『Hello, Again ~昔からある場所~』MY LITTLE LOVER 感想

『Hello, Again ~昔からある場所~』MY LITTLE LOVER について、感想を書きたいと思います。

この曲が発売されて、もう17年経つわけですが、今聴いても決して色褪せないんだよな~。
後にJUJUさんがカバーされてまして、それはそれで魅力的ですが、私はなんといってもオリジナルのakkoさんの声が好きです。

感傷的じゃないから。
淡々と歌い上げてて、無表情なのが伝わってくるけど、それだけにその向こう側にある、深い何かを想像してしまって、じ~んとくるのです。

印象的なフレーズ。

せつないメロディと相まって、泣きたくなるようなイメージを喚起する言葉が続きます。

なんというか、曲を聴いていて、未完の美学、みたいなものを感じるのです。終わらなかったから、途中だったからこその美しさ、みたいなものです。

記憶の中。セピア色の幸福な時代。そこには時間は流れず、穏やかな笑顔だけが永遠に存在し続けているわけです。

何かが加わることもない。何かがなくなることもない。いつも同じ。だからこそ、泣きたくなるような儚い時間。

記憶の中なら、二人を引き裂くものは何もない。どこまでも平和で。満ち足りていて。二人を苦しめるものは何もない。

私は、だからこそ曲のタイトルにもなっている、Hello, Again というフレーズは好きではありません。

もう一度。また会えたね、みたいなのは逆に嫌だな~と。
二度と会えないからこそ、その閉じこめられた時は、美しく存在するのではないかと。

イメージですけどね。もう会えない方が幸せってこともあるんだと思います。また会ってどうするのっていう(^^;
また会えるくらいの関係なら、記憶にすることなんてないわけで。

絶対的な別離だからこそ、生きていけるんだと思ってます。もう別次元だと思うんです。

だから、そんな場所は必要ないし、存在しないような気がします。

『つよがり』Mr.Children 感想

Mr.Childrenの『つよがり』を聴いています。

この曲で一番好きなのは、サビです。

言葉が、胸に直球で突き刺さります。

もう、ドラマみたいに状況が浮かんできてしまいました。あくまで、私が勝手に想像した画なんですが。以下、私が想像したシチュエーションが延々続きますので、読みたい方だけどうぞ~(^^;

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古傷のある女性を、好きになった男性がいて。
古傷といっても、まだ乾いてない。生乾きなのです。だから痛くて、とても笑い話になんてできないことを、その男性は会話の端々から知るわけです。

好きな人のことは、なんでも知りたい。
でも、当然、つっこんでは聞けない。そこまで仲良くもなっていないし、それはやはり、生傷だから。

だから、精一杯の慰めを、一生懸命考えてみたり。

それは、つらそうな彼女の心を、少しでも他のことに逸らすような冗談だったり。
あえてなにも聞かずに、ただ傍に寄り添っていることだったり。

そっと傷をかばおうとする、隠れた配慮に。女性は気付きます。
なぜなら、一番触れられたくない部分だから。たぶんそこは敏感になっていると思う。
少しでも方向がそこにむけば、彼女の心は今よりもっと、かたくなに閉じられて。決して笑みが返ってくることはない。
構えた彼女のかたくなな警戒心は。やがて解けていく。
わかるから。言葉にしなくても。彼は決して、そこには触れない。触れないことを、高言はしないけど。

それで、ほっとしたように少し気持ちを緩めて。
感謝を目に浮かべた彼女が言うのだ。

「優しいね」って。

それで、たぶん目が潤んでるんだよね。泣きだしそうなのを堪えて。唇を少し震わせながら。
無理に笑おうとするから、よけい不自然になる言葉。

彼女は本気で、「優しい」と思っていて。それがよくわかるだけに、彼の胸にこみ上げるのはたぶん。怒りに似た、苛立ち。

彼女の勘違いが、痛いほどわかるから。

優しさじゃないんだよね。好きになっちゃう気持ちなんて一方的なものでさ。相手がどう思ってようと。勝手に増幅して盛り上がって、最後には自分でも持て余して、爆発しそうなの、なんとかなだめすかしてるっていうのに。

優しくしてるのは、博愛精神なんかじゃありません。
あなたがただの友人なら、ここまで深くは考えません。
僕はあなたが好きだから。あなたが苦しむ姿を見たくないから。その傷に触れないだけ。

