イエローチョーク作戦が効かない

実は最近、畑前の道路で立て続けに犬のフン被害があり、困っています。量がすごいのです。

10月8日 10月11日 10月12日 10月26日 10月31日 そして本日11月1日にも、同じ場所にフンをされていました。大きさ的に、柴犬以上の大きさの犬です。

イエローチョーク作戦を行ったのですが、(といっても、私は黄色ではなく白いチョークでやっています)、今回の敵は、白く印をつけた同じ場所で、ひたすらフンを続けるのです。ちょっと考えられない状況です。

犬は同じ場所でフンをしたいのかもしれないですが、飼い主がよくさせるなあと呆れています。必ず毎日、というわけではないのですが、回数が多く、不定期にやられています。だから、その場所からフンが消えることはありません。雨で流されても、少なくなった古いフンの横にまた、たっぷりされているのです。こんな状況、よくあるのかなあと思ってネットで検索してみましたが、こんなに何度も同じ場所にされるというケースは、みつけることができませんでした。

一番最初に発見した日(10月8日)は、トウガラシの粉をまいてみました。すると、2日間は大丈夫でしたが、その後10月11日にはまたされてしまいました。トウガラシの粉は、人間用の調味料を使って高価なものなので、これ以上使いたくありません。そこで、100円ショップで犬の忌避剤(粉状)のものを、フンの上や周囲に振りかけてみました。

これは全然聞かなかったです_| ̄|○ 不思議。木酢液のけっこう強烈な臭いがする製品だったんですけどね。

ちなみに、私が愛用している忌避剤の「逃げまんねん」でしたら確実に効いたかもしれませんが、場所がアスファルト道路であることから、今回は液体の「逃げまんねん」が使えません。その手前の草地部分ならいいかもしれませんが、道路には使えません。アスファルトを汚してしまいますし、変質しても困ります。

10月は雨も多く、「フン放置」→「雨が降りだいぶ流される」→「またフン放置」の繰り返しでした。そんな中、何度も100円ショップの忌避剤を使って、フンの上から粉をまぶし、周囲にもまいてみたんですが、本当に効かない_| ̄|○ 何度も試して確信をもちました。本当に効かないです。

老犬で、鼻が悪くなっているのかもしれませんね。どんな犬なのかわかりませんが、これだけ忌避剤をまいても平気で同じ場所にフンをしていくのは、相当鼻がダメになっている証拠です。

アスファルトのすぐ横には草地があり、犬のフン持ち帰りを促す看板も立っているのですが、全く効かないです。非常識な飼い主の場合、看板は効果ありません。

今までこんなに連続でフンをされることはなかったので、新しく越してきた人なのかなとも思いますが、まだ現場を目撃したことがなく、犬も人もどんな風体なのかは不明です。

腹は立ちますが、誰も片付けてはくれないです。自分でなんとかするしかない。

通る人が知らずに踏んでも可哀想です。田舎の道ですが、お年寄りや小さなお子さんもたくさん通る道なんです。私がチョークで印をつけるのは、イエローチョーク作戦でフンを防止するという目的と共に、目立つことで通行人が気付いて踏まないように、との思いもあります。

明日は大雨の予報なので、雨でフンがすっかり流れたら、ハイターを薄めて撒いておこうかなと考えています。もし雨で全部のフンが流れなくても、薄めたハイターをまいて、新たな被害がでないかどうか確認します。もうこうなったら、ハイターしかない。

私がこの犬のフンに悩まされるようになって、もう何年になるかなあ。本当に今の世の中、おかしくない? 全国に犬のフン被害者がたくさんいますよね。

これだけ犬が大切にされて、家族と呼ばれて、どうして排泄は外で、始末せずに放置なんでしょうか?

甚振る

9月はなかなか、いろいろあった1ヵ月でした。打ち合わせで東京へ2度ほど出かけました。2度目が9月30日(月)だったのですが、この9月30日の打ち合わせがひどかった。悪い意味で(^^;

詳細は書けないのですが、権力者に甚振られる(いたぶられる)というストレスフルな経験をしました。(苦笑)

「いたぶる」って、「甚振る」って書くんだなあ。勉強になった。どんなことにも、ポジティブな一面を見つけて、前向きに考えて行こうと思う。

1時間強の話し合いでしたが、終わった後ヨレヨレになりました。その1時間で私がされたことって、どういう表現が近いのかなあとずっと考えていたのですが、そうだ、「甚振られた」だと気付いて、気に入ってこの言葉を使っています。

