『交響曲第五番第四楽章』マーラー 感想

 今日、マーラーの交響曲第五番、第四楽章を聴いた。CMに使われていたその曲が耳に入ってきた途端、私の脳裏に、熱い夏の一日がよみがえった。

 メキシコをテーマにした屋台が、ずらっと建ち並んだ一画。暑くて、乾燥していて、赤茶けた大地のイメージ。サボテン。どこまでも続く砂漠。

 20年以上前のアメリカだ。全く前後を覚えていない。なぜそこに立ち寄ったのかも不明。観光バスに乗って、途中休憩で立ち寄ったどこかの、観光お土産売場?

 私が覚えているのは、その日の空気の暑さ。温室の中にいるような、もわっとした熱気がどこにいってもつきまとった。白い簡易テントの波。

 通路をゆっくりと歩いていくと、異国の人が、異国の言葉でしきりに、商品を勧めた。手にはさまざまな土産物を持ち、私には理解できない言葉でなにか話しかけてくる。革でつくった製品が多かったように思う。

 私は展示された商品を眺めて歩いたが、特別買いたいものもなかったので、足をとめることはなかった。そしてそのとき、心の奥底から、強烈に湧き上がってきた気持ちがあった。

 「もう二度と、この場所に来ることはない」

 それは、言葉というよりも、イメージだった。せつない感情が、体中にあふれた。

 今日、マーラーの交響曲第五番、第四楽章は、一瞬で私をその日のその瞬間に引き戻した。

 「この場所に、二度と帰ることはない」

 それは、とても寂しい感情だった。なぜ不意にそんなことを思ったのか、まったく謎である。自分の知らないところで、コントロール不能な原始的な思いが、ふっとこみあげたのである。

 当時の私は、不思議に思ったものだ。

 なんでこんなこと思うんだろう。そりゃあ、また来る可能性は低いかもしれないけど、ゼロではないのに。それに、二度と来ない可能性なんて、他の場所だって同じことなのに。どうしてこういう、なんてことないテントの土産物を眺めて、こんな気持ちになっちゃうんだろう。

 それはとても強い感情の波で。私はその波に揺られながらその日の空気を全身で感じていた。

 時を超えて。音楽によってぐいっと、その日の気持ちを、また体感してしまった。

 なんだろうなあ。あの場所はいったい、どこだったのか。二度と戻れないというのは本当だろうか。生きて、同じ時代にいるのだから、物理的な距離など、その気になればいくらでも壊せるのに。

 あの、強制的な感情の波はなんだったのだろうか。こちらの意志とは無関係に、のみこまれてしまった。あんな風に、あれほどの強い思いが、勝手に奥底から湧き上がってくるなんて。

 暑い空気。赤茶けた土。サボテン。荒野。白いテント。浅黒い肌の売り子。不思議な言葉。革細工。

 マーラーの曲に呼び起こされた記憶に、しみじみと浸った。
 音楽の力は、時に、時間までもねじまげることができるらしい。あの日、あのとき、あの場所に。

 たしかに今のところ、私はあの場所を再訪してはいない。けれど、記憶の中にはしっかりしまいこまれている、その映像と暑さ、あの日の気持ち。

 音楽の力は、凄いな。 

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