2016年を振り返る その1 出雲大社

今年もあと少し。2016年が自分にとってどんな年だったか、振り返ってみたいと思います。

まず、旅行ですね。行きたかった場所にたくさん行けた年でした。まず、春には念願の出雲大社へ行ってきました。出雲へのアクセスですが、事前に調べたところ乗り換えが多く大変そうだったので、直通で行ける「サンライズ出雲」を選択。

去年も行こうと思ったのですが、直前に予約しようと思ったところまさかの全席種満席で諦めた記憶が。今年こそ、との思いで、JRの窓口で当日購入にチャレンジ。結果、無事にB寝台の「ソロ」という席をゲットすることができました。

本当は「シングル」席を狙っていたのですが、すでに売り切れということで。平日でも大人気なのですね、サンライズ出雲。大遷宮以後のお参りブームが、2016年もまだ続いているのかなと思いました。大遷宮のときは、ものすごい人出だったと聞きます。

「ソロ」は狭いという噂でしたが、実際乗ってみた感想は、確かに出入りがちょっと、厳しいかも。私は上段の部屋だったのですが、通路からベッドに上がる階段は、かなり狭いと感じました。体格が普通の人でギリギリなので、それより少しでも大きいと、入れないかもしれないです。たとえば体の大きな人がうっかりこの席にしてしまうと、困ったことになるだろうなあと思いました。

切符売るときに、注意みたいのがあるといいのですが。でも、下手に言うと「差別だ」と騒がれたりするんだろうか(^^;

「ソロ」の室内は、とくに狭さを感じることはありませんでした。寝転がって、空や線路沿いの景色を眺めるのが楽しかったです。天井は低くて立ち上がる高さはありませんが、座ったり、ゴロゴロしながら旅を楽しむには、十分です。

なにより、直通で出雲へ行ける、というのは大変助かります。いったん乗ってしまえば、あとはのんびり、明日の朝を待つだけ。東京駅を夜10時発で、翌朝10時前に出雲市へ到着です。

出雲市駅へ到着後、バスで出雲大社へ向かうつもりでした。ところが、目当てのバス停にはずらーっと長い行列が。あんまり人が多いので、次のバスか、もしくは一畑電車大社線で行こうと決め、バスを見送りました。

が、バス停の時刻表をみると、次のバスまでずいぶん時間がある。電車の方も同じ状況。これは困ったなあ、どうしようとしばらく考える。時間までただぼーっとするのももったいないので、少しでも観光しようかなと、グーグルマップを見る。すると、「出雲駅前温泉らんぷの湯」の文字が。参拝を前に、身を清めることにもなりますし、行ってみようと決めました。

駅前の温泉だし、お湯に期待はしていなかったのですが、いい意味で裏切られました。立ち寄ったのは大正解。私が行ったときはちょうど空いていて、快適にお湯を楽しむことができました。しかもお湯が濁っていて本格的、すごく体に優しい感じ。一晩電車に揺られていた疲れがふっとびました。特に露天風呂が気に入りました。露天はちょっとした竹林もあり、思わずうとうと。木漏れ日が綺麗だったなあ。

あまりにも気に入ったので、帰りにも寄ったくらいです。また出雲へいくときには、ぜひ立ち寄るつもり。

あんまり人気になると混んでしまうのが心配ですが、でも素晴らしい温泉です。駅前という立地であの泉質はすごい。さすが神様の地ですね。

らんぷの湯を出た後、バスで出雲大社へ。まずはその日の宿にチェックイン。大きな荷物を置いた後で、私がまず向かったのは、日御碕神社でした。

出雲大社からバスで20分くらいということで、今から急いで参拝すれば暗くなる前に帰れるかなあと思ったのです。そしたら、明日一日、ゆっくり出雲大社を回れる。出雲大社については、明日またゆっくり参拝しようと。

