『ガラスの仮面』美内すずえ著 の、速水さんとマヤの出会いについて語ってみたいと思います。ネタバレしていますので、未読の方はご注意ください。
二人が運命の二人だというなら、魂のかたわれだというなら、出会ってすぐにピンときたのだろうか? とあらためて読み返してみました。
一番最初の出会いは、「椿姫」を見に行った劇場ですね。
マヤは薄暗い劇場内で席を探していて、速水さんにぶつかってしまいます。速水さんはマヤが席を探していると知ると、係員を呼び、案内させます。
あら。親切(^^;
大都芸能の鬼社長だの、冷血漢だのと、漫画の中ではさんざんそういう言葉が出てくるものですからすっかりそういうイメージのある速水さんですが、見知らぬ少女に対してずいぶん親切ではありませんか。仕事の取引相手でもない相手に、なんのメリットもないのに席を探してあげるなんて。
経営者として、お客様は神様ですということなのかな?
それにしても、これはやはり天性のものかと。
ふとしたときに垣間見える本当の性格、やっぱり優しい人なんですね。
速水さんをみつけた、他の客の声はこうです。
>その鬼の息子か・・・・・・ ハンサムだけど冷たそうな感じね
そんな客の声を聞いた、マヤの感想はこうです。
>冷たそうな・・・?
>けっこう親切みたいだったけど・・・
この心の声を読む限りでは、マヤは一目惚れしてませんね。
親切な人、と言い切らなかったのは、やはり速水さんからクールなオーラが出ていたのかと推測します。
普通、ぶつかった相手が席の案内まで気遣いをしてくれたなら、「なんて親切な人!」と無条件に思っても当然のような気がしますが。
そこはやはり、速水さんには人に触れられることを拒むような、ひんやりした空気が漂っていたのかなあと。
このときのマヤを感想を読むと、速水さんにはほとんど関心を持っていないことがうかがわれます。そして速水さんも、マヤへの関心はゼロです。おそらくこの時点では、ほとんど記憶に残っていないのだと思われます。
その後、二度目の出会いは、月影先生の家にて。
三度目。それはドラマチックなものでした。
劇団オンディーヌの授業を見たくて、マヤが窓にしがみついていたとき。意地悪な練習生が、二匹の犬を放ったのです。マヤが襲われたところを、通りかかった速水さんと桜小路君が協力して救います。
犬を蹴り倒して撃退してるんですが、これ、かなり危険。
犬といっても、チワワじゃないのです。ドーベルマンぽいです。ピンと立った耳、強靭な足腰、真っ直ぐにマヤに襲いかかっているところからも、かなり好戦的な犬であることがわかります。
このとき、とっさにマヤを助けようとする勇気には感動しました。
速水さんも桜小路君もすごいなあ。知っている人というわけでもないのに、人を襲っている犬に立ち向かっていくのはすごいですよ。
特に速水さんは・・・。やっぱりいい人だ(^^)
冷血社長だなんて、それこそガラスの仮面ですね。
我が身を大切に思うなら、ひるんだと思う。こういうときは警察に通報? なのかな。ともかく、速水さん自身が動く必要のない、そんな義理もない場面で、とっさにマヤをかばって戦った。そこには、速水さんの本当は優しい心が透けてみえるような気がします。
でもこのときのこと、けっこう面白いんですよ。
というのも速水さんはその後、マヤをお姫様抱っこして医務室まで運び、その後劇団の教師に頼んで授業を見学できるようにとりはからってやるんですけど、そこまでしてあげてるのに、マヤには恋の兆しが見えない。
少女漫画的には、これって十分、好きになっちゃうシチュエーションだと思うんですが。
マヤの場合、かけらもそれが見えない。
>ありがとう! どうもありがとう!
マヤが感謝の言葉を口にし、感動にうち震えているのは、お稽古が見学できるという喜びですね。
凶暴な犬に大けがをさせられるところを、すんでのところで救ってもらったということよりも、頭の中には「あのオンディーヌの授業が見られる」という喜びしかなかったと思われます。
さすがマヤ。
このへんはちょっと、普通の女の子っぽくないところがマヤらしいです。
なんといっても、演劇にとりつかれてしまったその、狂気に近いほどの情熱を感じさせます。
もう、犬に襲われたとか、全然関係ないのです。
次の瞬間には、マヤの頭の中からそんな記憶、消え去っている。
ただただ、「見られる、劇団のお稽古が見られる」っていう歓喜が、体中を満たしている。
この時点でもマヤは、速水さんに対してなんの関心も、特別な感情も抱いていないように思われます。
ただ、速水さんは少し、心が動いたかなあという描写が。
車中で、マヤの血がついた自分のシャツの、胸部分に手を当てて意味深な微笑。
その血を通して、少しはなにか、感じるものがあったのかもしれません。
とはいっても、一番大きいのは二度目に会ったときの月影先生の言葉が影響しているのだと思いました。
月影先生の元でマヤを見かけたとき、先生はこう言ったから。
>わたし 気長に育てていくつもりでしてよ
月影先生が「なにか」を見出した少女。
紅天女を演じる女優を、月影先生は育てていこうとしているわけで。
気長に育てるという発言が、イコール紅天女候補と直結するとは限りませんけど、その可能性は大きいですもんね。
自分が認める紅天女候補の女優が見こみ違いであれば、そのときは大都芸能での紅天女上演もアリ、と月影先生が宣言した以上、速水さんが紅天女候補に関心を抱くのは、自然の流れです。
たとえマヤでなくても。
他の少女であっても、きっと速水さんは「月影先生が認めた少女」の行く末を、注意深く見守っていっただろうと思うのです。
ということで、やはり出会ってからしばらく、速水さんとマヤはお互いに、あんまりピンとくるものを感じていないのですね・・・。
どうなんでしょうね。運命の二人。
いわゆるソウルメイト? 元は一つの体、引き裂かれた半身なら。
出会ったときになにか、感じるものがあると思うのは、私のロマンチックすぎる考えでしょうか。
私は速水さんが、マヤの血を汚れとも思わず、そっと手で触れて感覚を確かめたシーンが、運命っぽいと感じたのですけども。マヤは全然、なにも感じていない一方で。速水さんはわずかに、なにかに覚醒した、ような。
月影先生の言葉だけではない、なにか。
たとえ月影先生の言葉がなくても、ん? と思えるような、微妙な何かを。
微笑とも、他のなにかとも、いろんな解釈のできるそのときの表情が、速水さんの内面の小さな変化を、見事に表していると思いました。
現在。別冊花とゆめ3月号の時点で、私は愛情の深さ、速水さんの方がマヤより大きいと思ってるんですよね。その推測が、上記の「何も考えず演劇のことで夢中になっているマヤ」と「わずかに何かを感じているような速水さん」によって、裏付けられたような気がしました。
いつも、速水さんの愛情が一歩、リードしているのです。マヤよりも(^^)
この二人が本当に運命の二人なら、この先マヤはもっともっと、速水さんを好きになっていくのかなあと。
そんな風に思います。
まだ足りない。まだ、速水さんほどの狂おしい愛情は、マヤにはないような。
ところで、初期には月影先生、「黒夫人」と呼ばれていたんですね。黒の衣装がぴったりお似合いですが、これは喪服を表しているのかなあ。
逝ってしまった一蓮を思って、生涯をこの色で過ごすと決めているのなら、その覚悟の程が伝わってきます。
黒ってスタンダードな色のようでいて、実は着こなすのが大変難しい色、と聞きますが。
月影先生には、本当によく似合ってます。
この先の展開が楽しみです。