佐藤二朗さんを気の毒に思う

佐藤二朗さんと、橋本愛さんのトラブルが話題になっていますね。

私は、文春の報道から始まり、フジテレビや、佐藤さん事務所、橋本さん事務所、両者の声明を読んだ上で、佐藤二朗さんがお気の毒だなあと思って展開を見守っています。

橋本さんにトラウマがあったとのことですが、佐藤さんはそれを知らないままアドリブで橋本さんのアゴに触れて問題になり、「肩と腕以外を触れるときは事前確認が必要」というルールができ、佐藤さんはそれを守ったまま最終話まで撮影は終了。

私はもう、この時点で佐藤さんに同情します。

アドリブでアゴに触れて大騒ぎになるって、それは相当ひどいトラウマです。普通の状態じゃないわけです。なのにそのトラウマについて、佐藤さんが全く知らないというのがひどすぎる。

佐藤さんにしてみたら、いきなりセクハラ扱いを受けたようなもので、それこそ大ショックだったでしょう。そして、そのトラブルの後に、「肩と腕以外を触れるときは事前確認が必要」というルールでその後の撮影を続けたのは、相当なご苦労があったとお察しします。

夫婦役でその状況。現場の雰囲気はさぞかし殺伐としたのではないかと思います。佐藤さんからしたら、また何かあれば撮影が中断したり大騒ぎになるわけですから、相当気をつかいますよね。

それだけ橋本さんのトラウマが深刻で、特殊な状況(アドリブでアゴに触れられると、撮影が続けられないほど)だったなら、橋本さんが佐藤さんに直接話をしておくべきだったと思います。プロデューサーから佐藤さんに話をするのはもちろんですが、これは橋本さん事務所からも、事前に佐藤さん本人にきちんと話をするべきでしたよね。

橋本さんも、橋本さんの事務所も、トラウマを甘く考えすぎではないでしょうか。そこまでのトラウマなら、プロデューサー任せでなく、自分たちからも佐藤さんに「お世話おかけしますが、よろしくお願いします」と配慮をお願いするべきだったかと。軽いものならともかく、アゴに触れて撮影続けられないって、相当なことだと思います。

佐藤さんの演技への影響をおそれて、トラウマを告げなかったプロデューサー、そして佐藤さんのマネジャー。2人が佐藤さんに言わなかったのは、橋本さんのトラウマが、まさかここまでひどいものだと思わなかったんじゃないかと。

アゴを触って大問題になるくらいなら、佐藤さんに何も言わずにいたらまずいのは誰でも予想がつきます。プロデューサーも佐藤さんも自分たちが困るわけですから。まさか橋本さんがそこまで深刻なトラウマを抱えているとは、思ってもみなかったんだと思いますよ。常識的に、そこまで深刻なら、そもそも今回の仕事を引き受けていないでしょうし。

夫婦役、しかも相手は佐藤二朗さん(アドリブが比較的多い俳優さん)。橋本さんがそれをわかっていて引き受けているので、プロデューサーも、佐藤さんのマネジャーも、そこまで橋本さんのトラウマがひどいとは思っていなかったでしょう。

だけど実際、アドリブでアゴに手が触れて大問題になった。そして「肩pと腕以外を触れるときは事前確認が必要」。うーん、これ、まだ最初からこのルールで、というのならわかりますが、アゴに手が触れて大騒ぎになった上でのこと(大騒ぎじゃないというのかもしれませんが、少なくとも周囲の人には、佐藤さんがセクハラしたかのような形になってしまったのではないですか)だと、佐藤さんがかわいそうです。

もちろん、騒ぎになったからといって、「橋本さんのトラウマがー」というのは撮影現場のほとんどの人には伏せられていたでしょうから、周りからすると、いかにも佐藤さんがセクハラして問題起こしてルールが作られたっぽくとられてしまうわけですし。

橋本さんを守るためだからといって、佐藤さんの名誉を棄損してはいけないと思います。佐藤さんには、とてもストレスだったことでしょう。

それで佐藤さんが我慢して撮影終了して、やれやれと思ったら週刊誌での告発。これ、週刊誌が悪いというのもありますけど、フジテレビと歩調を合わせて、橋本さん事務所が公式な声明文で「フジテレビ社による報道が事実との認識です」と発表したのがひどい。

