8月1日(土)ソワレ。帝国劇場で上演中の、ミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタバレしていますので未見の方はご注意ください。
2006年に私が大いにはまった、大好きなミュージカルの再演です。初演があまりに素晴らしかったので、再演への評価はどうしても辛口になってしまうのですが。でもやっぱり面白い。音楽は名曲ばかりで心を打つし、伯爵の言葉には考えさせられるし、ダンスシーンには目を奪われます。
再演で一番驚きだったのは、なんといってもサラ役の知念里奈さんが予想以上の歌声を響かせてくれたということ。私は前回の剱持たまきさんがお気に入りだったんですが、たまきさん以上に声量があります。オーケストラに負けてない。迫力があります。
それだけに、伯爵との対決は見応えがありました。伯爵も安心して向かい合っていた感じ。透き通った、風鈴のような声です。凛としてよく響きます。
知念さん、最初はサラ役とはイメージ違うかなあと思っていたのですが、そんなことなかったです。
実際に舞台を見た上での印象は、こんな感じですね。
2006年 剱持たまきさん・・・浮世離れした妖精さん。よくも悪くも、透明。足元がふわふわ、地上から2センチは浮いている。
2006年 大塚ちひろさん・・・自分の意志をしっかりもった現代っ子。感情におぼれず、冷めた一面を持つ。
2009年 知念里奈さん・・・大人びた少女。たまきさんのサラに、人間的な色をつけた感じ。声がどこまでも届く。
上記3人の中では、私は知念さんのサラが一番よかったです。歌詞が音楽にのまれてしまうところがなくて、全部声が通ってる感じで、すごいなあと思いました。こんなに歌のうまい方だったとは・・。
伯爵だったらどのサラを選ぶか。
やっぱり知念さんかなあ。人間ぽさというのが、重要かもしれません。
若くて、無邪気な人間の娘。
舞踏会の後、伯爵がふいっと興味をなくしてしまうことを考えると、サラはあくまでごく平凡な人間の娘、というのがいいかもしれません。そして歌がいい。やっぱり伯爵とのデュエットは、歌がうまいサラだと迫力があって一層盛り上がります。
新しいキャストが何人かいらっしゃったので、それぞれ感想を。
あくまで個人的な感想です。
まず、アブロンシウス教授役。市村正親さんから石川禅さんに代わりました。
これは、代わってみて、あらためて市村さんのすごさを思い知らされたような感じです。あの、飄々としたおかしさや、妙に世俗的な権力欲を、嫌味なく演じていたのは、市村さん独特の味だったのだと思い知らされました。2006年はそれが当たり前のような気持ちになってしまっていました。図書館で本の山に浮かれ、早口言葉のように歌うシーンなど、ときにはセリフを忘れてしまったのか口の中でモゴモゴ言った回もありましたが、それさえも教授の魅力に変えてしまった。芸だと思います。
禅さんはその後を引き継いだので、大変ですよね。絶賛された役を引き継ぐのは、プレッシャーもあり。また、前任者がすでに高い位置に持ってきた芝居の、それ以上を当たり前のように求められてしまうことにもなります。
第一印象は、若い教授だなあと思いました。声が若いんです。だからアルフに対して、余裕がないような感じがしました。アルフを手のひらで転がすような絶対的な自信が出てきたら、もっと面白い教授になるのではと。
それは、伯爵に対しての態度にも感じました。お城で伯爵に対する場面。恐怖が強調されていたように思いますが、その一方で、切り替えの早いお茶目な面も、もっと強く打ち出せばいいのになあと。著書を褒められ、とたんに、「でしょでしょー」っと、あっさりデレデレになってしまってもいいのでは?
全体的に、萎縮しているというか恐怖感というか、余裕のない感じになってしまっているのがもったいないような気がしました。歌はさすがの迫力なので、この先きっとどんどん変化して、最高の教授になってくれるのではないかと期待しています。
次にシャガール役の安崎求さん。禅さんと同じで、声が若くてびっくりー!です。お父さんというより、お兄さんという感じ?