日御碕神社まで、バスで20分。海沿いの景色が素晴らしかったです。そして山道に入り、しばらくすると眼下にぱっと、朱塗りの神殿が。一瞬、はっと息を呑みました。まるで夢の中のような、幻想的な景色です。

バスを降りたら、まずは帰りのバスの時間をチェック。これ大事です。そんなに何本もないので、次のバスを逃すわけにはいきません。

楼門の先にある下宮、そして上宮の順にお参りしました。その後、わき道からさらに上った先にもなにかお宮があるようでしたが、鳥居が少し朽ちているのが気になり。そちらの方には人気もなく、時間も時間で少し迷ったのですが、恐る恐る行ってみると、お稲荷様でした。山の木々に覆われて、辺りが薄暗い中、お宮に二礼二拍手したそのとき!

ざーっと一陣の風が吹き、同時にものすごい量の白い小さな花が上空から降ってきたのです。そのタイミングにびっくり。なにかの木の花だと思うのですが、よくわかりません。とにかく、まるで私を迎えてくれるように降ってきて、かなり驚きました。怖くなってしまい、ここでなにかお願いすることもためらわれ、(もし願いが叶っても、遠くてお礼参りに来られないかもと思ったので)、神様には正直にそのままを伝えました。

でも、あんな風に一斉に花が降ってくるなんて、初めての体験です。一度下の方に降りてきてから、気になってもう一度お宮の方へ上がりました。でも、もう花は降ってきませんでした。

後になって思い出すほどに神秘的な体験で、忘れられない記憶となりました。

その後は、灯台まで往復する時間がなかったので、港のところでしばらく、ぼーっと経島(ふみしま)を眺めていました。無人島で、神職以外の上陸が禁じられているそうです。ウミネコがたくさん飛んでいました。

翌日は、いよいよ出雲大社で参拝。初めて来た出雲大社は、懐かしくて暖かくて、まるで田舎のおばあちゃんの家のような、そんなほっとする場所でした。初めてというよりも、どこかで見た景色。神聖で畏れ多いというのではなくて、故郷を感じました。いつも心の中にあった場所、というイメージです。そして、この出雲大社での参拝後、帰宅するとすぐに、祖父母の家での懸案事項に動きが…。このタイミングに、神様の力を実感しました。出雲大社は日本人みんなの、心のふるさとのような場所なのかなあと思います。いつか、帰っていく場所。

出雲では、稲佐の浜で夕日が沈むのも見ました。夕焼けに染まる空。少しずつ暗くなる空に広がるグラデーション。

その稲佐の浜辺で、制服姿の高校生の女の子が2人。波打ち際ではしゃいで遊んでいました。そして、その近くには、5人ほどの男の子たち。この子たちは20歳くらいにみえました。お互いにお互いを意識しながら、決して声を掛け合うことはなく。けれど、これがボーイ・ミーツ・ガールなのねと。そんなことを思いました。微笑ましくて、それぞれが、ぎこちなく意識しながら、少しずつ距離を縮めたり、また離れたり。そんな光景を見ながら、神様もこんな風に、人の世の出会いを見ているのかなあ、と、そんなことを考えたりしました。

出雲では、神様の会議で縁を決めるといいますが。神様も、こうした若者たちをきっと、にこにこしながら眺め、ひそかな恋を応援しているに違いありません。

この稲佐の浜では、不思議なにわか雨もありました。晴れていたのに、急に通り雨のように、ひとしきり雨が降ったのです。私は波打ち際から少し離れた砂浜に座っていて、辺りにはすぐに雨宿りできそうなところもなくて。まあいいや、別に本格的に降っても構わないや、ここは居心地がいいもんなあ。そんなことを思っていたら、雨は体を濡らすほどの量もなく、すぐにやみました。

ずっと行きたかった出雲は、上手く言えないけど、いつもいるこの場所と同じ空気でした。特別な凄い何か、というのとは違っていて。青い鳥の話は、このことかと。心の中の、大事な故郷。本当はいつも、そこにあるもの。いつか帰っていく場所。

