大坂なおみさんとMr. Murasaki guy

全米オープンテニスで大阪なおみ選手が優勝したのだが、その優勝セレモニーが物議を醸していた。さっそくそのときの映像を見てみると、これが予想以上にひどかった。せっかく優勝したのに、あのブーイングはないでしょう(;;)

いたたまれず、サンバイザーのつばを下げて涙をみせないようにして泣いている姿がかわいそうで。

でも、その後がもっとひどい。なんと、全米テニス協会会長がスピーチでセリーナに向かって「これは皆が求めていた結果ではない」だの、「セリーナはチャンピオンの中のチャンピオン」とか言い放ったのだ。

It’s not the finish everyone looking for today

You are a champion of the all champions

英語の聞き取りは得意じゃないけど、でも上記のようなことを言っていたと思う。

 

これは泣くよ。「セリーナこそチャンピオンだ!」という意味であろう観客からのブーイングで涙を流した大阪選手に、とどめの一撃だと思った。だって、会長も暗に、「みんな本当はセリーナに勝ってほしかったんだけどね。試合は負けたかもしれないけど、真のチャンピオンはセリーナよ」と解釈できるような宣言をしたんだから。

そのときの二人の表情が対照的。

セリーナは満足そう。なおみは悲しそう。

司会の男の人、気のせいかなおみに同情するような感じに見えたな。公平でなきゃいけないから、そこは気を付けていただろうけど。でもなおみに対して話しかけるとき、とても目が優しかった。気持ちわかる~。観客や会長からのあの仕打ちを目の前にしたら、なおみを心配せずにはいられなかっただろう。

でもなおみのスピーチは完璧だった。観客に謝ったけど、それは卑屈なものではなく。彼女の気持ちは、セリーナにも、応援した観客にも、十分伝わったと思う。その時点でみんな、ブーイングの愚かしさに気付いたはず。

涙をこらえながら、皮肉になるわけでも、理不尽さに憤るわけでもなく、ただ観客に感謝し、最後にセリーナへの感謝を述べたなおみ。セリーナも、セレモニー最初の方では複雑な思いもあったかもしれないけど、なおみの終始一貫した謙虚な態度に、それ以上エキサイトすることはなかった。気持ちも鎮まったみたい。

あのブーイングを受けていた時。大観衆の、天から降ってくるようなブーイングの中。なおみにとっては、まるで世界中が敵みたいに思えただろうけど。そのことに焦ることも、怒ることもなかったのは立派だったな。周りに流されず、周囲への敬意を忘れないこと。そうすれば、いずれみんな、わかるときがくる。

今回のことはばっちり映像に残ってしまったので。セリーナにとっては恥ずかしい過去になってしまった。試合中の審判への侮辱を見てると、この人は子供なんだなあって思う。負けたくない。負けたくないから駄々をこねる。

私はすっかり、大阪なおみ選手が好きになってしまった。用意されたのではない本音のスピーチがあれとは、なんていい子なんだ(^^)

その後日本へ来たなおみに、さっそく記者会見の場が設けられたのだが、これがまた面白かった!

大事にしている日本語や好きな言葉を聞かれて、答えがなんと「紫」で、その理由がGlass maskであり、Mr.Murasaki guy だと言うのです。通訳さんは「ガラスの仮面」はきちんと訳せたのに、Mr. Murasaki guyを「紫さん」と言いきったのが面白かった。

それ、明らかに速水さんのことだ~(^^) 正しくは「紫の薔薇の人」ですね。でも、なおみは rose って言葉はどこにも使ってなかったし、英語だとMr.Murasakiなのね。そして少女漫画に疎い通訳さんとしては、そう訳すしかなかったのか。微笑ましいです。「紫さん」である速水さんを思うと、笑えてきます。確かに、間違ってはいない。「紫さん」だもんなあ。

会場にいる記者の人も男性が多いせいなのか、「紫さん」にあまり反応していないのが印象的でした。これ、「ガラスの仮面」を知っている人が多い場だったら、なおみの回答で会場が一気に盛り上がったような気がします。

