『青い鳥』 野沢尚 著 感想

『青い鳥』野沢尚 著を読みました。以下、感想をかいていますが、ネタバレしていますので未読の方はご注意ください。

 あの名作ドラマ『青い鳥』の小説版です。ドラマでは描かれなかった、登場人物たちの細かなエピソードも載っています。映像では、表情を読み取るしかなかったものが、文字として心理描写されているので、また新鮮な気持ちであのドラマのことを思い出しました。そしてあらためて、ドラマのことを考えたとき、自分が以前とは違った感想を持っていることに気付いたのです。

 主人公の理森(よしもり)、そして運命の相手、かほり。
 二人の絆は運命的で、とても強いものだ、と思っていました。敢えての過去形です。

 今は、そう思っていません。
 小説版のかほりの生い立ち、そして理森の子供時代を知ったから。

 理森は、かほり親子に振り回されてしまった・・・と思っています。相思相愛の二人が、手に手をとって駆け落ち、なんていう純愛ではないと思うのです。

 かほりは、理森でなくても、他の人でもよかったのでは?と思えてなりません。
 田舎の閉塞した空気、名士の妻という立場の息苦しさ、そこから連れ出してくれるのであれば、それが、「理森」である必然性はなかったでしょう。もちろん、夫の広務よりも好感の持てる相手、という条件はつきますが。

 夫よりも気持ちが許せて、自分を今よりもっと自由にしてくれる相手。それがたまたま、理森だったように思いました。だから、かほりには逆らえない激流のような情熱は、なかったと思います。そして、それは理森も同じこと。

 本を読み終えて思ったのは、理森は「助けたい人」だったんだなと。誰かを助けたかったのではないでしょうか。誰かを助けることで、子供時代の自分を救いたかった。なんの過去も痛みも持たない女性には理解できない闇を、彼は抱えていた。

 理森が、幼馴染の美紀子を選ばなかった理由は、そこにあると思いました。
 だけど、もしかほり親子が清澄の町に現れなかったら、理森は美紀子と自然な流れで一緒になっていたと思います。美紀子の思いを、拒むほどのはっきりした意志を、理森は持っていなかったと思うからです。
 心の奥深くに眠る、自分自身の痛みを、かほり親子に投影した。だからこそかほり親子を助けずにはいられなかった。けれど彼女たちに出会わなければ、きっと理森は美紀子と、平穏な幸せを手に入れたでしょう。
 美紀子と一緒になれば、違う人生が、もっともっと幸せな人生が、理森にはあったのではないかと思いました。優しい美紀子と歩む人生は、きっと理森を癒し、暖かな光となったと思うのです。

 本に書かれたかほりの過去を読んで、これは広務が相手でも理森でも、普通に結婚生活を全うするのは無理だなと思いました(^^; いいとか悪いとかではなく、生きる価値観が違いすぎる、生きてきた世界が違いすぎるからです。

 

 理森とかほり、無事に夫婦になれたとしても、その先の展開が、予想できてしまう。

 かほりは、理森が夜勤の日に、一人で居酒屋に飲みにいっちゃうでしょうね。罪悪感はないのです。ただの、気晴らしです。それでも理森が知れば不快に思うであろうことは予想できるので、おそらくこっそりと。
 そしてそのうちに、だんだん気が緩んで。行く回数が増えると思います。別に浮気とかじゃなくて。単純にお酒で憂さ晴らししたいのと、それからお酒の場の陽気な雰囲気が好きで。
 いつか理森にばれます。当然怒るでしょうね。俺が夜勤のときに何やってるんだと。誌織もまだ小学生なのに、夜にひとりにして危ないじゃないかと。

 そしたらかほりは反発しますね。私だって羽を伸ばしたいときがあるの。誌織は寝てたから、私が出かけたって大丈夫だと思った。
 きっと理森は言うでしょう。「それならなんで、あらかじめ俺に言ってくれなかった?」
 かほりは答えたでしょう。「言ったらあなた、気持ちよく私を送り出してくれた? 駄目だって言うに決まってる」