お土産には、急須を買いました。お茶を飲みながら、時々出雲のことを思い出したりしています。

石鹸シャンプーより湯シャンがおすすめ

年末ということで、年内のブログは、今年を振り返るブログにしようかなあと思います。

今年私が挑戦して、なかなか気に入ったのが「湯シャン」であります。もともと、髪にいいシャンプーを探していて、オーガニックとか自然素材とかこだわったものを選ぶようにしていたのですが、そのうちまず試したのが、「石鹸シャンプー」、そして、最終的に「湯シャン」へたどり着きました。

まず、自然素材のシャンプーを選んでいたときには、あまりピンとくるものがなかったですね。髪の調子はどれを使っても同じで、普通のシャンプーとあまり違いが感じられず。それで、毎回よさそうなものを探すのが面倒くさくなってしまい、じゃあ、石鹸シャンプーにしようかなと。

石鹸シャンプーは、原材料が石鹸オンリーということでそういう安心感はあったのですが、とにかく髪のべたつきが気になってしまい、ギブアップ。後に、リンスをたっぷり、多めに使うとべたつきが解消されることに気付きはしたものの、石鹸の洗浄力の強さに不安を覚えてしまい。これだけ油をがっつりとったら、肌も痛むだろうなあという気がして。

石鹸シャンプーを使っていたときには、べたつきが気になるあまり、2度洗い、3度洗いしたときもありました。地肌をごしごし、きちんと泡立てて洗えばいいのかと思ったのですが、洗いたてでも乾かすとべたつきが出てしまい。途方に暮れました。

そして最終的に湯シャンを試してみたのです。。湯シャンのいいところは、なんといっても楽ちんなところ。

今までどんなシャンプーを使うにしろ、すすぎが気になるので、十分すぎるほどのお湯を使わねばならず、時間も労力も使って洗髪は一仕事でした。

けれど湯シャンの場合、よけいな成分が髪に残ることもないし、その点はすごく気楽です。温かいシャワーで髪を優しく洗い流し、地肌もそっとお湯で押し流すようにしました。あまり地肌に刺激を与えたくないので、ごしごし洗うのではなく、指でそっと撫でるくらいにしましたが、お湯のおかげで余分な脂はすっきり落ちます。

なにより、地肌から出る油の質が変わったのに驚きました。今までだと、朝シャンプーしても夕方にはなんとなく脂っぽくなってしまったのが、湯シャンしてからは、脂っぽいのではなくしっとりという感じなのです。すぐに脂っぽくなっていたときは、毎日シャンプーしないと気持ちが悪くて毎日シャンプーが当たり前でしたが、今は一日おきで十分にサラサラですね。

ただ、このサラサラという感覚も、普通のシャンプーを使って、天使の輪(陽射しを受けてキラキラ光る)ができる、その艶やかさとはまた、全然違うのです。そういうサラサラは、湯シャンでは実現できません。普通のシャンプーとのときは、化学製品の作用だったのかなあと思いますが、湯シャンのサラサラは、適度に湿り気がある感じです。油っ気ではなく。

さわってみると、しっとりすべすべ。湯シャンの効果を実感しました。これは地肌にいい!

脂の分泌の問題なんだろうなあと。強力な洗浄成分で洗うのに慣れていると、肌は必死になって脂を分泌する。それがなければ、脂の分泌は適量になる。

人によっては、湯シャンにした直後にトラブルがあったりもするみたいですが、私の場合は最初からすんなり、効果が実感できました。気に入ったので、続けています。

私は温泉に行くのが大好きなのですが、温泉でも湯シャンのおかげで、髪にかける手間を省略できて本当に助かっています。髪を洗うのって本当に一仕事ですから。きちんとすすげたかどうか気にしながらだと、それだけで疲れてしまうのです。

