余計なことは言わない

先日、変なおじさんにイチャモンをつけられてから、用心して暮らしている(^^; 挨拶もほどほどに。おじさんにあまりも愛想よく挨拶すると、粘着される可能性があることがわかったので、知らない人とはすれ違っても会釈程度にとどめる。

そんな中、またおじさんとプチトラブル。

今回は別に、男性だから女性だからというトラブルではないけれど、ゴミ当番で分別ゴミのコンテナ(5キロくらいあり、けっこう重い)を20個近く並べていたとき、事件は起きた!(大げさか)

その日は、6時までに20個近くのコンテナを並べることになっていた。余裕をもって6時10分前までには作業を終えたかったので、5時30分から作業を開始。朝早い時間で、ゴミ集積所前の家の人に迷惑がかかってもいけないので、ガタガタ音を立てないように注意しながら、黙々と並べていると。

まだ5時45分だというのに、どこかのおじさんがやってきた!

早すぎ。捨てていいのは6時からだよ…おじさんが元気よく「おはようございます」と挨拶してきた。挨拶は返したけど、困惑する。

「今日はこの後雨降るみたいだからさあ、もう黄色のは全部並べなくていいと思う」

おじさんはニコニコしながら話しかけてくる。黄色いコンテナはペットボトル用。いつも、コンテナの数が足りなくて、ペットボトルがあふれてしまうのに…一瞬、穏やかに言い返そうかと思った。

(心の声)
ペットボトルはいつもコンテナの数が足りなくて、違う色の空のコンテナを使うくらいだから、全部出さなきゃだめですよ。雨だからって、捨てにくる人が少ないとは限らないし。当番は全部のコンテナを出すことになってるんだから、勝手に数を減らしたら足りなくなったときに困ります。

いやしかし、先日のイチャモンおじさんのことが脳裏をよぎる。たとえ正論であっても、ここで言い返したら最後、イチャモンをつけられる可能性がある。

朝の静まり返った空気の中、このおじさんとコンテナ論議をしたくはない。もめたくない。

おじさんは続けて話しかけてきます。

「雨のときに、捨てに来る人はあんまりいないと思うんだよ。だから、今出てる分だけでいいよ。もう出さなくても」

それはおじさんの勝手な思い込みです。捨てに来る人が多いか少ないかはわかりませんが、あるコンテナは全部出すのがルールです。8時30分の回収締め切り時間に当番が分別状況を確認にくるので、そのとき空のコンテナがあれば、当番が戻せばいいだけです。

このコンテナ。置いてあるところがちょっと特殊で、なかなか出しづらいんですよ。だから、いざ必要となったときに、すぐ出せる状態ではないんです。お年寄りだと、重さ的にも出すのは難しいと思う。

だからこそ、ゴミ当番が、ゴミの日には全部出して並べて、回収時間の締め切りになったら、分別状況を確認・整理し、不要なコンテナを片付ける。その後、市の回収車が来る、という流れなんです。

あと3つ、黄色いペットボトル用のコンテナを出せば終わり、というときにそのおじさんはやってきて、私に「もう出さなくていい」と言います。はっきりいって迷惑です(^^;おじさんがそういう以上、私は残りの3つ出せなくなってしまいました。下手に反論すると、先日のイチャモンおじさんのようになりそうで怖く、私は「そうですね」と小さく答えて、黙ってそのまま帰りました。

そしていったん帰った後、おじさんがいなくなったのを見計らってまたゴミ集積場に戻り、残りのコンテナ3つを並べました。

無駄な動きすぎて、自分が情けなくなりますが、こうすることで無駄なトラブルを避けることができたかなと思います。おじさんは「雨だから全部ださなくていいとアドバイスしてやった。全部出す手間が省けて、あの子も助かっただろう」などと思って自己満足しているでしょうが、大迷惑です(^^;

当番が並べているコンテナを、出すの出さないのと口出しするのは、大きなお世話です。明らかに間違ったことをしているなら別ですが、「雨だからコンテナは全部出さなくていい」なんてことは、おじさんの勝手な思い込みです。