というのは、その話し合いには、絶対的な権力者Aさんがいるのですね。本来は自由なはずの結論を出すのに、私はめちゃめちゃAさんの意向に沿うように強要されたのです。終始一貫して。

9月30日の話し合いが、そういうものになるであろうということは、予想していました。でも、私が私なりの考えを述べることは自由ですし、そういう場であったはずなのですが、権力者Aさんの圧がすごかった(^^;

なかなか、あそこまで独善的にはなれないかなーと思いました。

9月30日の打ち合わせの目的は、そもそも私の意志表明(方向性の表示)だったんですよ。私が結論を出す日だったんですね。私とAさん以外に、3人参加して、計5人での話し合いです。

A「で、どうするんですか?」

私「いろいろ考えましたけど、〇〇に決めました。理由は〇〇と○○です。詳しくは~」

で、いろいろ説明したんですけどね。私としては、別に感情的に衝動的に出した結論ではなく、いろんな条件を理解し、検討した上でのことです。それを説明するために、理由も詳しくお話ししました。なぜ私がその結論に至ったのか、納得してもらえると思って。

そもそも、本来は説明をしなくても別にいいし、結論だけで押し通してもいいことだったんです。私が「ともかくこれに決めました」と、押し通してもよかった場でした。けれど、理由や経緯をお話しした方が、Aさんも納得しやすいかなと思って、きちんと説明はしました。

その後が、すごかったのです(^^;

考えをあらためるよう、同じ話で繰り返し説得されました。

A「でも~だから~でも~だから~それに~だし~」

B「全部承知しています。その上で、よく考えて自分で決めました」

おかしいのは、上記会話を5回以上繰り返したんです。5回は異常でしょう?

実はこのケース、最終的な判断を出すのは、Aさんなんですね。だから別に、私の意志がどうであろうと、AさんはAさんで判断すればいいだけの話だったんですけど。このAさん、どうしても私から、自分の思い通りの言葉を引き出したくて、ずっと同じ会話を繰り返すんですよ。

途中でさすがに、その異常性に気付いた私です。

だって、大の大人が、同じ内容を5回繰り返すって、どうかしてますからね。私もさすがに、

「だから何回も同じこと言ってるじゃないですか!」と言ってやりたくなりましたが、なにぶんAさんは権力者なので、私は立場上絶対に逆らえないポジションでして。だから、馬鹿みたいだなと思いながら、ほぼほぼ同じ会話を繰り返しましたね。

たださすがに、5度目には、私も静かに(できるだけ感情を抑えて)言いましたよ。

私「さっきから、同じ会話をずっと繰り返しています」

A「あなたのためを思って、これが最後の忠告なんです」

あなたのためを思って、というのは嘘です(^^; Aさんは自分の言う通りの結論を、私の口から言わせたいだけ。けれど、ここは私が自由意志を表明する場所ですから、屈するわけにはいきません。

結論から言うと、私は最後まで、妥協しなかったです。脅すようなことを言われても、最後まで自分の自由意志を表明しました。それでよかったです。というか、それが目的の場だったはずなんですけど。私の出した結論を、確認する場だったのでね。

権力者のAさんには、権力者のAさんの考え方がありました。それはいいんです。でも、それを私に押し付けて、私の意志としてその言葉をいわせようとする、それは違います。

権力者のAさんは、自分の出したプランαを飲め、と言うのです。私は、「あなたはどう思いますか」と問われて、「私はこのプランαは受け入れられないです」と言いました。普通はそこで終わりです。プランαをどう思うか、私の意志を確認する場が、9月30日だったから。

プランαを飲みこませようとするAさんの態度があまりにあからさますぎて、私はAさんにこう尋ねました。

私「私はこのプランαを受け入れられないんですが、受け入れることは強制ですか?」

A「いえ、強制ではありません。受けるも受けないも、あなたの自由です」

私「では、私は受け入れられないです」

それで終わると思いません? しかしAさんは違う。Aさんはひたすら繰り返すわけです。

A「プランαは~だし~だし~だし、だから受け入れてはどうですか?」

私「おっしゃったデメリットは全部承知していますし、よく考えた上で、私はαの受け入れはしたくないです」

本当に不毛で、苦痛な1時間強の打ち合わせでした。

私に、なんとしてでも「αを受け入れます」と言わせたいAさんの思惑がみえみえで、本当に不愉快でした。でも最後まで、私は自分の意志に反した嘘はつきませんでした。

思ってもないことを言わせる、というのは、嘘をつかせるということですよ。人の思いはそれぞれ自由なのではないでしょうか?「どう思いますか?」と聞くのですから、正直な思いを話してOKだと思いますし、Aさんの思い通りの答えを言わせようとするのは、あまりにも傲慢です。

