高倉健さんのイメージ

高倉健さんが亡くなって8年余り経ちますが、今日、その養女という方がテレビのインタビューに出ていました。

見終って率直に感じたのは、やしきたかじんさんと結婚したさくらさんと同じ雰囲気。

愛を語れば語るほど、見ていて???でした。

なによりも疑問だったのが、結婚でなく養女になった理由。

結婚となるといろいろ騒がれるからというような理由だったようですが、むしろ養女の方が、なんで???ってなるよね。それと、今をときめく若手イケメン俳優ならともかく、一度結婚し、離婚もし、いいお年である高倉健さんが結婚したからといって、別に好感度が下がるわけでも、人気がなくなるわけでもない。

イメージ???それなら、死後8年経って、こういうインタビューにでることの方がよほど、イメージを損なうのでは?と思う。ミステリアスで孤高なイメージが、崩れ落ちてしまった。
今テレビに出る理由って、本の宣伝なのかな。

それと、さくらさんのときもそうだったけど、身内の方をシャットダウンするというのも、ひどいなと思いました。さくらさんのときは、たかじんさんの実の娘さんを、たかじんさんから遠ざけた。

高倉健さんの場合は、健さんの妹さんが、なんと死をすぐに知らせてもらえなかった。健さんには甥もいるのに、その方も葬儀には参加できなかった。

高倉健さんが大事にしていたお身内の方が、そんな扱いだったというのは気の毒。

結局、言葉よりも、行動だと思う。高倉健さんのイメージを守りたいなら、テレビに出て「闘病や、いかに自分ががんばったか、愛されていたか」を語るのはおかしい。

そして思ったのは。

本当に愛してたなら、結婚もするし、周囲に知らせるんじゃないかな。高倉健さんは、黙っているような人では、ないんじゃないかな。愛する人を、日陰の存在にさせたりしないと思うんだよね。たとえ本人が「迷惑かけたくない」と言ったとしても。

健さんに「撮ってくれ」と頼まれて撮ったという写真が、番組では紹介されていた。でも私には、「なんで撮るの? 何を撮ってるの?」という戸惑いの表情に見えた。

ツーショットの写真も、私にはよそよそしく見えてしまった。営業スマイルのように。本当に夫婦で、大事に思い出にしておきたくて撮った写真のようには感じられなかった。それに、大切な写真なら、こんな風にテレビには出さないだろうなあ。 

年をとった男性は、孤独なのかもしれないなあと、つくづく思いました。芸能界という華やかな場所にいても、輝いた時代が素晴らしければ素晴らしいほど、年齢を重ねていくことへの寂しさや、人恋しさが募るのかもしれません。

人はたぶん、本当に大事に思う人ほど、遠慮し、距離をとる。そんなものじゃないかなあと、思います。きっと健さんの周りにも、そういう人たち、いたんじゃないのかなあ。別に男女の話ではなく、健さんを尊重し、健さんの死を悼み、今もそっと、テレビに出ずに健さんとの思い出を大事にしてる人、いっぱいいるんじゃないかな。

そんなことを思いました。

2023年あけましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

2023年のお正月。私はとある書類作成にかかりっきりでした(^^;

それは、時間をかければいいものが出来上がるというわけではなく、すべての構成を自分で考えなければならないという類のもので。

どんな風に書くことが一番いいのか、ずーっと悩んだ年末年始でした。

締め切りが1月8日なんです。だから、あともう少しだけ悩んで、書き上げたいと思っています。

完璧を目指そうとすると、怖くて書き出せなくなる。

だから、どうすることがいいのか、練って、練って、また練って。

年末も、それから年始も、ずーっと書類の構成を考えていたというお正月でした。

ただ、地元の神社のお参りは、きちんと行ってきました。人混みを避けて、日付が変わった頃や午前中ではなく。最寄りの神社に元旦の夕方に出かけたら、予想通り空いていたのでゆっくりお参りできました。

それともう1つ。お参りすべき神社が隣町にありまして。氏神様です。こちらは、1月3日に行ってきました。氏神さまの神社は、我が家の最寄りの神社よりも大きくて、常に人がいっぱいです。

でも、たまたま私が行ったときには空いていて、ゆっくりお参りできてうれしかったです。

そして、今年の初夢は・・・。

書類のことで頭がいっぱいで、正直、1月1日も、2日も、はっきりした夢をみませんでした。

ただ、1月3日に氏神様にお参りする日の朝、怒りながら目が覚めたのを覚えています。私、怒ってましたね。目が覚めて、心臓がどきどきしていました。それで氏神様でおみくじを引いたら、感情的になってはいけない、心安らかに過ごしなさいというメッセージが書かれていて、さすが神様、全部御見通しだー!!と、感激してしまいました。