それでコンテナ3つを出さずに、ペットボトルを入れるコンテナが足りなくなったら「今日の当番はなにをやってるんだ?」という話になりますからね。そのときおじさんが責任をとってくれるわけではない。

ペットボトルを捨てにきた人にとって、コンテナが出てないのは大迷惑です。足りないから自分で出すといっても、大変な手間ですし、重いですし。

私も相当迷いましたが、おじさんには逆らわず、その場はおじさんの言う通りにして、おじさんがいなくなった後から残りの3つのコンテナを出すという、穏便な方法で乗り切りました。

こういうのも、生活の知恵というのか(^^; 以前の私なら、「いや、全部出さないと足りない時に困るんで」と反論して、その場でコンテナ3つ出したと思いますが、先日のイチャモンおじさんの経験は、あまりにも痛く。理屈じゃないですからね。こういうのは言い分が正しい正しくないじゃなくて、いかにトラブルを上手に避けるか、が正解なのです。

本来のゴミ出ししていい時間が6時からなのに、その15分前に来て、ゴミ出しするおじさん。
雨だから、全部出さなくていいと、自分の思い込みを強要するおじさん。

案の定、おじさんのいうことを聞かなくて正解でした。回収時間締め切りの8時30分にゴミ集積場へ行ってみると、ペットボトルはコンテナにあふれかえっていました。山盛りになって足りないくらいなので、こぼれてもいけないので、空いていた他の色のコンテナを急きょ、ペットボトル用として追加したくらいです。

全部出しても足りないのに、3つも出さなかったら、私が白い目で見られてしまうところでした。

先日のイチャモンおじさんもそうですが、なんで余計な口出しをするんでしょうね。その人が、その人の責任でやっていることに、普通は口出ししませんよね。自分が責任もとれないのに口だけ出して、物事を引っ掻き回す。本当に迷惑です。

もしかしたら寂しい人で、誰かと話したいだけなのかもしれませんが。話題なら「天気」とか、あたりさわりのないものにしてほしいものです。

2024年のお正月

2024年になりました。今年のお正月は元旦が地震、2日が飛行機事故と大変な出来事が続きました。特に地震では、今もまだ行方の分からない方や、避難の続いている方も大勢いらっしゃると思います。一日も早く、安心で安全な日常が戻りますように。

避難所ではトイレが問題になっているとのことです。確かに、仮設トイレが十分な数設置されるまでは、不衛生で使いづらい状態が続くのではないかと、容易に想像ができます。健康に直結する部分なので、なんとか素早い対応ができるといいのですが。

もしトイレの数が足りないなら、たとえば室内のトイレでは、固めるタイプの携帯トイレを、子供や高齢者、妊婦さんなどが使う。一方、健康な方は、外でブルーシートなどで目隠しを作り、堀った穴を使う。使用後は各自自己責任で、砂をスコップでかけて処理、などという方法がいいのかなあと思いますが。

携帯トイレの数が限られる、不足するというときには、そうしないと全員のトイレに対応することができないですよね。屋外で穴を掘り、砂をかける。穴がいっぱいになったら、その横にまた穴を掘り、順に使用していくという方法、いいと思います。いっぱいになって埋めた跡地には、なにか目印を立てて、あとからまたうっかり掘り返したりしないようにすれば、衛生的です。

水が使えない状態で大勢の人がトイレを使用すると、どうしても不衛生になってしまいますが、外でしたら土にしみこみますし、土をかければ隠れますし、使う人もきれいなところで用を足せるのではないかと。

普段はともかくとして、非常時にはそうしたこともありなのかなと思います。みんながバラバラにするのではなく。「この一区画をトイレとして使用する」ことを決め、順番に穴を掘り、埋めていく。そういう対応ができると、トイレに関する悩みも、少なくなると思います。外は寒いですし、雨が降った時はどうするんだという問題もありますが、携帯トイレだけに100%頼るのが数的に無理なら、外で衛生的に、場所を決めて使っていく、というのもありだと思うのです。