なおみ選手の、今後の活躍が楽しみです。

植物園で元気をもらう 今年の私的薔薇NO.1は『ジャルダン ドゥ フランス』

雨ですが、どんよりした気分で出かけてきました。ちょっと落ち込むことがあって。

まあ、人生いろいろですが、結局は自分で立ち直るしかないわけです。どうすべきか、次の選択肢を決めるのは自分。

薔薇の季節だし、毎年恒例の薔薇チェックに出かけることにしました。薔薇に元気をもらおう、という作戦です。

ただ、薔薇は妖しい花。気を許せば逆に、エネルギー吸い取られるかも?なんて考えも一瞬、こころをよぎり。用心しつつ、いざ薔薇の園へ。

私的2018年春の薔薇NO.1は、『ジャルダン ドゥ フランス』でした。

すっごい元気なサーモンピンクの花が、これでもかこれでもかと、元気いっぱいに咲いておりました(^^)

私には、高校生の女の子に見えたなあ。セーラー服着た女子高生の集団が、カメラ目線で笑顔で映ってる感じ。

まだつぼみも多くて、これから、という勢いがありました。葉もつやつやで綺麗。満開になるのは、2~3日後かな。他にもいろんな種類の薔薇がありましたが、この『ジャルダン ドゥ フランス』は一際目立っておりました。

それから、いつもチェックする『青龍』を見にいきます。咲いてませんでした…

そして株が弱々しくて、以前見たときからちっとも成長していない感じ。この土地に合わない品種なのかな、と。特別手をかけてもらっているだろうに、なかなか大きくなりません。

薔薇の園は、雨が降っているにもかかわらずとても賑やかでした。晴れた日には晴れた日の、雨の日には雨の、薔薇の良さがあります。華やかなバラの香りに誘われて、人の波は絶えることがありません。

たくさんの薔薇を見た後、少し疲れたな、と思い人気のない桜並木の方角へ。誰もいない道に、雨の音が響いています。小川の流れる音も聞こえます。水音は心を落ち着かせます。そこで思わずとった写真がこれ。

桜の幹を、苔が覆っているのです。神々しい光景でした。花ではないけど、とても美しいと感じて、見入ってしまいました。触れるのが畏れ多いような木肌でした。そうなるまでの年月も感じたし、苔は特別な、重々しい衣装のようで、誰もこないこの空間に、静かに佇む哲学者のようです。

誰に主張することもなく、でもなにかをじっと考えこんでいるように見えました。そんな桜の木が、延々と続いていました。

薔薇もきれいだったけど、心が癒されたなあと感じたのは、この桜並木の静寂の方でした。雨がまたよかった。葉や草に当たり、地面にしみこんでいく雨の音。ざわざわした心が静まっていく。ささくれた心を優しく撫でられたようで。

この植物園の園長さんの言葉を思い出しました。園長さんの講演を聞きに行ったことがあります。そのとき、こんなことをおっしゃっていました。

「植物には人を癒す力があります。落ち込んだとき、ここに来て、また元気になって帰ってもらいたい。植物園は、誰にとってもそんな場所になれたらいいと思っています」

まさに。でした。静かに、力が満ちた感じ。

その後、近所の温泉へ行き、お湯につかってさらなるエネルギーチャージです。温泉は大地の恵み。お風呂上りはベリーを数種類使ったスムージーを。

いつの間にか、元気が出ていました(^^)

さあ、今夜はゆっくり眠ろう。

知覧特攻平和会館と鹿屋航空基地資料館に行く

毎日ブログを書くと宣言していたのに、中断していてすみません。

6泊7日の長い旅行から帰ってきました。旅行中、一番心に残ったのが、知覧特高平和会館と、鹿屋航空基地資料館です。旅行についてはまた後日、ブログに少しずつ綴っていこうと思いますが、まずはこの2つの施設を見学した感想を書きます。