湯シャンおすすめですよ~。

ちなみに、使いかけで余った石鹸シャンプーはもったいないので、お風呂でメイクを落とすときに使っています。洗浄力がすごい。一度洗いでメイクだけでなく、顔の脂まですっきりとれます。石鹸シャンプーっていいというけど、本当はメイク落としの方が合っているんじゃないかな、と思うこの頃です。

洗いすぎって、髪にしろ顔にしろ、気をつけなきゃいけないのではないかと。洗いすぎると肌を傷めるし、脂の分泌が異常になってしまうと思うので。

この脂の分泌って、実は肌にとって一番の鍵だと思うのです。自分の脂が最高の美容液、だと思います。

よく温泉から出た後、化粧水や乳液をしっかり使ってる方を見かけますがもったいない。せっかく温泉成分があるのになあと。とはいえ、そういった入浴施設の湯上りコーナーでは、各社のクリーム等、試供品が山ほど置いてあるんですけどね(^^; あれいつも矛盾を感じるなあ。温泉にたっぷりつかって温泉成分を肌につけたのに、なぜ湯上りに化学製品つけさせようとするのか、販促はわかりますがそれは違う~。

今年は湯シャンに出会った年になりました。

大東建託のアパートが建ちすぎて不安

いくらなんでも、という感じで、うちの周りに大東建託のアパートが建ち続けています。学校が近かったりスーパーや銀行などが揃っていて暮らしやすい土地であるのは確かですが、それにしても限度があるかと。

半径250メートル以内に、ここ3年で新築のアパートが大東建託だけで4棟目です。東建コーポレーションやレオパレスのものも含めると、6棟。元々あった古いアパートを加えると、狭い範囲で合計9棟もの賃貸物件がひしめきあっている計算です。

それだけの需要があるか、といえば答えはNO。例えば大東建託で3年前に建てられた物件A。8戸のうち、3戸はすでに空室です。建てた当初は満室でしたが、次々と人が入れ替わり、現況がこれです。まだ新しい賃貸物件としては結構な空室率ではないでしょうか。それなのにまた、200メートルも離れていない場所に、また大東建託のアパートBが建ちます。さすがに、異常だと感じました。

その物件Bのすぐ向かいには、大東建託ではない築27年のアパートが一棟X。ここは、3戸のうち1戸が空室ですが、相当な家賃の値下げがない限り、ここが埋まることはないと思われます。

無計画な新築の連発は、その土地の未来像みたいなものを、まるで無視した暴挙だと思います。お店とは違って、もし経営がうまくいかない場合でも、建物の場合は撤退(撤去)ということはないわけで。ずっと、数十年その場所に建ち続ける。

融資を受けて建てられた建物。返済が滞れば、抵当権の行使で競売。所有権を手にするのは誰か。その土地に全く関係のない、愛着もない、ただ投資としての感覚しかもたない人が経営を始めれば、また入居者の質も変わってくると思います。

まだ、地元の人がオーナーである限りは、周囲に対する配慮もあると思いますが、オーナーが遠隔地にいると、儲かりさえすればどんな人が住もうが、近所と軋轢が生まれようが、構わないということにもなりかねない。

あるいは。将来的に老朽化したとき。修繕にも再建築にもお金がかかるということで、放っておかれる危険性も考えられます。所有者が転々とすれば、責任者を特定することも難しい。台風のときなど、危険物が飛んでも、近隣の人には訴えていく先がない。

住む人もいないのに、需要もないのに、もう十分他にたくさんの賃貸住宅があるのに、まだ建て続けるのは、会社に利益が上がるからなのでしょうか。なぜここにまた、新しい新築の棟を建てるのか。地主さんは相続税対策で説得されたのかもしれませんが、新築時だけ無理に部屋を埋めたとしても、すぐにまた空室が生まれるのは目に見えています。すぐそばにある同じ会社の同じような建物が、8戸中3戸も空いているのに・・・。

賃貸の場合、大家さんがよほどしっかりしていないと、いろんな問題が起きたりしますね。例えば、これはうちの近所のマンションCの話なのですが、ファミリー向けの4階建12戸の物件。ここは大東建託ではないのですが、ゴミ置き場の問題で近隣に迷惑をかけています。

