『涙』乃南アサ著

『涙』乃南アサ著を読みました。以下、ネタバレを含む感想ですので、未読の方はご注意ください。

最終的な謎解きまでの、話の流れがうまいなーと思いました。ただ、これはタイトルが合ってないです。「涙」って、いう話ではないような。そりゃ泣けるけど、でも、涙がメインテーマではないような気がします。

Sound Horizonの歌で、『辿りつく詩』というのがありますが、それに近いものを感じました。

簡単なあらすじを書きますと、恵まれて育ったお嬢様の萄子が、「忘れてくれて、いい」という電話を残して消えた刑事の婚約者、勝を捜し求める物語なのです。消えたときの状況から、勝には先輩刑事の娘を殺害した容疑がかかっており。

周囲から、「忘れろ」と忠告を受け続けながらも、萄子はお嬢様とは思えぬ行動力で、わずかな手がかりを頼りに勝を探し続けて・・・。

勝の逃避行に関わるのは、幸せに生きているとは言えない人たちばかり。そうした人たちと触れあいながら、自分とは違う世界に逃げていった勝の足跡を、ひたすら追い求める萄子の姿がけなげです。

ある日突然、結婚を約束した大好きな人が理由も告げずに消えたとしたら・・・。その後の行動は、愛情の深さによって変わるでしょうね。その人のことをよく知らなかったら、自分の知らないなにかがその人にはあったのだと、諦めるでしょう。でももし、本当にお互いに信頼しあい、将来を誓い合った相手だとしたら、私もやっぱり、追いかけるだろうなあ。

なにも理由を話さないで黙って消える、というのは卑怯な話で。心変わりなら、それはそれで仕方ないけど、でも萄子と勝のようなシチュエーションは、あまりにも酷。萄子が前に進もうとしても、もやもやは消えないし、過去を断ち切るのが難しいのは当然です。

すべてが明らかになった後では、勝の気持ちもわかりますが。結局正義感が強すぎたというか。自分の行動が許せなかったんでしょうね。客観的に見れば不可抗力の不幸な運命に見舞われたわけで、どの段階でもいいから全部ぶっちゃけてしまえば、周囲はもっと救われたんでしょうけど。一人でうじうじ悩んでいるから、結果的に追いつめられてしまったわけで。

もっといい方法は、勝さえ真実を明らかにする勇気があれば、いくらでもあったと思います。

勝の弱さが、どれだけ多くの人を悲しませたか。それを考えると、勝の行動は愚かすぎます。ただ、同じ状況に追いつめられたとき、「私は絶対にそういうことをしない」と言いきれない自分がいるのも確かで。

それは結局、勝が、弱い自分を許せなかった、ということにつながるのかな。自分の醜態をさらすくらいなら、いっそ消えてしまえみたいな。自分が小さな存在であると、ときには間違いを犯すこともある、判断を間違えることもある愚かな人間だと、認めることができたら。事態はもっと早く収束しただろうし、萄子の追跡劇もなかったわけで。

勝の行方を追う萄子の成長ぶりも、見事に描かれてました。いろんな人を知り、その好意に支えられる中で、萄子が世の中の裏の側面を知っていくのです。ただ、なくしたおもちゃを取り戻そうと泣き喚く子供ではない、萄子の姿がそこにはありました。例えば年下の洋子との出会いは、萄子の考え方に大きな影響を与えたと思います。

宮古島の再会シーンは、圧巻でした。これ以上はないと言えるほどドラマチックな状況です。かき乱される萄子の心と同じ位、屋外で荒れ狂う台風。でもだからこそ、本当に二人きりの状況で、誰の邪魔が入ることもなく真実が聞けた。萄子は納得し、自分の居場所は勝の傍ではないことを思い知った。この台風がなければ、勝は本当のことを話してくれなかったかもしれません。

「幸せになれ」という言葉。それは、最高の贈り物だったように思います。たぶん、その言葉がなかったら、萄子は萄子で、後悔する部分があったんじゃないかと。自分以上に勝が傷ついたのを知っているから。自分が幸せになることに罪悪感を覚え、心のどこかで「もっといい方法はなかったか」と悩む日々が待っていたんじゃないかと。

その迷いを断ち切るのが、「幸せになれ」という勝の言葉だった。萄子が幸せになることが、勝の幸せでもあるのなら。

萄子がその後の人生を、振向かずにまっすぐ歩いていけたのは、この言葉が大きかったんだろうなあと思います。

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