どちらも、行ってよかったと思う資料館でした。今の日本があるのは、こうして命がけで日本を守ってくれた人たちのおかげであるということを、あらためて胸に刻みました。

最初に、知覧特攻平和会館の方へ行きました。前日は、鹿児島駅近くのホテルに泊まったのですが、そこから車で1時間くらいです。

もう、入口から、泣いてしまいました。そこには、傷つき亡くなった特攻兵士を、天に導く6人の天女の絵が、飾ってあったのです。

今も思い出すと涙が出ます。現実にも、痛ましい死に、そうした救いがあったことを祈ります。

館内をじっくり見て回ると1日は十分かかります。特攻隊員ひとりひとりに、人生がありました。遺書に残された、彼らの思い。

生まれたときには、どんなにご両親が喜んだでしょう。慈しんで育てたでしょう。そして、戦死の報を聞いたときには、どれほどの衝撃だったでしょうか。

特攻隊員の集合写真。笑顔がありました。その笑顔は、とても静かでした。自分たちの命が、国やふるさと、大事な人達を守るのだ、と。そんな笑顔だったように思います。

館内では、特攻隊員の身の回りの世話(洗濯や繕い物など)をした、女学校の生徒さんのインタビュー映像も流されていました。

もうすぐ亡くなることがわかっている特攻隊員に対して、当時はどういう感情を持ちましたか、かわいそうと思いましたか、とインタビュアーが尋ねると、今はもう、高齢者となったその方は、こんなことを語ってらっしゃいました。

ここ(知覧基地)は戦場だと思っていましたから。(中略) 私たちも、アメリカ軍が上陸すれば同じように、命がなくなるわけですから…

言葉は多少違うかもしれませんが、意味合いとしては、上記のような内容のことをおっしゃっていました。

確かに。かわいそう、という感情などは、後世の私たちが思うのとは、違っていたのだろうと思います。終戦間近。戦局の激化。激しい空爆。

知覧の地に、確実にせまりつつある敵軍の気配。出撃する特攻隊員たちだけが死の淵にいたのではなく、そこにいた女学生もまた、いつ戦闘でなくなるか、それは誰にもわからない。死が、色濃く漂っていた時だったのでしょう。

そんな中で、愛する国を、人を、守りたいという真剣な思いで、特攻し亡くなっていった方たち。その方たちの思いを、裏切るようなことは決してしてはいけない。受け継いだものを、大事に次の世代へ、よりよい国にして未来の子供たちにつなげていきたい。私は、日本人として彼らを誇りに思います。

特攻隊員はもちろんですが、その他にも、日本のためにがんばってきた方たち、日本のために命を捧げてくれた方たち、過去の多くの日本人の思いがあっての、今の日本の繁栄があるんだと。そのことをあらためて感じました。

昔、地図で日本を見たとき、あんまり小さくて、その国が世界を相手に戦った、ということがピンと来なかったのですよね。なぜ、ここまで強かったんだろうと。でもその答えが、この知覧特攻平和会館にありました。

遺書を読んでいて、思ったのです。ひとりひとり、特別なのではなく、これが日本人なんだなあと。いざというとき。

こうした遺書を書く人に、外国は勝てないと思う。日本は戦争に負けたかもしれないけれど、でも、同時に勝ったんだ、と感じました。彼らの心は、現代の私たちに、しっかりと受け継がれている。そして、彼らの気持ちを、私たちはずっと覚えている。時代が変わり、次の世代、また次の世代になっても。ずっと。

知覧特攻平和会館を見学した後、そこから車で10分のホタル館へ行きました。ホタル館の南西50メートルくらいのところに市の無料駐車場があり、そこへ車をとめました。

ここは、軍の指定食堂だった富屋食堂を、当時の場所に再現した資料館になります。富屋食堂を経営していた鳥濱トメさんは、若い特攻隊員たちにとって、お母さんのような存在だったそうです。

トメさん、そしてトメさん家族と、特攻隊員との交流の記録が残されていました。古い建物の中にいると、少しだけタイムスリップしたような、当時の空気に触れられたような、そんな感覚に陥ります。当時、トメさんのような温かい人がいてくださって、本当によかったです。

その後、私は車で1時間走ってフェリー乗り場へ。桜島に渡り、その日は桜島で一泊。知覧特攻平和会館とホタル館は内容が濃いので、しっかり見学すると、一日では足りないくらいです。

翌朝、桜島のホテルを出発し、鹿屋航空基地史料館へ。ホテルからは1時間くらいの距離でした。

鹿屋航空基地史料館にも特攻隊員の資料が展示してあります。そして、他にも真珠湾攻撃の詳しい解説などがあり、とても勉強になりました。

零式艦上戦闘機(ゼロセン)について特集した映像は、見応えがあります。30分弱のビデオでした。

当時の技術者たちの奮闘がどれほどのものだったのか。技術がなければ軍事力にはつながらない。ゼロセンを開発する方も、操縦する方も、作戦を指揮する方も。本当に大変な時代を、それぞれの立ち位置で一生懸命にがんばったのだと思います。厳しい時代の中、日本という国の存続の危機に際し、子孫にバトンをつなげてくれた先人の方々がいらっしゃった。感謝の気持ちでいっぱいです。