あまりにもピッタリなメッセージすぎて。

そうですね。怒りがすべていけないというのではなく。怒りがあるから、それがエネルギーになることもあるわけで、その感情を否定するのではなく、上手に受け流すことが大事かなと思います。人間だからね。怒る時もあって、いいんだと思う。

だけどそれをいつまでも引きずるのではなく、自分の中で、違う形に変えていかなければ。

おみくじのメッセージに、感動した初詣となりました。

そして、1月4日に見た夢。

1月4日だから、もう初夢というのではないのかもしれないけれど、印象的な夢をみました。

またあの夢です。そう、荷物が整理できない夢(^^;

これ、すっごいよくみる夢なんですよね。荷物がたくさんあって、私はその場を去らなくてはいけなくて。一生懸命整理して、持ち帰ろうとするんだけど、どれが自分のものなのか、何を持っていくべきか、わからなくなって困る夢。

1月4日に見た夢は、自分の持ち物がなんなのかわからなくて困るだけでなく、持ち帰りの袋がなくて、途方に暮れてました。たくさん荷物が山積みなのに、ボストンバッグみたいな大きな袋がなくて。

スーパーの小袋みたいのが3枚くらいあったけど、とてもじゃないけど全部詰められるような大きさじゃなくて。ボストンバッグがあればどんなにいいだろうって思ったけど、ないんだから仕方ない。小さな袋でもなんでも、とにかく「自分のもの」「持ち帰らなくてはいけないもの」を片っ端から、その袋に入れて。

外に出たら、夜ですよ。

これもよく見る夢。夜の町。田舎じゃなくて、そこそこ都会。でも、真夜中だからどこのお店も閉まっている。星は綺麗だけど、月明かりもなくて真っ暗。終電も終わってる。

それで、一度部屋に戻って考えるわけです。こんな夜中に、電車もなくて家に帰れない。どうしよう、もう1晩、理由を話してこの家に泊めてもらおうか?

でも、そうするべきじゃないってことが、自分でよくわかってる。だから、ともかくもその家を出て、真っ暗な町に出て、荷物をもって自宅に向かって歩き始める・・・・という夢。

1月4日に見た夢なので、初夢ではないですが、そんな夢をみました。

今年も、こんな感じで気ままにブログを綴っていきたいと思います(^^)

よろしくお願いいたします。

皆様にとって、素晴らしい1年になりますように!

2022年も今日で終わりです

本年も、このブログを読んでくださった皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

最近は犬のフンの話ばかりでしたが、本当に今年1年は、犬に振り回された年でした(苦笑)もう2年以上犬のフンと戦い続けているのかな。

今日も、畑と道路の境に「逃げまんねん」をまいてきました。これをまくようになってから、被害はかなり減ってきましたがゼロではありません。臭いが薄れれば、すぐにフン尿・マーキングの嵐です。いたちごっこですが、とにかく「畑前を犬のトイレにしない」ことを目標に、来年もがんばっていきたいと思います。

犬のマナー看板は、今後どのように設置するのがいいのか今思案中です。というのも、これまでのように半割り杭にラミネート加工された紙を打ち付けると、半年ほどで釘穴から雨が浸入し、紙が破れて駄目になってしまうんですよね・・・。耐久性がなさすぎて。

区役所に、新しいマナー看板をもらいにいくこと、すでに3度目。半割り杭に打った釘や画びょうを剥がし、またラミネート看板を取り付け、という作業がかなり大変なのと、半年に一回取りかえるというのは負担なので、なんとかもっと長持ちする方法を思案中です。

100円ショップで、B4の透明なカバーを買ってきて、それにマナー看板を入れて使ってみようかなと思ったりしてます。カバーにだけ穴をあけて取り付けるようにすれば、ラミネート加工した紙が雨で濡れることも少なくなるかなと。

気を抜けば、今でも平気で、畑前は犬のフン尿で汚されてしまいます。それが当たり前と思っている人たちが複数いるので。実は今日も、畑へ作業に出たら、犬連れの人が通りかかろうとしていました。でも、私がいるのを見て、別の道を通っていきました。