 正論なので、理森は反論できずに黙りこむでしょうね。険しい目のままで。かほりも負けずに、怒りを隠そうともせずにまっすぐに理森を見上げて。

 そして数日後、かほりは居酒屋で出会った、ちょっといいなと思っているお客さんに、愚痴をこぼすでしょう。
 「どうして別れないんだ?」
 問われたら、きっと悲しい目をして答えるのです。
 「あの人には、恩があるから。子供のことも全部、助けてくれた人なの」

 お客さんは、義憤に燃えますね。
 恩を売って相手を縛ろうだなんて、とんでもない奴だ。目の前にいるこの不幸で美しい女を幸せにできるのは、俺だけだ、と。

 あれ、どこかで見たパターン。そう、広務が悪者になって(まあ実際悪かったと思いますけど)、理森とかほりが盛り上がったときと同じなんですよね。
 理森は無口だし、そこまで単純ではないので、かほり親子と実際に逃避行を始めるまでには、「どうして別れないんだ?」なんて無責任なことは口にしませんでしたけど。そういうところも、理森はすごく良識があったなあと。いくら自分がちょっといいなあと思う相手でも人妻だから。誤解を招いたり、相手に期待をもたせるようなことを、言ったりはしなかった。今あらためてドラマのことを思うと。誘惑するのはいつも、かほりなのです。

 自分が誘惑してるつもりはないでしょうけど。たぶん性格なんだろうな。結果的にはものっすごく、かほりは理森を誘惑しちゃってるわけですよ。
 会って間もない男性に、「この町から私を、連れ出して」とか、言っちゃうんだから。書いてて思ったけど、本当に凄いセリフだなあ。

 私がこのドラマの中で二番目に印象に残っている、あの赤いカサが風に飛ばされるシーン。雨にうたれて、天を仰いで、そして理森と目を合わせたかほり。でもかほりの目に、理森は特別な存在として映っていなかったような気がするんですよね。かほりにとって、理森は町人の一人にすぎず。
 そして理森も。
 確かに、吸い込まれそうに美しくて、儚い人で。でも彼が何より心を動かされたのは、そのときのかほりがあんまり、寂しそうにみえたからではないでしょうか。雨が、とまらない涙みたいに。この人も、なにかにひどく傷ついて、泣いている人なんだと。そのことが、理森の心に深く、突き刺さったような気がします。

 かほりは、理森を深く愛していなかったからこそ、「連れ出して」なんて軽く言えちゃうわけですよ。もし本当に大切な相手だったら、絶対に口に出せないセリフ。だって、あんまりにも申し訳なさすぎるから。理森が自分と一緒になって、幸せになれるかどうか。いくらかほりだって、わかっていたはずです。不倫の汚名。子供がいる責任。
 本気で好きだったら、言えないだろうなあ。

 理森の行動を見ていると、かほりへの愛が高まって、やむにやまれず逃避行したというより、かほりの積極的な姿勢に押し切られたって感じるんですよ。自分から行動起こしてることは、ないといってもいい。いつもかほりが、導いてる。
 乙女が原での告白も、かほりから。あんな場所で二人きりになったのは、理森がうかつだったといえばそれまでですけど。でもその前に、広務がかほりを思いきり傷つけたから。かほりに聞かれているとも知らず、彼女を金で買った高価なオモチャ扱いしたから。
 それは気の毒に思いますよね。誰でも配偶者からあんな言い方されたら、目の前真っ暗になると思います。理森はかほりを、そんな最低な夫のところへそのまま送り返すのが忍びなかった。星空を見て、夜風に吹かれて。少しでもそれが、かほりの慰めになるならと思って、寄り道したんだと思います。たぶん理森も、つらいときに乙女が原でひとりで、星を見ていた日があったんでしょう。