なんと、この物件には専用のゴミ置き場がないのです。それで、近くのゴミ置き場を利用させてもらっている形なのですが、そこは自治会が管理してまして、ちゃんと当番がいるんですよ。みんなが交代で、掃除したり、違法なゴミは自宅に持ち帰ったりして、きちんと管理している。マンション住人は、その場所を使うのです。でも自分たちは当番はやらない・・・。

このマンション。もともとは自治会にも加入していたし、ゴミ当番もやっていたんですけどね。去年から自治会をやめたのです。理由は、役員をする人がいないから。賃貸の人だと、自治会活動に非協力的な人も多く、役員をやる人が毎年同じになってしまって、その人たちが悲鳴を上げたらしいです。いくらなんでも、自分たちだけが毎年やるのは無理だ、と。

賃貸だと、どうしても地元への愛着は希薄になってしまう。数年で引っ越す人もいますし。それは仕方のないことだと思いますが、ゴミの出し方がいいかげんになるのも事実で。

一戸建てで住んでる人だと、やっぱりゴミ出しなんかもしっかり分別するんです。その土地にずっと住む覚悟で、自分たちでゴミ当番をやっていますから、真剣にもなります。でも、賃貸マンションの人たちは、どうしてもその点が緩くなってしまう。いつか、その土地を離れていく前提の人が多いから。

マンションが自治会をやめるという話になったとき、ゴミ置き場の話も協議されたようですが、自治会の方でマンションの管理会社に話をしようにも、なんとそのマンションの権利は、複数の会社が共有しているとのことで。責任者、というのを特定しづらく。

元々、このマンションは新築当初(30年前)地元の人がオーナーでした。その後、建物が古くなって入居率が低くなり、困ったオーナーはマンションを売却。それから転々と、いろんな会社が転売をして、結局、今は複数の会社が所有権を持つ、複雑な形態になっているらしく。その複数の会社からしたら、少しでも経費をかけたくないのでしょう。マンションに専用のゴミ置き場を設置するのには、まずお金がかかる。それから、その後の管理費用も定期的にかかる。

賃貸物件のゴミ置き場は、一般的に汚いのが多いです。みんなが顔見知りの住宅街で、みんなが当番をやっている場所とは、当然違ってきますよね。賃貸物件で当番制が無理なら、お金で、業者に清掃管理をお願いするしかない。それをけちって、地元住民が当番制でやっているゴミ置き場を使うのは、ずうずうしい話だと思います。

今建築中の、大東建託の物件Bも、せめてゴミ置き場は、専用のものを作ってくれればいいのですが。

複数の会社に所有され、いろんな問題をはらんでいるマンションCの姿は、ここ数年で一気に乱立した新築アパートの姿と重なります。今は新築。当初は満室であっても、この後どうなるんだろう。地元オーナーの手を離れ、権利関係が複雑になって、自治体にも入らず、地域の中で孤立していき、その先は?

地域に、うまく溶け込んでいるマンションもあるんですけどね。例えば、近所の大規模マンションD。ここは、すぐそばにオーナー家族が住んでいて、2棟のマンション(全部賃貸)の自治会関係を、全部その大家さんが引き受けています。大きなマンションで世帯数も多いので、そのマンションだけで、ひとつの隣保を形成しており。役員も必要なんですが、そこは大家さんがやってくれているのです。地域の情報(回覧板)に関しては、ファミリー棟は普通に回覧板を回し、もう一棟の独身者用では、回覧板を回さずに大家さんが掲示板に掲示することで対応。そりゃそうです。一人暮らしの人は家を空けることもありますから、回覧板を回しても、どこかで長期間止まってしまったりするし、実質、独身の人にとっては自治会のお知らせで重要なものはあんまりないから。ゴミ置き場も、マンション専用のものがあり、大家さんがやっているのか業者なのかわかりませんが、いつもきれいに管理されています。