いずれ物資がたくさん届けられ、仮設トイレも十分な数が設置されるとは思いますが、それまでの緊急的措置として。そうしたことも避難所の管理の方が指揮をとって、トイレ問題が解決するといいなあと思います。トイレって、ひょっとしたら水や食料よりも深刻な問題かもしれません。

羽田での飛行機事故は、この地震の二次災害とも言えますね。年始の混んだ空港で、海上保安庁の飛行機は、被災地に物資を輸送するところだったとのこと。

ただでさえ混雑した空港に、地震の物資輸送というイレギュラーな対応があり、恐らく海上保安庁の方も緊張・疲労がある中での任務だったと思いますし、日没で暗かったというのも影響したと思いますし、いろいろ悪条件が重なって、尊い命が失われてしまいました。

まだ事故原因など詳しいことはわかっていませんが、二度とこのような悲しい出来事が起きないよう、空港の運用が改善されてほしいなと思います。

空港があまりにも混雑しているときには、地震の救援という任務があるなら、海上保安庁などの公的な機関を最優先にしてあげてほしい。また、滑走路もひとつ専用にしてもいいのではないかと。なにがなんでも飛行機の数を詰め込んでいくというのではなく、緊急時には1つ、海上保安庁や自衛隊用の、滑走路を設けてもいいのではないかなあ。専用の滑走路を1つ設けることで、危険性も少なくなるのではないでしょうか。

あくまでも飛行機の数を効率的にさばく、というところに、無理があったような気がします。混雑すれば、複雑になれば、どんなに気を付けていても一定の確率でヒューマンエラーが発生してしまうので。空港でいったん事故がおきれば本当にたくさんの人数が危険に晒されますので、より安全策をとる方がいいと思います。

それと、地震などの緊急事態のときは、救援する側がしっかり休養をとって、万全の体制で臨んでほしいなあと思うのです。「不眠不休」と首相がおっしゃっていましたが、しっかり休養や睡眠をとらないと、いい仕事はできません。

緊急事態では興奮もあって疲れを感じないかもしれませんが、そういうときこそしっかり、時間で休憩をとる。睡眠時間を確保する。食事もおざなりにしない。

そうでないと、万全の体制で救援活動ができません。これは個人の問題ではなく、組織として、交代しながらバランスよく休憩がとれるように、配慮してほしいなと思います。「不眠不休」の精神論は危険です。がんばればいいというものじゃないです。人間なので、体力には限界があります。一番いい力が発揮できるように、指揮官は部下に休憩をとらせてください。もちろん指揮官自身も。

お正月に大変な出来事が続きましたが、みんなの力で乗り越えていきたいです。

被災地へのルートがきちんと確保されるまでは、個人のボランティアはかえって邪魔になりますので、救援や物資輸送などはプロに任せましょう。時間がたてばそれぞれ、できることがあると思いますので。かえって邪魔になるようなことだけは、避けたほうがいいと思います。

宝塚歌劇団96期のいじめ裁判

宝塚の現役の女優さんが自殺した。自殺の理由に、いじめ問題がささやかれている。

私はすぐ、96期の裁判を思い出した。あの有名な、96(クロ)期の事件。裁判の結果、正義は貫かれただろうか。いじめ被害者は報われただろうか。いじめ加害者は反省しただろうか。

その後の経過を見る限り、いじめ被害者は傷つき、ボロボロになり。

いじめ加害者は、何事もなかったかのようにタカラジェンヌになり。

これだけの裁判をやってなお、いじめ被害者が報われなかったという事実がある。この自殺した女優さんがもしいじめられていたとして。96期の裁判のことを知っていたとしたら。「どうせ救われない」と絶望しただろうなあということだけは、なんとなく想像がつく。

劇団が、被害者を守ったとはとても思えない対応だった。

今回の現役の女優さんが、実際何を理由に亡くなられたかはわからないけれど。同じ組の中では、真実を知っている人が大勢いると思う。いじめがあったのか、なかったのか。

宙組は8日まで公演中止とのこと。亡くなった彼女がいじめを受けていたのかどうなのか、中の人たちはわかっているだろうなと思う。もしいじめがあったとしたら、それを黙ってみていた人たちはショックだろう。黙っていたことも、加担したことにつながるから。