 だからこそ、、私はかほりをずるいなーと思ってしまう。自分がつらいからって、優しい人を巻きこんじゃいけません。すがる手を、振り払えない人だとわかっていたくせに、「答えなくて、いいからね」なんて、あんまりにもみえみえのセリフ。

 乙女が原の一件の後。かほりはどこかで、「理森はもう私の物」という勝利を確信していたように思います。だからきっと、その後の理森のつれなさを疑問にも感じたし、苛立たしかったでしょう。別荘に誘うとか、もうねー、どんだけ自信があるのかと。そして、それがどれだけ、理森の将来を傷つけるか、まんざら知らないわけでもないでしょうに。

 一貫して、かほりに押し切られる形の理森ですけど。唯一自分から、かほりに別荘で会うことを持ちかけたときがあって。でもあれって、絶対別れ話だよな~と思うのです。長野支社に行くことを決めたと、自分の口からはっきり告げたかったのでしょう。妙な期待とか、希望とか、それは逆に残酷だから。

 かほりと誌織の逃避行。そこに理森がいなければならなかった理由。やはり、かほりの身勝手さだなと思ってしまうのです。
 広務はとんでもない奴ですから、そこから逃げたいと思うのはわかります。でもそれに、他人を巻きこんじゃいけないのです。相談するなら、しかるべき公的機関でなくては。
 なんなら舅になるはずだった純一郎に相談してもよかったかも。彼は、息子とかほりの結婚を望んでいなかったから。きれいに別れて息子に泥を塗らないなら、かほり親子の旅立ちを喜んで見送っただろうし、当面の生活費となる手切れ金も渡したと思いますよ。スキャンダルになるくらいなら、お金で解決したかったでしょう。広務が激高しないよう、別れ方もそれなりに考えてくれたはずです。広務が激高しない別れ方・・・たとえば、かほりが酔って大勢の前で醜態をさらすとかね。とにかく嫌われるように、百年の恋もさめるように、振る舞えばいいのです。「あんな女、こっちから別れてやる」と思わせるように。

 かほりの死の責任、私は、すべて広務にあると思っています。いくら怒っても、あそこまで追いかけるのは異常すぎる。理森を殺そうとしたのも、常軌を逸しています。でも、どうして理森はかほりの死に関して、すべての罪を引き受けたのでしょうか。

 もちろん、たとえ自殺であっても、守りきれなかったのは殺したのと同じだ、と考えていたこともあるでしょうが。詩織ちゃんの存在も大きかったのではないかと。
 当然、理森の関係者が面倒をみるわけにはいかないし。かほりに頼りになる身内はいない。施設か、広務か、その二択しかなくて。
 広務は、異常な人ではあっても、今まで詩織をいじめるようなことはなかった。だったらせめて。詩織が寂しい思いをしないように、せめて、父という存在がある場所で育ってほしいと。それに、純一郎は世間体を考える人でしょうから、その点も安心です。世間からみて、むごいと思われるような扱いはしないはずで。

 成長した詩織は、山田麻衣子さんが演じてらっしゃるのですが、ベストキャスティングです。
 無邪気な子供時代の鈴木杏さんから、果てしない闇を抱えた目の山田麻衣子さんへ。その対照的な明と暗が、ドラマを一層盛り上げたと思います。

 山田さん演じる詩織は、目の奥が真っ暗なのです。
 けれど、それがリアルだと思いました。実の父が暴力男で、やっと逃れて新しいお父さんができて。でもうまくいかなくて、お母さんは自分を連れて別の男の人と駆け落ちして。あげく、その男の人に崖から突き落とされて死ぬ。結果、天涯孤独になってしまう。お母さんが駆け落ちした男の人は、自分も好きだった人だから、よけいになぜ?と思ったでしょうね。どうしてお母さんを殺したの?って。真実を聞きたいと思うのは当然だし、裏切られたと恨んでも無理ありません。
 そして引き取られた相手が、自分のあんまり好きじゃない、しかもお母さんが逃げ出した相手だっていう、この絶望ね。そして逃げる場所も、帰る場所も、どこにもないわけです。