こういうマンションなら、近隣の人も安心です。なにかあったときに、話せる相手(大家さん)が近所に住んでいるんですから。大家さんだって、自分の家が近所にある以上、マンションをしっかり管理しますよ。目につくわけですから。

自治会って、面倒なようでいて、とても大切だと思う今日この頃。たとえば、地震や津波など大災害があっても、自治会がしっかりしていれば、近所同士で助け合うことが容易になります。市役所も、被害状況を把握したり、支援物資を配ったりするのに、個々を相手にするのではなく、隣保単位で連絡をとれば、正確だし、効率的です。

たとえば、○班○隣保は、○世帯、○人とわかっていれば、そこにまとめて物資を届けられます。届けられたものは、隣保長が配ればいいわけです。そのとき、隣保内にケガ人がいたり、なにか困ったことがあれば、近所同士で助け合えます。

自治会に入らず、日頃から顔も名前も知らないという関係は、なにかあったときに弱いです。もし建物に閉じ込められていても、誰にもわからない。賃貸で自治会は面倒、というのは理解しますし、一人暮らしなら尚更、自治会活動に参加するのは難しいかもしれませんが、そこは大家さんが責任を持つことで解決できます。

賃貸物件に入るなら、そういうところも条件の一つに挙げると、住みやすくなるかもしれません。大家さんが、自治会の活動をある程度担ってくれていること。これ、案外大切なポイントかも。近隣と断絶して暮らして、いいことなんてありませんから。

それにしても。今後十数年で、うちの近所の景色はどう変わるんでしょう。一戸建てが増えるのは活気が出るし、嬉しく微笑ましく見ていましたけど。賃貸物件を、無計画にどんどん増やすことには、危険を感じます。田舎だし、古くなった賃貸に住む人の数、これからどんどん減ってくると思いますよ。それくらいなら、土地を買って自分の家を持つでしょう。同じ時期に、一気に新築した物件たち。老朽化するときも、一斉に、ですね。

先日、自転車に乗って外出したら、行く先行く先、大東建託の建物が新築されていて、びっくりでした。すごい勢いです。もちろん他の会社もありますが、この流れ、すごく不自然です。人口が爆発してるわけじゃないんですから。既存の賃貸物件はますます空室が増加するだろうし、建てればいいという話ではないと思います。

モデルルームを見るより大切なこと

私、モデルルームを見るのが大好きです。

といっても、現在家を建てる予定はないので、自分で出かけたりというのはあんまりないんですが(^^;

ただ、過去に不動産系の資格をとるために学校に通っていたことがあって、そのときの授業の一環で、マンションのモデルルームをみんなで見学に行ったり、複数の会社が共同でやっている住宅展示場を、回ったりしたんですよね。

とても楽しかったし、各会社のセンスの違い、などもわかって勉強になりました。デザインは会社によってそれぞれ特徴があるし、どこまで設計が自由になるか、もそれぞれで、こうしたモデルルームが、家を建てるときの参考になるというのはよくわかりました。

でも、本当に大切なもので、忘れがちなことがあると思うのです。

それは、実際に建てる、大工さんがどんな仕事をする人なのかということ。モデルルームよりも、実はこちらの方が大事なのかもしれない。どんなに気に入った家も、建てる大工さんによっては、モデルルームの通りに出来上がらないわけで。

実はなぜ、私がこんなことを考えるようになったかというと、うちの近所で現在建築中の家が、あまりにひどい状況だからです。私が施主だったら、居ても立っても居られないくらい。とにかく、現場が汚くてびっくりなのです。

そもそもゴミ箱のようなものが一切ないのは気になっていたのですが。他の現場だと、普通に置いてあります。鉄のコンテナ、大きな奴です。たぶんレンタルだと思うのですが、あれが一つおいてあると、出入りする業者さんが複数いても、みんなゴミはそこに入れますよね。