これでは佐藤さんがかわいそうすぎる。

誰が週刊誌にリークしたのか。橋本さんがリークしたかどうかはわかりませんが、フジテレビの言う通りだと、当事者である橋本さん事務所が言い切り、そのフジテレビが佐藤さんの行動を非難するような声明を出しているわけですから、週刊誌へのリークは橋本さん側のどなたか(内情をよく知る方)なんだろうなあと思います。

「そういう(身体接触の)制限があるんだったら夫婦役は受けるべきじゃない」と佐藤さんが発言したことがハラスメントだということになっているようですが、これ、ハラスメントじゃないですよ。だって実際、佐藤さんは自分がセクハラしたみたいなことになってしまっていたわけで、実際に大変なストレスを受けていると思うので。佐藤さんが橋本さんに、自分の考えを言う権利はあると思う。

全然関係ない第三者が、いきなり橋本さんの楽屋に来て、やめるやめないの話をしたというならおせっかいですけど。佐藤さん、トラブルの当事者ですから。

佐藤さん、トラウマ事情を知らない周囲の人から見たら、いきなりセクハラ犯のように扱われてしまって、ご本人もすごくショックで、悔しかったでしょう。そういう意味では、佐藤さんは被害を受けているわけです。

アゴのトラブル後の撮影現場では、橋本さんのプライバシーを慮って、見ていた関係者に橋本さんのトラウマの説明もなかったでしょうし。一人悪者になってしまった佐藤さんの無念は、容易に想像できます。

実際橋本さんのトラウマで騒動になって、その後の撮影では厳格なルールができたわけですよね。そしてその中で夫婦役を最終回まで続けた。これでは佐藤さんへの負担が大きすぎます。演技しづらく、緊張が続いたと思います。

佐藤さんが橋本さんにかけた言葉、ハラスメントではないと思う。

「(プロデューサーまかせでなく)最初からちゃんと相手に言うべき」「そこまでひどいトラウマなら、役者を続けない方がいいと思う」

逆に、橋本さんの事務所は橋本さんが役者を続けたいといったら、橋本さんの体を心配しないのでしょうか?そこまでひどい(アドリブでアゴをさわられるとトラウマで撮影できない)トラウマがあるのに?

撮影現場で挨拶を返さない、嫌みを言うなど、佐藤さんのハラスメント的な行動が報道されましたが、そこまで険悪な雰囲気の撮影現場で、じゃあ一方の橋本さんはにこにこと、佐藤さんに愛想よく、気をつかってふるまわれたのでしょうか。橋本さんの態度はどうだったのでしょう。お互い様の、ギスギスした関係だったのではないでしょうか。

これ、佐藤さんの立場になってみると、お芝居を一生懸命がんばっていたら、アゴに手が触れたことで大騒ぎになり、セクハラ扱いされ、身体接触のルールができ、関係修復に楽屋へ行って話したがうまくいかず、悪い雰囲気の中で我慢して最終回を迎え、もうこれで終わりだからとほっとしたら、週刊誌の報道でセクハラ・パワハラ犯のように仕立てられ、相手事務所もかばってくれるどころか、週刊誌の報道が事実かのような声明を出した、みたいな話じゃないですか。

一つ言えるのは、佐藤二朗さん、この先、女性相手のお芝居にトラウマが残ったと思います。お気の毒です。

そもそも、ドラマタイトルの「夫婦別姓刑事」って、何なんだろう???