私はもともと、教授はおじいちゃんで、シャガールはおじちゃんというイメージを持っていたんですが、再演バージョンはこの2人が若いのです。若すぎるくらい。
レベッカが年下の男性と再婚して、サラにとっては継父なのでは?と思ってしまうぐらいに。
そういえば、サラに対するラブっぷりは、盲目的というよりはいくらか冷めたものに思えました。サラへの思いよりも、マグダに対する執着の方が強いような。マイホームパパというよりは、わが道を行くタイプのように感じます。
マグダ役のシルビアさんは、歌が素晴らしいです。色気はもう少しあってもいいかなーと思うけれど、歌の迫力は文句なし、です。色気って、難しいですよね。変に出せば下品になるし・・・それを思うとこのままでいいかなあ・・・でももう少し、愛人ぽい感じが出るといいのになあと、どうしても思ってしまうのです。
アルフレート役は泉見洋平さんでしたが、さすが、安定してました。もう、アルフレートそのものです。
怖がりだし、単純だし、頼りないんだけどサラを思う気持ちは一途で。好青年で好感がもてるんですよね。「サラへ」を熱唱するシーンは感動でした。
ヘルベルト役の吉野圭吾さんは、Tバックがすごい! もうヘルベルト役を他の人がやることが想像できないです。
他の人がやるのを想像できないといえば、クコール役の駒田一さんも。クコールの愛すべきキャラクターを確立しましたよね。
影伯爵を踊る森山開次さん。墓場のシーンでは、苦悩を全身で表現されていました。新上裕也さんを見たときよりも、苦悩の量は多かったようなイメージです。激しい「動」で内面を表現する感じでしょうか。新上さんはそれに比べるともう少し、「静」だったかな。
同じ苦悩を表現するのにも、違いがあるのですね。墓場では伯爵に注目しようと思っていたのですが、ダンスには思わず引き付けられました。それと、墓場以外のダンスシーンで、去り際にクルクルと激しく回転するところがあって、(あれ、たぶん森山さんだと思うのですが・・・確信はもてないので、違う方だったらすみません)それがすごく印象深かったです。圧倒されました。
では、最後に山口祐一郎さん演じる、クロロック伯爵について語りたいと思います。
サラを誘惑する場面、歌い方を初演と変えているように思いました。気のせいかな? 初演をそのままなぞるんじゃなくて、一旦壊してまた新たに作り上げてるんだなあと感じて、プロだ~と思ったのですが。でも私は初演の歌い方の方が好きです(^^;
一幕最後のロングトーンは、初演と同じド迫力でした。ただし、その後は演出の変更で、笑い声が入ってる・・・。初演のときは、伯爵が振り返って見得を切るのがかっこよかったんですよ~。なぜそのシンプルな形を崩してしまったのか、残念でした。
笑い声を入れれば単純に不気味さは増すし、見得を切るところを間近で見られない後ろの席や2階のお客さんにとっては、その方がお城の雰囲気をつかむのにいいのかなあとは思いますが・・でも。
やっぱり静かにマントの後姿で存在感を示し、やおら振り返って、カッと見開いた目で威嚇する・・・というのが、私は好きでしたねえ。笑い声は、邪道のような。
変えて欲しくなかった点はもう一つあって、それは墓場シーンの終わり。
これは私の記憶違いかもしれませんが、初演は、すーっと流れるように去っていった記憶があるんですが、今回は墓場を通り抜けるのに、一直線ではなくカクカクと曲がったような? なにか不自然さを感じたんですよね。
伯爵は、足音すら感じさせず、空中に浮いているように移動してほしいのです。去り際、墓石が邪魔で一直線に歩けないなら、墓石をどかしてもいいのになーと思いました。配置をもう少しずらすとか、できないんだろうか。