でも、私が気にしているAさん宅は、ないんです。そのゴミ箱。完成が近づいて撤去されたわけじゃなく、最初からない。先日散歩途中に見てみたら、ゴミが散乱しているだけでなく、内装用の木材がむき出しのまま、放置されていました。そばには、おそらくそれを覆うためのブルーシートが、放りだしてありました。次の日には、雨の予報だというのに・・・。

木材は、使用前に乾燥させているわけで。しかも内装に使うものなのに、雨に濡らしていいんでしょうか。もし自分が施主だったら、この現場を見たらたまらないな~と思いました。でも、どういう風にクレームしたらいいのか、それも迷うところです。ストレートに言えば、気分を害してしまうかもしれません。表面上は従っても、腹を立てて見えないところで手抜きをされてしまうかもしれない。それを思うと、大工さんになにか指摘することは(間接的であっても)、慎重にならざるを得ません。

この状況にあって、最高の解決策、というのは考えてもみつかりませんでした。では、自分だったら、どうするだろうか。真剣に考えてみました。

一番いいのは、まずそういう大工さんと縁を持たないことですよね。そのためには、モデルルームでなく、実際に建築中の家を見に行くしかないと思いました。会社専属の大工さん、あるいは下請けの大工さん、どちらにしろ、そこの会社で家を建てるということは、その会社の大工さんが建てるわけですから。

実際見に行ってしまえばいいのです。別に敷地内に入るわけではありません。外から見える範囲で十分です。一日の仕事の終りに、道具や材料がしっかり片付けてあるか、ゴミが散らかっていないか。それを確認するだけですから。

私は以前にも、こういうゴミだらけの現場を見たことがあって。意外にこういうことって、多いんではないかと思いました。いい加減な人は、いつもいい加減な仕事をするし、きちんとした人はいつも、きちんとした仕事をするでしょう。見分けなければ大変なことになります。

家の不具合は、すぐ出るとは限りません。見えない瑕疵は怖いです。もし保証期間があったとしても、その交渉や再工事のわずらわしさなどを考えると、最初からしっかりした家を建ててもらうのが一番いい。それに、そうしたいい加減な現場で生まれた瑕疵がもし発見されたら、それは一つではないでしょう。モグラ叩きのように次から次へと問題が起きたら、そもそも家を建てたことを後悔することにもなりかねない。

モデルルームだけでなく、その会社が実際に建てている家を見に行くこと、それも一日の工事時間が終わって、片付けた後の様子を見ること、それこそ忘れてはならない大事なチェックポイントではないかと思いました。

福井駅には恐竜がいます

所用で金沢に行った帰り。福井で一泊したのですが、福井駅前に恐竜がいました!

何も予備知識なしで行ったので、最初は気付かなくて。信号待ちのとき、妙な鳴き声が聞こえてキョロキョロしてたら、なんと! 大きな恐竜が三体も!

声も出るし、動くのですよ、このモニュメント。観光客もそうですが、出張と思われるお父さんたちが、キラキラした少年の目で、何枚も写真を撮っているのが印象的でした。恐竜を見ると、みんな童心にかえりますなあ。

私も興味津々で、しばらく恐竜の前に佇んでおりました。月には月見草だけでなく、恐竜もよく似合います。暗くなり始めた空、昇り始めた月、そして、恐竜の影。

恐竜も、遥かな昔に、やっぱり月を眺めて物思いにふけっていたのかなあ、とか。

学術的に的確な恐竜の動くモニュメントが、駅前広場に設置されるのは世界初だそうです。これ考えた人、アイデアマンだわ。センスが素晴らしい。

恐竜と月を見上げていたら、なぜか懐かしいような気持ちになる。なんだろう、このノスタルジイ。そんな時代に生きていた記憶などないのに。

恐竜が生きていた時代のことを、想像しました。豊かな植物と、温暖な気候。地球上が今とは違った景色でも、月だけは変わらず空にあって。

福井駅には浪漫があります。