「青い壺」 有吉佐和子 著 感想

「青い壺」有吉佐和子 著を読みました。以下、感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので未読の方はご注意ください。

ずいぶん昔に出版された本だけれど、再ブームだと聞いて読み始めた本。時代を経て、新たに評価されたということは、それだけ本物だという証ではないだろうか。

読んでみて、これが、「偽物」の話だということが、感慨深かった。

高そうな壺、時代物の壺、という人の思いこみによって、次から次へと売られていく青い壺。でも、結局のところ、誰からも本当の意味で大事にされることはなく、結局は偽物のまま、壺の作者の目前へ舞い戻るのである。けれど、そのとき、壺の作者である省造は、今まで信じていた古美術鑑定の目利き、評論家の園田の鑑定能力が、お粗末であることを思い知る。

自分が作った壺を、中国の十二世紀初頭の作品と言い切る園田は、哀れですらある。その瞬間これまでの、牧田が園田に寄せていた信頼や尊敬の念は、ガラガラと崩れ落ちたであろう。園田がこれは本物だとむきになればなるほど、己の審美眼がお粗末であったと自白しているようなもので、二人の間の微妙な空気は、読んでいていたたまれなかった。

本の中で、印象的なエピソードを挙げてみる。

まず第二話の寅三。定年後の悲哀がせつなすぎる。奥さんに疎まれる描写もかわいそうだったが、副社長に歓迎されてない寅三も悲しい。そして、半年前まで勤務していた庶務課へ行き、元の椅子に座り、判を押し始める狂気の寅三。向けられる憐みの視線。臨場感があって、胸が痛くなってしまった。

とてもまじめに頑張ってきた人だろうに。こうしたことは、珍しい話じゃないんだろうなと。

しかも第四話で「この家に置くことはならん。僕は見るのも嫌だ」とまで、副社長に嫌われてるのがなんとも。そりゃプレゼントに青磁の壺って相手の好みを無視する暴挙かもしれないが、そこまで嫌うことはないだろう。そこまで嫌うってことはつまり、それは送り主である寅三への嫌悪であり、寅三が軽んじられている証拠なわけで。

寅三気の毒だなあ。同情してしまう。

第九話の、弓香の京都の話にも引き込まれた。女性同士の旅で、大勢だから皆のやりたいことがバラバラなのも、よくある話。

私は三恵子の怒りが当然だと思ったが、ただ高齢者の旅にいろいろ訪問先を詰め込みすぎるのも、失敗なんだよね。疲れちゃうから。

高くていいから、雰囲気のいい料亭でおいしいものを少しだけ食べたい。量は食べられない。あとは豪華な旅館の部屋で、日常を忘れて同年代の友人とおしゃべり三昧。

それが、御一行様の多数派意見だったんだろうなあ。そもそもお金に余裕のない人は来てないだろうから、安くしなくちゃという気遣いは無用。みなさん、いいお年なのだし、お金は持っているのだろう。

でもそんなお金を持っていて、運転手までついてくる弓香が、安さにつられて別に欲しくもないであろう青磁の壺を買ってしまうところに、人間の業を感じる。

欲しくないけど安いから買った壺は、あっさり孫の悠子へ。そりゃそうだ。弓香にとって青磁の壺は、思いのほか安く買えた掘り出し物、以外の何物でもなく。思い入れはないのだから。

第十二話のシメが、実は一番幸せで、物の価値がわかっている人間なのかもしれない。シメは青磁の壺ではなく、バラに夢中。バラの花びらで枕を作るだなんて、優雅な作業だなあと思う。

きらびやかなタレントも、お金を持っているであろう弓香も、気難しい老人(後に出てくる評論家の園田)も、健康を害して病院のベッドの上では幸せそうには見えない。

シメの朴訥な方言、まじめな働きっぷり、そしてその上に築かれたささやかな幸せが暖かい。園田が青磁を手に入れながらも、終始ピリついて幸せそうに見えない一方で、本当に好きなもの(バラの花びらの枕)を作る幸福なシメの姿が対照的だ。物の価値を、一番わかって享受しているのって、全編通して、実はシメじゃないかと。

青磁の壺を、美しいと皆ほめたたえるけれど。みんな、その美しさの向こうにある、お金という価値(時代物で高い)にとらわれて、その幻を美しいと思い込んでいるのではあるまいか。その証拠に、皆、たやすく青磁の壺を手放してしまう。大事に眺め、大切にしまっている人が誰もいないんだよなあ。

だから青磁の壺は落ち着かない。人から人へ、次々と持ち主が変わっていく。本当に壺を愛している人はいないから。

あげく、最後の「自分もこれからは作品に刻印するのはやめておこう」という省造の宣言は、これからも偽物を作り続けます宣言で、いかにも肖造らしい。究極の美しさを求める本物の芸術家なら、絶対に吐かないセリフ。

だが、そんな省造が作った青磁の壺だからこそ、同じような「偽物」の魂をもつ人たちの琴線に触れたのだろう。

とても面白い本でした。

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