月影先生の片思い

『ガラスの仮面』美内すずえ著 の月影先生について、思ったことを書いてみたいと思います。ネタバレ含んでおりますので、未読の方はご注意ください。

久しぶりに1巻から読み返してみて気付いたことがあります。

それは、あれほど「魂のかたわれ」を連呼していた月影先生、実は片思いだったんじゃ? という疑問です。

驚きでした。

梅の谷でのお稽古とか、そういったところで何度も語られた尾崎一蓮と月影千草の絆。

でも、冷静に事実だけを見ていくと、これ意外に月影先生の片思いだったような気がする(^^;

尾崎一蓮は元々、資産家の息子。月光座で台本や演出を手掛けているお坊ちゃん。

7歳の千津(月影先生)を、スリの親方のもとから助け出し、育てていきます。

月影先生はその劇団で女優となり、一蓮のことを好きになるのですが。

どうなんでしょうねえ。漫画の中では、一蓮が月影先生を好きだっていう感情が、伝わってこないんですよ。

一蓮が月影先生に抱いたのは、あくまで「女優に対しての愛情」だったような。

思いを募らせていくのは月影先生だけで、一蓮は案外、マイホームパパだったんじゃないかなあ。

漫画の中では、一蓮が月影先生に抱く思いは、常に月影先生目線で語られているような。

月影先生が必死になって、「あの人はねえ、私のことが好きだったのよ。私の才能を見出し、育てたのは一蓮。私たちは二人で一つ。二人だったからこそ最高傑作の紅天女を生み出すことができた。私たちは運命のカップル」と、一人で力説しているようなイメージがあります。

当の一蓮は、どうだったんでしょう?

私が感じたのは、一蓮は月影先生に引きずられたんじゃないかなーと。

最初に千津(月影先生)を拾ったのは、単なる同情で。優しい人だったんだと思う。目の前の女の子を見捨てることができなかった。お坊ちゃん育ちでおっとりした、いい人だったんだろうなあと想像します。

その子が思いがけず女優の才能を発揮し、美しく成長し、自分に抱いた恋心を隠そうともせずに一途な瞳で迫ってきたら?

月影先生がいたからこそ、紅天女の構想が生まれたのは確かだと思うし、月影先生がいたからこそ、紅天女の舞台が成功し話題をよんだ、そこに異論はありません。

だけど本当に二人が思いを同じくしたなら、一蓮はもっと早い段階で家族を捨ててでも月影先生と生きたのではないか、と私は思うのです。あの名作、紅天女を作りあげてしまったなら、ね。

それに、やっと巡り会えた魂の半身だと言うのなら、初めて結ばれた翌朝に自殺することは、ありえないと思うのです。自殺の事実だけでも、私は二人が本当には相思相愛ではなかったと、確信してしまう。

一人とり残された月影先生の悲しみは、そのまま紅天女への執着へつながるのでしょうが。

妄執のように、「一蓮に愛された私。二人で創った共同作品」にこだわり続けるのは、どこかで自信がないからでは? と想像してしまいます。

以下、一蓮の言葉です。

>紅天女が演れるのはきみだけだ 千草・・・

>忘れないでおくれ千草 きみが演じるとき ぼくの魂は生かされる

>きみはぼくの 魂の表現者だ

うーん。これ、月影先生に囁いた愛の言葉というよりも。

演劇の世界にどっぷりつかった芸術家が、自らの理想とする作品、女優を得て、至福の境地でつぶやいた本音、という気がするのです。そこに、月影先生個人への愛は感じない。

そこにあるのはあくまでも、紅天女を演じる女優への賛美、感嘆であり。

個人的な恋愛感情など感じないのです。

両者のすれ違う心。そんな、いわく付きの作品だからこそ、速水さんの義父、英介も魅入られたのかもしれません。

月影千草の演じる紅天女に恋し、そのためだけに大都芸能を立ち上げた人。

彼が本当に追い求めたものは、舞台の上の幻の女性。

英介は紅天女の上演権を手に入れ、大都芸能で思い通りに上演することを夢見ていますが、これはむなしい願いですね。上演権を手に入れることは不可能ではないけれど、月影先生はもう、昔の月影千草ではない。

マヤ、もしくは亜弓さんがどんなに素晴らしい紅天女の世界を創り上げても、それは英介が夢見たあの日の舞台とは、全然違うものでしかないわけですよね・・・。

いつか、長年の思いが叶う日が来て。劇場の一番いい席に座って、最高のスタッフで、役者で、紅天女の再演を見たとしても。それはもはや、別の次元での紅天女。

英介の心の中にしまわれた幻の作品を、再現することは不可能だと思います。

やればやるほど、あの日見たものとの違いが、不快な棘のように胸を刺すのではないでしょうか。

そのときこそ、彼は探し求めたものが霞であったと気付き、茫然と立ち尽くすのでしょうか。それまでの遥かな道のりが、すべて無駄な努力であったとわかった日の絶望は、どれほど深いものか想像もつきません。

真澄と英介は、親子二代で紅天女にとりつかれてしまうわけですが。

今後マヤと真澄がどうなるか、それによって英介も救われるんじゃないかなあと、そう考えています。

紅天女の上演権で救われるのではなくて。

真澄はもう一人の英介。英介にとって真澄は、時を遡り、もう一度紅天女に出会った、若き日の自分そのものだから。

『ガラスの仮面』の世界から、目が離せません。

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