先月、人生始まって以来、16回目の引越しをしました。
決して、引越しが趣味なのではありません(^-^;
いつも何かしら理由ができるのですが、それにしても16回目の今回は。なんというか、人生ってどこまでが自由なんだろう、とか考えさせられる機会でした。
運命っていうんですかね。
もちろん、人は、その場にとどまっている方が楽だと思うのです。昨日も今日も明日も、変わらない生活を送るでしょう。何事もなければ。
今回の引越しは、隣接する部屋の住人が原因でした。最初は、騒音から始まりまして。しばらく我慢していたのですが、とにかくひどくて。
こちらが窓を閉め切っていても、真夜中にベランダで大声で携帯を使うのです。話の内容は丸聞こえで、しかも、その内容は、聞くに堪えないもので。
部屋の借主は若い女性のようでしたが、入れ替わり立ち替わり、さまざまな男性が部屋を出入りし、大騒ぎです。
ある早朝、聞きたくない声を耳にした私はとうとう、昼間になって管理会社に電話をしました。すると、社員さんは平謝りでした。(後日、担当さんと話したところ、私以外の部屋からも、同じようなたくさんの苦情電話があったということです)
管理会社は部屋の住人に注意をすると言ってくれましたが、騒音は一向に収まらず。
やがて、一部屋、また一部屋と。その騒音主の部屋に隣接する人たちが、引越していきました。
それでも私はまだ、迷っていました。
もう少し我慢しようか・・・もしかしたら、そのうち収まるかもしれないし、と。
しかし、そのうちしゃれにならない事態になりました。問題の部屋で事件がおこり、パトカーがやってきたのです。その事件が起こった時、部屋にいたのは借主である女性ではなく、男性(元彼?)でした。
その後、なんとその男性は、部屋に住みついてしまったらしく。彼は夜になるとベランダで携帯電話をかけ、友人にその顛末を語っていました。
その他にも、この騒音主の部屋にはいろんなことがありまして。
さすがに私も、部屋の出入りに危険を感じるようになりました。その部屋に住んでいるのが、まともな人でないのはよくわかったので・・・。
騒音主の周りの部屋は、次々と空室になりました。
私もついに引越しを決意し、管理会社に退室を申し入れました。電話でまずその旨を告げると、社員さんは「あの・・・やっぱりあの部屋が原因ですか?」と。
周りの空室は、みんな騒音主の部屋が原因だったそうです。
申し訳ありません、と社員さんは謝ってくれましたが。このまま部屋に住むのは気持ち悪すぎて、私には退室以外の選択肢はありませんでした。
空室が多くなれば、ますます不気味さは増します。
他の部屋が空室になったことで、そのとき私は唯一、騒音主の部屋に隣接する住人になっていました。
なにかあったら嫌だなあ。でも、うちの部屋と接してる反対側のお隣さんは普通のサラリーマンぽいし、その人がいればまだ、少しは安心か・・・なんて一時は思っていたのですが。ある日、そのサラリーマンは私より先にあっさり引越して行きました。(;ω;) 彼もまた、騒音主の尋常ではないありさまに、恐怖を感じたのだと思われます。
そして、私自身も、引越しするまで気が気じゃなかったです。引越しが完了する日まで、緊張の日々が続きました。
引越してほっとした今、新しいカーテンなどを眺めながら思うわけです。人はどこまで、自由なんだろうと。
何事もなければ、たぶん私は当分、あそこに住み続けていただろうなあと。だけど、引越しをせざるをえなかった。そこには何か、運命というか、「今、引越しなさい」という流れのようなものを感じるのです。
私は、あの場所に居続けることができなかった。そこに、自由はなかった。引越す方向へ、動かざるをえなかった、ということで。
引越した後、引越し先のご近所さんが偶然、花束のおすそ分けをくれたことも、なんだか運命に祝福された印のような気がしてきました(゚▽゚*) それでよかったんだよって。
だって、花束のおすそ分けって、めったにあることじゃないと思うから。
いろいろあるけれど、運命ってある程度、流れが決まってるのかなあと。そんな気がしなくもない出来事でした。逆らおうとしても、決まった流れに戻るまで、これでもかこれでもかと修正されるような。抵抗するだけ、無駄なのかもしれない。
むしろ運命には、ゆったりした気持ちで身をゆだねたほうが、無駄に傷付かなくてすむような気がしてきました。
新しい場所に住むことで。なにかが始まるのかもしれません。