水仙の芳香に包まれて

 水仙と菜の花の花束をもらいました。部屋の中はすっかり春になっています。

 水仙は部屋に、菜の花は台所に飾りました。

 菜の花の明るい黄色は、キッチンの片隅がよく似合う。大量の水仙は、部屋で眺めていたいなあと思ったので、クリスタルの花瓶にざっくり生ける。

 ちょっと壮観。水仙をこんなに飾ったのは初めてのことかもしれない。

 そして部屋中に満ちる芳香!!

 正直、水仙をもらったときは「あんまり好きな花じゃないのになあ」なんて思ってしまったのも確かで。そもそも、水仙の匂いは苦手な部類だった。

 なのに、漂い始めたその香りを吸い込んだとたん、アレ?と頭の中をはてなマークが飛び交う。

 あれ、この香り、私好きかもしれない。なんだか落ち着く。いつまでも、その中にいたい気持ちになる。穏やかな、優しい気持ちになる。

 昔は苦手だった水仙に、これほど心癒されるとは。

 好みは一貫したものでなく、そのときそのとき、少しずつ変化していくものなのだなあと、感動を覚えたのでした。

 週末は、2つの展示会に出かけた。

 まずはウィリアム・モリス。モリスのデザインには心惹かれる。多くのデザイン画を残し、アーツ・アンド・クラフト運動の源となった人。東京都美術館で、「生活と芸術 アーツ&クラフツ展 ウィリアム・モリスから民芸まで」が開催されているというので、さっそく足を運んだ。

 これは、まず今回の宣伝のポスターがよかった。黒く、切り絵のような文字が「ARTS & CRAFTS」と、どーんと真ん中に描かれている。それだけでも、インパクトがあるのに、こんな言葉まで添えられている。

 「役にたたないもの、美しいと思わないものを家に置いてはならない。」

 この言葉を選んだセンスに、敬意を表する。まさにこれが、モリスを表現するにふさわしい言葉なんだろうなあ。

 

 日常の中に、芸術を取り入れようとするモリスの思想。手工芸のよさを訴え、大量生産で質の低下した製品を憂い、美を追求し続けた彼の思想は、うねりのように時を越え国を越え、広がっていった。

 身近にあるもの、いつも目に触れるものだからこそ、日常の品には気を配るべきなのかもしれないと思う。いかに自分の心が喜ぶものを、傍に置くか。毎日のことだからこそ、その品がその人を表し、生活を支配することにもなる。

 先月には汐留ミュージアムで開催された「アーツ・アンド・クラフツ展 −イギリス・アメリカ−」を見に行ったのだけど、このときに印象に残ったのは、「ローレライ」と題されたアルトゥス・ヴァン・ブリッグル作の小さな花瓶。色も地味だし、特別変わった形でもないのだが、よーく目を凝らしてみると浮かび上がるのだ。ローレライが。花瓶の表面に!

 花瓶の表面ある微妙な凹凸が、ローレライを表していて、一度それに気付くと、その繊細な表現にただただ、ため息をつくばかり。いろんな角度から、しげしげと眺めた。

 曲線だけでローレライを表現する。抽象的だからこそ、いくらでも美しい姿を想像することができるし、その瞬間ごとに違った像を描くことにもなる。

 花瓶の口を、ローレライの腕がちょうど、抱きしめたような形になっていた。本当はどうなのかわからないけど、私には二つの腕が、花瓶の縁に沿うような形に見えて、その曲線がいいなあと思った。

 こういう花瓶を、そっと飾ってみたい。

 誰も気付かないんだけど、実はローレライが宿っているという地味な花瓶。

 汐留ミュージアムで見た「アーツ・アンド・クラフツ展」では他にも、デザート用の小布(たぶん、食器の下に敷く布だと思う)がよかった。一見、なんの変哲もない白い布だけど、よく見ると僅かに色の違う、質の違う糸で、ちゃんと模様が織り込まれているという。

 デザートを出されたお客さんの、誰が気がつくのかな?とか、そんなことを想像するのも楽しい。

 東京都美術館の展示では、一番よかったのが、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティのステンドグラス。聖なる雰囲気に、身が清められるような心地がした。いつまでもそのステンドグラスを見上げていたいような、祈りを捧げたいような気持ちになった。

 週末、もう一つ出かけた展示会が、三井記念美術館の「三井家のおひなさま」である。私はお人形が好きなので、どんなお人形に出会えるのだろうと、かなりの期待をして出かけた。

 まずなにより、三井記念美術館の建物自体、雰囲気が抜群なのである。美術館は7階に位置しているのだが、そこへ向かうためのエレベーターが、レトロで素晴らしい。エレベーターの現在位置を知らせるのは、アナログの表示板。いざ扉が開き乗り込めば、なんと壁は木製。

 展示会場の、重厚な洋館の雰囲気。展示室1と2の、少し暗めの光の加減なども素敵だったなあ。

 おひなさまの展示室4は、他の部屋に比べて明るい照明だと思った。人形の顔や装束がよく見える配慮が嬉しい。お人形の展示、それもおひなさまは、やはり明るめが似合う。障子越しに差し込む春の陽光が、一番似合うお人形だもの。

 私が惹かれたお人形は、北三井家十代・高棟さんの最初の妻となった、貴登さんの内裏雛。古今雛の流れをくむというその顔立ちや、雰囲気がいいなあと。昔は、お嫁入りして最初に迎える桃の節句に、新妻のためにおひなさまを誂える風習があったのだという。女雛の宝冠、瓔珞が豪華だ。

 年表を見ると貴登さんは、17歳でお嫁入りしている。そして25歳で亡くなってしまう。どんな気持ちで、結婚式を迎えたのだろう。広いお屋敷の中、どんな気持ちで、この人形を見つめたのだろう。

 なんだかこの内裏雛には、貴登さんの心が残っているような気がして、不思議な気持ちになった。

 その他に心に残った人形は、風俗衣装人形の中の、「御殿女中」。細い目、凛とした佇まい、プライドが透けて見えるような、リアルな息遣いを感じた。黒の着物がきりりと美しい。うかつに手を伸ばせば、即座にぴしゃりと撥ねつけられそうな。

 この人形を真夜中に、お屋敷の廊下にそっと置いたなら。当たり前のように、すっすと歩き始めるかもしれないと思った。

 春はそこまで来ていて。ひなまつりに関連した展示があちこちで開かれているのが嬉しい。充実した週末を過ごすことができた。

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