96期の裁判は無駄だったとは思わない。たとえ結果が、そのときの被害者を直接に救わなかったとしても。長い目で見たら、「宝塚に問題がある」ということを浮き彫りにしたから。

96期のいじめ被害者の方には、自分を大切にしてほしいなあと思うし、彼女が戦った裁判で、多くの人が宝塚の問題を知ることができたのだ。

なにもない状態でいきなり、今初めて、宝塚にいじめ問題が出てきたわけではない。96期のいじめ裁判のときなどは、はっきりした事実関係が、裁判という場で明らかになった。その過去があるからこそ、今の宝塚には不信感を抱く。

亡くなられた女優さんのご冥福をお祈りいたします。

高倉健さんのイメージ

高倉健さんが亡くなって8年余り経ちますが、今日、その養女という方がテレビのインタビューに出ていました。

見終って率直に感じたのは、やしきたかじんさんと結婚したさくらさんと同じ雰囲気。

愛を語れば語るほど、見ていて???でした。

なによりも疑問だったのが、結婚でなく養女になった理由。

結婚となるといろいろ騒がれるからというような理由だったようですが、むしろ養女の方が、なんで???ってなるよね。それと、今をときめく若手イケメン俳優ならともかく、一度結婚し、離婚もし、いいお年である高倉健さんが結婚したからといって、別に好感度が下がるわけでも、人気がなくなるわけでもない。

イメージ???それなら、死後8年経って、こういうインタビューにでることの方がよほど、イメージを損なうのでは?と思う。ミステリアスで孤高なイメージが、崩れ落ちてしまった。
今テレビに出る理由って、本の宣伝なのかな。

それと、さくらさんのときもそうだったけど、身内の方をシャットダウンするというのも、ひどいなと思いました。さくらさんのときは、たかじんさんの実の娘さんを、たかじんさんから遠ざけた。

高倉健さんの場合は、健さんの妹さんが、なんと死をすぐに知らせてもらえなかった。健さんには甥もいるのに、その方も葬儀には参加できなかった。

高倉健さんが大事にしていたお身内の方が、そんな扱いだったというのは気の毒。

結局、言葉よりも、行動だと思う。高倉健さんのイメージを守りたいなら、テレビに出て「闘病や、いかに自分ががんばったか、愛されていたか」を語るのはおかしい。

そして思ったのは。

本当に愛してたなら、結婚もするし、周囲に知らせるんじゃないかな。高倉健さんは、黙っているような人では、ないんじゃないかな。愛する人を、日陰の存在にさせたりしないと思うんだよね。たとえ本人が「迷惑かけたくない」と言ったとしても。

健さんに「撮ってくれ」と頼まれて撮ったという写真が、番組では紹介されていた。でも私には、「なんで撮るの? 何を撮ってるの?」という戸惑いの表情に見えた。

ツーショットの写真も、私にはよそよそしく見えてしまった。営業スマイルのように。本当に夫婦で、大事に思い出にしておきたくて撮った写真のようには感じられなかった。それに、大切な写真なら、こんな風にテレビには出さないだろうなあ。 

年をとった男性は、孤独なのかもしれないなあと、つくづく思いました。芸能界という華やかな場所にいても、輝いた時代が素晴らしければ素晴らしいほど、年齢を重ねていくことへの寂しさや、人恋しさが募るのかもしれません。

人はたぶん、本当に大事に思う人ほど、遠慮し、距離をとる。そんなものじゃないかなあと、思います。きっと健さんの周りにも、そういう人たち、いたんじゃないのかなあ。別に男女の話ではなく、健さんを尊重し、健さんの死を悼み、今もそっと、テレビに出ずに健さんとの思い出を大事にしてる人、いっぱいいるんじゃないかな。

