美容室で、聴くともなく、音楽に耳を傾けていた。
たいていの曲はすっと心を通り過ぎていくのだが、イントロが流れ始めただけで心がざわつく一曲があった。
椎名林檎さんの『ギブス』である。
だが、そのときは歌い手の声を聞いた途端、違和感があった。私の記憶にある声じゃなかったから。
そうか。誰かがカバーして歌ってるんだな。そう思って、耳を澄ませて聴いていた。その女性の声は綺麗だったし、上手だったのだけれど。なにか物足りなさを感じた。
やっぱり本家がいい。じゃあなぜ、本家がいいのだろうか。
つらつらと、考えてみた。林檎さんの声のなにが、あれほど心に響くのだろうか、と。
それは、退廃、ではなかろうかと思い至った。
この曲を歌う林檎さんの声は、気だるい。そして、そこには未来への希望だの、明るい明日への期待だの、そうしたものが一切ないのだ。
ゆるゆると、崩壊していくもの。もしくは、崩壊してしまった後の瓦礫に差す残照。
ぼんやりした意思。追憶。
目の前にある存在だけを、信じて愛おしむ、単純で素朴な感情。
浮かぶのは、体中に残るけだるさ。先に進むことも、後に戻ることもできずに、そして不快を不快とも思わずに座りこんでいるような。
考えることさえ放棄して、ただそこにいるような、そんな感覚。
同じ曲でも、歌い手によって伝わるイメージは全然違う。
椎名林檎さんの歌う『ギブス』が好きだ。