最初にそこまでのトラウマやルールを聞かされていたら、佐藤さんは役を引き受けたか疑問です。

「カスバの女」青江三奈 感想

先日、「カスバの女」を聴く機会があり、哀愁漂う異国の空気のメロディーに、すっかり魅了されてしまった。

「カスバの女」はいろんな人がカバーしているが、私が一番曲のイメージに合うなあと思うのは、青江三奈さんのバージョンだ。

ハスキーな声は、酒や煙草を思わせる。

聴いていると、目の前に現れるのは煙草を手に持った、決して若くはない女性(イメージです)。

手にした煙草を吸うでもなく、ぼんやり遠くをながめているような。長く伸ばした髪は、艶もなくパサパサで、生活の乱れが伝わってくる。

藤圭子さんや、ちあきなおみさんもカバーしているけれど、その声には「賢さ」を感じるのだ。

彼女らなら、もし流れ流れても、たぶん銀座か、新宿どまり。きっと海外の、それも地の果てのアルジェリアまではいかないだろうと思わせる。

声の中に疲れは感じても、藤圭子さんもちあきなおみさんも、綺麗だなあという印象。

一方の青江三奈さんは、やさぐれ感がある。そしてそのやさぐれ感の向こうに、優しさを感じる。

歌詞の中に、「酒場の女のうす情け」とあるけれど、きっとこの女の人は、とても情が深い人なんだろうな、と思わせる声。だから一夜一緒に過ごしただけの外人部隊の人に思いを寄せて、叶わぬ思いを持て余しているような。

うす情けじゃないのよ。深情けなんだよなあ。

セーヌやシャンゼリゼという言葉が二番の歌詞に出てくるところなどは、華やかな場所から流れてきた悲哀が、一層胸を打つ。

青江三奈さん自身も、情が深い人だったのではないだろうか。亡くなったとき、遺族と花礼二さんが遺産でもめて、ワイドショーでずいぶん特集されていたのを覚えている。

花礼二さんが遺産狙い、との見方もあった死の直前での結婚。真相はわからないが、なんとなく思うのは、青江三奈さん自身は周りに反対されても、男性に溺れるタイプの女性だったんじゃないかなあと。だからもし、遺産狙いだったとしても、「いいのよ」と笑っていそうなイメージがある。

その後、花礼二さんは孤独死したと聞き、やっぱりなあと思った。そういう男性なんだろうな。その最後も、いかにも青江三奈さんが愛した人、という感じである。

花礼二さんとのトラブルを知った上で、その花礼二さんの孤独死も知った上で、青江三奈さんの「カスバの女」を聴くと、よりいっそう、胸に迫るものがあった。

「ここは地の果て アルジェリヤ」の歌詞のインパクトはすさまじい。

いったい何がどうなって、この女性はアルジェリアに流れ着いたのか。そして戦地に向かう傭兵の背中に、何を思うのか。

名曲です。

「青い壺」 有吉佐和子 著 感想

「青い壺」有吉佐和子 著を読みました。以下、感想を書いていますが、ネタバレ含んでおりますので未読の方はご注意ください。

ずいぶん昔に出版された本だけれど、再ブームだと聞いて読み始めた本。時代を経て、新たに評価されたということは、それだけ本物だという証ではないだろうか。

読んでみて、これが、「偽物」の話だということが、感慨深かった。

高そうな壺、時代物の壺、という人の思いこみによって、次から次へと売られていく青い壺。でも、結局のところ、誰からも本当の意味で大事にされることはなく、結局は偽物のまま、壺の作者の目前へ舞い戻るのである。けれど、そのとき、壺の作者である省造は、今まで信じていた古美術鑑定の目利き、評論家の園田の鑑定能力が、お粗末であることを思い知る。

自分が作った壺を、中国の十二世紀初頭の作品と言い切る園田は、哀れですらある。その瞬間これまでの、牧田が園田に寄せていた信頼や尊敬の念は、ガラガラと崩れ落ちたであろう。園田がこれは本物だとむきになればなるほど、己の審美眼がお粗末であったと自白しているようなもので、二人の間の微妙な空気は、読んでいていたたまれなかった。

本の中で、印象的なエピソードを挙げてみる。

まず第二話の寅三。定年後の悲哀がせつなすぎる。奥さんに疎まれる描写もかわいそうだったが、副社長に歓迎されてない寅三も悲しい。そして、半年前まで勤務していた庶務課へ行き、元の椅子に座り、判を押し始める狂気の寅三。向けられる憐みの視線。臨場感があって、胸が痛くなってしまった。

とてもまじめに頑張ってきた人だろうに。こうしたことは、珍しい話じゃないんだろうなと。

しかも第四話で「この家に置くことはならん。僕は見るのも嫌だ」とまで、副社長に嫌われてるのがなんとも。そりゃプレゼントに青磁の壺って相手の好みを無視する暴挙かもしれないが、そこまで嫌うことはないだろう。そこまで嫌うってことはつまり、それは送り主である寅三への嫌悪であり、寅三が軽んじられている証拠なわけで。

