引越して初めてのブログ

今日が、ワードプレスで作ったブログの初日になります。

ココログからの過去記事の引っ越しも無事に終了し、ほっとしました。ココログでは写真を載せることはなかったのですが、これからは、時々は写真もありのブログにしようかなと思っております。

もっとデザインもいろいろ編集してみたいのですが、迷っていると先に進めないので、設定も最低限の基本的なところだけを決めて、この最初の記事を書いています。

gooブログ→ココログ→Word Press と、渡り歩いてきました。Word Press が、きっと最後の地になるでしょう。

これからもよろしくお願いいたします!

2016年にやりたいこと

 年始にあたって、やりたいことを考えてみたのですが。
 今年は、「直観を大事にしよう」と決めました。一番最初の印象に基づいて、動いてみようかなと。
 たとえばAとB、どちらを選ぶのか迷ったときに、条件は関係なく、一番最初の感覚で決めるということです。これ、意外と今までやってなかったんですよね。これまでは最初の印象というよりも、両者をじっくり条件で比べて、総合的な観点で決めてきたことが多かったような。
 このシンプルな、「第一印象で決める」ポリシー。これを1年続けたら、どうなるんでしょうか。ちょっとワクワクしてきました(゚ー゚)
 なんだか素敵な年になりそうな予感がします。
 違う生き方をしたら、また少し、違う人生が開けてくるのかな。
 AとB。本当は、見た瞬間にどちらが好きか、無条件でわかってるんですよね。同じ「好き」でも、そこには必ず差があるわけで。両方全く同じに好き、というのはないと思う。
 
 どれが好きで、どれが嫌いか。
 ただ単純に、「いいな」とか、「大好き」と思う感情。それは、勝手に自動的にわきあがってくるもので、その感情をなくすことはできない。人に許されるのは、ただその感情を行動に結び付けるか否か。
 でも、その点だって深く掘り下げてみれば、どこまで行動の自由があるのかは、厳密には不明なわけで。
 私たちは、どこまで自由なのだろう。
 考えても、たぶん答えは出ない。わかるのは、ただ自分の心が叫ぶ、「好き」や「嫌い」の感情だけ。そう考えると、感情ってすごいなあと思います。そこに嘘はない。好きなものは好き、ということで。
 そんな感じで、今年1年を過ごしていきたいと思います。

