『永遠の仔』天童荒太 著 を読みました。以下、感想を書いていますが、ネタバレを含んでおりますので、未読の方はご注意ください。
以前、中谷美紀さんと渡部篤郎さんでドラマ化されていましたが。児童虐待という重いテーマだと聞いて見る気になれず、この原作も、評判を知りつつも手が出せないままでいました。
今回読んでみて、やっぱり何度も読み返すのはつらい本です。
ただ、伝わるメッセージはあるし、登場人物一人ひとりに、考えさせられるものがありました。
病院の児童精神科に入院していた3人の子供達が、物語の中心です。
看護婦になった久坂優希。当時のあだ名は、ルフィン。
弁護士になった笙一郎、あだ名はモウル。
警察官になった梁平、あだ名はジラフ。
この中で最後まで一番救われなかったのは、やっぱり笙一郎ですね。せめて優希と一緒に生きることができたならよかったのに、と思います。
笙一郎はかたときも優希を忘れたことはなかった17年だったのに。顔を合わせても優希は最初、彼だとわからなかった、というところが二人の温度の違いで。
それでも、優希を本当に救えるのは彼しかいなかったと思うし、笙一郎を本当に救えるのは優希だったのに、それを知らずに彼は行ってしまった、と思うのです。
自分は資格を失ってしまったから。
そう思いこんで、優希に思いを残しながらも、ずっと遠くから見守ることしかできなかった笙一郎が、せつなかったです。
第三者的な立場から見たら、あの岩場での実行犯が誰だったか、それは、笙一郎がそこまで思いつめるほどの重大な出来事ではないのですが。でも笙一郎がそれをとてもとても大事なもの、と思いこんでいた気持ちは、痛いほどわかるのです。
きっと彼は、大切な人と交わした約束を破られる悲しさを、誰よりも知っていたから。約束の重みを知る人だったからこそ、自分を責めて、責めて。優希の目に映る自分を恥じもしただろうし、そのことに彼女が傷ついただろうと、心を痛めたんだろうなと思います。
結局、再会後の優希が好きになるのは、ジラフではなくモウルでしたが。これは当たり前ですね。モウルはいつも、優希のために献身的でしたもん。ジラフはそこのところ、ちょっと自分本位だったかな。
ジラフがモウルと優希に嫉妬するところで、げんなりしました。
うーん。それは正直な気持ちではあるかもしれないけど、あからさまにするのはどうよ、と。これがモウルだったら、心中はともかくとして、決して自分の嫉妬心をあらわにはしなかっただろうし。まして、その嫉妬を相手に悟らせて、気持ちの負担になるようなことだけは、絶対に避けようとしただろうなあ。
二人を、ことに優希を幸せにすることが、モウルの望みだったろうから。
私は、モウルが優希を家に泊めたシーンが、印象に残っています。
もう本当に、痛々しいほど気を遣って、彼女をお姫さまのように大切に、大切にするのですよね。
彼女が家に泊まるんだから、ということで、自分は家を出て。
目覚めた頃に、着替えを持って現われて、それからまた出て行こうとして。
脱衣場で、モウルと優希が見つめ合うシーン。
優希の気持ちがわかるような気がしました。
なんでそこにモウルがいるのか、とか、そのときは、そんな疑問なんてきっと、全然なかっただろうな。認めてほしい、というただそれだけで。
ただ真っ直ぐに、ちゃんと見つめてくれればそれでよかったのに。モウルが目を落としたのを、見捨てられたように感じたと思う。
そしてモウルも。この辺の描写がとてもせつないですね。
混乱していた、というのも無理のない話で。「自分には資格がある」とモウルが思っていたなら、違う展開もあったと思うのですが。「資格がない」と思いこんでいるからこそ、モウルは優希に立ち向かえないのだと。
もちろん、傷つけるつもりなんて全然ない。むしろ、傷つけないために、自分は去らねばならないと思いこんでいる。
すれ違ってばかりの二人を、もどかしく感じました。
私は物語の中に登場する、奈緒子が嫌いですね。
ジラフがやったこともずいぶん大人げないと思うけど、そういう人を選んだのは自分の責任もあるんじゃないかなと。
無理やり一緒にいたわけじゃない。行為の結果がどんなものか、そんなことを知らないほど子供でもなかっただろうに。
奈緒子は寂しかったんだとは思います。だけど、だからって人を巻き込んじゃいけない。まして、あんなにひどい経験をしてきた、奈緒子よりよほど傷ついてるモウルに、罪を重ねさせるようなことをするなんて。
優希を憎むのも、筋違いな話だと思いました。
人の心がどう動こうと、それを思い通りにしようとするほうがおかしい。誰を好きになろうと、そんなものはその人の勝手なわけで。
ジラフの心に優希がいる。それが嫌なら、別れたほうがいいです。優希を好きなジラフを丸ごと受けとめられないなら、本当にジラフが好きじゃないんだと思う。
それに。きっとジラフは奈緒子を好きじゃないですね。
ただひとときの慰めというか、一人でいるよりもましな気分になれるから、一緒にいるんだと思う。
たとえ、少年時代の優希への思いをいつまでも大切に抱えていたとしても。奈緒子と本当に恋人同士なら、とっくに結婚していたでしょう。そうしないのは、奈緒子とは「違う」んだって、ジラフがわかっていたからだと思います。
奈緒子を見捨てられず、引きずられたモウルが可哀想でした。
奈緒子は電話でモウルを呼び出しましたが、そういうことをするのは本当に、卑怯です。呼び出すなら、同性の友達か、もしくはカウンセラーにかかるべきです。
最後。モウルが描いた結末は、モウルなりに最良の結末だったのかもしれません。もう抱えきれないほどのものを背負っているのがわかったから、私は他にどうすればよかったか、なんて思いつかないのです。
モウルはがんばったんだと思います。がんばってがんばって、それでももうどうしようもなかった。だから。
優希の気持ちに気付かず行ってしまったことだけ、残念でした。知っていたらきっと、すごくうれしそうに笑ったんだろうなと、思います。