 そりゃあ、そういう目にもなるよなあと思いました。出所した理森が、誌織を気にかけるのも当たり前です。でも何にもできない。

 物語の最後。結局理森は誌織と結ばれるわけですが。
 正直、ひどいな・・・と思ってしまいました。理森が気の毒で。理森の性格で、立場で、詩織を突き放すことはできないから。それは愛というより、同情ではなかったかと。

 私思うんですが、理森は誌織じゃなくても、幸せになれたんではないかなあ。美紀子と一緒に過ごす幸せが、容易に想像できてしまう。理森の青い鳥は、美紀子です。近すぎて見えない。ドキドキもない。でもささやかで、かけがえのない幸せ。

 ただ、誌織は理森じゃなきゃだめでしょう。仮に理森と結ばれなかったら、一生理森の影を追い続けて生きたような気がします。あの暗い目のままで。理森には、それがわかったんじゃないでしょうか。だから、19歳になった詩織に求められたら、応えざるを得ない。

 ドラマは、キャスティングが秀逸です。理森は、豊川悦司さんじゃなきゃ駄目だし、夏川結衣さんが演じるからこそのかほりだったし、広務を佐野史郎さんが演っていなければ、物語の色が全然違っただろうし。美紀子のけなげさは永作博美さんでなければ出せなかったし、詩織を表現できたのは、鈴木杏さんと山田麻衣子さんだったからこそ。

 ただ、前田吟さんの役は、もうちょっと暗い役者さんでもよかったかなあと思わなくもありません。前田さんだと、悲しみを抱えたまま前へ進むというより、悲しみを全部記憶から消して、前へ進むタイプにみえてしまうから。奥さんに逃げられたことも、過去になってしまっているように感じました。そして奥さん役のリリィさんも、ちょっとおとなしすぎるかなあと思ってしまった。理森のお母さんなら、もう少し、派手な部分があってもいいのかなと。逃亡した罪悪感や月日が若い日の面影を消したとしても、ふとした瞬間に垣間見える激しさや、情熱、みたいなものを。きっと持ってる人だと思うから。そうじゃなきゃ、いくらなんでも、理森とお父さんを残して、他の男の人と消えたりしない。

 青い鳥は、いつだって、手の届く場所にあるんだろうと思いました。ただ、それを手に入れられるかどうかは、わからない。どんなに近くにいても、その存在に気付かなければ。

 理森の青い鳥、美紀子は。
 結婚したら、一緒になったら理森を幸せにする自信があって、だから告白したんだと思いました。そこがかほりとの違いです。かほりは、自分が相手を幸せにするかどうか、そこはあまり気にしていないと思うから。
 理森の幸せを考えたら、「連れ出して」なんてとても言えない。

 もし美紀子が、理森と一緒になって理森を幸せにする自信がなかったら、どんなに好きでも、黙っているだろうなと思いました。

 理森は、かほりにも誌織にも同情していた。特に、自分のせいで母親を奪ったと、詩織には罪悪感を抱いていた。だから詩織には逆らえない。詩織が望めば、一緒になることも厭わない。
 なんの負い目もないかほりにさえ、人生を捧げた理森だから。

 詩織はかほりに似てるのかもしれません。もし理森を大事に思うなら、本当に好きなら、二度と会わないという選択もあった。母を殺したと恨んでいた、真実を知りたかった15歳ならともかく。19歳になって、理森が自分たち親子のためにどれだけの犠牲を払ったかを知ってなお、自分の気持ちを優先して、彼を求めるのは、それってどうなんだろう?と。

 ドラマを初めて見た時から時が経ち、あらためて小説版も読むと、ドラマに対する思いも変わってくるなあと、実感しました。

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