『THE SNOW GOOSE』PAUL GALLICO 著 感想

『THE SNOW GOOSE』PAUL GALLICO 著を読みました。以下、感想を書いていますが、ネタばれしていますので未読の方はご注意ください。

(原書を読みました。そのため、日本語訳は私が勝手につけたので、間違っている可能性があります。もし変なところがあれば、すみません)

先日ブログで『七つの人形の恋物語』の話を書いてから、どうもポール・ギャリコが気になって仕方なかった。ということで、彼の代表作でもある『THE SNOW GOOSE』を読んでみました。

読後感・・・やっぱり、どんより・・・でした(^^;
何とも言えない重苦しさ。『七つの人形の恋物語』に似た、やりきれなさがあります。

ひっそりと人目を避けるように、寂れた灯台で暮らし始めた絵描きのラヤダー。決して人間嫌いではないのに、その外見は他の人にはなかなか受け入れられず。十分に傷付いて、ひとりきりの静かな生活を選んだ彼の元に、怪我したハクガン(白雁)を抱えて現れた少女、フリス。

人間が好きなのに、誰からも受け入れられなかったラヤダーが、初めて見出した希望の光。そりゃあ、期待しちゃうでしょう。すがっちゃうでしょう。だって、それしかないんだもの。
たった一人、たとえハクガンを通じてだけの交流であっても。フリスの存在はどんなにか、ラヤダーの慰めになったのだろうかと思います。

そして、彼は、期待してしまう。ああ、このへんの流れは、読んでいて胸が痛かったです。
無理もない。好きになっちゃうよね・・・。

でも、さよならの日は、予告もなくやってくるのです。

私は、この物語のクライマックスは、フリスがラヤダーの秘めた思いに初めて気付いた日、ではないかと思いました。

渡り鳥のハクガンが、渡り鳥でなくなった日。ラヤダーのいる灯台を、自分の住処と定めた日。

ラヤダーは、震える声で言うんですよ。「彼女はここにいる、もうどこにも行かない。迷子のお姫様はもう、迷わない。ここが彼女の家なんだ-それが、彼女の本当の気持ちだ」と。

“Free will” という単語を、私は「本当の気持ち」だと訳して読みましたが。Free という言葉からは、「誰かに強制されたわけでも、同情からでもない、素直な本音の部分で、どうか僕を愛してほしい」というせつない叫びが浮かびあがってきますね。

渡り鳥が灯台に滞在する期間だけ、ラヤダーの元を訪れていたフリス。ラヤダーのいう「彼女」が、鳥ではなく、実は「フリス」を指しているのは明らかです。

渡り鳥は、灯台を住処に定めた。ねえ、君はどうするの? ハクガンの居る場所が君のいる場所なら、もうどこへも行かないよね? ずっと一緒にいてくれるよね? と。

以下の文からは、緊張感が伝わってきます。

>The spell the bird had girt about her was broken, and Frith was suddenly conscious of the fact that she was frightened, and the things that frightened her were in Rhayader’s eyes – the longing and the loneliness and the deep, welling, unspoken things that lay in and behind them as he turned them upon her.

( 鳥のかけた魔法は解けた。フリスは不意に、気付いてしまう。自分は怯えているのだと・・・。それは、ラヤダーの瞳の中にある。憧れ、寂しさ、そして深く、湧き上がる、言葉にならない思い。その瞳の、奥にあるもの。フリスをみつめる、ラヤダーの瞳。)

最後の as he turned them の them は、Rhayader’s eyes を指すと考えていいのかなあ。ここはちょっと自信ないですが。

息詰まる瞬間をとらえた文章ですね。読んでいて、苦しくなってしまった。まるで自分が答えを迫られているようで。
自分がフリスだったら、たぶんこの緊張感には耐えられない。この段階でもう、何も言わずにすぐ、逃げだしているかもしれない(^^;

決断を迫るラヤダーに、フリスは逡巡し、二人の間には言葉にならない応酬があります。
言葉にならなくても、十分にわかりあえてしまう沈黙。だからこそ残酷で、ごまかしがきかない。

>I – I must go. Good-bye. I be glad the – the Princess will stay. You’ll not be so alone now.