もしAさんが権力者でなかったら、私も不毛な会話はもっと早く、切り上げていました。時間の無駄ですから。同じ会話を、100回、200回繰り返したら、私の考えが変わる? それは強制や嫌がらせでしかありません。

Aさんは、これまでもこういう行為を繰り返してきたのかな?と思いました。普通の人なら、屈していると思います。あなたのために、とAさんは言うけれど、それはつまり。

「あなたが自分でする判断より、私のアドバイスの方が正しい。だから私の言う通りに言え。あなたの判断は間違いだ」と言っているのと同じこと。

相手が自分に逆らえない、自分の方が立場が上、それを踏まえて相手に言葉を強要するのは、本当にゲスな行為だし、やってはいけないこと。

私の意志を確認するための打ち合わせだったのに、なぜか、Aさんに、Aさんのアドバイスに同意するよう、強制されるという1時間。よく耐えたよ、自分。

自宅に帰ってきたその晩は、悔しさでなかなか眠れなかったし、いったん寝た後も3時頃に目が覚めてしまい、それからまた眠れなくて、外に出て庭で空を見ながら深呼吸をしたり、体操したり。

ずっと頭から消えることはありませんでしたね。Aさんは本来、私がプランαを受け入れるか受け入れられないかを確認するだけだったのに、なぜここまでの強引な行為に出たのか。

感情を沈め、冷静な判断をしなければなりません。まだ終わりではなく、この件は解決までもう少し時間がかかりそうです。

2024年9月6日は記念日

今日は記念日である。私の人生において、けっこうな記念日となった。あまりいい日ではないが、でも諦めがついたといえば、いい日なのかもしれない。

自分の半生を振り返ると、本当にいろいろなことがあって、もがいてもがいて、という時期が長かったのだが、その原因がわかった日でもある。

人ですね。人は、変わらないのである。そのことを、しみじみ噛みしめてる。

いや、よく言うよね。他人を変えることは難しい。だから自分を変えるんだって。それは、「そうですよねー」と軽く答えられるんだけど、いざ自分のケースとなると、やはり希望が生まれてしまうではないですか。変わってくれるかもしれないって。

それで、あれこれ努力するわけです。尽くすわけです。けれど、やっぱり人は変わらない。

それがわかるまでに、こんなにも時間が必要だったんだーと、しみじみ。

でもさ、確かに私、自分で納得するまでやり尽くさなかったら、きっと誰の言うことも聞かなかったと思う(^^;

そんなことないよ。そんな人じゃないよって。自分がやり尽くして、その結果がこれかーというのがあるので、もう納得するしかない。そうか、そういう人だよね。最初からそういう人だし、もう変わらない。というか、途中変わってくれたと思った方が幻想なわけで。

でも、納得してる、今は。

だから私の半生は苦しかったんだなあって今はわかる。原因がわかったので、今後はもう少し楽になるだろう。

だけど割り切れない感情は、しばらく私を苦しめるんだろうな。まあいいや。人生最悪のときよりは、ずいぶんましである。

これまでに何度か、占いや預言カフェのようなものに頼ったけれど、実は一番当たったのが、鶴ヶ峰のロイヤルマートの占い師さんだった。振り返ってみて、ずばり言い当てられていたのだ。私が1ミリも思ってはいなかったことを。

〇〇さんは、大変な人(悪い意味で)ですよ、と。

××さんのことを言われると思っていた私は、驚愕した。そして瞬時に反論していた。

占い師さんは、私の反論に、反論はしなかった。ただ、気の毒そうな目でみていた。

今ならわかる。ロイヤルマートの占い師さんは大当たりだ。そして、それをズバリ指摘した人って、これまでいないなあ。

人生は、すべて自分に委ねられている。どんな生き方も、自由である。いろんな選択肢があって、それを選ぶのは自分だ。

私がもし第三者なら、こう言うだろう。

好きにすればいい。君は自由。100%の幸福などありえないし、あるならとっくに選んでるでしょ?そんな道はない。
優先する項目を整理して、妥協できるところを妥協して、なんとかやりすごせばいい。できるだけ自分に負担がかからない形で。
もう後悔はないでしょ。あり得ない結果をみせつけられたんだから。
進むもよし、戻るもよし。自分が少しでも楽な道を選べばいい。
自分を大事にして。もう相手は変わらないよ。それがよくわかって、よかったじゃないか。
今は自分の気持ちを、一番大切にして。自分が望むように、すべては少しでも楽なように。