寅三気の毒だなあ。同情してしまう。

第九話の、弓香の京都の話にも引き込まれた。女性同士の旅で、大勢だから皆のやりたいことがバラバラなのも、よくある話。

私は三恵子の怒りが当然だと思ったが、ただ高齢者の旅にいろいろ訪問先を詰め込みすぎるのも、失敗なんだよね。疲れちゃうから。

高くていいから、雰囲気のいい料亭でおいしいものを少しだけ食べたい。量は食べられない。あとは豪華な旅館の部屋で、日常を忘れて同年代の友人とおしゃべり三昧。

それが、御一行様の多数派意見だったんだろうなあ。そもそもお金に余裕のない人は来てないだろうから、安くしなくちゃという気遣いは無用。みなさん、いいお年なのだし、お金は持っているのだろう。

でもそんなお金を持っていて、運転手までついてくる弓香が、安さにつられて別に欲しくもないであろう青磁の壺を買ってしまうところに、人間の業を感じる。

欲しくないけど安いから買った壺は、あっさり孫の悠子へ。そりゃそうだ。弓香にとって青磁の壺は、思いのほか安く買えた掘り出し物、以外の何物でもなく。思い入れはないのだから。

第十二話のシメが、実は一番幸せで、物の価値がわかっている人間なのかもしれない。シメは青磁の壺ではなく、バラに夢中。バラの花びらで枕を作るだなんて、優雅な作業だなあと思う。

きらびやかなタレントも、お金を持っているであろう弓香も、気難しい老人(後に出てくる評論家の園田)も、健康を害して病院のベッドの上では幸せそうには見えない。

シメの朴訥な方言、まじめな働きっぷり、そしてその上に築かれたささやかな幸せが暖かい。園田が青磁を手に入れながらも、終始ピリついて幸せそうに見えない一方で、本当に好きなもの(バラの花びらの枕)を作る幸福なシメの姿が対照的だ。物の価値を、一番わかって享受しているのって、全編通して、実はシメじゃないかと。

青磁の壺を、美しいと皆ほめたたえるけれど。みんな、その美しさの向こうにある、お金という価値(時代物で高い)にとらわれて、その幻を美しいと思い込んでいるのではあるまいか。その証拠に、皆、たやすく青磁の壺を手放してしまう。大事に眺め、大切にしまっている人が誰もいないんだよなあ。

だから青磁の壺は落ち着かない。人から人へ、次々と持ち主が変わっていく。本当に壺を愛している人はいないから。

あげく、最後の「自分もこれからは作品に刻印するのはやめておこう」という省造の宣言は、これからも偽物を作り続けます宣言で、いかにも肖造らしい。究極の美しさを求める本物の芸術家なら、絶対に吐かないセリフ。

だが、そんな省造が作った青磁の壺だからこそ、同じような「偽物」の魂をもつ人たちの琴線に触れたのだろう。

とても面白い本でした。

坂口杏里さんの3度目の逮捕

坂口杏里さんが、3度目の逮捕だそうです。ヤフーニュースなどでは、誰かなんとかしてあげてという声が上がっていましたが、そんなに簡単な話ではないと思います。

坂口さんが、独りで暮らしていくのはきっと、とても難しいことだとこれまでの経過を見て思いますが、じゃあ今誰かに何かができるかというと、誰もなんにもできないのではないでしょうか。

こういう特性の方をなんとかしようと思うなら、本当にその方が人生を終えるまで、誰かがずっと見守らなければならないけれど。身内のお兄さんや継父でさえ無理なら、他人にはなおさら無理。

自立できない一人の人間を、最後まで面倒みるというのは、やれるとしたら親くらいしかないのでは?兄弟だって難しいし、そこまでの責任を負ったらその人の人生がつぶれます。

私は坂口さんに似た状況の方を何人か知っていますが、皆さんとてもプライドは高いです。コンプレックスの裏返しかもしれませんが、「私はできる」という主張は揺らぎませんし、助けの手を差し伸べても払いのけられます。