2015年を振り返る

 2015年も、あと数時間となりました。今年を振り返ってみたいと思います。
 とにかくのんびり過ごした年でした(^^)
 そして、自分を大切に、自分の気持ちに素直に生きた年でもありました。自分に優しく過ごすと、なんだか他の人にも優しくなれたような気がします。
 旅行にも行きました。まず6月に、電車とバスを乗り継いで、一人で分杭峠に行ってきました。ここはゼロ磁場と呼ばれる、知る人ぞ知るパワースポット。どんな神秘体験ができるんだろうと、かなりワクワクしながらの3泊4日の旅。
 初日は伊那市内のビジネスホテル泊。ゼロ磁場自体は、そんなに体感できるほどの特別な何か、はありませんでしたが、普通に山の空気がおいしかったです(^^)
 本当に、なんにもない山の中にあるので、空気が澄んでいて水汲み場の水もおいしかった。水場から、林道沿いに少し歩いてみると、土砂が崩れて道がふさがっていました。それ以上行くのも怖いので、その手前あたりの木陰で少し涼んだりして、のんびり。
 斜面になった、ここが本当の気場(パワースポット)ですよと案内されている場所よりも、私にはその場所(水汲み場から少し歩いた林道)が気持ちよかったです。気場とされている場所は、斜面で座れるようになっているのですが、座っているとハエがたくさん寄ってきて、思い出すとそのイメージしかありません(^^;
 帰りには、シャトルバスの駐車場にあるお土産屋さんで、ゼロ磁場の水を買いました。500ミリリットルを3本。重かったけど、これが最高のお土産になりました。
 そして、その夜は諏訪大社の下社秋宮境内にある、山王閣にて泊。建物は古くて趣があり、立地も雰囲気もよく、リラックスして過ごせました。温泉に入って、ぽかぽかです。
 翌日は、諏訪湖見学へ。
 初めてみる諏訪湖は、大きかった。湖畔の宿にて一泊。しかしここで、予約した部屋にトイレがないことが判明し、がっくり。お値段もそこそこだったので、まさかトイレがないとは思わず。部屋に浴室はいらないけど、トイレは欲しかったな。でも温泉は源泉かけ流しなので、そこは満足でした。
 翌日、どうしても諏訪大社の上社前宮へ行ってみたく、時間的に無理なのを、走ってカバーするという荒業でのりきりました。所用で、どうしてもその日の内に帰宅せねばならず、本来なら直帰する予定でしたが。
 どうしても、前宮に行ってみたかったのです。でも、行ってよかった。素敵な場所でした。
 まず宿の朝食が7時だったのですが、これを10分で食べ終えるというところから始まり。上諏訪駅へダッシュ。電車に乗り、茅野駅下車。そこからひたすら走って、前宮へ。道がわかりにくかったですが、走り続けてなんとか到着。
 この諏訪大社前宮は、最初の鳥居をくぐった辺りの、大木のパワーが凄かったです。走って息をきらして、へとへとになってたどり着いたのが、一気にエネルギーチャージ。私は御本殿よりも、大木にパワーを感じました。汗びっしょりになったけど、行った甲斐がありました。
 そして、9月には伊勢神宮へも出かけました。伊勢には15年くらい前にも一度行ったことがありますが、ずいぶん変わったなと感じました。おかげ横丁が新しくなり、活気にあふれています。式年遷宮が終わった後だからすいているかと思ったのですが、平日にも関わらず大賑わいでした。外国の方も多かったような。
 日頃の感謝の気持ちを、神様にお伝えしてきました。
 伊勢神宮で買ったお土産は、お神酒。参集殿で購入できます。白い陶器に入っていて、すごくいい感じのお酒です。神棚や、神徒壇にお供えするお酒にはぴったりだと思います。
 その日、伊勢神宮の上空には雲がかかっていたのですが、風に吹かれて次々と形が変わり、それがまるで神様のお使いのようにも感じました。日本の神様の総本部ともいうべき、神聖な場所。きっと、日本全国からたくさんの神様や、神様のお使いがいらっしゃるんだろうなと。参拝前、五十鈴川の流れに手を浸し、清めながら空を見て、心癒されました。
 伊勢神宮へは、五十鈴川駅から歩いていったのですが、その途中にある月讀宮(つきよみのみや)にも参拝しました。ここは、4つ整然と並んだ社殿にも心打たれますが、そこに至る参道がまた圧巻なのです。深い森の中。すぐそばには大きな道路もありますが、一歩足を踏み入れると、そこは別世界。この世なのか、あの世なのか、不思議な感慨にとらわれるような空間です。
 そして9月には、高田馬場の預言カフェにも行きました。3月にも行ったばかりなのに。
 だって、当たるんだもの(^^)
 いや、預言なので、当たるとか当たらないとかは言ってはいけないのですが、ここで頂く言葉にはドキリとさせられることが多くて。
 おいしいコーヒーをいただけるのも嬉しいところ。9月の預言で驚いたのは、神様が、私と一緒に声を合わせて歌っている、という言葉でした。
 実はその日、私の頭の中では、ある曲がずーっと流れてまして。もちろん、口に出して歌うことは全くなかったのですが、とにかくその日はずっと、その曲がリピートされていた。そこを指摘されてびっくりです。
 預言カフェはやっぱり好き。いつも楽しい言葉、励ましの言葉をくれて。しかも、預言の言葉には、心当たりがあることが多い。それは、万人に当てはまるのではなく、個人にしか当てはまらない言葉なのです。
 そうそう、今年は豆乳ヨーグルトを始めた年でもありました。
 最近、流行ってますよね。私も毎日食べてるのですが、おいしいし作るのが楽しい!
 作り方もいろいろあるようですが、私がやっているのは超簡単です。庭でなったトマトやビワ、ヨモギ、などなどなんでもいいので、皮もむかず洗わないで(乳酸菌が流れてしまうから)お椀の中に少し入れる。そこに無調整の豆乳を入れる。あとは1日半くらい待つ。これだけ。
 最初は何回か失敗しました。色が変わったり、匂いが悪ければ失敗です。成功すれば、ヨーグルトの香りです。
 こんな簡単なことで、本当に固まるのかと最初は半信半疑でしたが、いざコツをつかむと成功率がぐっと上がります。あんまり時間をかけすぎると駄目ですね、腐ってしまうので。
 身の回りのものに、あまねく乳酸菌が存在しているのだなあと。
 そして一度ヨーグルトづくりに成功すると、あとはもっと簡単になります。出来上がったヨーグルトからスプーン一杯分、もしくは乳清(上にたまった水状のもの)を一杯分すくいとり、また次の種とする。まあこの量も、適当です。種と豆乳の比率で、出来上がりの時間も変わってきます。
 2世代目、3世代目は、最初に作った時より、出来上がりまでの時間が早いような気がします。気温にもよりますが、12時間あれば十分、固まることが多い。
 そして、成功させるコツは、あまり時間を置きすぎないこと。しっかり固めようとして2日以上置くと、雑菌がわいて腐ることが多いような・・・。
 表面にひび割れができるほど放置するのは、やりすぎ。器を傾けて、こぼれない固体になっていれば、それでOKだと思います。
 できあがるまでは、器にラップをふわっとはっておきましょう。ほこりが入らないように。
 乳酸菌は温かいと活動が活発になるので、居間などに置いておくといいと思います。私はいつも、ラップをかけて、テレビの横の棚に器を置いてます。2世代目以降の乳酸菌なら、朝作れば晩にはもう、新しいヨーグルトができあがってます。
 ヨーグルトメーカーなどの機械も使わず、こんなにお手軽にヨーグルト、それも牛乳でなく豆乳のヨーグルトができるなんて、思ってもみませんでした。
 いろいろ書きましたが、もし試したいという方は、なにぶん食べ物ですので、雑菌に気を付けて、匂いや色など、出来上がりを十分チェックしてから食べてみてください。
 主な注意点は3つです。
 1.時間をかけすぎないこと(時間をかけすぎると、たいてい腐る)
 2.豆乳は無調整のものを使う
 3.食べる前には、必ず匂いや色、味をチェックして安全を確認
 私は牛乳のヨーグルトより、豆乳で作ったヨーグルトの方が好きです。やはり日本人は昔から豆と共に生きてきたから、体もそうなっているのかな、なんて考えたりします。
 さて、それでは次に、2015年にやろうと思っていたけど、できなかったことの話。
 それは、出雲大社へのお参りでした。出雲大社と、それから厳島神社に行きたいと思っていたのですが、行こうと思うといきなり急用ができたり、乗ろうと思った日のサンライズ出雲が満席だったりして、なかなかチャンスがなく。気が付けば年末。
 12月29日に、地元の大好きな神社でおみくじを引いたら、旅行はこの方角を避けるべしと書いてあり、それが、まさに我が家からみた出雲の方角でした。ということは、今年は行かなくてよかったということなのか。
 2015年は、念願だった資格もとれたし、穏やかでよい年でした。今年も一年、ありがとうございました。