 

2018年明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。2018年です。

初夢は元旦、もしくは二日に見る夢らしいので、31日から1日にかけた夢は初夢ではないかもしれないけど、私が今朝思い出したのはこんな夢でした。

果樹園にあったはずのハゼノキが、なくなっているのです。周囲は更地で、整地されていました。本当はビワや桃の木などもあったのですが、それもすべてなくなっています。でも私が気にしていたのは、ハゼノキのことだけでした。

夢の中、更地になった土地を見て、すっきりしたような、寂しいような気持ちになりました。

 

さて、元旦の今日、庭にチューリップの球根を植えました。アペルドーンとアプリコット・ビューティー。そして、ブルージャケットという品種のヒヤシンス。春が楽しみだなあ。

2018年の抱負ですが、今年は英語の勉強をがんばるということで、TOEICを受けます。年末までにどれくらい得点できるか、自分との勝負。スピーキングが苦手なので、そこもがんばりたい。年末、振り返ったときに、「日常会話なら大丈夫です」と自信をもって言えるのを目標にします。

そして、今年もやっぱり、自分の気持ちに正直に生きるということ。美しいもの、綺麗なものをたくさん見たいなあと思っています。自然の風景や、美術館、博物館、演奏会、などなど。刺激を受けて、また、たくさん文章を書きたいです。

今年もよろしくお願いいたします。

2017年を振り返る

あっという間に大みそかです。今年はどんな年だったかというと、自分の感覚に素直に生きることができた年ではないかと、そんな気がします。

自分の中の、「好き」という感覚を大事にしました。その結果、仕事の方向性も見えてきたかなあと、そんな感じです。

旅行もたくさん行きました。なんと伊勢神宮には3回です。12月には、念願の神宮会館に泊まって、憧れの早朝参拝にも参加しました。宿泊客を対象に、職員の方が1時間40分くらいかけて神宮内を案内してくれます。

これはとてもいい体験になりました! 冬の朝は寒いけど、でも空気がとても清々しい。最初に宇治橋の鳥居をくぐるときにはまだ辺りが暗いのですが、帰ってきたときには鳥居の上に太陽があり、その陽射しが温かいのです。日を体に受けて、太陽の恵を実感しました。

日中の参拝もいいですが、早朝の参拝はまた違った感覚でおすすめです。一人だと寒さでくじけそうな気持ちも、みんなで参拝すればなんだか心強い。

宿泊はやはり、神宮会館が一番いいなあと思いました。立地が最高です。目の前がおかげ横丁なので、お土産を買ったり、散策したりするのにも便利。

3月には金沢、山中温泉。7月には彦根城、9月には東京青山、11月には名古屋港、12月には三峯神社、結構いろんなところに出かけたなあ。

特に三峯神社は、2017年のうちに行きたいなと思っていた場所だったので、行けてよかったです。冬の凜とした、厳しく張りつめた空気が印象的でした。三峯神社には、夏よりも冬が似合う気がします。

今年やり残したことといえば、行きたかったレストランに行けなかったこと。思い入れが強すぎて、葛藤して行けなかった(^^; 行こうと思うと、どうしてもいろんな思いが渦巻いてしまい。普通にさくっと行けばいいのにね。過去の自分のあれこれを思ったり、怖気づいてしまいました。

まあ、今年は「自分の気持ちに素直になる」ことを目指していたので、迷うなら、行かなければいいと、そんなふうに吹っ切りました。2018年こそ行けるかなあ。行けそうならがんばって行ってきます。

夏には新車を買いました。つけてよかったナビとドライブレコーダー。特にナビに関しては、長距離を移動するのにとても助かりました。音声で案内してもらえるなんて、いい時代になったものです。ドライブレコーダーも、後から自分の運転を振り返ることができるので便利。もちろん、事故にあったときの安心感もありますしね。

私は車はできるだけシンプルに、アナログにしたかったのですが、ナビとドライブレコーダーは本当につけてよかったと思える機能でした。

あと、2017年に出会った製品で素晴らしかったのが、ランドリーマグちゃん。これは画期的製品ですよ~。世の中が大きく変わると思う。湯シャンを始めた私が、「洗濯の洗剤、もっとエコなの欲しいなあ」と思ってるときに出会いました。