自分勝手なものですよ。自分の醜さも、汚さも、よくわかってます。
優しいなんて、今の自分から一番遠く離れた言葉なのに。そうやってなんにも知らない顔でつよがるなら。

そんなふうに今も抱えてる傷が痛いなら。
いっそもっと深い傷を、僕がつけましょうか。その傷を、跡形もないくらいにするほど。壊れてしまえば、もう苦しまなくてすみますよ。

って、あー。もう。
そこまで妄想して、この彼はハっと我に返るのです。

本当は、そんなこと考えるくらい残酷なのに。
優しいと誤解したままで、無理に笑ってる彼女と。
嫌われたくなくて、彼女の誤解を解かない、妄想の中でだけ、自由に振る舞っている自分と。

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私が思うに、この彼、彼女を怒ることなんてできないくらいに、愛情深いのではないかな~と。

だから。
このとき一瞬湧き上がった凶暴な気持ちは。

彼女に向かうものというより、自分自身への苛立ちではないかと。

何やってんだ~自分、という。
もう出口、見えないし。

いっそ彼女に対して怒ることができたなら。もっと楽になれるのに。好きすぎて、そんなことできるはずもなくて。
どんな彼女も、愛しくて、愛しくて。

曲を聴いていたら、この苛立ってる男性の気持ちに、入りこんでしまいました。

わかるような気がする~(^^;
もう、この瞬間にも、もっとひどい傷、つけることできるのに~っていう残酷な感情。その気になりさえすれば、簡単に相手を壊してしまえる。絶対できないけど。相手は無邪気に信じてるけど。
でも、そういうの考えるくらい、自分は聖人じゃないのにっていう自嘲。

とても素敵な曲なので。何度も聴いてます。

東方の三賢者

星に導かれ、砂漠を越えて歩む確かな足取り。

前回書いたブログで、ふっと昔見た挿絵のことを思い出しました。クリスマスキャロルの歌詞集。
We Three Kings of Orient Are の挿絵が、確かこんな感じだったかと。

その本にいくつも載っていた曲の中で、私の好きなベスト3曲に入るのです、これ。

今も、ひっそり実家の押し入れの中に眠っているはず。

昔、高校の時の英語の先生が、ある日、授業の後で段ボール箱をたくさん持ってきて、それを廊下の端に並べました。

「これ、要らなくなったから。好きなの持ってっていいぞ」

ほとんどは、英語初心者向けの薄い短編小説だったり、参考書だったりしたのですが。中に、外国で子供向けに売られているような、絵本とカセットのセットがあったのです。

これ、アメリカの書店とかで、普通に売ってるっぽいな。面白そうだなあ。

Carol という字が、ちらりと視界に入りましたが、実際のところそんな英語は全然気にしていませんでした。挿絵が気に入ったのと、テープの中身が気になって、持ち帰ったのです。他にも、面白そうな小説を何冊か。

カセットの中身、歌だとは思っていなかったため、テープレコーダーで再生したときには少し、驚きました。歌ではなく、物語が語られているとばかり、思っていたから。

 

歌いだしから厳かな雰囲気で、少し悲しげにも聞こえるメロディ。これは確かに夜だ~と思いました。挿絵にあるような、静かな夜。粛々と進む東方の三賢者。
コーラス部分で、一気に明るくなる。

 

何度も繰り返される部分は、自然と覚えてしまいました。口ずさむと、挿絵の世界に自分も入りこむことができました。
星の光が優しく、救世主の誕生を告げている、その空気。

教会で聴けばまた格別の響きをもつ、素敵な曲ですね。

『CANDY』 Mr.Children 感想

Mr. Children の『CANDY』を聴いている。

これ、最初に聴いたときには全然ピンとこなかったのだが、久しぶりに聴いてみたら、心に響くなあ。いきなりサビから始まっているように思います。
イメージするのは、「君」のホログラム。立体なんだけど、あんまり精巧じゃなくて。明らかにフィクションなわけで。
それも無理はない。
全部、脳内映像だから。自分の希望だけで作りあげた、つぎはぎだらけの嘘の映像。

諦めなきゃという理性の回路に、その稚拙なホログラムは侵入してくるんだろうなあ。容易く。

そして何度も、同じ表情で気のある素振りをしてみせる、みたいな。

そりゃ何食わぬ顔でしょうよ。自分の都合だけで作りあげた幻なんだから。でもその幻に、ほんのわずかな希望に、みっともないほどすがりついてしまうのが、恋の病の症状でもあって。

でもさ。たぶん気付いてるね。自分でも。そのホログラムは本物じゃない。もう実物とは別の部分で、自分の理想を形にしちゃってる。それで、その無垢な魂は要求通りの言葉をくれる。