まあ、結局それしかない。

人それぞれ悩みはあるだろうけど、私にとっての大きな重荷の謎が解けた、2024年9月6日(金)は、記念日だ。備忘録として、このブログに綴っておこう。

私もお人よしのアホだったなあと思うけど、でも、がんばったねと、誉めてやろう。自分を。よくがんばった。偉かった。ヨシヨシヾ(・ω・`)

中古住宅は屋根と壁と配管を見よ

私、建築が好きなのでよく、欠陥住宅関連のブログも読むのですが。ちょっと気になるブログがあって。

直接そこにコメントするのもためらわれたので、少し中古住宅の欠陥について語ってみたいと思います。

欠陥住宅といっても新築の欠陥から中古住宅購入の欠陥から、リフォームの欠陥から、さまざまありますけれど。私が読んだのは、中古住宅を買った方のブログでした。

購入した中古住宅が、雨漏りするそうです。

ああ・・・これは・・・絶対買わない方がよかったなと、思います。というのは、構造的な欠陥でなければ、経年劣化の場所を新しくすれば済むんでしょうけど、たいていこういうのって元々の建て方の問題だったりするので。

たとえば、複雑な構造で屋根の面と面が接する部分が多かったり、天窓があったり、傾斜の緩い屋根や軒ゼロなど、後から変えようのない部分で、構造的に雨漏りをおこしやすい家ということです。こういう家の場合、何かを新品に換えたから雨漏りが直る、ということにはなりません。

雨漏りって、直す→また漏る→直す→また漏るの繰り返しが、一番疲弊しますよね。

そのブログでは、網戸が破れていたことも、ブログ主さんがすごく気にしていたんですが。雨漏りの危険度を100としたら、網戸は0.0001 もないくらい、どうでもいいことです。見た目のインパクトは、破れた網戸ってすごいものがあるかもしれませんけど。見えない屋根の不具合、雨漏りの方がよほど手ごわく、危険ですよ。今後、労力もお金もどれだけかかるかわかりません。

網戸は簡単です。家中全部張り換えても数万円程度でしょう。DIYならもっと安く済みますし、自分でやったからといって、家の耐久性に影響がでるわけでもありませんしね。

でも屋根は。屋根の上に上がって点検することすら素人には危険ですし、ましてDIY施工はその後に影響が大きすぎて、素人が手を出すべきではない箇所だと思います。

網戸や壁紙、床材の張り替えくらいなら、いくらでも自分でやることができますが。屋根はやはり、プロに頼んだ方がいいでしょう。

中古住宅で絶対に確認すべきなのは、屋根、壁、配管だと思います。購入後、何年住めるか、メンテナンス費が大きく変わってきます。

配管も、つまりやすいのは要注意です。それまでの住人の暮らし方と、配管の勾配など、いろんな要素で詰まり方は違ってきますけれど。一時的に高圧洗浄等でつまりを解消したとしても、もともと詰まり易い場所などは、また詰まる可能性が高い。

屋根と壁と配管は、慎重に確認しておかないと泣きをみることになると思いますね。修理に多額の費用がかかります。中古だからと安く手に入れても、その後のメンテナンスで莫大な費用がかかるなら、いっそ新築を建てた方がよかったと後悔するでしょう。

一方、どうでもいい部分というか、あまり気にしなくていい部分は、網戸、壁紙、床、キッチン風呂洗面台設備ではないでしょうか。

キッチン風呂洗面台などの設備は、たいてい中古住宅だと新しくリフォームしていますけど、古いまま購入して、それからリフォームでも全然OKだと思いますね。それなら自分の好きな機器を選べますし、古い水回りの様子をみることで、前住人の生活の仕方がわかってとてもいい。

綺麗好きで、丁寧に暮らしていた人の中古住宅は、お買い得だと思います。排水溝に変なものを流さないよう、こまめにそうじして生活していた場合、そういう性格は水回りの設備の様子にしっかり出ていますよ。いくら古くてもピカピカに磨かれた機器なら、安心できます。いくらプロが入って掃除しても、長年の生活習慣の結果というのはどうしても見た目に現れますので、リフォームがなく古いままの水回りの設備なら、むしろお買い得なのかもしれません。ちゃんと過去を、確かめることができる。

