『無伴奏』小池真理子 著 感想

『無伴奏』小池真理子 著 を読みました。以下、感想を書いていますが、ネタばれしていますので未読の方はご注意ください。

そもそも、小池さんの小説を読もうと思ったきっかけは、8月5日の日経新聞に載った、「生と死の営み」と題する小池さんのエッセイ。小池さんの住む別荘地(軽井沢?)の描写があまりに鮮やかで、素晴らしくて、一気に引き込まれてしまった。
映像が目の前に、パーっと現れるような文章なのである。

光も、風も、音も、暖かさも。全部、体感できるような文で、私はすっかりその情景に飲みこまれてしまった。

小池真理子さんと言えば、小説家で、美人で、恋愛小説を多く書く人、というイメージがあったのだが、なんとなく作風が自分の好みではないような気がして、今まで一冊も読んだことがなかった。
でも、こんなに素敵な文章を書く人だったんだ~。読まず嫌いだったけれど、こんなエッセイを書く人なら、その小説をぜひ読んでみたい。

そうして手に取ったのが、小池さんの代表作。なんといっても、直木賞受賞作の『恋』。『恋』を手始めに、『欲望』、『無伴奏』と、3冊を読みました。これらは、恋・三部作だそうです。書かれた順番は『無伴奏』→『恋』→『欲望』なのですが、私は順番無視で読破(^^;

結果。
う~ん。日経に載ってたエッセイは大好きだけど、小説の方は、私の好みではなかったなあ、と。

登場人物に、全然共感できなかったのです。
登場人物の悩みが、とても小さなものに思えてしまって。私だったら、そんなこと全然悩まないだろうなあというところに、小説のキャラは深く煩悶しているから。

人それぞれ、悩みというのは違うのでしょう。
誰かにとっては、軽く受け流せることであっても。違う誰かにとっては、人生を左右するほどの問題に思えたり。

そういう意味では。こういう生き方もあるんだな、こういう考え方もあるんだなあと、新鮮な気持ちで読み進めました。三部作の中でも、『無伴奏』には、一番小池さん自身が反映されているみたいですね。

『無伴奏』のあらすじは、といいますと。

青春時代の忘れられない記憶をたどって、主人公の響子が仙台を久しぶりに訪れ、回想が始まる・・・。

あのとき、なにがあったのか。

高校三年生だった響子は、バロック音楽専門の喫茶店で、大学三年生の渉、祐之介、そして自分と同じ高三のエマと出会う。
響子は渉と恋人同士になります。祐之介はもともとエマと付き合っていて。四人は仲良く、交流を深めていくのですが。

最後に驚愕の事実が発覚。

実は渉は同性愛者で、渉と祐之介は相思相愛だった過去があるのですが、彼らはそれを断ち切ろうと、意図的に女の子と付き合おうとしていたという・・・。

まずその時点で、響子とエマが可哀想~でした。彼らの苦悶よりも。

響子は渉と祐之介の関係を知ってもなお、渉に執着し、エマと祐之介がカップルになれば、渉を祐之介に取られることはないという幼い考えから、エマには真実を教えません。

エマは祐之介に夢中になったまま、結局妊娠。
響子が、エマに彼らの本当の関係を教えていれば、あるいは、結果は変わっていたのかもしれませんが・・・・。

まあ、エマも祐之介に対しては物凄い執着ぶりで、もし別れてくれと言われても「いや」と、それしか言わない、なんて言いきっちゃってるので、本当の関係を知ったところで、ますます追いかけまわすことになったのかも。

祐之介は、エマの妊娠という事実を受け入れられずに殺人を犯し、服役。
そして渉は、祐之介の罪を背負おうとしたがそれもできず(いくら嘘の自供をしても、アリバイがあったので)、自殺。

この登場人物四人には、それぞれツッコミどころがたくさんあります。

響子に関していえば。
たしかに、好きになった相手が同性愛者で、その人には本命の恋人がいた、というのは、女子高生にはショックすぎる出来事なのかもしれませんが。でも、仙台に戻ってきて回想するとき、彼女は四十歳でもう他の人と結婚していて、七才の子供もいるんですね。
それなら、過去はもう遠い思い出になってしまっているのでは?と思うのです。

もし今も引きずっているなら、結婚もできないし、まして子供なんて、とても無理でしょう。

エマについては。

若いから仕方ないとはいえ、強引すぎるところが同情できないというか。相手に嫌われても、私が好きなんだからいいじゃないか。どこまでも追いかけてやる、みたいな考え方は、好感が持てませんでした。
逆の立場になったら、絶対嫌だと思うけどな~。
人の嫌がることをしたら駄目ですね。一方的な思いの押しつけなんて、暴力でしかない。

渉については。
響子に対し、僕なりにきみを愛してた、みたいなことを言うんですが。でもその愛って、祐之介に対するものと比べたら、天と地ほどの差があるよね~と、言いたくなります。
祐之介のことが好きだったなら、その愛はそのままでよかったんじゃないかと。無理に響子を巻き込まなくても。

読んでいて、響子に対しては、友人としての愛情以上のものは何も感じませんでした。まさに「利用」したんだなあという感じです。自分は女性も愛せるんだという証明のために、響子が必要だったのかと。
そして恋人同士になったことに満足し、自分自身に言い聞かせていたような。ほら、僕はちゃんと、普通だよって。

祐之介については。
この人が一番、ずるかったな~という印象です。出所した後、子供が三人いる女性とあっさり再婚。沖縄でお土産屋さんを経営し始め、遊びに来てねと渉のお姉さんに絵葉書を出すという・・・・。
すっかり、あの過去が遠い記憶になってしまっているという・・(^^;

苦悩の果てに死を選んだ、渉の立場がありません。

祐之介にとって、それは若い日の一時の激情だったのかと。だったら渉もそんなに悩まなくてもよかったのになあ。しかも渉、祐之介の犯した罪を、自分の罪と考えて、さらに暗い闇の中へ足を踏み入れてしまったわけで。

渉が思うほど、祐之介は思ってはくれなかったという、それが、残酷な真実なのでしょうか。

そもそも悲劇の根源は、エマの死にあると思います。そしてその死をもたらしたものは、エマの妊娠。祐之介がそれを望まないなら、なぜエマを妊娠させたんだろうか。
そこは、祐之介が一番気を付けるべき点じゃないのかと。

後から考えれば、いくらでも他に手はあったし。
傍から見れば、とるにたらない悩みであっても。

四人にとっては解けないロープで、ぐるぐる巻きになった、悲しい記憶なのかもしれません。

でも正直、この四人にはあまり、共感できないです。それぞれ、十分に恵まれた環境の中で、恵まれすぎたからこその悩みだったような。

特に響子。制服廃止闘争委員会の委員長・・・・。お嬢様ですなあ。
先生方、いろいろ大変だったろうなあ。

安保。三島。本の中には、その時代の空気が濃厚に流れています。
でも、安保を叫ぶ学生の多くは、それなりに裕福な家庭出身だったろうことが、皮肉な感じです。苦学生はそれどころじゃないし、当時、大学に行ける環境そのものが、ひとつの特権だったと思うから。

この小説に似合う曲は、『無伴奏チェロ組曲』よりも『青い影』のような気がしました。 回想に、後悔のエッセンスが滲むイメージです。

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