だけど、どんなに理想通りでも。言葉が希望通りであればあるだけ、虚しさみたいなものは、ひたひたと押し寄せるでしょう。しょせん、ホログラムだもん。

どんなに瓜二つの人間だって、その人、本人じゃなきゃ意味がない。その人そのものじゃなきゃ、要らない。

突き詰めれば、結局のところ、それが答えなんですよね。みっともないほど、全面降伏。ただひたすらに、思わずにはいられない。
理由もない。ただ、愛しいだけ。会いたいだけ。

そして、ホログラムの登場です。ループです、きっと。

幻に、慰められて。何度も語りかけるんだな。幻になら、言えるから。だけど所詮それは、幻なわけで。

予定調和の世界に、どれほど幸せな結末を夢見たとしても。その脚本書いたの、自分だからね。虚しいだろうなあ。

『みすて・ないでデイジー』で、デイジーちゃんそっくりのロボットを作った歩野くんのことを思い出しました。あの漫画、一見コメディーだしハチャメチャなんだけど、実は深いです。

ホログラムに慰められながら、人は、少しずつ忘れていくのでしょう。

私の宝物に手を出す奴がくれた、勇気の話

このところ、寝る前によく、目を閉じて頭の中で口ずさむフレーズ。『オペラ座の怪人』です。

>Insolent boy!  This slave of fashon,  basking in your glory!

>Ignorant fool!  This brave young suitor,  sharing in my triumph!

歌というか、ミュージカルの一節なんですが。
このフレーズ、かなり好きなのです。

劇団四季だと、こんな風に日本語に訳されてます。

>私の宝物に手を出す奴
>無礼な若造め 愚か者め

この翻訳のセンスには感嘆します。歌詞をちゃんとメロディに乗せて、かつ簡潔に原詩を変換、そして不自然にみえない、というのは。
元の英文のように、全てもれなく韻を踏んで、というのは無理でしたが。でもちゃんと、「若造め」「愚か者め」って少なくとも一か所は、対比させてるところが聞いていて心地いいです。

「私の宝物に手を出す奴」って、ファントムが激怒しちゃってるところがなんとも微笑ましい。いや、こんなこと言っちゃったら、さらにファントムには激怒されそうですが。でも、なんだか可愛いとすら思ってしまう。嫉妬まるだしすぎて。

私の宝物、だなんて表現は。中学生の初恋っぽくていいですね。
たぶん、本当に慎重に慎重に歩み寄って。払いのけられる怖さにおののきながら、それでも情熱に突き動かされて、クリスティーヌを追い求め。

師という立場で、重々しく、彼女を歌姫へと導いたのに。
あっさり、恋敵ラウルの登場で、大人の仮面が剥がれおちるから。

もうね、言ってることが中学生、というか、小学生の喧嘩みたいなんですもん。

以下、私が想像したファントムの心の声(* ̄ー ̄*)

☆おい、お前。冗談じゃねえっつーの。
☆俺がどれだけあの娘を大事に見守ってきたか、お前わかってんのかよ。
☆今日の舞台の成功も、俺が裏で動いた結果なんだぜ。
☆それを、いきなり来たお前が、大胆にもデートに連れ出すなんて、どんだけずうずうしいかっていう話よ。あん?
☆ぽっと出が、いきがってんじゃねーよ。
☆どこの貴族のおぼっちゃんか知らねえけどよ、身の程を知れっつーの。
☆今日の成功は、俺とあの娘のもんであって、お前なんかが首つっこむ権利、まったくないんだからな。

ああ、ファントム。素直すぎて、なんとも言えません。

なんだかね、きっとラウルのしたことは全部。鏡のように。ファントムのやりたかったことなんだろうなあって思います。

もっと早く。なんのためらいもなく、クリスティーヌに惹かれたなら素直に彼女の手をとり、誘いたかったんだろうなあ。
しかめつらした、教師の顔なんていう途中経過を、すっ飛ばして。

私は、insolent という単語を、この歌で覚えました。だから、なにか英文を読んでいて insolent と出てくると、いつもこの、insolent boy を思い出します。ファントムの、悔しさがにじみ出た歌。

boy ってところがまた、いいのです。ファントムは、若さにも嫉妬してると思います。若さは、可能性ですから。(そう。五代君もめぞん一刻で言ってました。)

