうしても使わざるを得なくて、無理やりパズルにはめこんだら、こうなりました、みたいな居心地の悪さを感じる。

 でもカリオストロをもう少し主要な存在にして、彼の目からみたフランス革命、という描き方をしたら、カリオストロに操られる人間模様と運命をテーマにしたら、ハラハラドキドキ、胸の奥に響くような素敵な作品になったんではないかと、改めてそう思った。感性は人それぞれだから、私の見たい作品が万人に受けるものではないと、それはわかっているけれど。

 個人的な願望ではあるが、あの White Christmas を歌ったカリオストロが、存分に舞台で暴れまわるところを観たかったなあと、本当にそう思うのだ。

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