波打つ緑の水面

 まるで海のような、一面に広がる緑の光景を見たことがある。風に揺られて、水面は幾重にも、果てない繰り返しを描いていた。風に運ばれて、さざ波はどこまでも広がっていく。
 五月の田園風景である。伸び始めた稲の、柔らかさとエネルギー。まだまだ、どこまでも伸びていくんだという若さと、希望に満ちた風景。
 見渡す限り、緑の海。その海を、風が渡っていく。辺りには誰一人いなくて。私はその景色をとても美しいと感じ、見とれていた。その海の中、たんぼ道を歩いていた。その日のことを、今もよく覚えている。
 それから時が流れ。私は同じような風景のことを描いた人の文章に、触れた。それが始まりだ。
 読んだとき、私の目の前に現れたのは黄金の稲だった。五月の緑ではなく、九月の実りの秋。豊穣の季節。夕暮れ? セピア色? そして黄金の、懐かしい風景。
 胸を刺す悲しみと寂しさを、圧倒的な力で押し流した、見渡す限りの稲。風に揺れている。
 その人は、抽象的な言葉で書いていたから。それを、緑の若葉ととらえるか、金の稲穂ととらえるか、読み手によって解釈は分かれるだろうけど。私はそれを、まぶしい黄金の光だと感じた。実った重たげな穂が、風に揺れている。そこに、夕暮れの光が、重なっている。
 私も、同じような風景を、見たことがあるんですよ。
 私が見たのは五月、眩しい緑の田園風景でしたが、と。
 実際、その人に話しかけたい衝動にかられた。
 実際に会って、聞いてみたいと思った。あなたが見たのは、どんな色でしたか? それは秋ではありませんでしたか?
 偶然手にした冊子の、短い文章。それから、その人の書く他の文章も手に入れ、夢中になって読んだ。
 綺麗な言葉。綺麗な風景。その人の目に映るものは、どれも美しくて、書かれた言葉を通して、私はその人の見たものを追体験した。
 その人は切れ切れに、いくつもの過去を浮かび上がらせた。
 覗き込んだ相手の目の中に、宇宙を見たこと。白いドレス。夜明けの空。ぎゅっと握った手の力強さ。
 オレンジに染まったアパートの中。テレビから流れたニュース。
 その時間にしか見られない月のこと。何を意味するのかは、わかっている。
 
 川を眺めた日に起こった出来事。なにが起きたのかは、知っている。だって私にも、同じような日はあったから。
 たくさんの文章に酔いしれて、けれど実際に話す機会などなくて。
 いつか偶然に会う日がもしもあるのなら、確かめたいと今でも思っている。
 その日みた光の色のことを。きっと、黄金色だったと思うからだ。
 言葉は不思議。ただの記号に過ぎないのに。並べれば、ときに無限の感情を引き起こす。自分でも思いがけない、過去の情景を蘇らせる。
 それが、会ったこともない相手だったとしても。

