このところ、寝る前によく、目を閉じて頭の中で口ずさむフレーズ。『オペラ座の怪人』です。
>Insolent boy! This slave of fashon, basking in your glory!
>Ignorant fool! This brave young suitor, sharing in my triumph!
歌というか、ミュージカルの一節なんですが。
このフレーズ、かなり好きなのです。
劇団四季だと、こんな風に日本語に訳されてます。
>私の宝物に手を出す奴
>無礼な若造め 愚か者め
この翻訳のセンスには感嘆します。歌詞をちゃんとメロディに乗せて、かつ簡潔に原詩を変換、そして不自然にみえない、というのは。
元の英文のように、全てもれなく韻を踏んで、というのは無理でしたが。でもちゃんと、「若造め」「愚か者め」って少なくとも一か所は、対比させてるところが聞いていて心地いいです。
「私の宝物に手を出す奴」って、ファントムが激怒しちゃってるところがなんとも微笑ましい。いや、こんなこと言っちゃったら、さらにファントムには激怒されそうですが。でも、なんだか可愛いとすら思ってしまう。嫉妬まるだしすぎて。
私の宝物、だなんて表現は。中学生の初恋っぽくていいですね。
たぶん、本当に慎重に慎重に歩み寄って。払いのけられる怖さにおののきながら、それでも情熱に突き動かされて、クリスティーヌを追い求め。
師という立場で、重々しく、彼女を歌姫へと導いたのに。
あっさり、恋敵ラウルの登場で、大人の仮面が剥がれおちるから。
もうね、言ってることが中学生、というか、小学生の喧嘩みたいなんですもん。
以下、私が想像したファントムの心の声(* ̄ー ̄*)
☆おい、お前。冗談じゃねえっつーの。
☆俺がどれだけあの娘を大事に見守ってきたか、お前わかってんのかよ。
☆今日の舞台の成功も、俺が裏で動いた結果なんだぜ。
☆それを、いきなり来たお前が、大胆にもデートに連れ出すなんて、どんだけずうずうしいかっていう話よ。あん?
☆ぽっと出が、いきがってんじゃねーよ。
☆どこの貴族のおぼっちゃんか知らねえけどよ、身の程を知れっつーの。
☆今日の成功は、俺とあの娘のもんであって、お前なんかが首つっこむ権利、まったくないんだからな。
ああ、ファントム。素直すぎて、なんとも言えません。
なんだかね、きっとラウルのしたことは全部。鏡のように。ファントムのやりたかったことなんだろうなあって思います。
もっと早く。なんのためらいもなく、クリスティーヌに惹かれたなら素直に彼女の手をとり、誘いたかったんだろうなあ。
しかめつらした、教師の顔なんていう途中経過を、すっ飛ばして。
私は、insolent という単語を、この歌で覚えました。だから、なにか英文を読んでいて insolent と出てくると、いつもこの、insolent boy を思い出します。ファントムの、悔しさがにじみ出た歌。
boy ってところがまた、いいのです。ファントムは、若さにも嫉妬してると思います。若さは、可能性ですから。(そう。五代君もめぞん一刻で言ってました。)
本来、クリスティーヌの相手は、boy でちょうどいいんです。だって、クリスティーヌは girl だから。どうみても、woman って感じではないなあ。
girl が 見目麗しい幼馴染の boy に再会した。二人はたちまち時を超え、惹かれあった。
ファントムが歯ぎしりするのも無理ありません。それだけ二人はお似合いだったし、傍目にも、心は通じ合っていたのでしょう。
ただ、ファントムにしてみたら、最悪のタイミングです。ようやく一歩、クリスティーヌに近付けた夜だったから。彼女のために設定した舞台。初めての成功。二人だけの秘密。
それが、そのまま他の男への再会へのきっかけになってしまったのですから。
