『マリー・アントワネット』はどこへ行こうとしているのか

 帝国劇場で上演中の『マリー・アントワネット』についての感想です。ネタバレ、厳し目の意見などを含んでおりますので、未見の方などはご注意ください。

 素材は悪くない、それどころか恵まれてると思うのだ。『マリー・アントワネット』は有名だもの。その名前だけで、面白そうだな、と興味をひかれるご婦人は多いと思う。帝国劇場の客層というと、やっぱり女性がメイン。それも、30代以上の、いろんな意味で余裕のあるおばさまが多い。

 宝塚で『ベルサイユのばら』が大ヒットしたのもうなずける。フランス、革命、華やかなドレス、悲恋、お姫様。

 女性のツボを、きっちり押さえてる。

 『ベルサイユのばら』を見て感激した人なら、帝国劇場で『マリー・アントワネット』を上演すると聞いたら、一度は見てみたいなと思うだろう。

 キャストだって、実力派揃い。マリー役の涼風真世さんの透き通った歌声。マルグリットのWキャストで、力強い歌声を響かせる新妻聖子さん、笹本玲奈さん。

 そして、カリオストロを演じる山口祐一郎さんの魔法の声。

 その他のキャストも、歌と演技には自信ありの人ばかり。テレビ的な知名度からいうとどうしても舞台役者は不利だけど、逆に言えば今回は、知名度のためにテレビの世界から人寄せパンダで引っ張ってきた人がいない舞台。

 これが舞台の醍醐味、だと思うのよね。

 ほんの数年前まで、ミュージカルを全く見たことがなかった私が偉そうに言うのもなんだけど、生の舞台のよさって、テレビとはまったく違うところにある。どうしても舞台は敷居が高くて、そもそもチケットってどうやって買うわけ?とか、客層はどんな感じなの?とか、実際に見るまではいろいろ不安があるものだ。

 だけど、本当に「いい役者が、いい演出で、いい素材の舞台を務めた」のを、その場で体感したなら、テレビ以上の感動を得ることができる。

 映像マジックが効かないから。その瞬間が、そのまま勝負になる。板の上に上がったら、赤裸々にその人が炙り出されると思うのだ。撮り直し、なんてものもなし。よさはそのままに、駄目なところも駄目なままに、残酷なほど正直に、舞台は進んでいく。

 前置きは長くなったが、要するに何が言いたかったかというと、公式のHPで空席状況を見た驚き、だ。席に余裕有を示す丸印が、ずらーっと並んでる。千秋楽以外、売り切れてる日がない。その中で不自然に、5月3日だけ売り切れ。

 何故か? 山口さんのトークショーがあるから。

 いいの?それで・・・・と思う。トークショー頼みってどんなんだろ。あれだけ恵まれた素材で、恵まれた作曲家で、恵まれた脚本家で、恵まれた役者を揃えて、恵まれた制作費で、その結果がこれ?

 どうして観客に受け入れられなかったか、責任者は真剣に考える必要があると思う。勿体無さすぎる。演じる役者も、毎日消化不良な思いを抱えてるんじゃないだろうか。本当はこんなはずじゃなかったのに、本当は、本当は・・・。

 これは勝手な想像ですが、忠告する人って、絶対いたと思うんだよね。「こうした方がいい」とか、「これはちょっと」とか。

 その人たちの声を、誰かが押しつぶしたんだろう。

 そりゃ確かに、私は山口ファンである。トークショーは嬉しい。だけど、トークショーで私たちを楽しませてくれる山口さんを見るより、やっぱり舞台の上で、圧倒的な存在感で世界を操るカリオストロを見たかったよ。

 カリオストロの繰り出す魔法の中で展開する、絢爛豪華な貴族たちのパーティー、マリーとフェルセンの悲恋、革命の激しさ、マルグリットの変遷。観客の心が当時のフランスに飛んで、なんの疑いも抱かずに夢の世界に揺蕩うことができたなら。それが時には陶酔感や笑いだけでなく、悲しみや嫌悪感や絶望であっても、観客は舞台上のすべてを受けとめたし、「また見たい」と思ったんじゃないだろうか。

 帝劇ロビーに飾られた山口さんの色紙。「須臾の夢」という言葉に、役者の真髄を見た。

 そうだよ、役者は夢を見させるのが仕事だもの。客は夢を見たいのよ。どんな現実を抱えていようとも、ひと時の夢を見るために劇場に来る。ワクワクしたいから。楽しみにやってくるんだよ。その夢に応えようと思ったら、製作側は自己満足してる場合じゃない。観客のニーズをリサーチすることも大事だし、生の意見を参考にすることも大事。

 トークショー頼みになってしまっている現実が、悲しいです。

 あともう一つ気になったことが。グッズを販売するのはいいのですが、どうして最初からやらなかったんだろう? 劇場で、演目にちなんだ商品を見たり、買ったりするのも楽しみの一つなのに。

 あんまり高いものはともかく、1000円以下で実用的なもの(食物や消耗品)なら、女性は気軽に買うと思う。ただし、食物はおいしくなくてはダメ。ここはポイント。今回、新発売のラムネ・・・パッケージのデザインはいいけど、ラムネって、何故ラムネ?駄菓子みたいなものよりも、量は少なくてもいいから、高級でおいしいものの方がいい。それは、帝劇に来るお客さんの年齢層を考えてみればすぐわかると思うんだけど。10代中心ならともかく、ある程度高齢の女性が多い中、ラムネという選択は違うのではないか? たとえば一粒でいいから、カリオストロ印の高級チョコレートを売り出してみたら?

 幕間に、劇の感想などを語りながら気楽につまめるオシャレなお菓子や飲み物が、売店にあったらよかったのにと思う。せっかくフランスが舞台なのだから、当時のマリーが好んでいたお菓子など、再現したら素敵だったのにな。

 まあそうは言っても、売店の商品うんぬんは所詮、瑣末なことだけど。本編の舞台さえよければ、他のことなど吹っ飛んでしまうもの。

 つくづく惜しい。勿体無い、と思う。無限の可能性を秘めた舞台だったのに。残念です。

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