福祉に頼るべき、というのは簡単ですが、本人が助けを拒否し、「自分でできる」と言い張れば、強制的にというのはできないと思うのです。その「助け」というのが、お金だけであれば、喜んで受け取るのかもしれませんが。ただ、杏里さんが望むままにお金を渡しても、ここまででOKという際限がない。また、お金を渡すだけでは何の解決にもならないばかりか、むしろお金の援助を受けることで、よくない輩が接近したり、新たなトラブルに発展したりという未来が容易に想像できます。

お金をきちんと管理できない人がお金をたくさん持ったら、悲劇しかありません。

杏里さんがどうしたら普通に暮らせたのか。

今となってはどうしようもないことですが、まずは、お母さんの坂口良子さんが杏里さんの特性を理解し、杏里さんに合った学校(特別支援学校)や、特別支援学級に入れることが第一歩だったと思います。

バラエティに出ていた杏里さんは、成績の悪さを笑いに変えていましたが、通信簿の内容を聞く限り、ちょっと成績が悪いというレベルではなく、授業に全くついていけないレベルでした。本人も相当つらかったと思います。わけのわからない授業を、座って聞き続ける生活が毎日続くわけです。苦行です。

特別支援学校や、特別支援学級で、杏里さんに合った授業を受けることが必要だったのでは?と思いました。学校側が支援級だと判断しても、親が「嫌だ。この子は普通級に行く」と言えば、それが通ってしまうのでしょうか。

杏里さんは、自分の学力状況にあった支援の学校や学級で学ぶことが大事だったでしょう。その上でお母さんの坂口良子さんが、親戚の中で信頼できる人に、お金を託して杏里さんの今後を託すことが、ベストな方法だったと思います。そして杏里さんに、その人の言うことを聞くよう、言い聞かせることも大事です。

お母さん亡き後、誰の言うことも聞かない、聞けない状態になってしまったのが、不幸だなと思います。

嘘をつく人は、信用できない

先日、挨拶もなく夜逃げのように引っ越していった近所のHさん。昨日、ご近所のSさんと話しているとき、Hさんの話になった。

Hさんは、自治会の集金をなかなか出さず、居留守を使う困った人。電話をかけると「うちは夜しかいない!」と逆切れするおかしい人です。集金の日時は回覧板に書いてあるので、その日に都合の悪い人はみなさん係の家に届けにきてくれるんですが。Hさんだけは持って来ないし、取りに行っても不在。

あげくに夜、明かりがついた(帰ってきたと思われる)頃を見計らって訪ねても、出てきません。仕方なく電話すると、「うちは夜しかいない!」と怒鳴る。こちらは何一つ責めず、集金の話をしただけなのに、いきなり電話口で怒鳴られてびっくり。Hさん一人のために、こちらは集金が完了できずに困って何度も訪ねているというのに・・・。

こっちが責めて逆切れするなら、まだわからなくもないですが。電話で、集金があると告げただけで大声をあげて威嚇するのは、あまりにも理不尽かと。怒鳴りたいのはこっちの方ですよ。何度も無駄足を踏んだあげくなので。それでも我慢して、一切責めずに丁寧に集金の話をしているのに、「ごめんなさい、忘れてた」とかではなく、「うちは夜しかいない!」って、なんだそれ(苦笑)

私「引っ越しの挨拶とか全くなく、突然そのままいなくなりましたよ」

Sさん「えー?Hさんて立派な方なのにねえ。なにがあったのかしら。お子さんもとても優秀な方だったのに」

私「そうなんですか?」

Sさん「お子さんは2人ともいい大学を出て、今は〇〇という仕事をしているらしいわよ」

私はすぐ、Hさんの嘘に気付いた。どう考えても、あのHさんのお子さんが優秀だとは思えなかったので。

私「お子さんは、どこの大学を出たんですか?」

Sさん「それは言ってなかったけど、でもSさんがいい大学だと言ってたわよ」

まあ、嘘ですね(笑)

引っ越した今、どうでもいいことなので私はそれ以上Sさんに言いませんでしたが、Hさんは嘘で身を固め、生きてきた人なのでしょう。その嘘がばれたり、通用しない人にはくってかかるタイプの人であり、嘘を信じ込むお人よしの方には、「優秀な人」「素晴らしい人」として認識されている人なのです。