そんなことを思いました。

2023年あけましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

2023年のお正月。私はとある書類作成にかかりっきりでした(^^;

それは、時間をかければいいものが出来上がるというわけではなく、すべての構成を自分で考えなければならないという類のもので。

どんな風に書くことが一番いいのか、ずーっと悩んだ年末年始でした。

締め切りが1月8日なんです。だから、あともう少しだけ悩んで、書き上げたいと思っています。

完璧を目指そうとすると、怖くて書き出せなくなる。

だから、どうすることがいいのか、練って、練って、また練って。

年末も、それから年始も、ずーっと書類の構成を考えていたというお正月でした。

ただ、地元の神社のお参りは、きちんと行ってきました。人混みを避けて、日付が変わった頃や午前中ではなく。最寄りの神社に元旦の夕方に出かけたら、予想通り空いていたのでゆっくりお参りできました。

それともう1つ。お参りすべき神社が隣町にありまして。氏神様です。こちらは、1月3日に行ってきました。氏神さまの神社は、我が家の最寄りの神社よりも大きくて、常に人がいっぱいです。

でも、たまたま私が行ったときには空いていて、ゆっくりお参りできてうれしかったです。

そして、今年の初夢は・・・。

書類のことで頭がいっぱいで、正直、1月1日も、2日も、はっきりした夢をみませんでした。

ただ、1月3日に氏神様にお参りする日の朝、怒りながら目が覚めたのを覚えています。私、怒ってましたね。目が覚めて、心臓がどきどきしていました。それで氏神様でおみくじを引いたら、感情的になってはいけない、心安らかに過ごしなさいというメッセージが書かれていて、さすが神様、全部御見通しだー!!と、感激してしまいました。

あまりにもピッタリなメッセージすぎて。

そうですね。怒りがすべていけないというのではなく。怒りがあるから、それがエネルギーになることもあるわけで、その感情を否定するのではなく、上手に受け流すことが大事かなと思います。人間だからね。怒る時もあって、いいんだと思う。

だけどそれをいつまでも引きずるのではなく、自分の中で、違う形に変えていかなければ。

おみくじのメッセージに、感動した初詣となりました。

そして、1月4日に見た夢。

1月4日だから、もう初夢というのではないのかもしれないけれど、印象的な夢をみました。

またあの夢です。そう、荷物が整理できない夢(^^;

これ、すっごいよくみる夢なんですよね。荷物がたくさんあって、私はその場を去らなくてはいけなくて。一生懸命整理して、持ち帰ろうとするんだけど、どれが自分のものなのか、何を持っていくべきか、わからなくなって困る夢。

1月4日に見た夢は、自分の持ち物がなんなのかわからなくて困るだけでなく、持ち帰りの袋がなくて、途方に暮れてました。たくさん荷物が山積みなのに、ボストンバッグみたいな大きな袋がなくて。

スーパーの小袋みたいのが3枚くらいあったけど、とてもじゃないけど全部詰められるような大きさじゃなくて。ボストンバッグがあればどんなにいいだろうって思ったけど、ないんだから仕方ない。小さな袋でもなんでも、とにかく「自分のもの」「持ち帰らなくてはいけないもの」を片っ端から、その袋に入れて。

外に出たら、夜ですよ。

これもよく見る夢。夜の町。田舎じゃなくて、そこそこ都会。でも、真夜中だからどこのお店も閉まっている。星は綺麗だけど、月明かりもなくて真っ暗。終電も終わってる。

それで、一度部屋に戻って考えるわけです。こんな夜中に、電車もなくて家に帰れない。どうしよう、もう1晩、理由を話してこの家に泊めてもらおうか?

でも、そうするべきじゃないってことが、自分でよくわかってる。だから、ともかくもその家を出て、真っ暗な町に出て、荷物をもって自宅に向かって歩き始める・・・・という夢。

1月4日に見た夢なので、初夢ではないですが、そんな夢をみました。

今年も、こんな感じで気ままにブログを綴っていきたいと思います(^^)

よろしくお願いいたします。

皆様にとって、素晴らしい1年になりますように!