興味ある方は、検索してみてください。要は、マグネシウムの入った袋を、水の入った洗濯機に入れるという、ただそれだけです。マグネシウムが水と反応して、アルカリイオン水ができます。

本当に洗浄力あるのかな?と思いつつ、購入して使ってみたところ、部屋干しのときに感じることのあった臭いが全然なくなりました。しっかり洗えてると思いますし、あと、洗濯機の中がすごく綺麗になった感じなのです。糸くずフィルターを外したときに、すみっこの方にカビみたいなのが見えて気になっていたのが、洗濯を何度もするうちに、どんどん薄くなっていきました。「ランドリーマグちゃん」を使うことで、排水ホースの中も綺麗になると書いてありました。排水ホースの中はのぞいてないのでわからないけど、この糸くずフィルターの周囲を見れば、排水ホースの中も同じことが起こっているであろうということが、想像はできます。

これは素晴らしい発見だと思いました。洗剤メーカーが怒っちゃうかもしれませんが、でも、大きな視点で見たら怒ってる場合ではないです。人間の未来にとって、素晴らしい発見ではないかと。もともとあったマグネシウムの、こんな働きに、気付いたことが偉い!

自分で実際使ってみて、良さを実感しました。ただ、注意点がひとつだけあって、水にマグちゃんを入れてから、ある程度の時間が必要だということです。すぐにはアルカリイオン水にならないから。私は少なくとも1時間はつけてから使ってますね。マグちゃんを水につけすぎて困るということはないので、気付いたら洗濯水を作っておくように心がけてます。

ランドリーマグちゃんが気に入ったので、その後、バスマグも買いました。前からいい入浴剤欲しいなあと思ってたのですが、化学製品が嫌で、なにか自然素材のものをと思っていたので、ぴったりでした。満足してます。

そして、2017年。忘れてならないのは膝の怪我です。忘れもしません。6月1日の早朝、私がゴミ置き場にゴミ捨てに行ったところ、カラスがいまして、ゴミを荒らしていたのです。2匹のカラスは私をちらっと見て、「まだ遠くにいるから大丈夫だな」という顔をして、エサ捜しを続けたのでした。

その姿を見て、これはいかん、人間の恐ろしさというものをカラスに教えなければ、この先もずっとゴミが荒らされてしまう、と思った私。猛然とダッシュしました。中学時代は陸上部で短距離を走っていたのです。スタートダッシュには自信があります。あっという間にカラスに追いつき・・・と思った瞬間、足がもつれて転びました(^^;

運動靴ではなかったのが悪かったのか、足が衰えていたのか、とにかく派手に転びました。靴も脱げました。きちんと両手をついたので頭や顔は無事でしたが、両膝、両手を強打。ものすごい音がして、カラスは吃驚し逃げていきました。

恥ずかしいので、私は何事もなかったかのように立ち上がり、靴を履き、落としたゴミ袋を拾って、涼しい顔で歩きましたけれども。家に帰ったらわりに傷口は深く。両手もそうですが、膝も、ズボンをはいていたにもかかわらずかなりの出血。

左膝の傷は、半年経った今も残っているほどです。でも、カラスは私の勢いが恐ろしかったのか、以降、すっかり姿を消してしまいました。よかった(^^) ゴミが荒らされることはなくなりました。

2017年は、親戚のおじいさんの入院も、大きな出来事でした。軽費老人ホームから、介護老人保健施設へ移りました。その間、高齢者の介護というものについて、いろいろ考えさせられました。

ひとつ思うのは、「死」が特別なものでない、ということです。人が生まれ、死んでいくことは当たり前のことで。その死に、無理に抗うということは、それこそが不幸ではないかと。

年をとって、できなくなることが一つ一つ増え、やがて死に至る。それは、とても自然なことなんだと思います。いかに自然に見送るか、というのが、幸せではないかと。

死は、寂しいけれど、とても自然なこと。死なない人間なんていないんですよね。いかに看取るか、私はそういう看取りができる施設を応援したいし、そういう施設こそ必要なのだと考えています。この話については、またいずれじっくり書きたいなあと思っていますが。

2017年、今年もいい年でした。ありがとうございました。皆さまもよいお年をお迎えください。