『殉愛』騒動を語ってみる

 百田尚樹『殉愛』の真実、という本を読みました。百田さんが書いた『殉愛』ではなく、その検証本の方ね(ややこしいな)(;´▽`A“

 実はこの話、金スマに百田さんが出たときからずっと気になっていたのです。

 金スマ見たときに、「誰も知らない驚きの真実」みたいなことを謳ってたから、金スマ内でどんな衝撃の事実が出てくるかと思ったら、そのときは結局、

 1.さくらさん(たかじんさんが死の2か月前に入籍した方)は、財産目当てではないよ。たかじんの元に舞い降りた天使。天使のおかげで、たかじんは初めて真実の愛を知って、幸せに旅立ったのです。その看病はとても人には真似できない、献身的なものでした。

 2.財産目当てじゃない証拠に、さくらさんは遺産のほぼすべて?(正確な表現は忘れましたが、要はそんな感じで)を受け取っていません。

 という、主に2点を強調した再現ドラマでした。

 それで、衝撃の真実ってこれ? う~ん、それは言い過ぎじゃないかと、かなりの違和感を覚えたのでした(^-^;

 看病がすごいといっても、お子さんや高齢者抱えた上での奮闘ではないし、経済的な負担もないし、身内が病院に重病で入院していたら、誰でもそれなりにがんばるよなあ、と思ったので。それに、病院に入院していたら、自分がすべてみるわけではないですしね。大変なのはわかるけど、それを「天使」とまで強調するのがちょっと…。この再現ドラマに、さくらさんが許可を出してしまう気持ちがわからなくて。自分をこんなにも褒め称えるドラマって、やりすぎで嫌じゃないのかなあ、と。
 でも、出演した百田さんが涙目になってたんです( ̄○ ̄;)!

 びっくりしてしまいました。これ、そんなに泣くところかなあと。さくらさんを天使、とまで言い切っていたから。

 そして、遺産をほとんど受け取ってない、的なことを言っていたのもなんとなく違和感があって。正確な文言を覚えてないのですが。どういうテロップがでたのか。

 でもそのとき思ったのが、「遺産目当て」という批判をかわしたいなら、全部放棄すればいいのに、と。生活力のない人ならともかく、海外でネイルサロンを経営していたほどの女性なら、「一切いただきません。一緒に過ごした時間だけで十分です」とか、言ってもよさそうなのに。その瞬間、すべての疑惑を完璧にはらすことができるんじゃないかと。

 そして、金スマを見た後、なんとなくすっきりしない気持ちでいたのですが。この話は驚くほど、マスコミが沈黙してるんですね。週刊誌が一番興味を示しそうなのに。でもネットではいろいろ書かれていて、一番びっくりしたのが、実はさくらさんはたかじんと知り合ったとき、イタリア人と結婚していたという事実で。

 嘘じゃ~ん、と思いました。話が全然違ってくる(;´▽`A“
 金スマの再現ドラマでは、そんなこと一言も言ってない。いえ、別に結婚してるから悪いわけじゃなく、嘘をつくのがよくわからない。

 結婚していて、それでも運命の人に出会ってしまった。離婚してでも、たとえ短い時間でも、この人と添い遂げたいと思った、とかならまだ、わかるのですが。そういうの全部隠して、物語を純な乙女と、年の離れたプレーボーイの出会い、みたいにするのは無理がある…。

 その後出版された、百田さんの『殉愛』は読んでいません。その代わり、その検証本である、「百田尚樹『殉愛』の真実」を読みました。著者は、角岡伸彦さん、西岡研介さん、屋敷渡さん、そして宝島「殉愛騒動」取材班、です。

 この検証本を読んで、思いました。金スマ、いい加減だなあ。話が全然違ってるし\(*`∧´)/

 検証本にこそ、驚くような事実がたくさん書かれていました。

 でも一番気の毒だったのは、たかじんさんの娘さんのことです。『殉愛』で、ひどい書かれ方をしていたようですが、なによりも、たかじんさんが亡くなる前に会えなかったのが一番、つらかっただろうなあと。

 実の親子ですから。もし命が残りわずかなら、たかじんさんには娘さんに話したかったことがあるだろうし、娘さんだって、言いたかったことがあると思うのです。それなのに、連絡がつかなかった。何も知らされないまま、突然に親が死んだという連絡が入るなんて。

 私はなにより、そのことが一番ひどい話だと思いました。

 入籍して、それまでの家族関係、友人関係をすべて切ってしまうというのも乱暴な話だと思います。64年間の人生の最後の2年だけが真実だなんて、そんなことはないだろうと。
 最後の2年の前には、ちゃんと62年間の軌跡があるはずです。ある日突然、出現したわけじゃない。生まれて、成長して、年をとって。
 いろんな人と出会って、別れて。その過程を、最後の2年で全部否定するのは、傲慢だと思いました。