本来、クリスティーヌの相手は、boy でちょうどいいんです。だって、クリスティーヌは girl だから。どうみても、woman って感じではないなあ。

girl が 見目麗しい幼馴染の boy に再会した。二人はたちまち時を超え、惹かれあった。

ファントムが歯ぎしりするのも無理ありません。それだけ二人はお似合いだったし、傍目にも、心は通じ合っていたのでしょう。

ただ、ファントムにしてみたら、最悪のタイミングです。ようやく一歩、クリスティーヌに近付けた夜だったから。彼女のために設定した舞台。初めての成功。二人だけの秘密。
それが、そのまま他の男への再会へのきっかけになってしまったのですから。

それにね。最大の弱点。ファントムはクリスティーヌの前に、姿を表すことをためらっていた。たとえ顔を仮面で隠していても。自分の醜さが彼女をおびえさせ、二人の関係はたちまち破綻するのではないかと怯えていた。それなのに、いきなり現れた若い男は、クリスティーヌを夢中にさせる容姿を備え、しかも自信に満ちている。彼女に拒絶される不安など、みじんもみせない。その自信も、さぞかし、ファントムのコンプレックスを刺激したことでしょう。堂々たる求愛。ファントムには、できなかったことだったから。

その刺激が、ファントムを動かすエネルギーになったのには、感慨を覚えます。運命の糸は繋がっていて。ひとつの模様が、また次の模様を織りなす。決して、断片ではない。

もしもこの日、ラウルが現われなかったら。
きっとファントムは鏡の向こうに、クリスティーヌを誘わなかっただろうなあ、なんて思うのです。

舞台が成功して、クリスティーヌに感謝され。ますます尊敬の念を向けられて。そしたらファントムはきっと照れながら。もしかして彼女の手をとりたい、もう少し距離を縮めたい、なんて思いながらも。

いやいや、待て待て。もう少し。ゆっくり時間をかけて、近付いた方がいい。あせればこれまでの良好な関係を、壊してしまうことになるかもしれない。多くを望めば、失うかもしれない、と。

逆に慎重になっただろうなあと想像します。

でも、吹っ飛んじゃったんですね、たぶん。ラウルが現れたものだから、怒りが臆病を凌駕しちゃったわけです。あんな奴にあっさりかっさらわれるくらいなら、自分が連れていく、と。少なくとも勝利の夜、彼女と祝杯をあげる権利があるのは、ラウルではなく自分の方なのだと。

鏡の向こうの世界。地下のファントム帝国へ、初めてクリスティーヌを連れていく決心ができたのは、皮肉にもラウルの登場があったからこそ、だと思いました。

自分にはない fashion の世界の住人であるラウル。恐れることなく、あっさりsuitor になり得たラウル。そんな彼をみつめるファントムの胸中は、いかばかりでありましょう。

クリスティーヌを思うあまり、あと一歩が踏み出せなかったファントムの、背中を押したのはラウルだったのだと、そう思います。

>basking in your glory

この your glory は、クリスティーヌの舞台での成功を表していると考えたのですが、違うのかなあ。your は、クリスティーヌを指すと思ったのですが。
でも、ネットで、ラウル自身の栄華を示すような訳をみたので、はっとしました。

たしかに、これってラウルに向かって言っている言葉なら、そうなりますね。「お前」=「ラウル」になる。

でも、私はなんとなく、ファントムがラウルだけでなく、ラウルとその横にいるクリスティーヌ、2人に向かって呟いているようにも、思えたんです。

若造め、こしゃくな、と怒っているのは確かに、ラウルに向かって、ですけれども。
そのすぐ後で、クリスティーヌに向かい、「可愛いクリスティーヌよ、奴(ラウル)は、お前さんの栄光に酔いしれておるよ」と、寂しく、困ったように、けれど彼女自身には聞こえないくらいの小さな声で、甘えるように訴えているイメージです。

ラウルには憤怒の形相で。
クリスティーヌには雨に濡れた子犬の目線で。

あくまで、イメージですが。
やれやれ、困った若造だ、と肩をすくめてみせるファントム。心中の怒りを抑えて、少しはクールに振る舞って、クリスティーヌの方をちらりと見たりして。同意を求める視線で。

あからさまな憤怒、激情と。
その一方で、クリスティーヌに向ける顔は、平静を装っていそうです。大人として、顕な感情の発露は見苦しいと、若者にはない余裕をみせたいのでしょう。

言葉だけをとらえたら、怒り心頭って感じですが。
でも、激怒しているファントムが、ふっとクリスティーヌを見るとき、とっても優しく笑いそうなんです。彼女を怖がらせないように。

音楽と詩だけで、想像は果てしなく広がります。『オペラ座の怪人』の中でも特に、上記のフレーズは気に入っています。今日もやはり、寝る前にはこの一節を、頭の中で繰り返すことでしょう。