屋根に関しては、他がどんなに魅力的でも、屋根の性能に不安を感じたら、その中古住宅には手を出さない方がいいんじゃないかと思います。怖いですよ、屋根の雨漏り。

私が読んでいたブログの方は、もう正式契約してしまったのですが、その前の手付の段階でもずいぶん迷っていたようです。手付を倍返しして、契約解除することもできたみたいですが。やはりお金のことを思うとためらってしまったみたいで。

でも私がアドバイスするとしたら、何千万もの高額な買い物。不安を感じたら撤退した方が正解だったように思います。

交渉の余地があったかもしれないですね。雨漏り以外にもいろいろ不具合は発見されていたようなので。そういうことを理由に解約を申し出たら、倍返しではない解約が、双方の合意でできたかも。要は、相手が納得すればいいわけですから。第三者を入れて、解約に持ち込んだ方がよかったと思います。

今となってはもう契約後、購入してしまった後ですから、雨漏り修理について売主さんと話し合いながら進めていかなければなりません。今できるアドバイスとしては、雨漏り修理は必ず原因を確認してから修理にはいること、ですね。よくわからないまま、たぶんこれでいいだろうという見切り発車が一番まずいです、雨漏りは。希望的観測はたいてい外れます(^^;

原因がわからないまま、とりあえず怪しいすき間にコーキングを打つ、というのが一番まずいパターンです。傾斜屋根って、もともと屋根材の隙間から多少の水は入りこむ構造になっていまして。でも水が入っても、防水シートがあるから、入った水も防水シート上を流れて出ていき、問題はないわけです。

ところが、とりあえず打ったコーキングがもし、水の出口だったらさあ大変。出口をなくした水は、別の出口から出てしまい、雨漏りが悪化します。別の水の道ができてしまうのです。

だから、原因究明失くして屋根の修理はありえません。雨漏り修理は、業者間の知識と技術の差が大きいので、とにかくいい業者さんを探すことと、自分達もある程度勉強して、原因説明と修理方針に納得してから工事をすることが大切です。

家系の因縁

母の従兄が亡くなり、お通夜とお葬式に行ってきました。従兄は本来、本家を継ぐ立場でしたが、いろいろ事情があって、家を継ぐことはありませんでした。そして、その本家は後を継ぐ子供がなく、途絶えてしまいました。

お葬式の間、ご先祖さまについていろいろと考えさせられました。もし本家を継いでいたら、従兄の人生も違うものになっていたかもしれません。

本家の菩提寺の和尚様は、高齢ですがお元気です。8月19日が、本家を継いだ伯父の23回忌でした。8という数字も、19という数字も、私の人生でたびたび登場する数字なので、なにか因縁を感じます。すべては、つながっているのかなあと。

ある日突然この世にあらわれたわけではなく、ご先祖様のひとりでも欠けていたら、今の自分はいないのです。

もはや本家はなく、23回忌はささやかなものでした。和尚様と伯父は同級生です。本家の大伯父は、今の和尚様の父(先代のご住職)ととても仲が良かったそうです。大伯父は何かというとお寺に入りびたりで、草取りの奉仕など、お寺のために尽くしたとか。

時が流れて、もう本家は途絶えてしまいました。墓は、新しくできた永代供養の小さな墓へと移されました。私は年に数回このお寺を訪れて、永代供養墓に手を合わせています。

母の従兄のお葬式をきっかけに、ご先祖様に思いを馳せました。本家が途絶える家には、本家が途絶えるだけの因縁があるのだと思います。

私の人生も、大変なことが多かったので、これもまた家系の因縁かなと思います。結局本家ではないのに法要をしたり、永代供養の手続きをしたり、お寺との関わりは私が一番多いです。私の兄弟はなにもしていないのに、なぜか私にその役が来るという(^^;

お寺の和尚様と法要のたびにおしゃべりするのですが、先代のご住職も特別な縁で僧職についたそうです。そもそもお坊さんになる気はまるでなく、別の職業についたものの、どの職業に就いても必ず妨害が入り、しかも次々と家族が亡くなる不幸があり、とある方に「あなたがお坊さんにならない限り、身内の死が続く」と諭されたとか。その後、お坊さんの修行に入ると、身内の死はぴたりととまったそうです。

こうしたお坊さんや神主さんなどは、自分がなりたいと思うよりも、見えない縁に導かれてなるものなのかもしれないですね。