『人でなしの恋』

パソコンの中身を整理していたら、以前書きためていた映画の感想が出てきました。『人でなしの恋』です。以前にやっていたブログ(現在は閉鎖)に載せたものですが、こちらのブログに載せることにしました。

ネタバレもしていますので、未見の方は十分、ご注意ください。

(2003年・記)

江戸川乱歩原作、人でなしの恋のビデオを見た。

羽田美智子さんが主人公の京子を、

阿部寛さんが夫の門野を演じている。

8年ほど前に作られた映画なんだけど、

当時から「見たいなー」と思っていた。

なんといっても、パッケージの表紙にある

白無垢姿の羽田美智子がとてもきれいで、

それを見ただけで、どんな内容の映画か

興味がわいてくる。

それが、江戸川乱歩原作ときた日には、

見て損はないだろう。

私は昔から、江戸川乱歩が描く世界が好きだった。

小学生のとき、夢中になって怪人二十面相を

読みふけったのを覚えている。

少年向けに書かれてはいるものの、

言葉の端々に、なにか子供の想像を越えるような

深い闇を見るようで、ドキドキしたものだ。

私の洋館好きの原点は、ここらへんにあるのかなと

思ったりもする(^^;

怪しくて、残酷で、せつなくて、息をのむくらい

きれいで。

乱歩の小説って、なんだか、覗いてはいけない

大人の世界をそっと盗み見るような、

そんな感覚があった。

表と裏があるなら、間違いなく裏だ。

人の醜さも、美しさも、非情なほど

赤裸々に描かれている。

乱歩作品には、子供向きと大人向きがあるが、

「人でなしの恋」は、大人向き。

原作の方は、昔ちらっと読んだような気もするが、

あんまりはっきりは覚えていない。

今回映画を見たのがいい機会なので、

あらためて、原作を読んでみようと思った。

以下、映画の感想です。

ネタバレあります。

見たくない人は、ご注意ください。

私がこの映画の中で、一番の見どころだと思ったのは、

なんと一番最初の方のシーンだ。

普通は、エンディングに近い部分が盛り上がると

思うんだけど、この映画は最初が良かった。

美術学校の教室で、生徒達がモデルを前に、

熱心にデッサンをしてるのね。

それなのに、講師は窓辺で、ぼーっと外を見ながら

なにやら憂い顔。

線の細い、やわらかな印象。

これが、美術講師の門野なのです。

それに対し、モデルをデッサンするふりをしながら、

実は門野を描いている京子。

周囲に気付かれぬように、こそこそしながら、

でもとても楽しそうで、表情がいいのだ(^^)

はにかむところが、なんとも初々しい。

まさに、恋する乙女ここにありって感じ。

何枚も、何枚も、少しでも多くその表情を描きたい

という京子の気持ちが伝わってきて、

微笑ましくなってしまう。

当時は手軽に写真を撮るわけにもいかないし、

門野の横顔をデッサンすることが、

唯一、彼に近づける道だったんでしょうね。

こっそり、家に飾ろうとしたんだろうか。

そんなことにも全然気付かない門野、

なんだか浮かない様子です。

私、最初に門野を見たとき、まさか阿部寛だとは

夢にも思わず、

「へえ、なかなかいい感じのキャスティングだな」

と感心したのでした。

少女の初恋の相手としては、涼やかで繊細で、

ぴったりのイメージだったから。

私がそれまで阿部ちゃんに抱いていたのは、

背が高い、濃い、というイメージだったのです。

だから、後で知ったときびっくりしました。

その後のシーンなどを見れば確かに阿部ちゃん

なのですが、いかにも画家、という感じの

線の細さがよく表現されていたからです。

こういう役も演じられるんだなーと、ちょっとびっくり。

「はいからさんが通る」で少尉役をやったとき、

その濃すぎるキャラが原作のイメージと大違いで、

がっかりさせられたんですけどね(^^;

成長したんだなあ。

それとも、少尉役があまりにもキャラ違いで、

演技うんぬんでカバーできるレベルを超えていたのかな。

なにしろ少尉は、ドイツとのハーフで

さらさらの金髪という設定だったし(^^;