今回、『抑えがたい欲望』を歌う伯爵も素晴らしかったですが、それ以上に胸を打たれたシーンがあります。それは、舞踏会での演説です。「さあ諸君よい知らせだ・・・」から始まるその歌! ものすごくパワーを感じました。なんだか伯爵がやけになっているというか、もう捨て身のような、覚悟が伝わってきたのです。
墓場のシーン。影伯爵の断末魔ダンスを見ただけに、余裕たっぷりの伯爵の歌に、せつなさを感じてしまった。余裕を装ってはいてもね。愛する人を次々に失った、その苦悶の果ての、舞踏会だから。
死にたくなるほどの永遠。退屈な毎日。それをただ一時、慰めるためだけの舞踏会。そこに意味を問われれば・・・返す言葉はないでしょう。一時の快楽、それが終わればまた、気だるい繰り返しの日常がやってくる。だけど伯爵は、嬉しそうに笑って、吸血鬼たちを煽ってる。その言葉が本心から出たものか、虚しさに気付いていないわけはないのに、伯爵の声は強くて。印象的でした。胸にせまるものがありました。
欲望こそが、この世界で最後の神になる。伯爵はそう宣言しました。たとえ刹那の快楽でも、それを満たすことの繰り返しでしか、存在価値を見出せないというか、他に手段はないんだなあと、しんみりしてしまいました。
カーテンコールは観客も全員立ち上がり、お祭り騒ぎで手拍子したり踊ったり。この作品は、いろいろあっても、最後はハッピーな気分になれるところがいいですね。吸血鬼たちはみんな、幸せそうなのです。存在意義に、疑問を感じたりしないのです。たぶん、伯爵だけが異分子。その伯爵も、カーテンコールでは煩悶の欠片も見せない。
アルフレートも、愛するサラと仲間になれて嬉しそうだしね。教授は現状をわからないまま、自分の夢の世界に羽ばたいちゃっているし。「これにて、一件落着」的な空気の中、舞台だけじゃなく、客席も総立ちで、なんだかわからないけど踊ってるという(笑)いいのかそれで。
そうやって踊りまくってぱっと終わった後、東京駅まで涼しい夜風に吹かれ、歩く道筋で人生の意味などを考えてみるのも、『ダンス・オブ・ヴァンパイア』の醍醐味かと。
こんなミュージカル、珍しいのではないでしょうか。
再演で、お城のバスルームがゴージャスになりました。でも私は、なんだか初演のバスルームが愛おしいのです。ゴージャスなバスルームを見てあらためて、あの小さなバスルームが恋しくなってしまった。
あのとき、年末に『MA』が控えていたから。『V』は、制作にあまり力を注いでもらっていなかったような気がするんですよね・・。セットも、気のせいか(^^;『MA』と比べると少し・・・。
でもその分。スタッフやキャストの意気込みはすごかったんではないでしょうか。あの小さなバスルームを、おかしいなんてちっとも思わなかった。セットにも魅せられた。
そしてなにより、出演者全員の意気込みが、舞台に魔法をかけたような気がします。期待されてないんなら、やってやろーじゃん。見せてやろーじゃん的なもの。プレッシャーがない分、大胆に仕掛けることができたのかなあ。演出の山田和也さんも、出演者たちをガチガチの枠組みにはめこむタイプの方ではなかったような。ある程度、自由を持たせてあげたのではないでしょうか。
初演はもう、すごい勢いで変化していきましたもん。舞台はどんどん、熱くなっていった。クコール劇場だって、あれ、熱意の賜物ですよね。誰かに強制されたんではなく、情熱から自然に生まれ出たもの。それを見たほかの出演者だって、絶対影響受けますよ。
ということで、初演はある意味、本当に特別なものだったなあと思いました。予感はしていましたが、やはり初演と再演は別物です。再演も素晴らしい作品ですが、でも、私は初演を見られたことを誇りに思ってしまうのです。ちょっと自慢なのです。うれしいのです。