(私・・・私行かなくちゃ。さよなら。鳥がどこにもいかなくて、よかったですね。もう、寂しくなんてないですね)

いやー、言っちゃいました。あっさりバッサリ、期待の余地なんて、寸分も残さずに、ぶったぎっちゃいましたよ、フリス。

鳥じゃないのにね。いや、鳥も好きだろうけどさ、本当に居てほしかったのはフリスだってこと、ラヤダーもフリスもわかりすぎるくらいわかってるのに。

まるで気付かない振りをして、フリスは別れを告げちゃうのです。もうこの瞬間、ラヤダーはがっくり膝をついてると思う、心の中で。見事に、見事に断られちゃったよって・・・。

そのまま駆けだすフリス。
そうだね。そのままそこに居れば、二人ともつらいだけだ。ラヤダーの反応や返事を待たなかったのは、せめてもの救いかもしれない。

そして三週間あまり後に、再び灯台を訪れたフリスが見たものは、捕われた兵士を助けるために、ボートで出発しようとするラヤダー。
激しい戦火の中へ飛び込むことは、すなわち死を意味するわけで。

そうなって初めて、「一緒に行くわ」とか言っちゃうフリス・・・。
嘘つき・・・って思ってしまったのは、私の心が汚れているせいなのか(^^;

フリスは、ラヤダーを愛していないと思いました。
年上の、仲のいいお友達としての気持ちはあっても。そこに、恋人としての愛情はない。
でも、ラヤダーが求めているものは、その、まさにない、幻のもの。

たぶんラヤダーも、三週間前のあの日までは、期待してた。もしかしたら、ほんのかけらほどの、可能性があるんじゃないかと。でもそれが完全にないとわかったとき、覚悟は決まったんじゃないでしょうか。

私にはラヤダーが、あの日から、死ぬ理由と死に場所を、探していたように思えました。

>For once – for once I can be a man and play my part

(唯一つ、たったひとつ、僕が人として役に立てることなんだ)

ラヤダーの悲しみ。もうこうするしか、なかったという静かな諦め。

「戻るまで、鳥の世話を頼むよ」とフリスには言ったけれど。戻れる可能性などないことを、ラヤダーは知っていたと思う。

「無事でいて」と、フリスに見送られて旅立てたことは、思いがけない幸せだったのかもしれない。もう二度と会うことはない、と考えていただろうから。

この小説の後半には、ラヤダーの死を告げるように戻ってきたハクガン(ラヤダーの分身でもあると思う)に、フリスが思わず心の中で、「愛してる」と叫んでしまうシーンもあるのですが。

私はこの言葉を、とても複雑な気持ちで噛み締めていました。

ひねくれた見方かもしれない。だけどフリスは、女性としての感傷で、そう言っているようにしか思えなかった。自覚はないかもしれないけど・・・フリスは自分でもそう思いこんでいるのかもしれないけど、でもそれって、ラヤダーの求めた「愛」じゃないような気がする。

異性としての愛を求めたラヤダーに対し、フリスは、人としての愛で、応えようとしているような。優しいけど、でも、それじゃないんだよなあ、きっと。ラヤダーの求めるものは。たぶん。

まあ、間違ってはいないかもしれないけど。愛してるって言葉には、いろんな意味があるわけで。

あのとき。渡り鳥のハクガンが、ラヤダーの元に住処を定めたとき。ハクガンを通して、精一杯の愛の告白をした彼の思いは、ついに届くことはなかったんだなあ、と、そう思ってしまいました。あのときのフリスの描写が示すものは、つまりそういうことだったのだと。

ラスト。灯台が破壊され、全てが海に還っていく寂寞感。その光景は、とても美しいと感じました。
ラヤダーの見えない手が、そっとフリスの背中を押しているようにも思えました。思い出に、いつまでも捕われる必要はないのだと。
生きているフリスには、生きている時間が流れていく。

不思議な余韻の残る、小説でした。

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