『チーム・バチスタの栄光』海堂尊 著

『チーム・バチスタの栄光』海堂尊 著を読みました。以下、感想を書いていますが、ネタバレしていますので、未見の方はご注意ください。

面白かったです。主人公、田口公平のぼーっとした感じと、コンビを組む厚生労働省のお役人、白鳥圭輔の変人ぶりが、絶妙のバランス。

物語の舞台は、とある大学の付属病院。難しい心臓手術にも関わらず、驚異の成功率を誇ってきた、通称“チーム・バチスタ”という外科手術チーム。しかし立て続けに、3件の手術が失敗する事態が発生。果たしてそれは、医療過誤か殺人か。

病院長に内部調査を命じられた田口と、後から合流した白鳥が、事の真相を解明していく、というもの。

登場人物のキャラがそれぞれ際立っていて、ああ、こういう人いるよなあと、感心したり共感したり。

一番友達になりたいのは、白鳥さん。ずーっと一緒にいたら疲れるかもしれないけど、話してたらずいぶん楽しそう(^^)

高階病院長は、白鳥さんを「ロジカル・モンスター」と評したけれど、頭脳明晰、一刀両断の切り口は、読んでいて胸がスカっとしました。

人をどうやって分析するか。参考になります。

一対一で話すときに得られる情報と、二対一のときに得られる情報と、それぞれ違うんですねえ。

それと、わざと怒らせることで相手の、普段隠された一面を吐き出させるっていうのは、さすがだなあと。

とりつくろった仮面を上手に引き剥がし、沸点に達するぎりぎりのところに、うまくもっていくというその手法。

その人の本音というか、素の部分って、怒った瞬間に現れるものですもん。そりゃあ、普段の人間関係で白鳥さん的なことを日常的にやっていたら孤立してしまいそうですが、人の命がかかった内部調査。しかも時間がない、となれば。

白鳥さんの無駄のない采配ぶりは、お見事!の一言でした。

アクティブ・フェーズ、パッシブ・フェーズという、違った方向性からの切りこみは参考になります。普段の日常生活にも、応用できそうな気がする。

登場時は、厚労省の役人とはいえ、左遷で閑職ポストにまわされた冴えない人ということで、情けない感じが漂ってましたが。

実は、表と裏、両方の肩書きを持っていて。田口さんの前では「大臣官房秘書課付き」の方を名乗っていたのに、リスクマネジメント委員会の席上では、堂々と「中立的第三者機関設置推進準備室室長」を掲げる。そして、そこでの自己紹介も、田口さんの前とはまるで違う、その立場にふさわしい立派なもの。

ここら辺の切り替えがしびれますね。さすが!です。

映画『早春物語』で林隆三さんが演じていた役を思い出しました。あの映画の中で、林さんは知世ちゃんに、「クズ鉄の行商みたいなことをやってる」的なことを言って、まだ若い知世ちゃんは、「よくわからないけど大変そうだなあ」みたいな感じで同情するのですが。

いざ会社を訪ねてみると。実は大企業の役職付でびっくり、という。

白鳥さんて、最初はずいぶん、あまりにも攻撃的すぎるというか、直接的すぎるトークの人だなあと思ったけど。人を調査するときには、それが逆に、相手の安心感を勝ち得る武器になるような気がします。

私がもし調査対象者だったら。

変におべっかを使われるより、その方が気が楽かもしれない。

それに、社交辞令なしの本音トークなら、よけいな修飾語がない分、こちらも気を遣わなくて済む。妙なワンクッションをはさむことで、時間を無駄にすることもない。

相手が直球なら、こっちも直球でいい。その気楽さが、より多くの情報を集めることにつながるのでは?と思います。もしも直球に隠された意味もわからず、ただ腹を立てるだけの人なら、怒ることで平静を失って、より多くの情報を落とすことにもなるし。

白鳥さんのやり方は、調査方法としては効率的だなあと。

外部から来た人間だから、やれる手法ではあるのでしょうね。これ、その後もそこで働き続けるとなったら、やっぱり気まずいだろうなあ。短期の関わりで、いずれそこを去ることが決まっている人だからこそ、後くされなくやれるという。

そして、白鳥さんが攻撃的な分、ただ黙ってそこにいるだけの、田口さんの存在が生きてきます。ほっとする存在。暴走する人を、いざとなったら止めてくれるんじゃないかという、白鳥さんにとっても、調査対象者にとっても、ありがたい要の存在。

登場人物で気になった人と言えば、まず大友さん。

酒井さんと一緒に、白鳥さんの聞き取り調査を受けるわけですが。かなり厳しい白鳥さんの言葉に、大友さんが泣き出します。私は最初に読んだとき、白鳥さんひどすぎるなあと思ったのですが、「田口センセか酒井先生に守ってもらいたくて、泣いて見せただけ」という白鳥さんの言葉に、そう言われてみればその通りだろうなあ、と納得してしまいました。