つくづく思うのは、自分が嘘をつかない人って、人の嘘に気付かなかったりするんですよね。自分だったら嘘をつかないから、想定外というか。

でも世の中に一定数、本当に平気な顔で嘘をつく人というのは存在しています。ものすごい悪人とかではなく、平気な顔で罪悪感なく嘘をつく人です。勘違いとか、ちょっとした嘘ではなく、堂々と結構な規模の嘘をつきます。

嘘も、大きかったり堂々としていたりすると、案外見抜けない人もいるかもしれないですね。私も若い頃は、そういう嘘が見抜けず、信じ込んで失敗したりしました。でも年をとって経験を重ねると、対処法が身に付きます。

嘘の見抜き方は、証拠だったり具体性です。

たとえばHさんの場合、嘘を塗り固めて「立派な方」という虚像を作り上げていますが、その根拠は?となると、ないんですよ。

その一方で、集金を提出しない、自治会の役を勝手に飛ばす、ポストの裏が壊れていて郵便物が風に飛ぶ(直さずに放置)、などなど、逆の状況証拠はいっぱい出てくる。

Hさん宅にある箱型のポスト。差し入れ口の反対側が、ぽっかりと空いてるんです。部品の板がなくなってるんですよ。だから、そっとポストの中に郵便物を入れても、風が吹けば飛んでいく状態。あきらかにおかしいです。というか、Hさんは自営業なので、仕事関係の大事な郵便も来ると思うんですが、雨に濡れるし風に飛ぶし、よくこの状態で10年以上過ごしたなあと。

子供2人は家を出ていますが、帰省したときに気付かないというのも変な話です。優秀だというなら尚更、実家のポストの重大な不具合を、すぐに直すはずです。

私がHさんのおかしな点を多々指摘したら、Sさんも「そういえば・・・」と思い当たる節があるようで。

売り出したHさんの家はリフォームの後売りに出されましたが、相場より1000万円高いので全く売れる気配がないです。内覧に来る人も見たことがない。そりゃそうでしょう。築古で相場より1000万円も高い住宅。買う人にメリットがない。

私はHさんが、お金に困って引っ越したのだと思っています。でも相場より1000万円高く売るところが、Hさんらしいなあと。

家を売るときに、相場より1000万円も高く値付けするのは、とんでもない悪手なんですけどね。結局、需要と供給の問題なので、いずれ値下げすることになり、そうすると買い手は、「もっと値下げするんじゃないか」と様子見に入ります。結果、なかなか売れない。

Hさんは、夫婦ともに高級車に乗っていましたが、おそらくお金に窮したんだろうなあと想像しています。自動車は維持にお金がかかりますからね。でも、田舎で車がないと不便なので、手放したくはなかったのでしょう。今さら軽自動車に乗り換えることもできず。見栄っ張りだから。

旦那さんは、働いていない様子でした。24時間たばこが手放せない人で、ゴミ捨ての時に会うと、ゴミ捨てのときにも煙草を手放せず歩きながら吸っているので、遠くからでも存在がわかります。臭うのです。

今どき、あれだけ煙草の臭いが染みついている人を、他に見たことがありません。たとえば同じ事務所で隣の席で働いていたら、臭いで気分が悪くなるレベルです。24時間タバコを手放せず、あれだけのニコチン中毒だと、働けないと思う。

Hさんの旦那さん、よく玄関前でタバコを吸ってたなあ。おそらく引っ越し先は賃貸マンションだろうけど、これからは玄関前では吸わず、ベランダで吸うんだろうな。トラブルになるのは目に見えてます。ベランダのタバコの煙って、ものすごく迷惑ですよ。

嘘で嘘を塗り固めた人生。

ともあれ、引っ越してくれてよかった。また集金のときに、Hさんの家に何度も行くのは嫌なので、本当にほっとしています。

嘘を見抜くコツは、その人の「言うこと」ではなく、「やること」に注目することです。嘘つきは口がうまいですが、その人が実際にやったことを1つ1つ検証すれば、実態が見えてきます。口で言っていることと、行動が一致しない人は、要注意です。