ともかく、阿部ちゃんの登場シーンは

とてもよく撮れていたと思います。

この映画の監督は、松浦雅子さんという方。

さすが、女性の視点をちゃんと押さえてるなあと

思いました。

光差す窓辺の優しい空気だとか、

デッサンする京子の、早鐘を打つ心臓の音だとか、

そういうものが伝わってくる映像だったと思います。

門野の投げやりな横顔は、一幅の絵のようでした。

その瞬間を、あますことなく捉えたくて

ペンを走らせた京子の気持ちが、よくわかります。

ただ眺めているだけでは、もったいないもの。

あんまりきれいで、その一瞬を永遠のものにしたいと

思ったんでしょう。

一秒一秒を惜しむように、急いで描いてましたね。

門野は美術学校の講師には向いていなかったようで、

仕事を辞めてしまうのですが、内気な京子は

思いきって別の先生に事情を告白。

話はとんとん拍子に進んで、二人は結婚することに

なります。

白無垢姿で、赤い傘の下、船に揺られて門野の元へ。

なんて、平和な光景なんでしょう(^^)

京子の幸せが、あたり一面の空気の色まで

ぽーっと桜色に染めているようです。

門野は広大な屋敷に一人暮らし。

職業は画家です。

京子は、実家から連れてきたお手伝いの少女、かよに

家事を手伝ってもらいながら、新婚生活を満喫します。

まあ、ここまでは幸せいっぱいのお話なのですが・・・。

夜中に、門野がふとんを抜け出して、どこかへ

こっそり出かけていくんですね。

それは土蔵。後をつけた京子は、門野が女性と話す声を

聞いて浮気だと思い、そこから苦悩の日々が始まる

のです。

私、土蔵というのが、昔から大好きでした(^^)

中にはいろんな骨董品が入っていて、それぞれに

人々の思い出がつまっているわけでしょう?

そういうことに思いをめぐらすと、胸の奥がつーんと、

痛いような、せつないような気持ちになるんですよね。

洋館と同じように、土蔵も、いろんな歴史を

背負っているんだなあと思って。

そんな土蔵に消える門野。

どんな秘密を抱えているんだろう?

見ていてドキドキしました。

ただ、映画の後半は冗長すぎるような気がしました。

嫉妬に狂う京子を、ただ淡々と撮っているような感じ。

なにかぴりっとしたエピソードを入れたりしたら、もっと

ひきしまったんじゃないかと思いますが。

もしくは、門野と京子の、息詰まるようなやりとりが

ほしかったなあ。

せっかく、阿部寛も羽田美智子もいい演技してるので、

二人の会話シーンをもっと入れてほしかった。

エンディングが近くなると、門野の相手が誰なのか

わかってしまうのよね(^^;

これも、もうちょっとなんとかすればいいのに、と思う。

最後のシーンに、驚きがないのは寂しい。

脚本を少し直せば、観客に気付かれずにエンディングまで

もってこれるんじゃないかな。

その方が、ずっといい作品になると思う。

ラストは、時がたち、おばあさんになった京子が

出てくるんだけど、おばあさんになっても

魂は門野のものなんだなあ(^^;

あれだけ衝撃を受けて、それでも

門野への思いは消えなかったのか。

京子にとって、門野は初恋の相手だったと思うけど、

それ以上の深い深い愛情もあったんだね。

ただの初恋の相手なら、あの時点で

逃げ出しているだろう(^^;

百年の恋も冷めるような、場面を見てしまったんだから。

この映画の隠れた見所は、京子が着ている着物です。

登場ごとに違う着物を着ていて、帯との組合せとか、

柄や色合いを見るのがけっこう楽しかった。

そのときの心理状態によって、着るものにも

気を遣っているのかなと思いました。

人でなしの恋、うーん、どうだろう。

門野の場合、人でなし、とはちょっと違うかも。

そこに至るまで、門野の人生にはなにがあったのか、

思いをめぐらせてしまいました。

門野が歪んでしまった原因、それはやっぱり、

門野が育った家庭環境だったのだろうか。

少年時代の門野は、どんな生活をしていたのか。

父は、母は、どんな人だったんだろう。

あの広大な屋敷で、どんな悲劇が起こったんだろう。

いろいろ、考えてしまいました。

いかにも、江戸川乱歩らしい作品でした。

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