泣くといっても、思わず涙がこぼれてしまったという状況ではなくて。もし大友さんに本当に、自責の念みたいなものがあったら、白鳥さんを恨めしく思いつつも、「確かに私が未熟な面がありました」と言ってるんじゃないかと。そして、少しでも事実の解明に役立つよう、自分にできる限りの情報提供は、してるんじゃないかなあと。

「私はこう思います」という自分なりの釈明みたいなものが、あまりなかったところに、大友さんの甘えを感じてしまいました。

大友さんの前任者、星野さんの才能のこと。

新しくチームを組んだばかりで、仕方ないとはいえ、場の雰囲気にあまり馴染めていなかったこと。

この辺は、つらいかもしれないけど、プロとして話すべきことだったような気がします。話してる途中に、つい涙してしまうのは仕方ないとはいえ。

ただ泣くだけ、というのはやっぱり、どこかで「慰められる自分」「かばってもらえる自分」を、期待してたところがあるのかなあ、なんて思いました。

誰が悪い、という責任のなすり合いではなく。今後に役立てようという真相究明の調査なのだから、自分にできる精一杯をやるのがプロではないかと。

そして私は、白鳥さんが酒井さんにはっきり、「うぬぼれがない分、垣谷先生の方が外科医として格上」と言いきったところに、激しく共感したのでした。

ああ、こういうのってすごく、わかる気がする。

あの人よりはまし、という変な優越感を持つよりも、自分より上の人を比較対象にして、上を目差せということですよね。

垣谷先生は、酒井先生と比べてどうこうなんて、そういう次元よりもっと高みにいて。尊敬する桐生先生と自分との比較にこそ、焦点を当ててる。だから、そもそも酒井先生がどうこうなんて、眼中にないのです。そんな比較など、なんの利益も生み出さないから、興味もないでしょう。

自分をよくわかっている、という点で、たしかに垣谷先生の方が上だと思いました。

桐生先生が、星野さんを採用した理由も、すごく共感しながら読みました。たしかに、技術や経験がある分、逆に使いづらいということもあるわけで。それは、白紙ではなく、すでに罫線が引かれたノートだからこその、抵抗がやりづらいということで。

白紙でも。その場ですぐに反応し、スポンジが水を吸収するように、早いスピードで成長できるものなら。完成形に近いノートより、製本前の、白紙の方が扱いやすいこともあるのだと。

ただ純粋に。疑問だの抵抗だの、そういうものを全部、横において。与えられた知識をあまさず、飲み込んでいく姿勢。それさえあれば、時間の経過とともに、経験者以上の結果を出すこともできるのだと知り、力付けられたような気分です。そうか。つまり、人間には無限の可能性があるということなんだよなあと。

やろうと思ったその瞬間から、成長が始まるのだから。

チーム・バチスタの中心、桐生先生と鳴海先生の関係については、そうだったのかーと驚きです。

苦しかっただろうなあと。二人とも。

思いやりが逆に、重い鎖になって絡み付いて。動けば動くほど、それが締まっていくような。でもどっちが可哀想かといえば、桐生先生の方かな? 桐生先生の立場だったら、自分から楽になる方法は選べないと思うので。

うーん。でもプロとしては、職業人としては、その判断でよかったのか?とは思いますが。つらくても、決断するときというのはあるわけで。優先順位を考えたら、自分がどれほど悩もうとも、やっぱり1位は決まってますもん。

この小説は映画化もドラマ化もされてますが。

映画化されたときの白鳥先生役が、阿部寛さんということを知って、ぴったりだと思いました。この変人、キテレツキャラの雰囲気に合ってます。阿部さんの、好奇心に踊る目だとか、そこはかとなく漂う自信が、白鳥さんそのものだと思いました。

映画版では、桐生先生の役を吉川晃司さんということで、これまたナイスキャスティングだなあと唸ってしまいます。自分では思いつかなかったけど、いいですねえ、この配役。桐生先生の、神経質そうな感じがよく出てる。それと、弱さ、脆さみたいなものを併せ持つ感じが、なんとも言えません。内面を、傲慢にならないよう配慮されつくした薄いプライドで、そっと覆った感じ?

ドラマだと、仲村トオルさんが白鳥先生をやったそうです。これはイメージ、ちょっと違うかな。仲村さんだと、まじめすぎる感じ。白鳥さんて、論理的に物事をズバズバ切り捨てるけれど、それが冷たくみえないのはオトボケキャラだからであって。仲村さんがそれをやってしまうと、かなり冷徹な人物に見えてしまうような気がします。あと、二枚目すぎるところがちょっと。

ちなみに、私が田辺先生のイメージだと思うのは、筒井道隆さんです。ぼーっとしていて頼りなさそうで。でも、肝心なところはちゃんと、わかってる人で。

扱うテーマは重いのですが、登場人物が魅力的で、ぐいぐい引き込まれる小説でした。あっという間に読了しました。

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