疑ったら悪いけど、たぶん私がいなくて誰も見ていなかったら、あの人、犬をここで遊ばせたりフン尿させたんじゃないかなあ・・・。

マナー看板が立ててあるのをみれば、犬フン被害が深刻なことと、持ち主が大変嫌がっていることはわかるでしょうから、普通は別の道を通るんじゃないかなと思います。他にいくらでも道はあるので。でもうちの畑前って、綺麗に刈られているから、ドッグランみたいに遊ばせたくなるんでしょうね。

本格的な冬となり、ニオイゼラニウムの挿し木はしばらく、根付きそうもないので、マナー看板と「逃げまんねん」で犬フン・マーキング被害を防ぐしかありません。

2022年は、そうした犬との戦いの年でもありましたが、もう1つ。個人的に気付きのあった年でした。それは、自分がこの10年、家というものをよく守ってきたなあという認識です。あらためていろいろ考えてみると、我ながらよくやったと、自分を褒めたい(^^)

土地を管理し、守っていくのは大変な労力です。この10年、いろんなことがありました。そして、親戚のこと、お墓のこと、法事、近所づきあい、介護、建築、もろもろ。

1つ1つは小さいけど、数え上げてみると、けっこういろいろやっていたし、大変なことも投げ出さずに最後まで責任をもてた。ここは、自分で誇りたい。

年末、電子ピアノを買いました。久しぶりに弾いたら、指が動かない・・・。幻想即興曲は無理でも、乙女の祈りくらいは、と思ったのですが、弾けなくなってました。そういえば昔ピアノの先生に言われたっけ。1日さぼれば、3日戻ると。

弾かなくなって、何年経つだろう。やっぱり毎日弾いてないと、動かなくなるもんだなあと、あの厳しかったピアノの先生を思い出しています。

電子ピアノは自分へのご褒美。10年、あっという間だったけど、よくやったよ(^^)

今日は夕方、地元の神社へ、1年の感謝を伝えに行きました。昼間は混むんですよね。それと元旦の準備で、役員の方々がいろいろ設置しているので、夕方まで待った方がゆっくり参拝できます。

普通の日は15時以降に神社は行かない方がいいと思いますが、大みそかは特別な日です。出かけてみると、私以外に人気もなく、貸切状態で参拝できました。帰り道、歩道橋から見た真っ赤な夕日がとてもきれいでした。

今年も1年良い年でした。来年もよろしくお願いいたします。

高齢化社会を実感する

ご近所で、立て続けにお葬式があり、高齢化社会を実感している。同じ隣保内で、8月末にはHさんの奥様、昨日はSさんのご主人が亡くなられた。

どちらも救急車が自宅にやってきて、私も心配していたのだけれど、帰らぬ人となってしまった。ご近所には高齢の方が住むお宅がたくさんあるので、今後もまた、悲しいお知らせが続く可能性がある。

ついこの間まで、元気に散歩されていた方が、もういらっしゃらないのだと思うと、人の命のはかなさを思う。

この頃、気のせいか救急車の音を聞くことが多くなった。

以前は救急車なんて、珍しいくらいだったのに。この頃では、1日に複数回救急車の音を聞くことも、珍しくなくなった。

政治家と統一教会

マスコミの報道の中では、ミヤネ屋が、特別にがんばっていると思う。

やっぱりテレビって、老若男女、一番簡単に伝わりやすいからね。そのテレビがこの統一教会の問題を伝えないと、知らない人も多いままなんじゃないかと思う。

日を追うごとに、恐怖の実態が明らかになってきて戦慄。戦後日本の政治に、どれほど統一教会が深く食い込んできたことか。統一教会のバックに、日本の政治家。それも自民党の存在があったとは…。

これ、何気なく伝えてるけど、実は世界がひっくり返るぐらいすごい暴露じゃない?

もし安倍さんが亡くなっていなかったら、これらの事実は表に出てきたんだろうか。安倍さんが亡くなったことは、とてもとても大きな出来事だったと思う。

安倍さんから始まったのではなく、安倍さんのおじいさんである岸信介さんからの始まり。そしてもちろん、岸さん単独ではなく、そこにはやはり大きな国、大きな団体の思惑があったんだろう。

統一教会の、現在韓国で行われている大規模イベント。

なんとビデオメッセージには、トランプ前大統領が登場し、統一教会をほめたたえていた。

本当に恐ろしい事態だ。日本だけじゃなく、アメリカの大統領まで…。そして、ポンぺオ前国務長官、ペンス元副大統領も…

この状況で安倍さんの国葬が行われるなら、自民党に明日はないと思う。国葬は、統一教会に対し、日本がお墨付きを与えるというメッセージになってしまう。

あり得ないでしょう…