それにね。最大の弱点。ファントムはクリスティーヌの前に、姿を表すことをためらっていた。たとえ顔を仮面で隠していても。自分の醜さが彼女をおびえさせ、二人の関係はたちまち破綻するのではないかと怯えていた。それなのに、いきなり現れた若い男は、クリスティーヌを夢中にさせる容姿を備え、しかも自信に満ちている。彼女に拒絶される不安など、みじんもみせない。その自信も、さぞかし、ファントムのコンプレックスを刺激したことでしょう。堂々たる求愛。ファントムには、できなかったことだったから。
その刺激が、ファントムを動かすエネルギーになったのには、感慨を覚えます。運命の糸は繋がっていて。ひとつの模様が、また次の模様を織りなす。決して、断片ではない。
もしもこの日、ラウルが現われなかったら。
きっとファントムは鏡の向こうに、クリスティーヌを誘わなかっただろうなあ、なんて思うのです。
舞台が成功して、クリスティーヌに感謝され。ますます尊敬の念を向けられて。そしたらファントムはきっと照れながら。もしかして彼女の手をとりたい、もう少し距離を縮めたい、なんて思いながらも。
いやいや、待て待て。もう少し。ゆっくり時間をかけて、近付いた方がいい。あせればこれまでの良好な関係を、壊してしまうことになるかもしれない。多くを望めば、失うかもしれない、と。
逆に慎重になっただろうなあと想像します。
でも、吹っ飛んじゃったんですね、たぶん。ラウルが現れたものだから、怒りが臆病を凌駕しちゃったわけです。あんな奴にあっさりかっさらわれるくらいなら、自分が連れていく、と。少なくとも勝利の夜、彼女と祝杯をあげる権利があるのは、ラウルではなく自分の方なのだと。
鏡の向こうの世界。地下のファントム帝国へ、初めてクリスティーヌを連れていく決心ができたのは、皮肉にもラウルの登場があったからこそ、だと思いました。
自分にはない fashion の世界の住人であるラウル。恐れることなく、あっさりsuitor になり得たラウル。そんな彼をみつめるファントムの胸中は、いかばかりでありましょう。
クリスティーヌを思うあまり、あと一歩が踏み出せなかったファントムの、背中を押したのはラウルだったのだと、そう思います。
>basking in your glory
この your glory は、クリスティーヌの舞台での成功を表していると考えたのですが、違うのかなあ。your は、クリスティーヌを指すと思ったのですが。
でも、ネットで、ラウル自身の栄華を示すような訳をみたので、はっとしました。
たしかに、これってラウルに向かって言っている言葉なら、そうなりますね。「お前」=「ラウル」になる。
でも、私はなんとなく、ファントムがラウルだけでなく、ラウルとその横にいるクリスティーヌ、2人に向かって呟いているようにも、思えたんです。
若造め、こしゃくな、と怒っているのは確かに、ラウルに向かって、ですけれども。
そのすぐ後で、クリスティーヌに向かい、「可愛いクリスティーヌよ、奴(ラウル)は、お前さんの栄光に酔いしれておるよ」と、寂しく、困ったように、けれど彼女自身には聞こえないくらいの小さな声で、甘えるように訴えているイメージです。
ラウルには憤怒の形相で。
クリスティーヌには雨に濡れた子犬の目線で。
あくまで、イメージですが。
やれやれ、困った若造だ、と肩をすくめてみせるファントム。心中の怒りを抑えて、少しはクールに振る舞って、クリスティーヌの方をちらりと見たりして。同意を求める視線で。
あからさまな憤怒、激情と。
その一方で、クリスティーヌに向ける顔は、平静を装っていそうです。大人として、顕な感情の発露は見苦しいと、若者にはない余裕をみせたいのでしょう。
言葉だけをとらえたら、怒り心頭って感じですが。
でも、激怒しているファントムが、ふっとクリスティーヌを見るとき、とっても優しく笑いそうなんです。彼女を怖がらせないように。
音楽と詩だけで、想像は果てしなく広がります。『オペラ座の怪人』の中でも特に、上記のフレーズは気に入っています。今日もやはり、寝る前にはこの一節を、頭の中で繰り返すことでしょう。