『淳之介さんのこと』宮城まり子 著

『淳之介さんのこと』宮城まり子 著 を読みました。以下、感想を書いていますが、ネタバレしていますので未読の方はご注意ください。

吉行淳之介さんといえば、宮城まり子さん。私は吉行さんの本を読んだことはないのだけれど、その名前と、宮城まり子さんとのことは知っていた。

吉行さんと宮城さんは、ずっと事実上のパートナー状態だったとのこと。

奥さんがいるのに、そうした関係を長く続けるというのは、当事者間ではいろいろ複雑な事情があるんだろうなあ。

実は今回この本を読んだのは、以前、大塚英子さんの『「暗室」のなかで』を読んだことがきっかけだった。

この本の中で、大塚さんは吉行さんとは長いこと恋人同士であったと書いている。つまり吉行淳之介さんは、宮城さんと大塚さん、二人と同時にお付き合いしていたということになる。

大塚さんの本を読んだ後だからこそ、宮城さんの本を読んでみたかった。

大塚さんの本を読んだ限りでは、吉行さんの愛情は大塚さんだけに注がれていて、宮城さんとの関係は惰性(言い方は悪いけど)のようなものに思われたからだ。

大塚さんの本の中では、たしか「M女史」と表記されていた。嫉妬深く、怖い存在として描かれていたような。

M女史の激しさに疲れた吉行さんが、癒されるために訪れたのが大塚さんの部屋だったと、大塚さんはそんな風に書いていたような気がする。

(『「暗室」のなかで』の方は、読んだのが大分前なので、少し記憶があやふやです、すみません・・・)

それでは、宮城さんは吉行さんとのことをどう思っていたのだろう。

宮城さんからみた吉行さんの姿を、大塚さんとは違う視点で見てみたいなあと思い、『淳之介さんのこと』を読み始めたのです。

結果、驚きました。

宮城さんは、吉行さんの最後のときまで、相思相愛であったというふうに書いていたからです。

宮城さんの著書の中には、大塚さんの存在を匂わせるものはなにも、出てきませんでした。完全に黙殺です。存在を知らなかったとは思いませんが、敢えて触れなかったのかなあと思いました。そこには、同じ男性の愛情をめぐる、無言のバトルを感じましたね。

大塚さんの本を読む限りでは、吉行さんが本当に愛していたのは大塚さんだし。

宮城さんの本を読む限りでは、吉行さんが本当に愛していたのは宮城さんだし。

私には、どちらも真実だと、そう思えました。視点が違うだけなんですよね。きっと吉行さん自身、二人の女性のそれぞれの個性を、それぞれに愛していたんじゃないかと、そう思うのです。

大塚さんの前では、吉行さんは宮城さんのことを怖い存在のように言っていたみたいですが、それは本当でもあり、嘘でもあって。

両方真実なんだなあと。

恋人として愛おしく思う反面、束縛されれば煩いだろうし。

ずるいといえば、ずるいですね。愚痴をいいつつ、でもその人の元へ、戻っていったわけですから。関係を断ち切らずに。

宮城さんは、正式な妻ではないという立場を割り切っている人なのかなあと勝手に想像していましたが、それは違ったようです。

本の中では、「私が必要、どっちが必要」などと、何度も迫った過去があると書いていました。

これはちょっと意外だった。そうかー、やっぱり正式な結婚を望んでいたんだなあ。そりゃあ、世間体は悪いですし、やっぱり2番目の存在である、というのは自尊心が傷つきますよね。

でも、結局、入籍することはできなかった。ならば2番目の存在であってもいいから、傍にいたかった。それだけ好きだった、ということなんでしょう。

吉行さんが癌になり病院に入院したとき、寄り添っていたのは宮城さんだった。奥さんのことは書いてなかったけれど、宮城さんの著書を読む限りでは、宮城さんがまるで本当の妻のように、医師との話し合いや付き添いをしたらしい。

自分が弱ったとき、最後のときを一緒に過ごした人・・・やはり、宮城さんとは、強いつながりがあったんだなあと感じました。

でも、大塚さんに対しての愛情も、あったでしょうね。別の種類の。

それは、吉行さんが大塚さんを、家族というよりも恋人として、女性としてだけ見ていたからではないでしょうか。カッコいいところだけを見せたかった美学、みたいな。

大塚さんにはすべてを見せているようでも、実際、彼女には見せなかった深い部分が、あったのかもしれません。最後、病院で宮城さんと過ごしたのは、そういうことかなあって思いました。

元気にしている間だけ、会おう。重い病気で入院などしてしまえば、会えなくなる。その日はいつ来るかわからない。だからこそ、二人が会える今この瞬間を、最高に楽しもう、みたいな。大塚さんとは、甘い恋人同士としての期間が、延々と続く。そこには生活の匂いなんてないわけで。

大塚さんはホステスの仕事をやめ、社会とほとんど関わりを持つことなく、ただ吉行さんの訪れを待つだけの生活を送りました。

いつでも自分だけを待っていてくれる存在がある、安らげる場所がある、というのは、吉行さんにとっては天国だったろうなあと思うのです。通常なら、「あなたが世界のすべて」という恋人の存在は、次第に重くなるものと思いますが、吉行さんの場合は、重さを感じたときにはフラっと出て行けばいいわけで。そしてまた、戻りたければ戻ればいいわけで。

そういう存在の女性がいる。小さな暗室で、ただただ自分を待っている存在がある。しかもその人は、嫌なことなんて言わない、とくれば、これほどの幸福はないでしょうね。

傍からみれば、まさに「都合のいい女」状態なんですけどね(^^; それでも大塚さんは、どんな立場でも構わない。一緒に居られるならそれで幸せ・・・と感じたのでしょうから、吉行さん、モテモテだなあ。

宮城さんも大塚さんも、自分こそが彼に一番愛されたと思っているし、それぞれの心の中でそれは真実なのだろうなあと、そう思ったのでした。

ところで、本妻の方も、吉行さんとの日々を綴った本を出版されているそうです。興味が出てきました。

本妻の方から見た吉行さんは、どんな方だったんでしょうね。

そして、なんと大塚さん以外にも、自分も愛人であったと名乗り出た方がもう一人いて、その方も本を出しているそうです。

すごい。吉行さんの周りには、4人の女性がいたんですね。そしてみんな、自分の言葉で、本を出しているとは。

愛人・・・。嫌な響きの言葉ですけど。それでも構わないと思えるほどの、魅力がある人だったんでしょうね。

昔ラジオでよく流れていた曲を思い出しました。愛人の心境を歌った歌です。「眠れぬ夜に泣いてしまうの・・・・」から始まる曲。全然ヒットしなかったけど、ある時期、しょっちゅう流れていました。

愛人かあ。

自分だったら、絶対嫌です(^^;

嫌というか、冷めてしまうと思いますね。相手が別の人を好きだとわかったら、一気に。

たとえ2番目以降の存在であってもいいから離れたくない、という気持ちは正直わからないです。

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